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始まりの日
24 思い知らせてやる
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異様な状況を肌で感じ取った凪咲は、思わず息を呑む。
(なに、これ)
景色は……どこも、何も変わっていない、のに。
妖しく艶めいて色香が漂う雰囲気に場が支配され、凪咲も呑まれかける。
怒り笑うユキが──銀色九尾の狐な彼が、ぐしゃぐしゃな髪のままでも目を奪われて縫い留められてしまうほどの美しさで、空間を満たしたような。
(さっきまで)
美しいとか綺麗とかの容姿より、性格や立ち振る舞いといった内面的な方向に意識がいっていたのに。
彼ほどでなくても、容姿が整った人間、ヒト、大勢見てきて『美しさ』なんて慣れているはずなのに。
(なのに、なんで)
銀色の長い尻尾を九本とも揺らめかせる動きに、銀色の耳がゆったり揺れる動きにも。
何より、ユキの。
怒り笑いの表情に──艶然とした雰囲気をまとって艶やかに嗤う彼に、魅入ってしまうのか。
「この俺と、毎日のように口づけを交わす、キスを交わすと。言ったな、凪咲。覚悟はできたか?」
低い声にまで、甘く艶めく色が乗っている。
どういう覚悟か、空気が一変したのもユキの、狐の能力なのか。
聞きたくても、凪咲は上手く声を出せない。口も上手く動かせない。思考が上手く働かない。
頭の芯が痺れていくような、体の奥が熱を持ち始めたような、訳も分からず彼を求めてしまいそうな──彼に求めてしまいそうな。
魅入られるように、引きずられるように、求める凪咲の体が、組んでいた両腕が彼へと伸びていく。
(ダメだろ、これは)
必死に抗う理性か何かが、凪咲の中から削り取られていく。
こんなやり方、ユキは、彼は望んでいない──はず。
この方法で力を取り戻せる、取り戻したいなら、出会った直後にしている──はず、だろうか。
理性らしき何かがほとんど削り取られ、思考が妙な働き方をし始める。
(俺が)
こうなるのを、待ってたのかな。
ユキ、笑ってるよな。笑ってることしか分かんないけど、笑ってるのは分かる。
(俺が、お前のこと)
欲しがったら、もっと笑ってくれるかな。
感情の読み取れない銀色の瞳は細められていて、静かに凪咲を見つめてくる。
待ち望んでいるように、求めることを求められているように、見えてならない。
(求めて、良いのかな)
必要として良いのかな。
(お前が求めてくれるなら)
お前が必要としてくれるなら。
お前を助けられるなら──助ける、ために?
浮かんだ疑問が、削り取られた理性らしき何かを取り戻していく。
(違う)
違うだろ、これは違う。こんなやり方は違う。
(ファーストキス奪っちゃったって後悔してたコイツが、こんなやり方で救われるはずがないだろ、しっかりしろ俺)
理性らしき何かを取り戻しつつある凪咲の心に〝声〟が届いた。
──申し訳ありません。どうか、お役目を。
銀色の瞳を細めて笑うように口角を上げているユキから〝あの日の君〟の声を聴いた。
助けを求める声を、助けを求め──死に向かう声を聴いた。
「──ッ!」
凪咲は力を振り絞り、伸ばしかけていた腕を一気に下ろす。
テーブルへ叩きつける形になったけれど、今はそんなの気にしている場合じゃない。
(ユキを)
驚かせてしまったらしいのは、気にしないといけないけど。
俯いて、テーブルや食器へ意識を向け、いつからか熱く荒くなっていた呼吸を整えていく凪咲は、自分の意思で口を動かす。
「訳、分かんない……けど、一応……了解……」
ユキが悲痛そうに息を呑む音が聞こえ、安心した。
(やっぱり、お前)
今のやり方、嫌なんだな。
凪咲は顔を上げ、微笑んでみせた。
彼、ユキに、安心してもらうために。
「了解、したのは、お前になんかスゴい力があるらしいってこと」
ゲームとかにある魅了みたいな、とは口にはしない。ユキを傷つけるだろうから。
「……だからなんだ。何が言いたい」
不機嫌そうなのに「その雰囲気」出せるんだ、マジでスゴいな。
(けど)
たぶん、もう。
「俺には効かないっぽいよ、その力。頭もしっかり回ってる。お前を傷つけるみたく求めたりしないよ、安心して」
だいぶ呼吸が整ってきたおかげで、しっかりした声で伝えることができた。
言われた側、ユキは、口を閉じ、不愉快そうに眉をひそめている。凪咲を睨みつける銀色の瞳が、今にも泣きそうに揺れている。
「大丈夫だよ、絶対。今の力を使ってキスしても、俺は俺のままで力を渡すから」
ずっと、声が聴こえるんだよ、お前から。
──申し訳ありません、どうか、誰か、お役目を、せめて。
「死なせない、助ける。毎日、嫌な思いなんかさせないでキスして力を渡して、絶対にユキを助けるよ」
背筋を伸ばし、姿勢を正してユキをまっすぐ見つめ、本心からの笑顔を、心を込めて。
「だから、安心して力を取り戻してよ、ユキ」
「黙れ阿呆が!」
泣き叫ぶように怒鳴ったユキが、髪がぐしゃぐしゃな頭をかき回して、銀色の長髪をさらにぐしゃぐしゃにしていく。
「阿呆な凪咲の阿呆が!! 今のようになどしてやるものか!!」
「じゃあ、今の力は無しで毎日キスして力を取り戻す方向で、いい?」
吠えるように怒鳴られて、狐って吠えるのかなと思いながら、凪咲は軽い口調で確認した。
「言ったな?! 今度こそ言ったな?! 世間知らずでお人好しで初心な阿呆の凪咲に、毎日キスをしてやる! 力を取り込んでやる! 思い知らせてやる! 覚悟しておけ阿呆の凪咲!」
頭をかき回すのはやめたらしく、腕を組んで睨まれ怒鳴られる。悔しそうに、苛立たしげに、それでもどこか安堵した様子で。
(声、聴こえなくなったな)
存在しない君が、ユキを守ってくれたのか。
(ありがとうね)
心の中で感謝して、凪咲は気になっていたことをユキへ聞く。
「日課のキスの仕方だけどさ、唇合わせるだけのヤツ? 舌を絡めるヤツ?」
ユキが驚いたように目を丸くしたので、説明が足りなかったと凪咲は気づいた。
「いや、庭でのキス。唇合わせるヤツと舌を絡めるヤツの二種類? あったでしょ。あれ、最初は俺を止めるつもりかなって思ってたけど」
思い返せば。
「最初の唇合わせるヤツより、舌を絡めるヤツのが、力を取り戻せたのかなって。合ってる?」
(なに、これ)
景色は……どこも、何も変わっていない、のに。
妖しく艶めいて色香が漂う雰囲気に場が支配され、凪咲も呑まれかける。
怒り笑うユキが──銀色九尾の狐な彼が、ぐしゃぐしゃな髪のままでも目を奪われて縫い留められてしまうほどの美しさで、空間を満たしたような。
(さっきまで)
美しいとか綺麗とかの容姿より、性格や立ち振る舞いといった内面的な方向に意識がいっていたのに。
彼ほどでなくても、容姿が整った人間、ヒト、大勢見てきて『美しさ』なんて慣れているはずなのに。
(なのに、なんで)
銀色の長い尻尾を九本とも揺らめかせる動きに、銀色の耳がゆったり揺れる動きにも。
何より、ユキの。
怒り笑いの表情に──艶然とした雰囲気をまとって艶やかに嗤う彼に、魅入ってしまうのか。
「この俺と、毎日のように口づけを交わす、キスを交わすと。言ったな、凪咲。覚悟はできたか?」
低い声にまで、甘く艶めく色が乗っている。
どういう覚悟か、空気が一変したのもユキの、狐の能力なのか。
聞きたくても、凪咲は上手く声を出せない。口も上手く動かせない。思考が上手く働かない。
頭の芯が痺れていくような、体の奥が熱を持ち始めたような、訳も分からず彼を求めてしまいそうな──彼に求めてしまいそうな。
魅入られるように、引きずられるように、求める凪咲の体が、組んでいた両腕が彼へと伸びていく。
(ダメだろ、これは)
必死に抗う理性か何かが、凪咲の中から削り取られていく。
こんなやり方、ユキは、彼は望んでいない──はず。
この方法で力を取り戻せる、取り戻したいなら、出会った直後にしている──はず、だろうか。
理性らしき何かがほとんど削り取られ、思考が妙な働き方をし始める。
(俺が)
こうなるのを、待ってたのかな。
ユキ、笑ってるよな。笑ってることしか分かんないけど、笑ってるのは分かる。
(俺が、お前のこと)
欲しがったら、もっと笑ってくれるかな。
感情の読み取れない銀色の瞳は細められていて、静かに凪咲を見つめてくる。
待ち望んでいるように、求めることを求められているように、見えてならない。
(求めて、良いのかな)
必要として良いのかな。
(お前が求めてくれるなら)
お前が必要としてくれるなら。
お前を助けられるなら──助ける、ために?
浮かんだ疑問が、削り取られた理性らしき何かを取り戻していく。
(違う)
違うだろ、これは違う。こんなやり方は違う。
(ファーストキス奪っちゃったって後悔してたコイツが、こんなやり方で救われるはずがないだろ、しっかりしろ俺)
理性らしき何かを取り戻しつつある凪咲の心に〝声〟が届いた。
──申し訳ありません。どうか、お役目を。
銀色の瞳を細めて笑うように口角を上げているユキから〝あの日の君〟の声を聴いた。
助けを求める声を、助けを求め──死に向かう声を聴いた。
「──ッ!」
凪咲は力を振り絞り、伸ばしかけていた腕を一気に下ろす。
テーブルへ叩きつける形になったけれど、今はそんなの気にしている場合じゃない。
(ユキを)
驚かせてしまったらしいのは、気にしないといけないけど。
俯いて、テーブルや食器へ意識を向け、いつからか熱く荒くなっていた呼吸を整えていく凪咲は、自分の意思で口を動かす。
「訳、分かんない……けど、一応……了解……」
ユキが悲痛そうに息を呑む音が聞こえ、安心した。
(やっぱり、お前)
今のやり方、嫌なんだな。
凪咲は顔を上げ、微笑んでみせた。
彼、ユキに、安心してもらうために。
「了解、したのは、お前になんかスゴい力があるらしいってこと」
ゲームとかにある魅了みたいな、とは口にはしない。ユキを傷つけるだろうから。
「……だからなんだ。何が言いたい」
不機嫌そうなのに「その雰囲気」出せるんだ、マジでスゴいな。
(けど)
たぶん、もう。
「俺には効かないっぽいよ、その力。頭もしっかり回ってる。お前を傷つけるみたく求めたりしないよ、安心して」
だいぶ呼吸が整ってきたおかげで、しっかりした声で伝えることができた。
言われた側、ユキは、口を閉じ、不愉快そうに眉をひそめている。凪咲を睨みつける銀色の瞳が、今にも泣きそうに揺れている。
「大丈夫だよ、絶対。今の力を使ってキスしても、俺は俺のままで力を渡すから」
ずっと、声が聴こえるんだよ、お前から。
──申し訳ありません、どうか、誰か、お役目を、せめて。
「死なせない、助ける。毎日、嫌な思いなんかさせないでキスして力を渡して、絶対にユキを助けるよ」
背筋を伸ばし、姿勢を正してユキをまっすぐ見つめ、本心からの笑顔を、心を込めて。
「だから、安心して力を取り戻してよ、ユキ」
「黙れ阿呆が!」
泣き叫ぶように怒鳴ったユキが、髪がぐしゃぐしゃな頭をかき回して、銀色の長髪をさらにぐしゃぐしゃにしていく。
「阿呆な凪咲の阿呆が!! 今のようになどしてやるものか!!」
「じゃあ、今の力は無しで毎日キスして力を取り戻す方向で、いい?」
吠えるように怒鳴られて、狐って吠えるのかなと思いながら、凪咲は軽い口調で確認した。
「言ったな?! 今度こそ言ったな?! 世間知らずでお人好しで初心な阿呆の凪咲に、毎日キスをしてやる! 力を取り込んでやる! 思い知らせてやる! 覚悟しておけ阿呆の凪咲!」
頭をかき回すのはやめたらしく、腕を組んで睨まれ怒鳴られる。悔しそうに、苛立たしげに、それでもどこか安堵した様子で。
(声、聴こえなくなったな)
存在しない君が、ユキを守ってくれたのか。
(ありがとうね)
心の中で感謝して、凪咲は気になっていたことをユキへ聞く。
「日課のキスの仕方だけどさ、唇合わせるだけのヤツ? 舌を絡めるヤツ?」
ユキが驚いたように目を丸くしたので、説明が足りなかったと凪咲は気づいた。
「いや、庭でのキス。唇合わせるヤツと舌を絡めるヤツの二種類? あったでしょ。あれ、最初は俺を止めるつもりかなって思ってたけど」
思い返せば。
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