銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

6 助けろ

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 あなたを助ける方法を、教えてください。

 言おうとした言葉を強い口調のとんでもない言葉で遮られ、凪咲の動きが止まる。

(別の場所で)

 また埋まるつもりなのか、あなた。
 彼は苛立った顔のまま動きを止めてしまった凪咲から視線を外して舌打ちし、短く怠そうなため息を吐き、頭を片手でかき回す。

 結われていない彼の長い銀髪が、見事にぐしゃぐしゃになった。

 青白い顔色をしている彼は、さっきより重めで長めの「怠そうな息」を吐く。
 耳や尻尾の動きも苛立ったものでなくなっていて、怠そう……というより、もはやしんどそうだ。

 髪も着物も耳も尻尾も、彼のどこにも、土汚れだったりはなさそうで、怪我もなさそうに見えるけど。

 埋まっていたのは確かだし。

(分かんない部分も、まだあるけど)

 助けを求める〝声〟だったのも、〝声の主〟が彼だったのも確かだ。

(切り替えろ、俺)

 彼を助けるんだろ。

「あの、なんにしてもいった「邪魔をした。すぐに去る」え?」

 一旦、ウチで休みませんか。
 今にも倒れそう、てか、死にそうに見えるので。

 言おうとした言葉を断ち切るように彼が強い口調で言い、立ち上がろうと膝をつき──

「危ない危ない危ない! やっぱり死にかけてますよね?!」

 ぐらりと横へ傾いた彼が倒れる直前、彼の下に滑り込んで抱きとめることに成功した。
 なんとか成功したと思う。

 座っていても一目瞭然だった、彼の脚の長さと腰の位置の高さ。
 凪咲より背が高いだろう彼は予想以上に上背があったので、頭を抱える姿勢にしかなれなかったけど、大目に見て欲しい。

「煩い、黙れ、声が煩い、頭に響く。……手を離せ」

 彼を抱えた状態で、彼を落とさずに起き上がるにはどうしたら。
 考えようとした凪咲の腕の中で、語気を強めた彼が、凪咲の腕を掴んだ。

 酷く弱い力で、外そうとしてくる。

(いや、もう)

 黙るの、すみません、無理です。
 なので頭になるべく響かない、抑えた声で話します。
 今すぐ離すのも無理です、すみません。

(声の感じも)

 弱っていることを悟られないための声や口調に思えてならない。

 凪咲は、「離せ」と言ってきた彼を逆に抱きしめるように腕に力を込め、小声で、慎重に。

「なんにしても一回、休んで。フラフラで死にそうなあなたをそのままにするの、自分が嫌なんで」

 まだあなたのこと、よく分からないけれど。

「ここ、俺の、自分の家族の家なんで。休んで大丈夫な場所です。自分だけで、家族も居ないので、休めます」

 万が一、両親と関係のあるヒトだとしても。
 両親はこの場に居ないから、今は安全だ。

「……なるほど。ここはお前の──人間の住まいか。あの建物に住んでいると、なるほどな」

 皮肉を込めていると分かる低い声より、言われた内容に凪咲は少なからず驚いた。

 こんな場所に居たのに。

(ここがどこだか、知らない?)

 凪咲が「どういった人間」なのかも、分かっていないように見える。

「あの、ちょっとお聞きしますが」

 松崎家とか、松崎凪咲って名前に覚えはありますか?

 尋ねたら、

「ないが? なんだ? お前の名か?」
「……そんな感じです……」

 唖然としてしまった凪咲に、彼は「なんだ? お前は名のある人間か」と、だからどうしたと言いたげに皮肉を込めた低い声で言ってくる。

 心底どうでもいい。
 そんな様子で尋ねられ、言われたからこそ、彼が本心からの言葉を投げたと理解できた。
 彼は本当に「松崎家」も「松崎凪咲」も知らない。

 人でない彼は、両親と関係なく、本当に迷い込んだだけの可能性が高くなった。

「俺をお前の家に上げて、それからどうする?」

 凪咲の腕の中、皮肉を込めた低い声で、挑発するように。

「助ける、とお前は言ったが」

 どうやって俺を助けるつもりだ?

「具体的な方法は教えてください。病院で大丈夫なら救急車を呼びます。自分が助けたいだけなんで、お気になさらず」

 弱みを握るとか、妙な意味で家に上げると言った訳ではない。
 凪咲の言いたいことが伝わったのか、彼が腕の中で弱く笑う。

「阿呆か、お前」
「アホです。それで、どうすれば良いですか?」

 あと、そろそろ起き上がっても良いですか。

「教えてやる、阿呆め」

 自分の腕から手を離したな、思った凪咲に、彼が低く、嘲笑うような──怒りを押し込めて嘲笑う声で続けた。

「お前が言った。助ける、助けたいと」

 ならば。

「ぉわっ?!」

 どこにそんな力があったのか、まさか最後の力を振り絞ったのか。

 視界が回り、仰向けにされたと気づいた凪咲を彼が上から覗き込む。
 顔を寄せてくる。
 睨むように嘲笑う彼の、銀色の耳や九本ある長い尻尾が。

 どこか怯えるように、揺れ動いている。

「助けろ。お人好しで世間知らずな、阿呆」

 人間と同じに見えていた歯が、牙みたいになっている。
 丸かった瞳孔も縦長なスリット状になり、人間の瞳じゃなくなった。
 それらへの驚きより。

 どう考えても、唇を合わせようと──キスしようとしてくる彼の動きより。

 ──申し訳ありません。どうか。

(また)

 君の声が、なんで今。

 眼前に迫ってくる彼から聴こえるのか。

 分からないことだらけだけど、それでも。

 あなたも、〝あの日の君〟も、助けられるなら。

「助ける、助けます」

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