銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

26 食器の片付けと風呂の支度

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「俺なんぞを優しいと言い、俺の尾で幸せだと言い、美味い飯を食わせてくれた凪咲には、やめてやらん。存分に味わえ、幸せすぎて死ぬことなどない。安心して存分に幸せで死ぬと言え、凪咲の阿呆」

 ユキ、お前。

(不器用にも程があるだろ)

 心にぶっ刺さるからやめろって、言えなくなるだろ。

(俺へのお詫びでやってるから、俺が色々したことに「ありがとう」って言えなくなってるんだろ)

 でも、それってさ。

(お前のために、お前を助けるためになってるってことだよね、ユキ)

 それなら、存分に言ってやるよ。
 本音の本心で、本気の言葉を伝えてやるよ。

「ユキ、ありがとう。回復も治癒も、抱きしめてくれるのも、お前の尻尾も、すっごい幸せで死んじゃいそうだけど、死なないよ」

 抱きしめられた時に腕ごと抱きしめられたから、抱きしめ返せない代わりに。
 なんとか顔を上げて、自分を心配そうに見ているユキへ、今にも泣きそうに揺れている銀色の瞳へ、心からの笑顔と感謝を、

「優しいユキのおかげで、俺、死にそうなくらいの幸せを感じてるよ。ありがとうね、ユキ」
「黙れ阿呆違う黙るな幸せで死ぬと存分に言えこの阿呆詫びに礼など述べるな凪咲の阿呆」

 伝えたら、鋭く睨みつけられ、一気に荒っぽく言われてしまった。

(いや、けどさ、お前)

 耳がすっごく嬉しそうに揺れて──

「あ、ちょ、尻尾! 尻尾まで揺らすなバカ死ぬ! ふわふわサラサラで死ぬ! これ回復と治癒できてる?! なんかもう幸せすぎて分かんないんだけど?! 最初の目的達成できてる?!」

 半分叫ぶように聞いたら、銀色の瞳が一瞬、迷うように動いた。

「もしかしてもう終わってる?! 回復も治癒も終わってたりする?! おいこら目を逸らすな! してて良いから! こうしてて大丈夫だから! そこだけ教えろ! ユキの力が減ってないか教えろ!」
「……回復と治癒は、終えた。俺が傷つけてしまった凪咲の両腕は治ったと、気配やらで読み取れる。力もそれほど減っていない。凪咲の美味い飯のおかげだ」

 目を逸らしたまま、気まずそうに。

「心にぶっ刺さることを言ってくんな! 色々と死ぬ! やっぱ今すぐ風呂に入れ俺が死ぬ前に!」

 叫んだ凪咲が腕の中から抜け出そうともがいたら、逃さないとばかりに腕に力が込められた。

「風呂には入るが、人間の風呂の支度には時間がかかるだろう。器やらも放っておかずに、片付ける必要がある。以前も昨今も、人間のそれらは俺の知るやり方と違うらしいと、一応は知っている。教えろ。教えるまで離してやらん」

 真面目か。

(あとね、お前ね)

 凪咲はもがくのをやめ、呆れそうになるのを我慢して顔を上げ、不貞腐れているユキへと苦笑を向ける。

「分かったよ。離さなくて大丈夫だし、このままで教えてくから、やり方見てて」

 不貞腐れていた表情が、少しだけ嬉しそうなものになったところで、悪いけど。

「それで、やり方がね。実演もするけど。昨今、現代のお風呂、すぐに準備できるし。食器洗いも食洗機に任せちゃえば、勝手に洗ってくれるんだよ。先にそれだけ分かっといて」

 意味が掴めない。

 表情で語ってくるユキが、何か言う前に、

「はい、これから実演して教えてくから。見てて欲しいから、後ろから抱きしめる姿勢になってくれる? 尻尾もごめんだけど、少しずらしてあんまり揺らさないようにできる? ちゃんと説明して教えるために、集中したいから」

 凪咲は苦笑したまま聞いてみる。

 抱きしめていて良いのだと理解したユキが、それでもしぶしぶといった様子で尻尾を離し、腕を緩めた。

(千年生きてて、なんでこんなに素直なのか)

 思ってから、そうじゃないのかもと凪咲は気がついた。

(千年以上前に生まれても、いつ死んだ、魂だけになったかにもよるのか)

 人ではないヒト──どデカい鯉が前に言っていたことを思い出す。
 死んだことを忘れてしまった、覚えていても。

(その状態で何年、何十年、百年以上過ごしたって、死んだ時の精神年齢みたいなものに引っ張られるんだっけ)

 千年を超えても、同じかも知れない。

 ユキの──彼の見た目は、二十歳くらい。
 その年齢で魂だけになったなら。

(二十歳くらいでもまあ、こんな感じに素直な人とか、いるだろうしな)

 凪咲じぶんの周囲にも、一人。

(二十歳じゃないけど)

 処世術がとても上手く、表と裏の使い分けもとても上手く、周囲をとても上手くコントロールしている彼も。

(たぶん、そういうの全部、取っ払ったら)

 素直そうな人だと、凪咲はずっと思っている。

「はい、これで終わり。お湯が溜まれば入れるよ」

 考えたり思い出したりしつつ、ユキに後ろから抱きしめられたまま。

 自分の食器を手洗いで、ユキの食器は食洗機での洗い方を教えて。
 後ろから抱きしめられている状態で移動し、洗面室の説明、続きになっている脱衣所の説明、浴室も同じように説明しながら風呂の準備を実演してみせた。

「……本当に、全てが。すぐ、即座に終わるのか、昨今の人間のこれらは」

 後ろの上のほう、凪咲を背中から抱きしめていたユキが呆然とした声で言い、凪咲へ回している腕にほんの僅かに力がこもる。離れていた尻尾も、迷うように凪咲へほんの少しだけ触れてくる。

 まだ離れたくない、でも離れなければ、けれど離れたくない。

(分かり易すぎる)

 素直で、真面目で、優しすぎる。

(なんかもう、俺)

 お前が何してても、心にぶっ刺さる気がしてきた。

(ぶっ刺される覚悟みたいなの、もう一回決めとこうかな)

 苦笑した凪咲は、振り仰ぐように後ろへ顔を向けた。

「準備は終わったけどさ、溜まるまでまだ少し時間、五分ないくらいだけど。その間、このまま一緒にリビングとかで休んでる?」

 呆然としていたユキの銀色の瞳が、嬉しそうに煌めく。耳も尻尾も、嬉しそうに揺れ動く。

(なのにお前、カオだけ)

 ユキは苛立ったカオを──喜んでいる自分に苛立っているような表情をしていた。

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