平行した感情

伊能こし餡

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第一章 春は出逢いの季節

星川美麗

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「でもさー、浅尾くんと武田先輩って仲良かったよね?」
  帰り道、いつものように船井と田中と三人でバスを待っていた時、田中が昼休みの話題をぶり返してきた。
  またそれかよ・・・・・・。ただでさえ新学期が始まって憂鬱ゆううつだったところに、あまり触れられたくない話題だったので正直ちょっとうんざりした。
「まあ普通の友達くらいだったよ」
  嫌々ながら田中の話題に付き合ってあげる。僕は心が広いんだ、感謝しろよ田中。
「嘘付けー、お前この前も二人でカラオケ行ってたじゃん、そういうの友達以上って言うんだよ」
だから船井。もう少し口を固くしろ。なんでもかんでもバラすんじゃない。
「行ってたけどそういう仲じゃないし、今も良い友達だよ」
「えー、告白断ったのに?」
「うん、今まで断ってきた人たちもそんな感じだったよ」
「お前それ武田先輩が他の男と付き合ったらどうすんの?」
「? 別になんとも思わないよ、武田先輩が誰と付き合ってようが今まで通り友達だと思うけど」
  そう言うと二人は肩をすくめてヤレヤレ、と言いたげに首を横に振る。
「そうじゃなくて、嫉妬しっととかしないの? だって自分を好きだった相手が他の男と付き合ってるんだよ? 私だったら嫌だけどなあ」
  やけに呆れた声で、放り投げるように田中が言った。少し怒っているようにも感じたが、多分気のせいだろう。
「嫉妬とか、そういう感情分からないし」
「浅尾はまだ思春期きてないだけだろ~」
「んじゃあそういうことにしといて」
  面倒くさくなってなかば投げやりに言葉を返す。恋愛だのなんだのと、そういう話題は僕にとってあまり心地ここちの良いものではないからだ。それに、断った僕はともかく断られた相手にとってはあまり噂されたくないものだろう。そういう考えから船井には誰にも言うなと言っていたのに、この分だと田中以外にも言いふらしてそうで不安になる。まあそれならそもそも船井に言うなって話だが。
  別に恋愛感情がないわけではないと思う。誰かを好きになるってのは素敵なことだと思うし、将来そういう相手が現れるといいな、とかボンヤリながら夢を見ている。
  今はそういう相手がいないだけだ。
  異性いせいが嫌いなわけではない。相手が女子でも男子と同じように仲良くなれる自信はある。現に田中ともこうやって友達をやっているし、田中以外にも僕には友達と呼べる存在が何人かいる。ただ、異性として好きだと思える相手がいないだけで。
  それに、男女の仲なんて正直面倒なだけだと如実にょじつに思う。友達の話を聞いていても、付き合うくらい好き同士だったのに別れた途端とたん気まずくなって話さなくなるとか、そんなのザラに聞く。
  それなら友達のままでよくないか? わざわざ仲が良い相手と口を利かなくなるリスクを負ってまでそれまで以上の関係を求める意味が分からない。
「あれ? さきちゃん達今帰り?」
  脳内で改めて自分の考えを整理して勝手に納得したところで、背中越しに田中を呼ぶ声がした。
  この声は・・・・・・。振り返るとアニメや漫画の世界から飛び出してきたかのような美人がそこには立っていた。
  やっぱり星川美麗ほしかわみれいだ。一応同じ中学出身で、去年は一緒のクラスだった。
「久しぶりだねー、咲ちゃん達とクラス別れちゃったね」
「美麗ちゃん! 本当久しぶりー」
「星川、お前も今帰り?」
「うん、今だよー。あ、れんも久しぶり」
  僕は星川美麗との距離感がイマイチ掴めない。しかし、僕はとある理由からこいつに頭が上がらない。
「美麗、久しぶり」
  今はあまり話したくなくて、わざとなく返事をした。落とした視線のすみで星川美麗がため息をついたのが分かった。早くバスが来ないものか。右手に視線を移すがいつも乗っている白と赤で作られた、いかにも年季ねんきが入ってますって印象の大型車はこの目には映らない。
「美麗ちゃん彼氏は?」
「あー、昨日別れた」
  またか。これで何人目になるだろう。昨年度の一年間、十人以上と付き合っては別れてを繰り返してた気がする。まるで僕とは正反対、告白されればとりあえず付き合う。付き合って、飽きたら別れる。それで何人とも気まずくなってるとかって噂も聞く。
  そんな星川美麗を、意外にも僕は好きでも嫌いでもない。ただ、ちょっとだけ“苦手”ではある。
「彼氏欲しいなあって思う」
「昨日別れたのに?」
「そうだよ、あ、船井私と付き合う?」
「ダメだよ! 船井くんには私がいるもん!」
「あ、咲ちゃん達まだ付き合ってたんだ」
「田中と別れたら考えるよ」
「ちょっと船井くん!」
  さわがしいなあ。去年まではよくこの四人でつるんでたっけ。春休みの数週間を挟んだだけなのにやけに懐かしく感じる。いつもなら僕もこの輪の中に溶け込むのだけれど、今日は疲れててそんな気分にはなれない。
「蓮、疲れてるんじゃない? なんかあった?」
  星川美麗は、他人の変化によく気がつく。それでいて容姿ようし抜群ばつぐんに優れているから、男子からの人気が高いのもうなずける。
「ちょっと色々あってね」
  そう言うとふーん、と相槌あいづちを打って僕の顔を覗き込む。合ってしまった目線を、思わず逸らした。どうにもこいつのが苦手だ。相手の全てを見透かしたような、感情が分からない目をしている。
「あ、ほら、バス来たよ」
  田中が指差した方向を見ると、見慣れたオンボロのバスがもうすぐそこまで来ていた。
  バスに乗って携帯にイヤホンを繋げて、目を閉じる。星川美麗を意識しないように、外の世界を見ないように自分の中の小さな世界に閉じこもった。
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