銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

23 お詫びの理由

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 下手すぎる脅しを聞かされていた間、ずっと。

 制御が上手くできないらしい耳と尻尾が、怯えているように揺れ動いていたのもあるけれど。

 銀色の瞳が、泣きそうなままだったのもあるけれど。

 存在しない〝あの日の君〟の助けを求める声が、聴こえ続けていたのもあるけれど。

(俺みたいなヤツを)

 世間知らずでお人好しと評してしまう、優しすぎるあなたを。

(俺なんかでも、助けられるなら)

 助けられて。助けたいから。死んで欲しくないし、元気になってもらいたい。

 ユキのために、凪咲じぶんのために。

 助けさせて利用されて

(あなたに会えて、良かったかもな)

 自分がどういう人間か、分かったよ。中身もちゃんと、両親と似てた。
 自嘲の笑みが浮かびそうになり、切り替えた凪咲は昼を食べながら伝えていく。

「ここで好きなだけ暮らして、気に入ってくれた俺のご飯を毎日毎食食べて、お風呂も寝るのも好きなだけどうぞ」

 ユキが元気になるまで、いつまでも『別邸で療養』すれば良い。

「ユキの着物もちゃんと手入れするよ。他にも何かしたくなったら、遠慮なく言ってね」

 混乱しすぎて思考が停止したのか、ユキは凪咲を呆然と見つめている。ユキの耳と尻尾が、混乱と動揺と──罪悪感を示すように揺れ動く。

(俺のためにユキを助けるんだよ?)

 あなたが罪悪感を覚える必要なんて、どこにもないのに。

 苦笑してしまった凪咲はそれらを指摘せずに、食べ終わったからと器へスプーンを置いて話し続ける。

「ユキのためになるなら、お礼もお詫びもちゃんと受け取るよ。って言いたいけど、相応のモノっての、パッとは思いつかないから考えさせてね」

 お礼とお詫び、の言葉で再起動したらしいユキが、少しだけ安堵したように息を吐いた。

「しっかり考えろ、熟考しろ。それこそ遠慮するな、いくらでも礼と詫びをしてやるから覚悟しておけ。阿呆の凪咲」

 呆れたように言ったユキが、冷凍の惣菜を食べ始める。彼の長い尻尾がゆったりと動く。余裕を見せつけるように。罪悪感を隠すように。

(嫌味が下手すぎるし、やっぱり優しくて真面目だな)

 また心にぶっ刺さったよ、泣きたくなるよ。

(あ、ヤバい)

 本当に泣きそうだな。
 これ以上、優しいユキに「醜い自分」を晒してはならない。

(なんか話題、立ち去れないし)

 必死に考えていた凪咲は、ふと気づく。

「あのさ、お礼はまだ分かるけど、お詫びってなんのお詫び?」

 自分に詫びなければいけないことを、彼はしたっけか。思い当たることが全くない。
 素直な気持ちで尋ねたら、呆れと苛立ちと罪悪感を綯い交ぜにしたような様子になったユキが、歯切れ悪く。

「口づけて、しまっただろう。口づけ、キスの経験が、全くないとは、思っていなく……しかも十八歳で、ないとは……俺の、……周囲や、以前は、当たり前だった、のも……いや、悪い。俺がどうのも、経験の有無も、歳も関係なく、悪いと思った……それの詫びだ……すまなかった……」

 耳も尻尾も項垂れて、うつむき加減に教えてくれたユキが後悔しているのは分かったが。

(年齢を言った時にちょっと驚いてたの)

 それが理由だったのかと、納得もしたが。
 真面目だなとも思うけど。

「ユキは何も悪くないでしょ、何言ってんの」

 凪咲は本音の本心を、呆れながら伝えた。

「ああしなきゃぶっ倒れてたでしょ、ユキが。俺、そんなん嫌だからね。それにあれは口づけじゃないキスじゃないって、あの場で言ったよね? 力を渡しただけ、救命活動みたいなもん。キスにカウントしない。ユキは悪くない。分かった?」

 うつむき加減で動きを止めていたユキが、低く唸って九本ある長い尻尾を威嚇するように大きく振り、

「……どこまで……阿呆なんだ……お前は……」

 低く唸りながら怒りの声で言ってきて、ゆっくりと顔を上げ、怒りと呆れが混じる表情で凪咲を睨みつけてきた。

「口づけずとも力を取り込む方法があったと、だというのに口づけたと未だに分かっていない、阿呆が」

 静かに、怒りを押し殺して諭す口調で言われたけど。

「ご飯のこと言ってる? あの状況でご飯できるの、待ってる余裕あった?」

 凪咲は呆れながら、自分を睨む銀色の瞳を軽く睨み返して反論してやる。
 言葉に詰まったユキを見て、ほらやっぱりと凪咲が言う前に。

「っ、この美味い、美味かった、冷凍の惣菜より断然美味かった飯は! 凪咲が手際良く短時間で作っていた! 恐らく間に合っていた!」

 空になっているスープの器を指し示し、苦し紛れな様子で反論を返してきた。不意打ちのように「冷凍の惣菜より断然美味かった」「手際良く」と言われて、心をぶっ刺されたことより。

 それ、結果論だって分かってるよね、お前も。

 呆れてしまった凪咲は呆れながら言おうとして、頭の片隅にずっとあった疑問を丁度いいからと投げることにした。

「間に合ってたとしてもさ、キス、力を渡すより効果高かったり、効率良かったりするの? 俺のご飯。毎日毎食、鮮度の高い食材で作ったご飯を食べても、ちゃんと力戻る? 回復できる? 助かる?」

 また言葉に詰まって、反論の余地を探し始めた銀色九尾の狐へ、凪咲は今度こそ言ってやった。

「口移しで力を渡すほうが、効果も高いし効率も良いんだね? 日課にそれも追加したいんだけど」

「急に何を言い出す、この阿呆。日課、毎日、俺から口づけを受けるつもりか。どこまで初心なんだ、凪咲の阿呆が」

 苛立った様子で呆れ果てたように、スプーンを器へ丁寧に置いてから腕を組み、睨んでくる。

(アホはどっちだよ)

 凪咲も、煽るつもりで睨み返し、腕を組んでやる。

「俺のご飯だけだと、ぶっ倒れるんでしょ。そしたら俺、即座にお前の口塞いでやるから。お前が回復するまで、死んでも口を離してやんないからね」

 アホな狐が、驚きにだろう目を見開いて、言葉を失っている間に。

「ぶっ倒れる度に無理やり口を塞がれるか、毎日少しだけで良いから力を受け取るか。どっちが良い? 両方する? 俺は別に両方でも全然いいよ。それこそ存分にしてやるから覚悟してね」

 にっこり笑って挑発してやる。

「──言ったな、凪咲」

 ユキの低い声がさらに低くなったと思ったら、その場の空気が一変した。

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