ただ君だけを

伊能こし餡

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農民という生き方

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「あんた、軍人に喧嘩売って何考えてんの?」

  店の営業が終わった後、バカなことをした弟をとがめる。弟が喧嘩を起こすのは初めてという訳じゃないけれど、流石に今回は相手が悪い。
  あの一件以来、弟は裏に引っ込んでしまってロクに表に出てこなかった。事の重大さを分かってくれてればいいんだけど。

「あいつが悪い」

  弟の吐き捨てるような言い方に、カチンときた。

「あんた、軍人を敵に回してどうするの? ここが目をつけられたら私やあんただけじゃない、他の仲間にも迷惑がかかるんだよ?」
「うるせえなあ、姉貴も姉貴だろ? 名前も知らないやつから花を貰ったくらいでまんざらでもない顔しやがってよ。いいか? あいつらは敵なんだ、この国はこのままじゃダメなんだよ。俺たちボリシェヴィキが、この手で、正しい方へ導かないと」
「まんざらでもない顔なんて・・・・・・。そ、それに、あの人は他の貴族とは違うと思うけど」

  私、そんな顔してたの? いつの間に?
  そりゃ、店で部下たち相手にこの国の未来を真剣に話してるのを聞いてから、良い人だなって思ってたけど・・・・・・。

  あの人は言ってた。『今の格差社会は問題だ』 と。そういう考えの人が国の内部にいるなんて思ってなかった。貴族たちは私たちの生活のことなんて何もうれいていないんだと、そう思っていた。
  でもあの人は違う。あの人の考えがもし内部に広がれば、私たちとは別のやり方で国が変わるかもしれない。

「姉貴、あいつにほだされたのか?  親父を忘れたのか? 病気になっても薬も貰えず、咳が止まらなくなって、それでも俺たちのために働いて、最後は血を吐いて死んじまった。姉貴はそんな生活嫌じゃないのか? いつまでも俺たちばっかりが苦労するような国でいいのか?」

  どうやら弟の頭は冷えたみたいだ。真ん中の弟、ムージャは姉弟きょうだいの中で一番頭が良い。そのせいか、今の生活を憂う気持ちは他の誰よりも強く、いち早く労働者の国家を作ろうと酒場の仲間にいたのはムージャだ。

「いつまでもこんな生活は嫌だ・・・・・・気が狂いそうになる。お父さんのことも忘れたことはないよ。でも、だからこそ、あんたやアブリフが死ぬのも嫌だ」

  アブリフ、というのは私たちの一番下の弟。我が弟ながらギターが上手い。
  いつだったか客が置いていったギターをずっと独学でいじっているうちに、気付けばなんでも弾けるようになっていた。たまによく分からない難しそうな曲を弾く時は「この子はもしかしたら天才なのでは?」 と思う程だ。時代さえ違えば、そっちの道で食べていけたかもしれない。

「アブリフか・・・・・・。トルキスタンは明日の予定だろ? あいつ、上手くやるかな?」
「あの子なら大丈夫さ、他の地域から増援も入るらしいじゃないか。あの子は狡猾こうかつだから、もしそいつらに足を引っ張られてもなんだかんだ生きて帰ってくるよ」
「まあそこに関して心配はないさ、でもまだ十四歳だからな・・・・・・頭では分かってても自分の感情を優先させるかもしれないだろ?」
「アブリフもあんたには言われたくないだろうね」

  さっき自分の感情を優先させた挙句に軍人をぶん殴っておいて何を言うかこの弟は。

「まあ・・・・・・あの子なら大丈夫だよ。いざと言う時は仲間だって切り捨てるくらいの度胸を持ってる」

  大丈夫。もう家族は殺させない。例え相手が世の中だろうが国だろうが関係ない。

  私たち姉弟の絆は誰にもほどかせない。
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