ただ君だけを

伊能こし餡

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テロルの炎

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「大公、私は生まれながらの貴族。皇帝陛下に忠誠を誓った身であります。その上で申し上げますことをご了承ください。・・・・・・・・・・・・今の皇帝、ニコライ二世ではロシアはいずれ滅びます。重い税金で農民たちは苦しみ、何を求める戦いなのか分からない戦争で兵士の士気は下がる一方、こういう時に正しき道へ導くべき皇后は狂った祈祷師きとうしを神父様と呼び、民衆のことなど気にもとめない様子です。国の統治者がこのような状態では、近い将来、さながらかつてのフランスやドイツのように、民衆の手でロシアは滅ぼされるでしょう。現に今回のトルキスタンの件が起こる前から、貴族が狙われる爆破テロは起こっていましたし、それによる死傷者も少なくありません。今まさに、民衆の不満は爆発しようとしています。何か一つでも火種になる出来事が起きれば、まるで導火線を伝うようにその炎は首都ペテログラードをも飲み込むことでしょう」

  これは賭けだ・・・・・・。大公が私と同じようにロシアの未来をうれいているかどうかの賭けだ。もしこの賭けに負けたらその時は・・・・・・できれば想像したくない。

  ドミトリー大公は怪訝けげんな顔つきで、私の顔と床とを見比べた。その表情からは、どういうことを考えているのか読み取れない。
  この後の大公の言葉次第では、私の命は無いものと化すだろう。時間にすると五秒にも満たないであろうその沈黙は、私にとっては一分にも、十分じゅっぷんにも感じた。

  大公の左手が口元を覆い隠すように動く。気のせいか、口元が少し緩んだのを隠そうとしたようにも見える。

「やはり、フェリックスと名のつくものはそうなのか?」

  ? フェリックス・・・・・・は確かに私の名前だが、それが一体今の話とどういう関係が?

「いや、すまない。こちらの話だ。今の言葉は忘れてくれ。そうか、今の皇帝ではロシアは滅ぶ、か。なかなか興味深いな」

  大公が左手を降ろす。口元は緩んでいない。しかし私を真っ直ぐに見つめる瞳に、怒りの感情は乗っていないようにも見える。少なくとも、私がすぐに処刑されることはなさそうだ。

  しかし何故私にそのようなことを聞いてきたのだろう? ツァールスコエ・セローの勤務中に、何か余計なことでもしたのだろうか、それが大公の耳に入ったとか・・・・・・? いずれにせよ真意を聞くのは得策とは思えない。

「どうして私が今の皇室について聞いたか、という顔だな。単純に、気になったんだよ。貴族の出である君が、今の皇室をどう見るかがな。しかし君の言葉を聞いて分かったよ、今のロシアに必要なものは和解だ」
「和解、ですか?」
「そうだ、今のロシアは二つに分かれている。皇帝ニコライ二世の一族と、それ以外の人間だ。彼らは自分たちの殻に閉じこもって、本当に直面すべき問題から目を背けている。今一度、彼らと国民がお互いに背を向けることなく歩み寄り、話し合うことが、近道とは言わずとも今のロシアを変える唯一の方法だろう」

  大公はそう言い終えると満足げにまぶたを閉じた。その瞼の裏にはどんな景色が広がっているのだろう? 私と同じロシアなのだろうか。それともまったく違うロシアなのだろうか。私は、この人と同じ景色を見れているだろうか。

「大公、私からも一つお聞きしたいことが」
「ん、そうだったな。すまない」
「大公は現在農民を中心に行われているテロが、ただのテロで終わると思いますか?」

「・・・・・・その答えを私の口から聞こうというのか、君は」
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