銀色九尾な孤の彼と

山法師

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始まりの日

28 髪の色

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 ユキの着替えを見繕い、できる限り服が発する〝気配〟を宥め、凪咲は洗面室のドアをノックする。

「着れそ「泣きそうなのか?!」っ?!」

 浴室に居るらしいユキが慌てたように何か言う声が三重のドア越しにくぐもって聞こえたことより、なぜか同時に水をぶっかけられたような感覚があって凪咲は身を固くした。

(水、じゃ、ない)

 お湯だ、これ。

(お湯ってか)

 湯船に浸かっていたのか、お湯でびしょ濡れのユキに抱きしめられたと理解する。

(なんで?)

 理解できたからこそ状況が掴めず、凪咲は混乱して固まった。

 ぶっかけられたと誤解した理由も理解できて、余計に混乱してしまう。

 お湯でびしょ濡れの尻尾九本全部で包みこまれ、勢いがあったのかお湯でびしょ濡れなユキの長い銀髪まで、凪咲の上に被さっていた。

(いやもう、ぶっかけられたようなもんだけど)

 こっちも全身、お湯でびしょ濡れだよ。

「えっと、ユキ? ごめん、なんかあった? 大丈夫?」

 目に見えない速さで浴室から廊下まで出てきたのは、狐の能力だろうと思う。

(そっちには驚かないけど)

 びしょ濡れのまま飛び出してくるほど、何か緊急事態があったのか。

(しかもなんでか、俺を抱きしめてきたし)

 よほどのことがあったのかと、被さっていた銀髪を少しどかし、ユキを見上げた。

「俺ではない、お前が大丈夫かと聞いている」

 仏頂面のユキが、心配そうな声と不安そうに揺れる銀色の眼差しを向けてきた。びしょ濡れな耳も、心配そうに揺れ動いている。

「泣きそうになったら声をかけると、お前は言っただろう、凪咲」
「え? あ」

 お風呂に入っている間、ずっと気にしてくれたのか。

(しかも)

 お湯でない温かさまで感じ、回復をさせてくれていると気がついた。

「大丈夫だよ、ユキ。泣きそうなんじゃなくて、着替え持ってきたよって声をかけただけだから」

 濡れてしまったけれど、また別の服を持ってくればいいだけだ。
 まだ不安そうで心配してくれている様子のユキへ、安心してもらおうと笑顔を見せる。

「ありがとね、ずっと気にかけてくれてたんだね。服、新しいの持ってくるから、お風呂入り直して待ってて──ユキ?」

 安心するどころか、驚いたように目を瞬かせたユキに、首を傾げてしまう。

「……凪咲……お前……髪……?」
「かみ?」
「か、みの……色、が……変わ……くろ……?」

 驚く、というより狼狽え出したユキの言葉に、凪咲もまさかと驚いて、

「え? 待って、ヘアカラー落ちてるってこと?」

 服を持っていない右手の指で自分の頭に触れ、指先がナチュラルブラウンになった──ヘアカラーが本当に落ちてきていることを理解した。

「ごめんユキ、ちょっと離れて。なんでか分かんないけど、ヘアカラー、染料みたいなヤツが落ちてるから。ユキがナチュラルブラウン、茶色っぽくなっちゃうから、ちょっと離れてて」

 凪咲は狼狽えているユキの返事を待たずに被さっているユキの髪を全てどかし、あとで落とせば大丈夫だろうからと濡れてしまった着替えで自分の頭を拭いていく。

 ユキの返事を待っている間に、ユキを茶色っぽくさせてしまったら申し訳ない。

「ごめんね、驚かせるつもりはなくて。このヘアカラー、水でもお湯でも落ちないからさ。なんでか落ちてるけど。ユキに着替え渡してから、洗面室で専用のヤツ使って落とすつもりだったんだ」

 拭っていた衣類に茶色が付かなくなったので、落ちかけていたヘアカラーは全て拭えたはず。狼狽えすぎて動けなくなっているらしいユキの髪や胸の辺りが茶色になっていないことも確認し、

「ヘアカラー、ユキに付けちゃったりはしてないみたい」

 安心した凪咲は、苦笑しながら顔を上げた。

「それでね、俺の髪、ヘアカラー落ちたから見えてると思うし、さっきユキが言った通りに、ホントは黒、で……、ユキ……?」

 狼狽えすぎて動けなくなったのではなく、呆然としていたらしいユキの瞳が揺れている。
 銀色の眼差しは、どこか、焦がれるように。

「……────さま……」

 思わずこぼしてしまったような、とても小さく掠れた声で、ユキが『誰か』を呼んだ。
 敬称の類を好まないと言ったユキが、『様』を付けて『誰か』を焦がれるように呼んだ。

(そっか)

 月白雪あなたの大事な存在は、自分と同じ黒髪なのか。

(どこぞの誰かさんかな)

 なんにしても、ユキには大切に思う存在がいる。

 凪咲は心の底から安堵して、笑顔になった。

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