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始まりの日
21 美味い飯と連呼する
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「……ハンの国……あぁ、大陸の半島の。先の戦でこの国の領地の一つになったと、聞いた覚えはある」
一人分を半分に分けた「サムゲタンっぽいスープ」の器を持ち、しげしげと眺めていた彼──『月白雪』改め『築城幸』の言葉に、凪咲は気が抜けて苦笑した。
(領地じゃなくて国のままなんだけど、感覚とか違うんだろうし、いいか)
絶叫したあと築城幸を少々強引にテーブルにつけ「サムゲタンっぽいスープ」と冷凍の惣菜をテーブルに並べ対面に座り、軽く説明してから昼食を食べ始めていた凪咲は、何度も思ったことをまた思う。
(一言目がそれってのが)
真面目さが伝わってくるというか。
いつ魂だけになったのか、だとして、生まれは千年以上も前。千年ずっと色々見聞きして体験して、変わったり変わらなかったりする国や地域名をちゃんと覚えようとしている。
(覚えろって言われたからじゃなくて)
自主的に覚えようとしている。
今までの言動から、そう思える。
「でも俺が作ったの「っぽいスープ」だし、本場のとはだいぶ違うよ。築城幸さんがどれくらい回復できるかも分かんないし」
「さんを付けて呼ぶな。敬称の類だろう、そういったモノは気に食わない」
不愉快そうに言われ、
「あ、そうなんだ? 分かった。築城幸、みたいな呼び方で大丈夫ってこと?」
どことなく偉そうなのに、敬称とか嫌いなんだ。
凪咲は不思議に思いながら、呼び方を尋ねる。
「みたいだとか大丈夫だとかが気に入らん。呼び捨てろ。そこは凪咲の考えより俺の考えを優先する」
さらに不愉快そうに言った彼はスープを一口食べ──驚いたように目を見開いた。耳と尻尾も、驚いたように、混乱しているように揺れ動く。
「え? 何? 不味い? 口に合わない? 回復するどころか悪化した?」
分かったと応えようとした凪咲は、彼の様子に不安を覚え、焦りながら聞いて、
「違う、美味い。お前、凪咲が作ったこのスープ、飯は本当に美味い。美味い上に力も取り込める。訳が分からないのはそこではない、いや、そこでもあるんだが……なんなんだこれは?」
こっちのほうが訳分かんないからな。言ってやりたくなった。
(あと)
心にぶっ刺さることを何回もさらっと言いやがったからな、お前をさん付けで呼んでやろうか。
現実逃避しかけた凪咲は、
「美味い上に、なぜこんなに力を取り込める、力を有している飯なんだ? 訳が分からないんだが。凪咲の作る美味い飯は美味いだけではないのか?」
さらに現実逃避したくなった。
「美味しくて力を取り戻せるらしいご飯で良かったよ」
どうにか叫ばずに苦笑の表情で言えた凪咲は、現実逃避の手段として、目の前にある昼ごはんに集中することにした。
追撃で心をぶっ刺してくるの、やめてくれ。
(切り替えたのに)
なんでまだ心の中で叫んでるのかな、俺は。
「らしいではない、本当に美味いと言っている。美味い上になぜ、こんなにも力を……?」
混乱している彼が、凪咲の心にぶっ刺さることを言いながら、不可解極まりないと言いたげにスープの器を持ち上げ、見つめて。
確認でもするようにスプーンでほんの少し掬ったスープを飲み、混乱を強める。
「やはり勘違いなどではない。途轍もなく力を有している美味い飯だ。食材も調理の際も、特段何かあるようには見えなかったんだが。凪咲、どういうことだ? お前の飯は美味いだけではないのか?」
「分かんないよ、なんにもしてないよ? 俺。言ったけど、心に〝声〟が届く以外、俺は普通の人間だし。あとちょっと、美味い飯って連呼するの、嬉しいけど一回やめてくれないかな」
食べつつ苦笑しながら言ったら、混乱したまま凪咲へ顔を向けた彼が、不満そうな表情になる。
「どういうことだ? 美味いと言われて嫌なら理解できるが、嬉しいなら何が駄目なんだ?」
「嬉しくて死ぬ」
開き直って笑顔で言ってやったら、不満そうな表情のまま、呆れと心配の眼差しを向けられた。
「嬉しくて死ぬ奴があるか阿呆、先ほどと同じ理屈で言っているのだろう。天に昇るだのなんだの、違うか? 美味い飯を作れる凪咲」
「違わないし、俺、やめてって言ったんだけど?」
今言ったの、絶対わざとだろ。
笑顔で睨んでやったら。
「やめるつもりはない。俺の言い分も先ほどと同じだ。嬉しくて死ぬ心地を存分に味わえ。嬉しくて死ぬと存分に言え。凪咲の飯は美味い」
不満そうに堂々と言うの、何かな。
(心配してくれるのも)
笑っちゃうくらい簡単に、心にぶっ刺さってるからね、分かってないだろうけど。
(言うつもりもないけどさ)
口にして、説明して、理解を示されてしまったら。
(馬鹿な俺は「勘違い」するだろうから)
勘違いしてはならない。勘違いなどしない。
優しいお前のためになんて、どうやったってならないから。
自分が「勘違い」しないためにも。
絶対に──
「美味い上に、こんなにも力を有している理屈は不明だが」
凪咲の美味い飯を、俺が存分に食えるならば。
「凪咲のためにもなるだろうが」
「はい?」
意味が掴めず首を傾げてしまったら、不満そうだった彼が、不貞腐れながら呆れを見せる。
「俺が力を取り込み続け、取り戻せれば、俺の助けになる。俺を助ける、助けられろと言った、凪咲のためにもなるだろうが」
そうだった、そもそもお前を助けるためにご飯を作ったんだった。
思う自分がどこか遠い場所に居るように、凪咲は感じてしまう。
(お前、俺のためって、お前)
お前の目的が変わっちゃってるの、分かってる?
一人分を半分に分けた「サムゲタンっぽいスープ」の器を持ち、しげしげと眺めていた彼──『月白雪』改め『築城幸』の言葉に、凪咲は気が抜けて苦笑した。
(領地じゃなくて国のままなんだけど、感覚とか違うんだろうし、いいか)
絶叫したあと築城幸を少々強引にテーブルにつけ「サムゲタンっぽいスープ」と冷凍の惣菜をテーブルに並べ対面に座り、軽く説明してから昼食を食べ始めていた凪咲は、何度も思ったことをまた思う。
(一言目がそれってのが)
真面目さが伝わってくるというか。
いつ魂だけになったのか、だとして、生まれは千年以上も前。千年ずっと色々見聞きして体験して、変わったり変わらなかったりする国や地域名をちゃんと覚えようとしている。
(覚えろって言われたからじゃなくて)
自主的に覚えようとしている。
今までの言動から、そう思える。
「でも俺が作ったの「っぽいスープ」だし、本場のとはだいぶ違うよ。築城幸さんがどれくらい回復できるかも分かんないし」
「さんを付けて呼ぶな。敬称の類だろう、そういったモノは気に食わない」
不愉快そうに言われ、
「あ、そうなんだ? 分かった。築城幸、みたいな呼び方で大丈夫ってこと?」
どことなく偉そうなのに、敬称とか嫌いなんだ。
凪咲は不思議に思いながら、呼び方を尋ねる。
「みたいだとか大丈夫だとかが気に入らん。呼び捨てろ。そこは凪咲の考えより俺の考えを優先する」
さらに不愉快そうに言った彼はスープを一口食べ──驚いたように目を見開いた。耳と尻尾も、驚いたように、混乱しているように揺れ動く。
「え? 何? 不味い? 口に合わない? 回復するどころか悪化した?」
分かったと応えようとした凪咲は、彼の様子に不安を覚え、焦りながら聞いて、
「違う、美味い。お前、凪咲が作ったこのスープ、飯は本当に美味い。美味い上に力も取り込める。訳が分からないのはそこではない、いや、そこでもあるんだが……なんなんだこれは?」
こっちのほうが訳分かんないからな。言ってやりたくなった。
(あと)
心にぶっ刺さることを何回もさらっと言いやがったからな、お前をさん付けで呼んでやろうか。
現実逃避しかけた凪咲は、
「美味い上に、なぜこんなに力を取り込める、力を有している飯なんだ? 訳が分からないんだが。凪咲の作る美味い飯は美味いだけではないのか?」
さらに現実逃避したくなった。
「美味しくて力を取り戻せるらしいご飯で良かったよ」
どうにか叫ばずに苦笑の表情で言えた凪咲は、現実逃避の手段として、目の前にある昼ごはんに集中することにした。
追撃で心をぶっ刺してくるの、やめてくれ。
(切り替えたのに)
なんでまだ心の中で叫んでるのかな、俺は。
「らしいではない、本当に美味いと言っている。美味い上になぜ、こんなにも力を……?」
混乱している彼が、凪咲の心にぶっ刺さることを言いながら、不可解極まりないと言いたげにスープの器を持ち上げ、見つめて。
確認でもするようにスプーンでほんの少し掬ったスープを飲み、混乱を強める。
「やはり勘違いなどではない。途轍もなく力を有している美味い飯だ。食材も調理の際も、特段何かあるようには見えなかったんだが。凪咲、どういうことだ? お前の飯は美味いだけではないのか?」
「分かんないよ、なんにもしてないよ? 俺。言ったけど、心に〝声〟が届く以外、俺は普通の人間だし。あとちょっと、美味い飯って連呼するの、嬉しいけど一回やめてくれないかな」
食べつつ苦笑しながら言ったら、混乱したまま凪咲へ顔を向けた彼が、不満そうな表情になる。
「どういうことだ? 美味いと言われて嫌なら理解できるが、嬉しいなら何が駄目なんだ?」
「嬉しくて死ぬ」
開き直って笑顔で言ってやったら、不満そうな表情のまま、呆れと心配の眼差しを向けられた。
「嬉しくて死ぬ奴があるか阿呆、先ほどと同じ理屈で言っているのだろう。天に昇るだのなんだの、違うか? 美味い飯を作れる凪咲」
「違わないし、俺、やめてって言ったんだけど?」
今言ったの、絶対わざとだろ。
笑顔で睨んでやったら。
「やめるつもりはない。俺の言い分も先ほどと同じだ。嬉しくて死ぬ心地を存分に味わえ。嬉しくて死ぬと存分に言え。凪咲の飯は美味い」
不満そうに堂々と言うの、何かな。
(心配してくれるのも)
笑っちゃうくらい簡単に、心にぶっ刺さってるからね、分かってないだろうけど。
(言うつもりもないけどさ)
口にして、説明して、理解を示されてしまったら。
(馬鹿な俺は「勘違い」するだろうから)
勘違いしてはならない。勘違いなどしない。
優しいお前のためになんて、どうやったってならないから。
自分が「勘違い」しないためにも。
絶対に──
「美味い上に、こんなにも力を有している理屈は不明だが」
凪咲の美味い飯を、俺が存分に食えるならば。
「凪咲のためにもなるだろうが」
「はい?」
意味が掴めず首を傾げてしまったら、不満そうだった彼が、不貞腐れながら呆れを見せる。
「俺が力を取り込み続け、取り戻せれば、俺の助けになる。俺を助ける、助けられろと言った、凪咲のためにもなるだろうが」
そうだった、そもそもお前を助けるためにご飯を作ったんだった。
思う自分がどこか遠い場所に居るように、凪咲は感じてしまう。
(お前、俺のためって、お前)
お前の目的が変わっちゃってるの、分かってる?
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