28 / 45
始まりの日
28 髪の色
しおりを挟む
ユキの着替えを見繕い、できる限り服が発する〝気配〟を宥め、凪咲は洗面室のドアをノックする。
「着れそ「泣きそうなのか?!」っ?!」
浴室に居るらしいユキが慌てたように何か言う声が三重のドア越しにくぐもって聞こえたことより、なぜか同時に水をぶっかけられたような感覚があって凪咲は身を固くした。
(水、じゃ、ない)
お湯だ、これ。
(お湯ってか)
湯船に浸かっていたのか、お湯でびしょ濡れのユキに抱きしめられたと理解する。
(なんで?)
理解できたからこそ状況が掴めず、凪咲は混乱して固まった。
ぶっかけられたと誤解した理由も理解できて、余計に混乱してしまう。
お湯でびしょ濡れの尻尾九本全部で包みこまれ、勢いがあったのかお湯でびしょ濡れなユキの長い銀髪まで、凪咲の上に被さっていた。
(いやもう、ぶっかけられたようなもんだけど)
こっちも全身、お湯でびしょ濡れだよ。
「えっと、ユキ? ごめん、なんかあった? 大丈夫?」
目に見えない速さで浴室から廊下まで出てきたのは、狐の能力だろうと思う。
(そっちには驚かないけど)
びしょ濡れのまま飛び出してくるほど、何か緊急事態があったのか。
(しかもなんでか、俺を抱きしめてきたし)
よほどのことがあったのかと、被さっていた銀髪を少しどかし、ユキを見上げた。
「俺ではない、お前が大丈夫かと聞いている」
仏頂面のユキが、心配そうな声と不安そうに揺れる銀色の眼差しを向けてきた。びしょ濡れな耳も、心配そうに揺れ動いている。
「泣きそうになったら声をかけると、お前は言っただろう、凪咲」
「え? あ」
お風呂に入っている間、ずっと気にしてくれたのか。
(しかも)
お湯でない温かさまで感じ、回復をさせてくれていると気がついた。
「大丈夫だよ、ユキ。泣きそうなんじゃなくて、着替え持ってきたよって声をかけただけだから」
濡れてしまったけれど、また別の服を持ってくればいいだけだ。
まだ不安そうで心配してくれている様子のユキへ、安心してもらおうと笑顔を見せる。
「ありがとね、ずっと気にかけてくれてたんだね。服、新しいの持ってくるから、お風呂入り直して待ってて──ユキ?」
安心するどころか、驚いたように目を瞬かせたユキに、首を傾げてしまう。
「……凪咲……お前……髪……?」
「かみ?」
「か、みの……色、が……変わ……くろ……?」
驚く、というより狼狽え出したユキの言葉に、凪咲もまさかと驚いて、
「え? 待って、ヘアカラー落ちてるってこと?」
服を持っていない右手の指で自分の頭に触れ、指先がナチュラルブラウンになった──ヘアカラーが本当に落ちてきていることを理解した。
「ごめんユキ、ちょっと離れて。なんでか分かんないけど、ヘアカラー、染料みたいなヤツが落ちてるから。ユキがナチュラルブラウン、茶色っぽくなっちゃうから、ちょっと離れてて」
凪咲は狼狽えているユキの返事を待たずに被さっているユキの髪を全てどかし、あとで落とせば大丈夫だろうからと濡れてしまった着替えで自分の頭を拭いていく。
ユキの返事を待っている間に、ユキを茶色っぽくさせてしまったら申し訳ない。
「ごめんね、驚かせるつもりはなくて。このヘアカラー、水でもお湯でも落ちないからさ。なんでか落ちてるけど。ユキに着替え渡してから、洗面室で専用のヤツ使って落とすつもりだったんだ」
拭っていた衣類に茶色が付かなくなったので、落ちかけていたヘアカラーは全て拭えたはず。狼狽えすぎて動けなくなっているらしいユキの髪や胸の辺りが茶色になっていないことも確認し、
「ヘアカラー、ユキに付けちゃったりはしてないみたい」
安心した凪咲は、苦笑しながら顔を上げた。
「それでね、俺の髪、ヘアカラー落ちたから見えてると思うし、さっきユキが言った通りに、ホントは黒、で……、ユキ……?」
狼狽えすぎて動けなくなったのではなく、呆然としていたらしいユキの瞳が揺れている。
銀色の眼差しは、どこか、焦がれるように。
「……────さま……」
思わずこぼしてしまったような、とても小さく掠れた声で、ユキが『誰か』を呼んだ。
敬称の類を好まないと言ったユキが、『様』を付けて『誰か』を焦がれるように呼んだ。
(そっか)
月白雪の大事な存在は、自分と同じ黒髪なのか。
(どこぞの誰かさんかな)
なんにしても、ユキには大切に思う存在がいる。
凪咲は心の底から安堵して、笑顔になった。
「着れそ「泣きそうなのか?!」っ?!」
浴室に居るらしいユキが慌てたように何か言う声が三重のドア越しにくぐもって聞こえたことより、なぜか同時に水をぶっかけられたような感覚があって凪咲は身を固くした。
(水、じゃ、ない)
お湯だ、これ。
(お湯ってか)
湯船に浸かっていたのか、お湯でびしょ濡れのユキに抱きしめられたと理解する。
(なんで?)
理解できたからこそ状況が掴めず、凪咲は混乱して固まった。
ぶっかけられたと誤解した理由も理解できて、余計に混乱してしまう。
お湯でびしょ濡れの尻尾九本全部で包みこまれ、勢いがあったのかお湯でびしょ濡れなユキの長い銀髪まで、凪咲の上に被さっていた。
(いやもう、ぶっかけられたようなもんだけど)
こっちも全身、お湯でびしょ濡れだよ。
「えっと、ユキ? ごめん、なんかあった? 大丈夫?」
目に見えない速さで浴室から廊下まで出てきたのは、狐の能力だろうと思う。
(そっちには驚かないけど)
びしょ濡れのまま飛び出してくるほど、何か緊急事態があったのか。
(しかもなんでか、俺を抱きしめてきたし)
よほどのことがあったのかと、被さっていた銀髪を少しどかし、ユキを見上げた。
「俺ではない、お前が大丈夫かと聞いている」
仏頂面のユキが、心配そうな声と不安そうに揺れる銀色の眼差しを向けてきた。びしょ濡れな耳も、心配そうに揺れ動いている。
「泣きそうになったら声をかけると、お前は言っただろう、凪咲」
「え? あ」
お風呂に入っている間、ずっと気にしてくれたのか。
(しかも)
お湯でない温かさまで感じ、回復をさせてくれていると気がついた。
「大丈夫だよ、ユキ。泣きそうなんじゃなくて、着替え持ってきたよって声をかけただけだから」
濡れてしまったけれど、また別の服を持ってくればいいだけだ。
まだ不安そうで心配してくれている様子のユキへ、安心してもらおうと笑顔を見せる。
「ありがとね、ずっと気にかけてくれてたんだね。服、新しいの持ってくるから、お風呂入り直して待ってて──ユキ?」
安心するどころか、驚いたように目を瞬かせたユキに、首を傾げてしまう。
「……凪咲……お前……髪……?」
「かみ?」
「か、みの……色、が……変わ……くろ……?」
驚く、というより狼狽え出したユキの言葉に、凪咲もまさかと驚いて、
「え? 待って、ヘアカラー落ちてるってこと?」
服を持っていない右手の指で自分の頭に触れ、指先がナチュラルブラウンになった──ヘアカラーが本当に落ちてきていることを理解した。
「ごめんユキ、ちょっと離れて。なんでか分かんないけど、ヘアカラー、染料みたいなヤツが落ちてるから。ユキがナチュラルブラウン、茶色っぽくなっちゃうから、ちょっと離れてて」
凪咲は狼狽えているユキの返事を待たずに被さっているユキの髪を全てどかし、あとで落とせば大丈夫だろうからと濡れてしまった着替えで自分の頭を拭いていく。
ユキの返事を待っている間に、ユキを茶色っぽくさせてしまったら申し訳ない。
「ごめんね、驚かせるつもりはなくて。このヘアカラー、水でもお湯でも落ちないからさ。なんでか落ちてるけど。ユキに着替え渡してから、洗面室で専用のヤツ使って落とすつもりだったんだ」
拭っていた衣類に茶色が付かなくなったので、落ちかけていたヘアカラーは全て拭えたはず。狼狽えすぎて動けなくなっているらしいユキの髪や胸の辺りが茶色になっていないことも確認し、
「ヘアカラー、ユキに付けちゃったりはしてないみたい」
安心した凪咲は、苦笑しながら顔を上げた。
「それでね、俺の髪、ヘアカラー落ちたから見えてると思うし、さっきユキが言った通りに、ホントは黒、で……、ユキ……?」
狼狽えすぎて動けなくなったのではなく、呆然としていたらしいユキの瞳が揺れている。
銀色の眼差しは、どこか、焦がれるように。
「……────さま……」
思わずこぼしてしまったような、とても小さく掠れた声で、ユキが『誰か』を呼んだ。
敬称の類を好まないと言ったユキが、『様』を付けて『誰か』を焦がれるように呼んだ。
(そっか)
月白雪の大事な存在は、自分と同じ黒髪なのか。
(どこぞの誰かさんかな)
なんにしても、ユキには大切に思う存在がいる。
凪咲は心の底から安堵して、笑顔になった。
0
あなたにおすすめの小説
すれ違い夫夫は発情期にしか素直になれない
和泉臨音
BL
とある事件をきっかけに大好きなユーグリッドと結婚したレオンだったが、番になった日以来、発情期ですらベッドを共にすることはなかった。ユーグリッドに避けられるのは寂しいが不満はなく、これ以上重荷にならないよう、レオンは受けた恩を返すべく日々の仕事に邁進する。一方、レオンに軽蔑され嫌われていると思っているユーグリッドはなるべくレオンの視界に、記憶に残らないようにレオンを避け続けているのだった。
お互いに嫌われていると誤解して、すれ違う番の話。
===================
美形侯爵長男α×平凡平民Ω。本編24話完結。それ以降は番外編です。
オメガバース設定ですが独自設定もあるのでこの世界のオメガバースはそうなんだな、と思っていただければ。
聖獣は黒髪の青年に愛を誓う
午後野つばな
BL
稀覯本店で働くセスは、孤独な日々を送っていた。
ある日、鳥に襲われていた仔犬を助け、アシュリーと名づける。
だが、アシュリーただの犬ではなく、稀少とされる獣人の子どもだった。
全身で自分への愛情を表現するアシュリーとの日々は、灰色だったセスの日々を変える。
やがてトーマスと名乗る旅人の出現をきっかけに、アシュリーは美しい青年の姿へと変化するが……。
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
水曜日の迷いごと
咲月千日月
BL
人知れず心に抱えているもの、ありますか?
【 准教授(弁護士) × 法科大学院生 】
純粋で不器用なゆえに生き辛さを感じている二人の、主人公目線からの等身大ピュア系ラブストーリーです。
*現代が舞台ですが、もちろんフィクションです。
*性的表現過多の回には※マークがついています。
恋人ごっこはおしまい
秋臣
BL
「男同士で観たらヤっちゃうらしいよ」
そう言って大学の友達・曽川から渡されたDVD。
そんなことあるわけないと、俺と京佐は鼻で笑ってバカにしていたが、どうしてこうなった……俺は京佐を抱いていた。
それどころか嵌って抜け出せなくなった俺はどんどん拗らせいく。
ある日、そんな俺に京佐は予想外の提案をしてきた。
友達か、それ以上か、もしくは破綻か。二人が出した答えは……
悩み多き大学生同士の拗らせBL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる