平行した感情

伊能こし餡

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第一章 春は出逢いの季節

桜の舞う頃

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「はー、若いねえ」
  眼下に広がる新入生の群れを見ながら田中が呟く。その眼に写っているはずの、真新しい制服に身を包んだ男女と一つしか歳は変わらないのに、妙に先輩風を吹かせている。
「田中、お婆ちゃんみたいだぞ」
  同じくエントランスで一眼レフのカメラに向かって整列する新入生を眺めながら船井ふないが言う。
「ジジイに言われたくないね」
「はぁ?? メガネ真っ二つにしてやろうか?」
「怒るってことは自覚してんじゃん」
「ムキー!」
  夫婦喧嘩の二人を尻目に、僕もなんとなくエントランスに視線を落とす。中学からの友達だろうか、四~五人で固まって談笑だんしょうしているグループや行き場をなくして一人で寂しげに棒立ちしている子。今朝の校長先生の「春は出逢いの季節』 とか言う話を真に受けてか、今日から仲間になる同級生にたどたどしく話しかけている子もいる。
  あの子達はいったいどんな高校生活を送るのだろうか? 田中じゃないが少し先輩っぽいことを考えてみる。
「浅尾ー、可愛い子いた?」
   船井が僕に呼びかけてきた。可愛い子を探そうと新入生を眺めていたわけじゃないが、そう言われて数瞬すうしゅん考えたフリをする。
「いない、かな」
  ロクに新入生の顔も見ずに適当に答え、自分の机の方へと向き直して弁当の最後の一口を頬張る。
「流石、数々の女を泣かせてきた男は違うね! 俺もそんなこと言ってみたいよ」
「浅尾くんこの前も武田先輩に告白されたんでしょ? こいつから聞いたよ~」
   船井・・・・・・。誰にも言うなって言ったのに。
  まあこいつのことだ。ある程度話が広まるのは覚悟していた。
「それで、オーケーしたの?」
  興味津々、といった顔つきで田中が問う。知っていたことだが、女の子はこういう話題が好きなんだな。空の弁当箱をリュックに直しながらため息を一つついた。
「断ったよ」
「うわー、武田先輩結構可愛いのに? もったいないなぁ」
「別に、そういうのって顔じゃないだろ」
「私が男だったら付き合ってるけどなぁ、浅尾くんと入れ替わったら女遊びしてみたいよ」
  流石に冗談だろうが、半分くらいは本気なんだろうか。少し語気を強めた田中の言葉をスルーして五時限目の準備を始める。
「もう少しで予鈴だぞ、田中も船井も準備しとけよ」
「はーい、浅尾くん真面目だなぁ」
「俺はもう済ませてるから大丈夫」
   ほどなくして予鈴が鳴り響き、教室が少し慌ただしくなる。現代文Bの担当兼うちのクラスの担任が、束ねた長い髪から男性ホルモンを刺激する香りをほのかに撒き散らしながら教壇に上がる。
  入学式の日くらい、新入生と一緒に早く帰らせてほしいよ。
 窓ガラス越しに、撮影が終わった順に帰路につく十五歳から十六歳の男女を羨ましげに眺めた。


◇◇


  高校生になりたかったか、と聞かれればそうでもない。
  ではなぜ高校に入ったか、と聞かれれば行かなければならないから。
  割とみんなそんなものじゃないだろうか。高校生になりたくてなるやつなんて、僕からすれば気が狂ってるとしか思えない。
  義務教育と銘打めいうった九年間が終わり、勉強から解放される代わりに働くか勉強に縛られる代わりに三年間のモラトリアムを延長するかの選択肢を出された時、ほとんどの人間が後者を選ぶというただそれだけのことだ。
  そこに自分の明確な意思があるわけじゃない。親や教師からは高校に入るのを前提に話を進められ、それになんの疑問も持たず、なんとなく最終学歴が中卒は嫌だから、なんとなく高校を受験して運良く受かった。少なくとも僕はそうだ。
  手は教科書十五ページを開きつつ、去年のこの日に思ったことを一つずつ思い出す。
  と、言ってもそれ以外は別段何も考えなかった気がする。クラス分けを見て船井達と同じだったことに安堵あんどし、教室を見回して今日からこいつらがクラスメイトか、と緊張して、後は中学校の時の友達数人と言葉を交わしたくらいだったか。
「ここはテストに出すかもしれない重要な文法なので、覚えてると良いことがあるかもしれません」
  テスト、という単語を聞いて急いで板書をノートに写す。卒業の時が来たらまたモラトリアムを延長するために大学進学を考えている僕にとって、赤点なんて取ってられない。
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