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始まりの日
27 ここに居るのは、自分と
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「……ユキと、もうちょっと一緒に居たいな、俺」
凪咲は苦笑しながら、遠慮がちに言ってみた。
ユキのために、とは言わないけれど。
(俺の人生で)
こんなことを言う場面に出くわすとは、カケラも想像していなかった。
「ならば共に居てやる」
堂々と言われましても。
「うん、ありが──ギャッ?!」
またしても素早く、どうやったのか分からない方法で横向きに抱え上げられた。
「風呂に湯が張られるまで、リビング、居間か。共に居てやる」
凪咲を抱え、浴室から出て堂々とした足取りで廊下を歩くユキに。
「それは、うん、はい」
だとして、抱え上げる必要はあるのか?
言って良いものか、凪咲は少し迷う。
(聞いたら)
嬉しそうにしているユキが「やはり離れなければならないのか」と、口に出さずとも悲しむ気がする。
うつむき加減で迷い悩む凪咲の耳に、ユキの堂々とした声が届く。
「昨今、現代とやらの人間の風呂の支度も、食器の扱いや食洗機という機械の扱いも、ある程度は理解した」
次からは。
「俺にも、ある程度ならできるだろう。すぐに上達するかは分からないが、凪咲が良ければ、俺にもあれらの作業をさせてくれ」
なんで、お前は。
(俺の心へ的確にぶっ刺さることを、言うのかな)
もう、アレなんだけど。
(また泣きそうになっちゃってるから、風呂溜まるまでお前から離れられなくなっちゃったんだけど)
ユキの胸に額を押しつけ、泣きそうに揺れる感情を必死に宥め、声を震わせないように気をつけて、
「無理に、すること、ないけど。したいなら、やってみて。分かんないとこあったら、また教えるよ」
言ったつもりの凪咲は、声も震えずに済んだと安心したのに。
「……すまない、泣きたくなるほど気分を害する発言だと思っていなかった。俺は何もしないほうが、凪咲のためになるのか?」
リビングに着いたらしいユキに、後悔が滲む声で言われて、凪咲はどう答えれば良いか分からなくなった。
ただ、これだけは。
これだけは伝えなければ。
「ユキは、なんも悪くないよ。気分を害した、悪くなった訳でもない。ユキのしたいようにしてくて、ホントに良いんだよ」
嬉しいんだよ。
伝えてはならない、これだけは。
「俺のしたいようにして良いと、またお人好しなことを言った阿呆の凪咲に、あえて聞くが」
ソファだろう場所に座って凪咲を優しく抱きしめ直し、九本の尻尾を全て使って包み込んだユキが、
「俺が片付けやら風呂の支度やらをして、凪咲が嬉しく思うか気分を害するか、答えろ」
不愉快そうに聞いてきた。
(答えられないことを聞くな、バカ)
でも、何か言わないと、ユキを傷つけてしまう。
思ってしまう自分は、やっぱり両親のようになれないのだろうか。
(もう、なんも分かんない)
泣きそうな凪咲はユキの胸元に額を押しつけたまま、震えてしまう声で、心の中も頭の中もぐちゃぐちゃな、整理できていない言葉を──隠さなければならない本心を、吐き出していた。
「知らない、分かんない。嬉しい気もするけど、そういうのされたことないから、分かんない。ホントに、ユキの好きなようにして。俺、今、なんも分かんない」
「ならば、試しで良いからさせてくれ。それからどうするか、どうしたいか、俺がどうすれば凪咲のためになるか、教えてくれ」
優しい声で言ってくれて、優しく頭を撫でてくれて、優しく抱きしめてくれて、包み込んでくれる尻尾も全部がふわふわサラサラで。
温かくないのに、やっぱりこれ。
「幸せで……死ぬ……余計に分かんなくなる……死ぬ……幸せすぎる……」
「今は考えなくて良い。存分に幸せを味わえ。存分に幸せで死ぬと言え。顔も見ていない。泣きたいだけ泣けば良い」
なんなんだよ、お前、ユキ。
(俺、お前に振り回されてる気がしてきた)
本気で泣いてやろうか。泣いてやるからな。
(ここ、家の中だし)
泣いていいって、お前が言ったんだからな、ユキ。
けど、これは言わなくちゃ。
「……着物……ごめん……また、濡れる……」
「気にするな、存分に泣け。凪咲のしたいようにしろ」
また、心にぶっ刺さった。
(どうしてこんな、ぶっ刺さるのかな)
それも今は、考えなくて良いのか。
泣きたいだけ泣いていいんだ。
(ここに居るのは)
凪咲と彼だけだから。
優しいユキの胸の中で、幸せすぎて死ぬ腕の中で。
凪咲は泣いて、泣いて、泣き疲れて泣き止んで──風呂がとっくに沸いていることに気づき、慌ててユキを脱衣所へ引っ張っていく。
「ごめんね、泣きすぎた。服はすぐに持ってくるからさ、早くお風呂入って」
「いや、凪咲。風呂には入るが、お前をひとりにして大丈夫なのか」
「大丈夫だよありがとね、大丈夫だから。心配してくれるのぶっ刺さるから、ちょっとやめてほしいかな」
「いや、だから、ぶっ刺さるということは、また泣くということだろう。泣いている凪咲を放っておくなど、俺が嫌なんだが」
洗面室まで、なんとか引っ張ってこれたのに。
(ぶっ刺される覚悟、二回も決めたけど)
慣れてないから、限界が来たよこんちくしょう。
「ごめんね! ありがとね! そんな俺のためにも風呂に入れ頼むから! 泣いたら泣いちゃったって正直に言うから! もう入れ! 早く入れ! 俺のために入れユキ今すぐ! 俺のために!」
脱衣所へ押し込むつもりで、躊躇いを見せるユキの背中を強めに押す。
「……分かった」
観念したように脱衣所へ入ったユキを見て、凪咲がホッとした瞬間。
「泣きそうになったら、俺が風呂に入っているからと遠慮せずに声をかけろ、凪咲」
声も言葉も表情も仕草も、心配そうに揺れる銀色の瞳も心にぶっ刺さった凪咲は、
「無理をして堪え──」
「分かったから早くお風呂に入ってってば!!」
ユキが話していると分かっていても耐えきれず、ドアを閉めた。
凪咲は苦笑しながら、遠慮がちに言ってみた。
ユキのために、とは言わないけれど。
(俺の人生で)
こんなことを言う場面に出くわすとは、カケラも想像していなかった。
「ならば共に居てやる」
堂々と言われましても。
「うん、ありが──ギャッ?!」
またしても素早く、どうやったのか分からない方法で横向きに抱え上げられた。
「風呂に湯が張られるまで、リビング、居間か。共に居てやる」
凪咲を抱え、浴室から出て堂々とした足取りで廊下を歩くユキに。
「それは、うん、はい」
だとして、抱え上げる必要はあるのか?
言って良いものか、凪咲は少し迷う。
(聞いたら)
嬉しそうにしているユキが「やはり離れなければならないのか」と、口に出さずとも悲しむ気がする。
うつむき加減で迷い悩む凪咲の耳に、ユキの堂々とした声が届く。
「昨今、現代とやらの人間の風呂の支度も、食器の扱いや食洗機という機械の扱いも、ある程度は理解した」
次からは。
「俺にも、ある程度ならできるだろう。すぐに上達するかは分からないが、凪咲が良ければ、俺にもあれらの作業をさせてくれ」
なんで、お前は。
(俺の心へ的確にぶっ刺さることを、言うのかな)
もう、アレなんだけど。
(また泣きそうになっちゃってるから、風呂溜まるまでお前から離れられなくなっちゃったんだけど)
ユキの胸に額を押しつけ、泣きそうに揺れる感情を必死に宥め、声を震わせないように気をつけて、
「無理に、すること、ないけど。したいなら、やってみて。分かんないとこあったら、また教えるよ」
言ったつもりの凪咲は、声も震えずに済んだと安心したのに。
「……すまない、泣きたくなるほど気分を害する発言だと思っていなかった。俺は何もしないほうが、凪咲のためになるのか?」
リビングに着いたらしいユキに、後悔が滲む声で言われて、凪咲はどう答えれば良いか分からなくなった。
ただ、これだけは。
これだけは伝えなければ。
「ユキは、なんも悪くないよ。気分を害した、悪くなった訳でもない。ユキのしたいようにしてくて、ホントに良いんだよ」
嬉しいんだよ。
伝えてはならない、これだけは。
「俺のしたいようにして良いと、またお人好しなことを言った阿呆の凪咲に、あえて聞くが」
ソファだろう場所に座って凪咲を優しく抱きしめ直し、九本の尻尾を全て使って包み込んだユキが、
「俺が片付けやら風呂の支度やらをして、凪咲が嬉しく思うか気分を害するか、答えろ」
不愉快そうに聞いてきた。
(答えられないことを聞くな、バカ)
でも、何か言わないと、ユキを傷つけてしまう。
思ってしまう自分は、やっぱり両親のようになれないのだろうか。
(もう、なんも分かんない)
泣きそうな凪咲はユキの胸元に額を押しつけたまま、震えてしまう声で、心の中も頭の中もぐちゃぐちゃな、整理できていない言葉を──隠さなければならない本心を、吐き出していた。
「知らない、分かんない。嬉しい気もするけど、そういうのされたことないから、分かんない。ホントに、ユキの好きなようにして。俺、今、なんも分かんない」
「ならば、試しで良いからさせてくれ。それからどうするか、どうしたいか、俺がどうすれば凪咲のためになるか、教えてくれ」
優しい声で言ってくれて、優しく頭を撫でてくれて、優しく抱きしめてくれて、包み込んでくれる尻尾も全部がふわふわサラサラで。
温かくないのに、やっぱりこれ。
「幸せで……死ぬ……余計に分かんなくなる……死ぬ……幸せすぎる……」
「今は考えなくて良い。存分に幸せを味わえ。存分に幸せで死ぬと言え。顔も見ていない。泣きたいだけ泣けば良い」
なんなんだよ、お前、ユキ。
(俺、お前に振り回されてる気がしてきた)
本気で泣いてやろうか。泣いてやるからな。
(ここ、家の中だし)
泣いていいって、お前が言ったんだからな、ユキ。
けど、これは言わなくちゃ。
「……着物……ごめん……また、濡れる……」
「気にするな、存分に泣け。凪咲のしたいようにしろ」
また、心にぶっ刺さった。
(どうしてこんな、ぶっ刺さるのかな)
それも今は、考えなくて良いのか。
泣きたいだけ泣いていいんだ。
(ここに居るのは)
凪咲と彼だけだから。
優しいユキの胸の中で、幸せすぎて死ぬ腕の中で。
凪咲は泣いて、泣いて、泣き疲れて泣き止んで──風呂がとっくに沸いていることに気づき、慌ててユキを脱衣所へ引っ張っていく。
「ごめんね、泣きすぎた。服はすぐに持ってくるからさ、早くお風呂入って」
「いや、凪咲。風呂には入るが、お前をひとりにして大丈夫なのか」
「大丈夫だよありがとね、大丈夫だから。心配してくれるのぶっ刺さるから、ちょっとやめてほしいかな」
「いや、だから、ぶっ刺さるということは、また泣くということだろう。泣いている凪咲を放っておくなど、俺が嫌なんだが」
洗面室まで、なんとか引っ張ってこれたのに。
(ぶっ刺される覚悟、二回も決めたけど)
慣れてないから、限界が来たよこんちくしょう。
「ごめんね! ありがとね! そんな俺のためにも風呂に入れ頼むから! 泣いたら泣いちゃったって正直に言うから! もう入れ! 早く入れ! 俺のために入れユキ今すぐ! 俺のために!」
脱衣所へ押し込むつもりで、躊躇いを見せるユキの背中を強めに押す。
「……分かった」
観念したように脱衣所へ入ったユキを見て、凪咲がホッとした瞬間。
「泣きそうになったら、俺が風呂に入っているからと遠慮せずに声をかけろ、凪咲」
声も言葉も表情も仕草も、心配そうに揺れる銀色の瞳も心にぶっ刺さった凪咲は、
「無理をして堪え──」
「分かったから早くお風呂に入ってってば!!」
ユキが話していると分かっていても耐えきれず、ドアを閉めた。
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