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5 どこにも
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出会い方も少々ファンタジーだった。
アパートへ引っ越して数日、全部届いた荷物の荷解きを終え、ゴミも粗方まとめた夕方。
贅沢ができるうちはと作っておいたジーマーミ豆腐に黒蜜をかけ、スプーンと一緒にローテーブルへ置いて。
食べながら音楽でも聴くかと、スマホを操作していた。
その手と反対側、床についていた左手に、何かが触れた気がして。
ホコリか虫か、ホコリであれと祈りながら目を向けた、そこに。
こちらを見上げ、ふすん、と鼻を鳴らした、青緑っぽい色の小さな猫が居た。
手に触れていたのは、その猫の尻尾だった。
誰かのペットが迷い込んだのか。
だとしてこの色なんなんだよスプレーか塗料か塗られたのか専用の染料でも皮膚ダメージヤベェんだぞ最悪死ぬんだぞ分かってんのか分かってないなら訴えてやるから出てこいよ。
分かって染めてても悪質な気がしちゃう俺だからやっぱり出てこいよ。
それはそれとして部屋から出しちゃったのも注意と環境改善させて欲しいからなんにしても出てこいよ。
まだこんな小さいのに。
大きくても駄目だけど。
頭の中で言いつつ、目の前に現れた猫の様子を軽く観察する。
怯えも警戒も何も見せてないように思えるけど、でも何かで怯えさせたらマズイよな。
結論を出し、座ったままゆっくり猫の反対側、右へ移動しようとした。
そんな俺をどう思ったのか、どうとも思ってなかったのか。
猫は堂々とした足取りで近寄ってきて、立膝で座っていた俺の、その立てていた左足の膝下へ鼻を寄せた。
何かを確認するように鼻をひくひくと動かし、左前足でぺしぺし軽く叩いた。
かと思ったら、右前足でも同じようにぺしぺし軽く叩く。
時計回りにぐるっと一周する形で、それらをしていく。
しかも、こちらの反応を確かめているみたいに、俺の顔を時々見ながら。
不可思議な行動に内心で首を傾げていると、ズボンの生地に軽く爪を立てられた。
引っ掻かれるかと思ったのに。
猫は爪を立てたまま、チラリとこちらを見た。
その目の向け方に、覚えがありすぎて。
ふすん、と鼻を鳴らし、生地へ器用に爪を引っ掛け、くいくい、と引く。
──布をどかせ。足を見せろ。
こちらを見ている目が、言っていた。
あの時のように。
まさか。
思ってしまった。
まさか。
いやでも、だって。
けど。でも、──だとしたら。
思考を整理できないまま、だからこそ、言われた通りに見せなければと、また思ってしまった。
見せて、安心してもらわないと。
スマホを床へ置いて、ズボンを膝まで捲り上げる。
もう、あの時の、『何か』に掴まれたせいでついた痣は、消えている。
それでも猫は鼻を寄せたり、前足で軽く叩いたり、猫らしさのあるザラッとした舌で舐めたりと、念入りに確認していく。
時計回りに、ぐるっと一周して。
それを終えた猫は、右足へ目を向けた。
右足の、足首より少し上の、『何か』が掴んできた場所へ。
同じように鼻を寄せ、前足で軽く叩く。
時計回りに一周しながら、俺の様子を確認しながら。
そしてまた、生地に爪を引っ掛け、くいくい引いて、チラリと自分へ目を向ける。
──こちらも見せろ。
目で言われたから、言われるかもと思っていたそれを本当に言われたから、今度は動揺と不安を感じながら裾を捲った。
こっちも、痣は消えている。
けど、掴まれた時、『何か』に何かをされていたのか、痣とは違う『痕』みたいな、黒っぽく滲む線のようなものが幾筋か、残っている。
裾を捲るとすぐに見えてしまう位置にあるその『痕』を目にした、猫が。
「──」
耳を後ろへ反らし、感情を消し去ったような無表情で、低く低く短く唸った。
初めて、『この』猫の声を聴いた。
てか、小さいけど、成猫……だよな。
顔つきとか、体つきとか。
どういう猫なのかを、また観察して考えられるくらいには、思考が回りだす。
そんな自分に気づいた辺りで。
猫が、黒く滲む線が残ってる場所へ顔を寄せ、ザラッとした舌で舐め始めた。
怒っているのか、悲しんでいるのか。
なんにしてもよく思っていない雰囲気で、『痕』を、その場所を治して癒すように、舐めていく。
猫の雰囲気に気を取られてしまってから、我に返って。
「……あ、いや、治ってる。そこ、それ、治ってるから。痛かったりとかしないから。なんか痕みたいのが残ってるだけだから」
我に返ったつもりの俺は、けど、言葉が分かるかなんて頭から吹っ飛んでいて、気にしないでくれ、と続けようとした、んだけど。
チラリと向けられた目に、色んな意味で口をつぐむ。
──良いから黙ってされていろ、小童。
小童て。
自分、成人してますが。
そう言うお前は何歳なんだよ。
成猫だとして一歳なら人間換算十代半ば、二歳で二十歳を超え……自分より年上な可能性、充分にあるな。
普通の猫かは怪しいが。
頭良さそうだし。
複雑な気分になりながら考えていたら、猫は舐めるのをやめ、疲れたように息を吐いた。
どうにも、猫っぽく見えないというか、人間くさい仕草というか。
じゃない。
疲れたんなら、ちゃんと休ませてやらなきゃ。
そう思い、今度こそ離れようと、ゆっくり動き出す。
のをどう捉えたのか、弾かれたように猫がこっちを見た。
猫のまぶたも瞳孔も最大限まで開かれていて、怯えさせたかと動きを止めた瞬間。
「ぐっ?!」
物凄い勢いで体当たりをかまされた。
腹にクリーンヒットした。
小さいのにパワーがすごい。
体当たりをかましてきた猫は、自分の服に今度こそ確実に爪を立て、牙を立てる。
それでも『何か』へ同じようにした時とは違って、威嚇や攻撃ではない行動だと分かった。
こちらを睨んでいるような目が、言う。
──どこへ行く。どこへ行くつもりだ。やっと見つけたというのに、どこへ。
必死にしがみつかれて、今にも泣きそうな目で睨まれながら訴えられて。
「……どこにも、行かないんで」
アパートへ引っ越して数日、全部届いた荷物の荷解きを終え、ゴミも粗方まとめた夕方。
贅沢ができるうちはと作っておいたジーマーミ豆腐に黒蜜をかけ、スプーンと一緒にローテーブルへ置いて。
食べながら音楽でも聴くかと、スマホを操作していた。
その手と反対側、床についていた左手に、何かが触れた気がして。
ホコリか虫か、ホコリであれと祈りながら目を向けた、そこに。
こちらを見上げ、ふすん、と鼻を鳴らした、青緑っぽい色の小さな猫が居た。
手に触れていたのは、その猫の尻尾だった。
誰かのペットが迷い込んだのか。
だとしてこの色なんなんだよスプレーか塗料か塗られたのか専用の染料でも皮膚ダメージヤベェんだぞ最悪死ぬんだぞ分かってんのか分かってないなら訴えてやるから出てこいよ。
分かって染めてても悪質な気がしちゃう俺だからやっぱり出てこいよ。
それはそれとして部屋から出しちゃったのも注意と環境改善させて欲しいからなんにしても出てこいよ。
まだこんな小さいのに。
大きくても駄目だけど。
頭の中で言いつつ、目の前に現れた猫の様子を軽く観察する。
怯えも警戒も何も見せてないように思えるけど、でも何かで怯えさせたらマズイよな。
結論を出し、座ったままゆっくり猫の反対側、右へ移動しようとした。
そんな俺をどう思ったのか、どうとも思ってなかったのか。
猫は堂々とした足取りで近寄ってきて、立膝で座っていた俺の、その立てていた左足の膝下へ鼻を寄せた。
何かを確認するように鼻をひくひくと動かし、左前足でぺしぺし軽く叩いた。
かと思ったら、右前足でも同じようにぺしぺし軽く叩く。
時計回りにぐるっと一周する形で、それらをしていく。
しかも、こちらの反応を確かめているみたいに、俺の顔を時々見ながら。
不可思議な行動に内心で首を傾げていると、ズボンの生地に軽く爪を立てられた。
引っ掻かれるかと思ったのに。
猫は爪を立てたまま、チラリとこちらを見た。
その目の向け方に、覚えがありすぎて。
ふすん、と鼻を鳴らし、生地へ器用に爪を引っ掛け、くいくい、と引く。
──布をどかせ。足を見せろ。
こちらを見ている目が、言っていた。
あの時のように。
まさか。
思ってしまった。
まさか。
いやでも、だって。
けど。でも、──だとしたら。
思考を整理できないまま、だからこそ、言われた通りに見せなければと、また思ってしまった。
見せて、安心してもらわないと。
スマホを床へ置いて、ズボンを膝まで捲り上げる。
もう、あの時の、『何か』に掴まれたせいでついた痣は、消えている。
それでも猫は鼻を寄せたり、前足で軽く叩いたり、猫らしさのあるザラッとした舌で舐めたりと、念入りに確認していく。
時計回りに、ぐるっと一周して。
それを終えた猫は、右足へ目を向けた。
右足の、足首より少し上の、『何か』が掴んできた場所へ。
同じように鼻を寄せ、前足で軽く叩く。
時計回りに一周しながら、俺の様子を確認しながら。
そしてまた、生地に爪を引っ掛け、くいくい引いて、チラリと自分へ目を向ける。
──こちらも見せろ。
目で言われたから、言われるかもと思っていたそれを本当に言われたから、今度は動揺と不安を感じながら裾を捲った。
こっちも、痣は消えている。
けど、掴まれた時、『何か』に何かをされていたのか、痣とは違う『痕』みたいな、黒っぽく滲む線のようなものが幾筋か、残っている。
裾を捲るとすぐに見えてしまう位置にあるその『痕』を目にした、猫が。
「──」
耳を後ろへ反らし、感情を消し去ったような無表情で、低く低く短く唸った。
初めて、『この』猫の声を聴いた。
てか、小さいけど、成猫……だよな。
顔つきとか、体つきとか。
どういう猫なのかを、また観察して考えられるくらいには、思考が回りだす。
そんな自分に気づいた辺りで。
猫が、黒く滲む線が残ってる場所へ顔を寄せ、ザラッとした舌で舐め始めた。
怒っているのか、悲しんでいるのか。
なんにしてもよく思っていない雰囲気で、『痕』を、その場所を治して癒すように、舐めていく。
猫の雰囲気に気を取られてしまってから、我に返って。
「……あ、いや、治ってる。そこ、それ、治ってるから。痛かったりとかしないから。なんか痕みたいのが残ってるだけだから」
我に返ったつもりの俺は、けど、言葉が分かるかなんて頭から吹っ飛んでいて、気にしないでくれ、と続けようとした、んだけど。
チラリと向けられた目に、色んな意味で口をつぐむ。
──良いから黙ってされていろ、小童。
小童て。
自分、成人してますが。
そう言うお前は何歳なんだよ。
成猫だとして一歳なら人間換算十代半ば、二歳で二十歳を超え……自分より年上な可能性、充分にあるな。
普通の猫かは怪しいが。
頭良さそうだし。
複雑な気分になりながら考えていたら、猫は舐めるのをやめ、疲れたように息を吐いた。
どうにも、猫っぽく見えないというか、人間くさい仕草というか。
じゃない。
疲れたんなら、ちゃんと休ませてやらなきゃ。
そう思い、今度こそ離れようと、ゆっくり動き出す。
のをどう捉えたのか、弾かれたように猫がこっちを見た。
猫のまぶたも瞳孔も最大限まで開かれていて、怯えさせたかと動きを止めた瞬間。
「ぐっ?!」
物凄い勢いで体当たりをかまされた。
腹にクリーンヒットした。
小さいのにパワーがすごい。
体当たりをかましてきた猫は、自分の服に今度こそ確実に爪を立て、牙を立てる。
それでも『何か』へ同じようにした時とは違って、威嚇や攻撃ではない行動だと分かった。
こちらを睨んでいるような目が、言う。
──どこへ行く。どこへ行くつもりだ。やっと見つけたというのに、どこへ。
必死にしがみつかれて、今にも泣きそうな目で睨まれながら訴えられて。
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