ただ君だけを

伊能こし餡

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農民と貴族

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  ここ数週間の散財は褒められるような行為じゃない。上物のうさぎの外套がいとうが、軽く三つは買えるだろう。しかしそれもあの娘とその弟たちをおもんばかってのことだ。むしろ誇らしくさえ思える。

  それでも私のペンダントはまだ返ってこない。しかしそれも仕方ない、そう思えるほどに今、農民への税金は重い。

「グリーヂェ、今日も来たよ」
「! フェリックスさん! ありがとう! 会いたかった!」

  今では部下がいなくとも、休みの日でも、酒場に通うのが日課となっている。『今では』 と言いつつも結局やっていることはあの小役人との一件があってからも大して変わっていない。所詮は他人である私から金銭的な援助をするのも筋が合わないし、自分で働いて稼いだ金の方がグリーヂェも後ろめたくはないだろうという配慮もある。

  今日は部下がトルキスタンから帰ってきたので、久々に奢ってやることにした。

「今日も最初はビール?」
「ああ、今日は二杯よろしく」
「はーい! いつもありがとう!」

  決して座り心地が良いわけではない椅子に座り、いつも通りの注文をこなす。そう、やってることは前となんら変わらない。ただ一つ、変わったところと言えば・・・・・・。

「ちょっと先輩、いつの間に名前で呼び合う仲になったんですか」

  お互いを名前で呼ぶようになったことくらいだ。

「お前がトルキスタンに行ってる間にちょっとな」
「えー、でもあの時先輩もツァールスコエ・セローに行ってたって話ですけど」
「たったの二日だけどな、綺麗だったぞ」
「羨ましいなあ、俺なんてずっと施設の修復作業でしたよ。腰が砕けるかと思いました」
「良い訓練になったな」
「いやぁ、内地勤務にはきつかったっす。ツァールスコエ・セローどうでした?」
「綺麗だったぞ」
「それさっきも聞きました」
「はーい! ビール二杯ね! お待たせ!」

  娘が元気よくビールを持ってきた。今日は弟が二人とも見当たらない。いったいどうしたと言うのだろうか。どっちか片方がいないことはこの数週間の間に何度かあったが、二人いっぺんにというのは珍しい。体調でも崩してしまったのだろうか。

「今日は弟たちは?」
「あー・・・・・・ちょっと風邪でね。店が忙しいのに困っちゃうよ、本当」

  娘は腰に手を当てて呆れたようなポーズを取ってみるせる。言葉ではそんなことを言っているが、声色から察するに、そこまで心配はしてなさそうだ。大事を取って休ませたようなものなのかな。

「あ! ごめん、他のお客さんに呼ばれちゃった」
「あぁいいよ、仕事だしな」

  娘は足早に私たちのテーブルから去って行った。少し寂しいが、彼女も仕事だ。私たちだけの相手をするわけにもいかない。

「なんかあの娘さんも良い笑顔だし・・・・・・。一体どんな魔法使ったんですか?」
「魔法っておま」
「だって正直言ってあのは絶対先輩になびかないと思ってましたもん」
「そ、そんなこと思ってたのか?」
「だって先輩は貴族で、あのは農民ですよ? 住む世界が違いますし、当人同士が良くても先輩のご両親が許すわけないですよ。それが分からないほどあのもバカじゃないでしょう」

  こいつ今私のことを遠回しにバカって言ったよな? 今、バカって言ったよな?

「そんなの分からないじゃないか。そもそも私の両親は聡明な人たちだ。農民だから、貴族だから、そんなことで人を差別するような人たちじゃない」

  普段の私を見ていて分からないのか。そんなことで差別するような人たちの下で育ってグリーヂェに恋すると思うか? まったく、分からず屋め。

「いやー、でもどうですかねぇ。まあ応援はしますけど、結ばれるといいですね」
「そういえばトルキスタンでは修復作業の他に何もやらなかったのか?」
「んー、残ってる証拠からボリシェヴィキの根城を調べようともしましたけど、大した痕跡も残ってなかったんでお手上げでした」
「なるほどな、奴らもそこまでバカじゃなかったか」
「まあ総督府に忍び込んで爆弾仕掛けるような奴らがそんなヘマするわけないですよね」
「確かにな」

  部下は少し言葉は乱れているが仕事はできる。こいつがお手上げと言ったんなら、本当に大した証拠もなかったんだろう。

  あ、そういえば今度両親がこっちに旅行に来ると言ってたな。その前にあの娘に気持ちを伝えよう。
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