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ドミトリー・パヴロヴィチ・ロマノフ
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トルキスタンが爆破テロを受けてすぐ、私が所属している駐屯部隊から約半分の人間がいなくなっていた。
大多数への臨時出動命令。
今まで駅などで貴族が狙われることはあったが、軍が直接狙われるなんてことは初めてだ。お上の方々も、どう対応していいか手探り状態なんだろう。
向こうに人員が割かれたからと言って、こっちの仕事が減るわけじゃない。ここはさして重要な基地ではないが、仕事だけはやたらと多い。・・・・・・重要な基地ではないからうちから異常に多くの人間が出動したんだろうなあ。
「はぁ」
重いため息のひとつやふたつも吐きたくなる。こんな時に、あの娘に励ましてもらえるならどれほど力になるか・・・・・・。あの酒場にもしばらく行けそうにないな。
部下の言葉を借りるようだが、一体なんのために戦争をしているのだろうか。今や敵は外国ではなく、同じロシア人ではないか。このまま外国と戦争していても民衆の不満がなくなるわけではないのに、こういう状況だからこそ、同じ大地に住まう人間と手を取り合うべきではなかろうか。
今回の戦争は世界中を巻き込んだ初めての戦争だ。最初は小さな火種だったのが、今や大きく複雑になりすぎて、何を求めるための戦争なのか、所詮一貴族の私には説明するのは難しい。
ふと、部下のものとは違う、大きくてしっかりとした足音が私の管轄の部屋の前で止まった。
誰だ?
この非常事態に、誰かが差し入れでも持って来てくれたのか? コンコンと二回、ドアを叩かれた。いつもの癖で「どうぞ」 と決まった言葉を返す。返ってきたのは野太い、聞き慣れない声だった。
「この非常時に失礼する。フェリックス・フォンブランドはこちらでよろしいか?」
「はい、どうぞ」
わざわざ私の名前を確認するということはここの基地の人間ではないことは確かだ。
そこに付けられてからもう随分と時間が経ったため、サビが浮いてきているドアノブがゆっくりと回り、私より少し歳上だろうか、どこかで見たことがあるような顔の男性が敷居を跨いだ。
なにより目を引いたのは近衛騎兵隊の軍服を着用しているところだ。私みたいな、ぬるま湯でダラダラと過ごしているような軍人とは違う。皇帝の離宮であるツァールスコエ・セローを警護しているエリートだ。
それだけでも十分過ぎるほど驚いたものだが、一番驚く事態はまだこれからだった。
「初めまして、かな? フェリックス・フォンブランドは君で間違いないだろうか?」
「えぇ、私がフェリックス・フォンブランドです。あの・・・・・・ところであなたは?」
「ああ、すまない。名乗るのが遅れてしまった。ドミトリー・パヴロヴィチ・ロマノフだ。以後よろしくな」
「ロマ・・・・・・えぇ! ド、ドミトリー大公⁉︎」
「突然の訪問、申し訳ない。この非常時に驚いたことだろう」
「驚いたというか・・・・・・」
驚いたってレベルじゃない。ドミトリー大公と言えば皇帝の従兄弟にあたる、ロマノフ家の人間だ。そんな住む世界の違う人間が私を訪ねてきた? 夢でも見てるのか私は!
「ふふっ、私の前では楽にして良い。もっとも、そんな暇はないだろうがな」
「と、言いますと?」
「ここの指揮は私が直接とることになった。皇帝に直訴してな」
「た、大公が直接指揮を? そんな、恐れ多い・・・・・・」
「ははは、恐れなくてはいいんだよ? それでだね、フェリックスくん二日ほど、私の代わりにツァールスコエ・セローの警護に回ってほしいんだ」
「ツァールスコエ・セローの?」
「あぁ、今回のトルキスタンの爆破テロを受けて、近衛騎兵隊からも数人、トルキスタンに現地確認のために向かわせたのだが・・・・・・ツァーリの警備を疎かにするわけにもいかない。そこで君に白羽の矢が立ったというわけだ」
「はぁ、しかし・・・・・・」
ドミトリー大公がここの指揮に入り、私がツァーリの警備に入るというのなら人数的には何も変わらないのでは。
「いや、君が言わんとすることは分かる。だが、兵士たちが皇帝のために戦うという目的が見えないままではいずれロシアは滅ぶ。この混乱した事態にこそ、我々ロマノフが直接兵士たちの士気を上げる以外に方法はない」
・・・・・・聡明だ。それ以外に言葉が見当たらない。
皇室の人間はあのラスプーチンとかいう霊能者のせいで腐り切っていると思っていたが、心ある人間もいたんだな。しかし私にとってはツァールスコエ・セローの警護に回るというのは悲報以外の何事でもない。この人の下であれば、きっとロシアの未来について語り合えたに違いない。
ともあれ軍人である以上、上司の、それもロマノフ家の命令とあれば従うしかない。
「分かりました。このフェリックス・フォンブランド。喜んで引き受けさせていただきます」
大多数への臨時出動命令。
今まで駅などで貴族が狙われることはあったが、軍が直接狙われるなんてことは初めてだ。お上の方々も、どう対応していいか手探り状態なんだろう。
向こうに人員が割かれたからと言って、こっちの仕事が減るわけじゃない。ここはさして重要な基地ではないが、仕事だけはやたらと多い。・・・・・・重要な基地ではないからうちから異常に多くの人間が出動したんだろうなあ。
「はぁ」
重いため息のひとつやふたつも吐きたくなる。こんな時に、あの娘に励ましてもらえるならどれほど力になるか・・・・・・。あの酒場にもしばらく行けそうにないな。
部下の言葉を借りるようだが、一体なんのために戦争をしているのだろうか。今や敵は外国ではなく、同じロシア人ではないか。このまま外国と戦争していても民衆の不満がなくなるわけではないのに、こういう状況だからこそ、同じ大地に住まう人間と手を取り合うべきではなかろうか。
今回の戦争は世界中を巻き込んだ初めての戦争だ。最初は小さな火種だったのが、今や大きく複雑になりすぎて、何を求めるための戦争なのか、所詮一貴族の私には説明するのは難しい。
ふと、部下のものとは違う、大きくてしっかりとした足音が私の管轄の部屋の前で止まった。
誰だ?
この非常事態に、誰かが差し入れでも持って来てくれたのか? コンコンと二回、ドアを叩かれた。いつもの癖で「どうぞ」 と決まった言葉を返す。返ってきたのは野太い、聞き慣れない声だった。
「この非常時に失礼する。フェリックス・フォンブランドはこちらでよろしいか?」
「はい、どうぞ」
わざわざ私の名前を確認するということはここの基地の人間ではないことは確かだ。
そこに付けられてからもう随分と時間が経ったため、サビが浮いてきているドアノブがゆっくりと回り、私より少し歳上だろうか、どこかで見たことがあるような顔の男性が敷居を跨いだ。
なにより目を引いたのは近衛騎兵隊の軍服を着用しているところだ。私みたいな、ぬるま湯でダラダラと過ごしているような軍人とは違う。皇帝の離宮であるツァールスコエ・セローを警護しているエリートだ。
それだけでも十分過ぎるほど驚いたものだが、一番驚く事態はまだこれからだった。
「初めまして、かな? フェリックス・フォンブランドは君で間違いないだろうか?」
「えぇ、私がフェリックス・フォンブランドです。あの・・・・・・ところであなたは?」
「ああ、すまない。名乗るのが遅れてしまった。ドミトリー・パヴロヴィチ・ロマノフだ。以後よろしくな」
「ロマ・・・・・・えぇ! ド、ドミトリー大公⁉︎」
「突然の訪問、申し訳ない。この非常時に驚いたことだろう」
「驚いたというか・・・・・・」
驚いたってレベルじゃない。ドミトリー大公と言えば皇帝の従兄弟にあたる、ロマノフ家の人間だ。そんな住む世界の違う人間が私を訪ねてきた? 夢でも見てるのか私は!
「ふふっ、私の前では楽にして良い。もっとも、そんな暇はないだろうがな」
「と、言いますと?」
「ここの指揮は私が直接とることになった。皇帝に直訴してな」
「た、大公が直接指揮を? そんな、恐れ多い・・・・・・」
「ははは、恐れなくてはいいんだよ? それでだね、フェリックスくん二日ほど、私の代わりにツァールスコエ・セローの警護に回ってほしいんだ」
「ツァールスコエ・セローの?」
「あぁ、今回のトルキスタンの爆破テロを受けて、近衛騎兵隊からも数人、トルキスタンに現地確認のために向かわせたのだが・・・・・・ツァーリの警備を疎かにするわけにもいかない。そこで君に白羽の矢が立ったというわけだ」
「はぁ、しかし・・・・・・」
ドミトリー大公がここの指揮に入り、私がツァーリの警備に入るというのなら人数的には何も変わらないのでは。
「いや、君が言わんとすることは分かる。だが、兵士たちが皇帝のために戦うという目的が見えないままではいずれロシアは滅ぶ。この混乱した事態にこそ、我々ロマノフが直接兵士たちの士気を上げる以外に方法はない」
・・・・・・聡明だ。それ以外に言葉が見当たらない。
皇室の人間はあのラスプーチンとかいう霊能者のせいで腐り切っていると思っていたが、心ある人間もいたんだな。しかし私にとってはツァールスコエ・セローの警護に回るというのは悲報以外の何事でもない。この人の下であれば、きっとロシアの未来について語り合えたに違いない。
ともあれ軍人である以上、上司の、それもロマノフ家の命令とあれば従うしかない。
「分かりました。このフェリックス・フォンブランド。喜んで引き受けさせていただきます」
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