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始まりの日
8 助けてみろ
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「キスでの回復がダメなら、他の回復方法教えてください」
「阿呆め、この阿呆が、世間知らずでお人好しで、初心な気配すらする阿呆が」
頭を抱えて呻くように言ってくる彼に、
「はい、そうです、アホです」
立ち上がり、体についた土を軽くはたき落としながら応じたら、
「自分で自分をアホと言うな阿呆。だから阿呆だと言っているんだ阿呆が」
なんだか真面目そうなことを、頭を抱えたまま呻くように言われた。
(このヒト、なんか)
言い方はアレだけど、中身は真面目、誠実そうな感じがする。
埋まってたこと以外、聞いたことに答えてくれたし。
「えっと、はい。それで、回復もですけど」
凪咲はリュックからスマホを取り出し、
「土に埋まってたんですから、汚れてないようには見えますが、お風呂でもシャワーでも良いので、使ってください。さっぱりすると思います」
両親からの連絡に目を通し──今すぐ片付けるべきものはなかった──両親へ到着したとメッセージを入れ、リュックに戻す。
「それと服、着物の手入れも、簡単にならできるので、良かったらさせてください」
「……もう……勝手にしろ……底抜けの阿呆が……」
頭を抱え、呻くように──呆れと遣る瀬無さが入り混じった声の彼は、立ち上がる様子を見せない。けれど耳と尻尾が、少しだけ嬉しそうに動いた。風呂、にではなく、着物の手入れ、と言った時に。
(お気に入りの着物なのかな)
ならば、彼の着物についても、できる限りをしよう。
頭を抱えるその彼も、立ち上がれるまで回復できていない、ではなく、凪咲の馬鹿さ加減に立ち上がる気力が失せた。
そんな雰囲気を凪咲は感じ取る。
「えーと、では、勝手にします。あなたを引きずって家の中に入ってもらうのは流石にどうかと思うので、代車を持ってきます。そこに乗ってもらうのでいいですか?」
「黙れ阿呆が、何から何までしようとする阿呆が。立って歩く程度なら力を取り戻している、わざわざ運ぼうとするな、阿呆」
呻いた彼の言葉に、気になる箇所があった。
その部分、確認を取っておかないと、彼のためにもならない。
「お風呂入ったりシャワー浴びるほどまでは、回復できてない感じですか? あなたを助けたいのもありますし、キスが駄目ならキス以外での回復方法、早めに教えてください。運ぶのはやめます、了解です」
耳も尻尾も、彼自身も。
(なんか、固まった?)
ように見えた次の瞬間、呻くのではなく唸った。抱えていた頭を、またかき回しながら。
「……教えてやる……阿呆が……俺を助けてみろ……礼をたっぷりくれてやる……」
恨めしそうに言われた。
「……はい、分かりました」
相手が初対面だからか、人間でないヒトだからか。
呆れてしまうような、心が温まるような感覚を、凪咲は珍しく感じてしまった。
(なんだかな、このヒト)
どんな形でもお礼をしてくれる気があって、そのお礼もたぶん、悪い意味でなく本当のお礼だと思える。
(それに)
俺を助けてみろ。
言った本人、無意識だろうけど。
助かるつもりがない、死ぬつもりがあると、口にした。
そしてまた、実際の声と重なって。
──お役目を。
彼から〝あの日の声〟が届いた。
凪咲は存在しない〝あの日の君〟に、心の中で尋ねてみる。
(君とこのヒト、何か関係あるのかな)
あり得ない。分かってる。
(俺が重ねちゃってるだけだよね)
ごめんね、ありがとう。
「助ける、助けます。お礼は気持ちだけで有り難いです。くれるの嬉しいですけど、そこそこで大丈夫です」
彼の隣にしゃがみ、しっかりした口調で伝えた。髪をかき回すのをやめ、両手を下ろして俯き加減になっていた彼が、俯いたまま舌打ちをする。
「あ、お礼が迷惑とかではないです。自分があなたを助けたいだけなので、お礼目当てとかではないという意味です」
「……底抜けに、お人好しの阿呆が……世間知らずの阿呆が……」
呻くように言った彼が顔を上げ、凪咲を睨んだ。
(え)
悔しい、悲しい、遣る瀬無い。俺もお前も、どこまでも阿呆だ。
自分を睨む銀色の瞳に、強く訴えられた気がした。
心に届く〝声〟じゃなく、眼差し、表情から読み取れる情報なのに。
心に届いて響いた、ような。
(何、それ。なんだよそれ)
睨みつけてるのに思いやってくれてるみたいな、なんでそんな瞳を、初対面の自分に向けるのか。
こんな自分に、向けてくれるのか。
(俺を、思いやって)
あなたに、なんの利益があるというのか。
自分に利用価値を見いだした、そんな眼差しじゃないと思えてしまうから。
裏も表も関係なく、自分を思いやってくれているように思えてならなくて。
狼狽えかけた凪咲は、狼狽える自分を認識した瞬間、必死になって「狼狽える自分」を消し去ろうとする。
(俺の馬鹿、勘違いすんな、俺)
思いやってくれてる、気にかけてくれてる、こんな自分を、大事に。
そんな勘違いなど、してはいけない。勘違いは、不幸を生む。
彼を不幸にしてしまう。だから、勘違いするな、俺。
狼狽える自分を必死に叩き潰し、表面上は少し驚いただけで済んだはずの凪咲を、彼はさらに睨みつけてくる。
「礼は受け取れ、阿呆。自分を損なう無意味な言動をするな、阿呆。たっぷりくれてやる、お前の邪魔にならないものにすれば良いのだろう」
「え、あ、はい……」
「俺は昨今の人間の好みに詳しくない。他の奴らにも当たるが、お前も教えろ。正直に教えろ、分かったか、阿呆」
「……は、い……分かり、ました……」
このヒト。
ぐしゃぐしゃな髪でも恐ろしいほど美しく思える見た目とか、ちょっと荒っぽい言動とか、そんなモノがなんだと言いたくなるくらい。
(めっちゃ真面目で誠実で、すっごい優しいヒトなんじゃ……)
ならもう、本当の本気で。
「お礼してもらう分も含めて、あなたのこと、絶対に助けます。絶対に死なせません。自分にできること、全部します」
決意を固め直し、真剣に本音を伝えたのに。
「だから阿呆なんだお前はこの阿呆が! 何一つ分かっていない阿呆が!」
泣きそうなカオで睨まれて怒鳴られた。
「す、すみません。──わあっ?!」
「阿呆め、この阿呆が、世間知らずでお人好しで、初心な気配すらする阿呆が」
頭を抱えて呻くように言ってくる彼に、
「はい、そうです、アホです」
立ち上がり、体についた土を軽くはたき落としながら応じたら、
「自分で自分をアホと言うな阿呆。だから阿呆だと言っているんだ阿呆が」
なんだか真面目そうなことを、頭を抱えたまま呻くように言われた。
(このヒト、なんか)
言い方はアレだけど、中身は真面目、誠実そうな感じがする。
埋まってたこと以外、聞いたことに答えてくれたし。
「えっと、はい。それで、回復もですけど」
凪咲はリュックからスマホを取り出し、
「土に埋まってたんですから、汚れてないようには見えますが、お風呂でもシャワーでも良いので、使ってください。さっぱりすると思います」
両親からの連絡に目を通し──今すぐ片付けるべきものはなかった──両親へ到着したとメッセージを入れ、リュックに戻す。
「それと服、着物の手入れも、簡単にならできるので、良かったらさせてください」
「……もう……勝手にしろ……底抜けの阿呆が……」
頭を抱え、呻くように──呆れと遣る瀬無さが入り混じった声の彼は、立ち上がる様子を見せない。けれど耳と尻尾が、少しだけ嬉しそうに動いた。風呂、にではなく、着物の手入れ、と言った時に。
(お気に入りの着物なのかな)
ならば、彼の着物についても、できる限りをしよう。
頭を抱えるその彼も、立ち上がれるまで回復できていない、ではなく、凪咲の馬鹿さ加減に立ち上がる気力が失せた。
そんな雰囲気を凪咲は感じ取る。
「えーと、では、勝手にします。あなたを引きずって家の中に入ってもらうのは流石にどうかと思うので、代車を持ってきます。そこに乗ってもらうのでいいですか?」
「黙れ阿呆が、何から何までしようとする阿呆が。立って歩く程度なら力を取り戻している、わざわざ運ぼうとするな、阿呆」
呻いた彼の言葉に、気になる箇所があった。
その部分、確認を取っておかないと、彼のためにもならない。
「お風呂入ったりシャワー浴びるほどまでは、回復できてない感じですか? あなたを助けたいのもありますし、キスが駄目ならキス以外での回復方法、早めに教えてください。運ぶのはやめます、了解です」
耳も尻尾も、彼自身も。
(なんか、固まった?)
ように見えた次の瞬間、呻くのではなく唸った。抱えていた頭を、またかき回しながら。
「……教えてやる……阿呆が……俺を助けてみろ……礼をたっぷりくれてやる……」
恨めしそうに言われた。
「……はい、分かりました」
相手が初対面だからか、人間でないヒトだからか。
呆れてしまうような、心が温まるような感覚を、凪咲は珍しく感じてしまった。
(なんだかな、このヒト)
どんな形でもお礼をしてくれる気があって、そのお礼もたぶん、悪い意味でなく本当のお礼だと思える。
(それに)
俺を助けてみろ。
言った本人、無意識だろうけど。
助かるつもりがない、死ぬつもりがあると、口にした。
そしてまた、実際の声と重なって。
──お役目を。
彼から〝あの日の声〟が届いた。
凪咲は存在しない〝あの日の君〟に、心の中で尋ねてみる。
(君とこのヒト、何か関係あるのかな)
あり得ない。分かってる。
(俺が重ねちゃってるだけだよね)
ごめんね、ありがとう。
「助ける、助けます。お礼は気持ちだけで有り難いです。くれるの嬉しいですけど、そこそこで大丈夫です」
彼の隣にしゃがみ、しっかりした口調で伝えた。髪をかき回すのをやめ、両手を下ろして俯き加減になっていた彼が、俯いたまま舌打ちをする。
「あ、お礼が迷惑とかではないです。自分があなたを助けたいだけなので、お礼目当てとかではないという意味です」
「……底抜けに、お人好しの阿呆が……世間知らずの阿呆が……」
呻くように言った彼が顔を上げ、凪咲を睨んだ。
(え)
悔しい、悲しい、遣る瀬無い。俺もお前も、どこまでも阿呆だ。
自分を睨む銀色の瞳に、強く訴えられた気がした。
心に届く〝声〟じゃなく、眼差し、表情から読み取れる情報なのに。
心に届いて響いた、ような。
(何、それ。なんだよそれ)
睨みつけてるのに思いやってくれてるみたいな、なんでそんな瞳を、初対面の自分に向けるのか。
こんな自分に、向けてくれるのか。
(俺を、思いやって)
あなたに、なんの利益があるというのか。
自分に利用価値を見いだした、そんな眼差しじゃないと思えてしまうから。
裏も表も関係なく、自分を思いやってくれているように思えてならなくて。
狼狽えかけた凪咲は、狼狽える自分を認識した瞬間、必死になって「狼狽える自分」を消し去ろうとする。
(俺の馬鹿、勘違いすんな、俺)
思いやってくれてる、気にかけてくれてる、こんな自分を、大事に。
そんな勘違いなど、してはいけない。勘違いは、不幸を生む。
彼を不幸にしてしまう。だから、勘違いするな、俺。
狼狽える自分を必死に叩き潰し、表面上は少し驚いただけで済んだはずの凪咲を、彼はさらに睨みつけてくる。
「礼は受け取れ、阿呆。自分を損なう無意味な言動をするな、阿呆。たっぷりくれてやる、お前の邪魔にならないものにすれば良いのだろう」
「え、あ、はい……」
「俺は昨今の人間の好みに詳しくない。他の奴らにも当たるが、お前も教えろ。正直に教えろ、分かったか、阿呆」
「……は、い……分かり、ました……」
このヒト。
ぐしゃぐしゃな髪でも恐ろしいほど美しく思える見た目とか、ちょっと荒っぽい言動とか、そんなモノがなんだと言いたくなるくらい。
(めっちゃ真面目で誠実で、すっごい優しいヒトなんじゃ……)
ならもう、本当の本気で。
「お礼してもらう分も含めて、あなたのこと、絶対に助けます。絶対に死なせません。自分にできること、全部します」
決意を固め直し、真剣に本音を伝えたのに。
「だから阿呆なんだお前はこの阿呆が! 何一つ分かっていない阿呆が!」
泣きそうなカオで睨まれて怒鳴られた。
「す、すみません。──わあっ?!」
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