26 / 45
始まりの日
26 食器の片付けと風呂の支度
しおりを挟む
「俺なんぞを優しいと言い、俺の尾で幸せだと言い、美味い飯を食わせてくれた凪咲には、やめてやらん。存分に味わえ、幸せすぎて死ぬことなどない。安心して存分に幸せで死ぬと言え、凪咲の阿呆」
ユキ、お前。
(不器用にも程があるだろ)
心にぶっ刺さるからやめろって、言えなくなるだろ。
(俺へのお詫びでやってるから、俺が色々したことに「ありがとう」って言えなくなってるんだろ)
でも、それってさ。
(お前のために、お前を助けるためになってるってことだよね、ユキ)
それなら、存分に言ってやるよ。
本音の本心で、本気の言葉を伝えてやるよ。
「ユキ、ありがとう。回復も治癒も、抱きしめてくれるのも、お前の尻尾も、すっごい幸せで死んじゃいそうだけど、死なないよ」
抱きしめられた時に腕ごと抱きしめられたから、抱きしめ返せない代わりに。
なんとか顔を上げて、自分を心配そうに見ているユキへ、今にも泣きそうに揺れている銀色の瞳へ、心からの笑顔と感謝を、
「優しいユキのおかげで、俺、死にそうなくらいの幸せを感じてるよ。ありがとうね、ユキ」
「黙れ阿呆違う黙るな幸せで死ぬと存分に言えこの阿呆詫びに礼など述べるな凪咲の阿呆」
伝えたら、鋭く睨みつけられ、一気に荒っぽく言われてしまった。
(いや、けどさ、お前)
耳がすっごく嬉しそうに揺れて──
「あ、ちょ、尻尾! 尻尾まで揺らすなバカ死ぬ! ふわふわサラサラで死ぬ! これ回復と治癒できてる?! なんかもう幸せすぎて分かんないんだけど?! 最初の目的達成できてる?!」
半分叫ぶように聞いたら、銀色の瞳が一瞬、迷うように動いた。
「もしかしてもう終わってる?! 回復も治癒も終わってたりする?! おいこら目を逸らすな! してて良いから! こうしてて大丈夫だから! そこだけ教えろ! ユキの力が減ってないか教えろ!」
「……回復と治癒は、終えた。俺が傷つけてしまった凪咲の両腕は治ったと、気配やらで読み取れる。力もそれほど減っていない。凪咲の美味い飯のおかげだ」
目を逸らしたまま、気まずそうに。
「心にぶっ刺さることを言ってくんな! 色々と死ぬ! やっぱ今すぐ風呂に入れ俺が死ぬ前に!」
叫んだ凪咲が腕の中から抜け出そうともがいたら、逃さないとばかりに腕に力が込められた。
「風呂には入るが、人間の風呂の支度には時間がかかるだろう。器やらも放っておかずに、片付ける必要がある。以前も昨今も、人間のそれらは俺の知るやり方と違うらしいと、一応は知っている。教えろ。教えるまで離してやらん」
真面目か。
(あとね、お前ね)
凪咲はもがくのをやめ、呆れそうになるのを我慢して顔を上げ、不貞腐れているユキへと苦笑を向ける。
「分かったよ。離さなくて大丈夫だし、このままで教えてくから、やり方見てて」
不貞腐れていた表情が、少しだけ嬉しそうなものになったところで、悪いけど。
「それで、やり方がね。実演もするけど。昨今、現代のお風呂、すぐに準備できるし。食器洗いも食洗機に任せちゃえば、勝手に洗ってくれるんだよ。先にそれだけ分かっといて」
意味が掴めない。
表情で語ってくるユキが、何か言う前に、
「はい、これから実演して教えてくから。見てて欲しいから、後ろから抱きしめる姿勢になってくれる? 尻尾もごめんだけど、少しずらしてあんまり揺らさないようにできる? ちゃんと説明して教えるために、集中したいから」
凪咲は苦笑したまま聞いてみる。
抱きしめていて良いのだと理解したユキが、それでもしぶしぶといった様子で尻尾を離し、腕を緩めた。
(千年生きてて、なんでこんなに素直なのか)
思ってから、そうじゃないのかもと凪咲は気がついた。
(千年以上前に生まれても、いつ死んだ、魂だけになったかにもよるのか)
人ではないヒト──どデカい鯉が前に言っていたことを思い出す。
死んだことを忘れてしまった、覚えていても。
(その状態で何年、何十年、百年以上過ごしたって、死んだ時の精神年齢みたいなものに引っ張られるんだっけ)
千年を超えても、同じかも知れない。
ユキの──彼の見た目は、二十歳くらい。
その年齢で魂だけになったなら。
(二十歳くらいでもまあ、こんな感じに素直な人とか、いるだろうしな)
凪咲の周囲にも、一人。
(二十歳じゃないけど)
処世術がとても上手く、表と裏の使い分けもとても上手く、周囲をとても上手くコントロールしている彼も。
(たぶん、そういうの全部、取っ払ったら)
素直そうな人だと、凪咲はずっと思っている。
「はい、これで終わり。お湯が溜まれば入れるよ」
考えたり思い出したりしつつ、ユキに後ろから抱きしめられたまま。
自分の食器を手洗いで、彼の食器は食洗機での洗い方を教えて。
後ろから抱きしめられている状態で移動し、洗面室の説明、続きになっている脱衣所の説明、浴室も同じように説明しながら風呂の準備を実演してみせた。
「……本当に、全てが。すぐ、即座に終わるのか、昨今の人間のこれらは」
後ろの上のほう、凪咲を背中から抱きしめていたユキが呆然とした声で言い、凪咲へ回している腕にほんの僅かに力がこもる。離れていた尻尾も、迷うように凪咲へほんの少しだけ触れてくる。
まだ離れたくない、でも離れなければ、けれど離れたくない。
(分かり易すぎる)
素直で、真面目で、優しすぎる。
(なんかもう、俺)
お前が何してても、心にぶっ刺さる気がしてきた。
(ぶっ刺される覚悟みたいなの、もう一回決めとこうかな)
苦笑した凪咲は、振り仰ぐように後ろへ顔を向けた。
「準備は終わったけどさ、溜まるまでまだ少し時間、五分ないくらいだけど。その間、このまま一緒にリビングとかで休んでる?」
呆然としていたユキの銀色の瞳が、嬉しそうに煌めく。耳も尻尾も、嬉しそうに揺れ動く。
(なのにお前、カオだけ)
ユキは苛立ったカオを──喜んでいる自分に苛立っているような表情をしていた。
ユキ、お前。
(不器用にも程があるだろ)
心にぶっ刺さるからやめろって、言えなくなるだろ。
(俺へのお詫びでやってるから、俺が色々したことに「ありがとう」って言えなくなってるんだろ)
でも、それってさ。
(お前のために、お前を助けるためになってるってことだよね、ユキ)
それなら、存分に言ってやるよ。
本音の本心で、本気の言葉を伝えてやるよ。
「ユキ、ありがとう。回復も治癒も、抱きしめてくれるのも、お前の尻尾も、すっごい幸せで死んじゃいそうだけど、死なないよ」
抱きしめられた時に腕ごと抱きしめられたから、抱きしめ返せない代わりに。
なんとか顔を上げて、自分を心配そうに見ているユキへ、今にも泣きそうに揺れている銀色の瞳へ、心からの笑顔と感謝を、
「優しいユキのおかげで、俺、死にそうなくらいの幸せを感じてるよ。ありがとうね、ユキ」
「黙れ阿呆違う黙るな幸せで死ぬと存分に言えこの阿呆詫びに礼など述べるな凪咲の阿呆」
伝えたら、鋭く睨みつけられ、一気に荒っぽく言われてしまった。
(いや、けどさ、お前)
耳がすっごく嬉しそうに揺れて──
「あ、ちょ、尻尾! 尻尾まで揺らすなバカ死ぬ! ふわふわサラサラで死ぬ! これ回復と治癒できてる?! なんかもう幸せすぎて分かんないんだけど?! 最初の目的達成できてる?!」
半分叫ぶように聞いたら、銀色の瞳が一瞬、迷うように動いた。
「もしかしてもう終わってる?! 回復も治癒も終わってたりする?! おいこら目を逸らすな! してて良いから! こうしてて大丈夫だから! そこだけ教えろ! ユキの力が減ってないか教えろ!」
「……回復と治癒は、終えた。俺が傷つけてしまった凪咲の両腕は治ったと、気配やらで読み取れる。力もそれほど減っていない。凪咲の美味い飯のおかげだ」
目を逸らしたまま、気まずそうに。
「心にぶっ刺さることを言ってくんな! 色々と死ぬ! やっぱ今すぐ風呂に入れ俺が死ぬ前に!」
叫んだ凪咲が腕の中から抜け出そうともがいたら、逃さないとばかりに腕に力が込められた。
「風呂には入るが、人間の風呂の支度には時間がかかるだろう。器やらも放っておかずに、片付ける必要がある。以前も昨今も、人間のそれらは俺の知るやり方と違うらしいと、一応は知っている。教えろ。教えるまで離してやらん」
真面目か。
(あとね、お前ね)
凪咲はもがくのをやめ、呆れそうになるのを我慢して顔を上げ、不貞腐れているユキへと苦笑を向ける。
「分かったよ。離さなくて大丈夫だし、このままで教えてくから、やり方見てて」
不貞腐れていた表情が、少しだけ嬉しそうなものになったところで、悪いけど。
「それで、やり方がね。実演もするけど。昨今、現代のお風呂、すぐに準備できるし。食器洗いも食洗機に任せちゃえば、勝手に洗ってくれるんだよ。先にそれだけ分かっといて」
意味が掴めない。
表情で語ってくるユキが、何か言う前に、
「はい、これから実演して教えてくから。見てて欲しいから、後ろから抱きしめる姿勢になってくれる? 尻尾もごめんだけど、少しずらしてあんまり揺らさないようにできる? ちゃんと説明して教えるために、集中したいから」
凪咲は苦笑したまま聞いてみる。
抱きしめていて良いのだと理解したユキが、それでもしぶしぶといった様子で尻尾を離し、腕を緩めた。
(千年生きてて、なんでこんなに素直なのか)
思ってから、そうじゃないのかもと凪咲は気がついた。
(千年以上前に生まれても、いつ死んだ、魂だけになったかにもよるのか)
人ではないヒト──どデカい鯉が前に言っていたことを思い出す。
死んだことを忘れてしまった、覚えていても。
(その状態で何年、何十年、百年以上過ごしたって、死んだ時の精神年齢みたいなものに引っ張られるんだっけ)
千年を超えても、同じかも知れない。
ユキの──彼の見た目は、二十歳くらい。
その年齢で魂だけになったなら。
(二十歳くらいでもまあ、こんな感じに素直な人とか、いるだろうしな)
凪咲の周囲にも、一人。
(二十歳じゃないけど)
処世術がとても上手く、表と裏の使い分けもとても上手く、周囲をとても上手くコントロールしている彼も。
(たぶん、そういうの全部、取っ払ったら)
素直そうな人だと、凪咲はずっと思っている。
「はい、これで終わり。お湯が溜まれば入れるよ」
考えたり思い出したりしつつ、ユキに後ろから抱きしめられたまま。
自分の食器を手洗いで、彼の食器は食洗機での洗い方を教えて。
後ろから抱きしめられている状態で移動し、洗面室の説明、続きになっている脱衣所の説明、浴室も同じように説明しながら風呂の準備を実演してみせた。
「……本当に、全てが。すぐ、即座に終わるのか、昨今の人間のこれらは」
後ろの上のほう、凪咲を背中から抱きしめていたユキが呆然とした声で言い、凪咲へ回している腕にほんの僅かに力がこもる。離れていた尻尾も、迷うように凪咲へほんの少しだけ触れてくる。
まだ離れたくない、でも離れなければ、けれど離れたくない。
(分かり易すぎる)
素直で、真面目で、優しすぎる。
(なんかもう、俺)
お前が何してても、心にぶっ刺さる気がしてきた。
(ぶっ刺される覚悟みたいなの、もう一回決めとこうかな)
苦笑した凪咲は、振り仰ぐように後ろへ顔を向けた。
「準備は終わったけどさ、溜まるまでまだ少し時間、五分ないくらいだけど。その間、このまま一緒にリビングとかで休んでる?」
呆然としていたユキの銀色の瞳が、嬉しそうに煌めく。耳も尻尾も、嬉しそうに揺れ動く。
(なのにお前、カオだけ)
ユキは苛立ったカオを──喜んでいる自分に苛立っているような表情をしていた。
0
あなたにおすすめの小説
すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない
和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。
お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。
===================
美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。
オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。
聖獣は黒髪の青年に愛を誓う
午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。
ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。
だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。
全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。
やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
水曜日の迷いごと
咲月千日月
BL
人知れず心に抱えているもの、ありますか?
【 准教授(弁護士) × 法科大学院生 】
純粋で不器用なゆえに生き辛さを感じている二人の、主人公目線からの等身大ピュア系ラブストーリーです。
*現代が舞台ですが、もちろんフィクションです。
*性的表現過多の回には※マークがついています。
恋人ごっこはおしまい
秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」
そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。
そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。
それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。
ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。
友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは……
悩み多き大学生同士の拗らせBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる