銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

20 幸せを築くお城

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「急に一体なんの話だ?」

 一瞬で呆れた様子に戻った、ように見える彼はやはり、凪咲を心配そうにまっすぐ見つめてくる。
 表情、仕草、振る舞い、雰囲気、銀の瞳に映る様々な感情の色。
 思いやり、労り、気遣い──慈しんでいるような色。

(違う違う違う、絶対違う)

 勘違いしてはならない。勘違いは不幸を生む。

 彼が自分を気にかけてくれるのは、彼が優しいから、それだけだ。

「気に入らないなら考え直すと言ったが? 無理に受け入れようとしているならやめろ、気分が悪い」

 不愉快そうに言われたけれど、尻尾も耳も心配そうに揺れ動いている。

「気に入ってなくない凪咲でお願いします。てか何ホント、お前に言ってやりたいよ、なんなの。お前も自分の名前、完全に嫌いな訳でもないだろ、たぶんだけど」

 精神的な逃げ場所を求めて反論したら、彼は虚を突かれたように固まったあと、不機嫌そうに腕を組み直して眉をひそめた。耳も尻尾も、動揺を示す揺れ動き方をしている。

(ほら見ろ、やっぱり)

 不機嫌そうなのに堂々と、あまり・・・好ましく思っていない名前を、わざわざ名乗った。

(俺のために名乗ってくれた部分も、あるだろうけど)

 それならなおさら、名前まで教える必要はない。気に入っていないと言えばいいだけだ。
 大嫌いな名前を名乗ってまで教えてくれようとした「優しさ」の可能性も捨てきれなかったけど。

(今の反応は、違う)

 それにさっきも。

『誰にどう名付けられたのか知らんが、その誰かではなく』

 彼は寂しそうに言っていた。名前が気に入ってないのも本音だろうけど、名付けた誰かへ複雑な思いを抱えている。

(それくらいは読み取れるんだよ)

 役立たずなりに鍛えられた五感を──読み取る技術を、役立たずだから信用できる。

「俺も、難しく考えるのやめるからね。そんでもってお前、あなたが気に入る名前を考えるからね」

 不機嫌そうに銀色の長い尻尾九本全てを揺らし、低く唸り声を上げる彼が、凪咲を鋭く睨みつける。

「では、今、即刻だ」
「え?」

 歯が牙に変わった彼が、耳と尻尾をざわざわと揺らし、縦長になった銀色の瞳で睨みつけ、怒りと嘲りの表情で笑みを作った。

「今すぐ考えて呼んでみろ。でなければお前の作った美味い飯を俺だけで食って、即座にこの場を去ってやる。礼や詫びの要望も聞いてやらん。俺が相応だと思うモノを勝手に置いていってやる」

 それが嫌だと言うならば。

「今すぐ、俺の呼び名を考えて呼んでみろ、ナギサ」

 いやもう、お前。

(脅し方が下手すぎる)

 気が抜けかけた凪咲だけれど、今は気を抜いている場合じゃないだろと、頭の中で自分に喝を入れた。

(名前、つきのしらゆきと似てて、けど違う感じの)

 例えば、彼が考えてくれたように、音はそのままに近い──

(て、待って)

 凪咲はそこで、頭から抜けていた「あること」に気がついた。

「今、それっぽいの一個、思い浮かんだんだけど」

 驚いたように目を丸くした彼が、

「その前にちょっと確認していいかな、つきのしらゆきって平仮名? カタカナ? 漢字? どれも違う? なんにしてもどんな字? 字でもなかったりする?」

 凪咲の問いを受けて、不機嫌そうに舌打ちした。

「昨今で言う漢字という文字だが? 空にある月、色の白、冬に降る雪で月白雪だ。それがなんだ? ナギサ」
「了解、教えてくれてありがとね、それならなんだけど」

 また驚いたように目を丸くした彼へ、

「音が近くて、でも文字被りしない名前で考えてたから」

 凪咲はスマホを取り出しメモアプリに手早く打ち込んだ「文字列」が映る画面を、

「築く城の幸せって書いて、築城幸つきしろゆきって読める。これみたいな名前で良い? どう? 違う感じが良い?」

 目を丸くしている彼の前まで行き、見せてみた。

『築城幸(つきしろゆき)、築(つき)城(しろ)幸(ゆき)』

 凪咲がメモアプリへ手早く一気に打ち込んだ文字列は、一気に打ち込んだから不格好だが。

「……築城幸……」

 目を丸くしたまま、スマホの画面を見つめて唖然と「凪咲が考えた名前」を復唱した彼の様子から、

(まあ、掴みは悪くなさそうだな)

 思ったので、凪咲は話を続けることにした。

「築く城の幸せってか、幸せを築くお城って感じかな。嫌なら考え直すから「お前の文字は?」お昼、え?」

 お昼ごはんを食べながら考えよう。

 言おうとした凪咲へ、不貞腐れたカオになっている彼がスマホから凪咲へ目を移す。

「ナギサ、マツザキナギサという名前は、どのように書くのかと聞いている。この、これはスマホという機械だろう? 今お前がしたように、これに書いてみろ」
「え、あ、うん、はい」

 不貞腐れながらスマホを指し示してるつもりのお前、悔しさを隠しきれてないの分かってないよね。

(俺の名前の字を! 知らないって気づいた悔しさだろ! やめろ!)

 心にぶっ刺さることをするな、やめろ。

 内心で叫ぶ凪咲は彼から視線を外し、スマホの画面を自分へ向け、

「こんな文字です」

 やけくそ気味に手早く打ち込んだフルネームを見せた。

『松崎凪咲、松崎(まつざき)凪咲(なぎさ)』

 向けた画面を悔しそうに不貞腐れた様子で見つめる彼が、画面を──「凪咲」の箇所を指し示し、心持ち不安そうな声で。

「文字は、気に入りたいと思っている文字なのか?」
「そうですその通りだよ! もうちょっと休憩させろお昼を食べようよちょうど十二時になるしさ! ね?!」

 スマホを握りしめ、彼を睨むようにして内心でなく実際に叫んでしまった凪咲の言葉に、

「……お前と共にお前の作った美味そうな昼飯を食いたいので、一旦引き下がる」

 心にぶっ刺さることをしぶしぶ言いやがった彼は、

「この文字が本当に気に入りたい文字なのか、食ったあとか食いながらか、どちらにしても教えろ、ナギサ」

 不貞腐れた様子で心にぶっ刺さる追撃をしてきやがったので、

「気に入りたい文字だよもうホントやめろ! 死ぬ! お昼ごはんの前に死ぬ! お前の名前もこれで良いかちゃんと教えてよ分かってるよね?!」

 スマホをポケットへ素早く仕舞い、彼を強く睨みつけ、叫ぶというより絶叫するように言い返してしまった。

「分かった。気に入りたい文字らしいことも分かった。俺もお前が考えてくれた名を気に入った。文字も意味も気に入った。そう呼べ、凪咲」

 嬉しそうに耳と尻尾を揺らし、満足げに腕を組んで堂々と言われ、トドメを刺すように凪咲と呼ばれる、この状況。

「やめろってば死ぬってば! 俺の美味い昼飯を食え! 俺が死ぬ前に!」

 凪咲はまた絶叫するように言い返した。

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