6 / 25
第一章
粛清の代償
しおりを挟む
シルヴァの絶叫に広場にいた全員が注意を向ける。
シルヴァは、その視線を完全に無視してシルヴァの母、マリアの首の所まで歩く。
「あぁ……母上……苦しかったでしょう。辛かったでしょう。……いずれしっかりと埋葬するので、少しの間お待ち下さい」
シルヴァが、首が晒されている槍に触れる。突然、その槍が霧のように消え去った。
「な……!」
驚愕の色を浮かべる市民達を他所に、落下してきたマリアの首を抱える。その首をシルヴァが撫でると、マリアの皮膚と筋肉が霧散し、頭蓋骨の僅かな首の骨が残された。
叡黎書を開く。保管ページにマリアの頭蓋骨を納めたシルヴァは、突然の出来事に足がすくんで動けない市民達を睨んだ。
「何故……なんで、母上を殺した! 母上がお前らに何かしたのか?」
シルヴァの問いに答えたのは、ある憲兵だった。
「き……貴族だからだ! 貴族は新しい時代には不要だからだ!」
荒く息を吐きながら、憲兵はシルヴァに言い放つ。それを聞いたシルヴァは、冷徹な顔をして答えた。
「ならば……俺も殺すんだろ? いいよ。殺しに来なよ。黙って殺される気はないけど」
「ぐっ……!」
「は、早く殺してくれよ憲兵さんよ!」
「そうだそうだ。貴族なくして新しき時代なしだろ?」
市民に焚き付けられ、憲兵はシルヴァをじっと見据える。
「来ないのか?」
「う……うぉぉぉぉおおっ!」
憲兵が二人がかりでシルヴァに襲いかかる。だが、真実の慧眼には、槍の軌道や筋肉の動きを始めとした全ての情報が映っているため、憲兵に勝ち目は万に一つも無かった。
シルヴァが突き出された槍を掴む。霧散はしなかったが、槍の穂先が手に触れた部分から錆び始め、ボロボロに崩れた。
「ひ、ひぃぃっ!」
槍を投げ捨て、一人の憲兵が腰を抜かす。尻もちを付き、崩れた。
シルヴァは、もう一人の憲兵を簡単に一蹴し、倒れる二人の憲兵を見下ろした。
「俺はこれから喪に服す。俺を殺したいなら何時でも来るがいい。返り討ちにしてやるよ」
シルヴァは身を翻し、歩き始める。
「……殺さないのか」
憲兵の一人がシルヴァに言葉をかける。
「……母上は復讐は望まない」
シルヴァの吐いた言葉を前に、粛清しか考えて来なかった憲兵は、酷く困惑することとなった。伏した顔を再び上げた時には、もうシルヴァの姿は見えなかった。
そこからおよそ2000年間、シルヴァはダンジョンを巡り喪に服した。ダンジョンからダンジョンへ移動する時以外地上には姿を見せず、またたった一人で地下深くまで素材を集めるため、彼の存在は人々の記憶から忘れ去られたのであった。
そこから、彼は一人時を越え、ある少女と運命の邂逅を迎えることとなる。
◆◇◆
とあるダンジョンの一角で、男二人と少女が口論をしていた。
「ちょっと、この魔物を仕留めたのは私なんだけど!」
「はぁー? お前俺らの獲物横取りしようってのか?」
「それはそっちでしょ! 私が仕留めた魔物横取りして!」
「はぁー。やっぱり桔梗の羽蜥蜴といったらまぁ」
「桔梗の飛龍よ! 訂正しなさい!」
「へーへ。だがこの獲物は俺らのだ。お嬢ちゃん」
「私が仕留めたのよ?今すぐ返しなさい!」
「没落クランが仕留めたってより俺らが仕留めたって方がコイツの値も張るってもんさ。ほら、どいたどいた」
「お前らみてーな詐欺集団の獲物を買い取る訳ねーだろうがよ」
その言葉で、その少女は固まった。今まで威勢よく言い争っていた彼女はもう居なく、ただじっと何かを耐えているようだった。
「ははははは、それな!」
「おい、どうした? 何か言い返してみろよ? え? ははは」
服の裾を握り、唇を噛みながら震える少女の横を、男達が魔物を抱えながら通り過ぎる。落胆したように落ち込む少女だが、立ち上がってシルヴァの元へと歩いてきた。
「ねぇ、あなた、さっきの見てたでしょ?」
「え? ……あ、ああ。見てたが」
「なら、裁判に協力して貰えないかしら。私が獲物を横取りされたって証言して貰うだけでいいから! お願い!」
手を合わせ、頭を下げるその少女に、シルヴァはため息をついた。
「ごめん。俺が見たのは君らが言い争っている最中からだから、君があの魔物を捕らえたところを見ていない。なので、援護することは出来ない」
その少女は、悲観した顔をシルヴァに向けた。
「そ、そうなのね……じゃあ……ごめんね。時間取らせちゃって」
「あぁ……まぁそこまで時間は取られてないが……」
「じゃあね。あなたも横取りされないように気をつけた方がいいわよ」
哀しみをさらりと撫でたような声を残し、その少女はシルヴァの前を通り過ぎる。シルヴァは、彼女の頬を一筋の涙が流れているのが、やけにはっきりと見えた。
その夜。シルヴァはここのダンジョンの最下層で、叡黎書を開いていた。
ゆっくりと捲るその音だけがダンジョンに谺響する。ひっそりとした空気を、軽く劈くその音は、やけに懐かしい響きを醸し出した。
「母上……本日で、母上の喪に服す期限が過ぎます。ですので、今まで俺が発掘し、精製したこの世の全ての宝石を供えます。天国でも、お美しい姿でいてください」
もう数十ページにもなった保管ページから、一つ一つ宝石を取り出す。気に入った大きさの原石を見つけるまで入念に探したシルヴァが取り出した宝石は、リングやブローチに加工されていた。
母の頭蓋骨だけ……それだけが入っている管理ページを開く。そこに、先程取り出した全ての宝石を入れた。それは、傍から見ればただの管理場所の移動だが、シルヴァの中では大いなる意味を含んでいた。
「さて……明日久しぶりに外に出るか。世界はどう変わっただろうか」
シルヴァの……好奇心が、むくりと起き上がった。母の喪服に服して約2000年。いままで心の奥底にしまっていた好奇心が、シルヴァの体に取り憑いた。
久しぶりに破顔したシルヴァは、喪に服していた時に誓約として閉じていた右目を開いた。その目は、エメラルドグリーンの虹彩に、漆黒の瞳孔を覗かせていた。
シルヴァは、その視線を完全に無視してシルヴァの母、マリアの首の所まで歩く。
「あぁ……母上……苦しかったでしょう。辛かったでしょう。……いずれしっかりと埋葬するので、少しの間お待ち下さい」
シルヴァが、首が晒されている槍に触れる。突然、その槍が霧のように消え去った。
「な……!」
驚愕の色を浮かべる市民達を他所に、落下してきたマリアの首を抱える。その首をシルヴァが撫でると、マリアの皮膚と筋肉が霧散し、頭蓋骨の僅かな首の骨が残された。
叡黎書を開く。保管ページにマリアの頭蓋骨を納めたシルヴァは、突然の出来事に足がすくんで動けない市民達を睨んだ。
「何故……なんで、母上を殺した! 母上がお前らに何かしたのか?」
シルヴァの問いに答えたのは、ある憲兵だった。
「き……貴族だからだ! 貴族は新しい時代には不要だからだ!」
荒く息を吐きながら、憲兵はシルヴァに言い放つ。それを聞いたシルヴァは、冷徹な顔をして答えた。
「ならば……俺も殺すんだろ? いいよ。殺しに来なよ。黙って殺される気はないけど」
「ぐっ……!」
「は、早く殺してくれよ憲兵さんよ!」
「そうだそうだ。貴族なくして新しき時代なしだろ?」
市民に焚き付けられ、憲兵はシルヴァをじっと見据える。
「来ないのか?」
「う……うぉぉぉぉおおっ!」
憲兵が二人がかりでシルヴァに襲いかかる。だが、真実の慧眼には、槍の軌道や筋肉の動きを始めとした全ての情報が映っているため、憲兵に勝ち目は万に一つも無かった。
シルヴァが突き出された槍を掴む。霧散はしなかったが、槍の穂先が手に触れた部分から錆び始め、ボロボロに崩れた。
「ひ、ひぃぃっ!」
槍を投げ捨て、一人の憲兵が腰を抜かす。尻もちを付き、崩れた。
シルヴァは、もう一人の憲兵を簡単に一蹴し、倒れる二人の憲兵を見下ろした。
「俺はこれから喪に服す。俺を殺したいなら何時でも来るがいい。返り討ちにしてやるよ」
シルヴァは身を翻し、歩き始める。
「……殺さないのか」
憲兵の一人がシルヴァに言葉をかける。
「……母上は復讐は望まない」
シルヴァの吐いた言葉を前に、粛清しか考えて来なかった憲兵は、酷く困惑することとなった。伏した顔を再び上げた時には、もうシルヴァの姿は見えなかった。
そこからおよそ2000年間、シルヴァはダンジョンを巡り喪に服した。ダンジョンからダンジョンへ移動する時以外地上には姿を見せず、またたった一人で地下深くまで素材を集めるため、彼の存在は人々の記憶から忘れ去られたのであった。
そこから、彼は一人時を越え、ある少女と運命の邂逅を迎えることとなる。
◆◇◆
とあるダンジョンの一角で、男二人と少女が口論をしていた。
「ちょっと、この魔物を仕留めたのは私なんだけど!」
「はぁー? お前俺らの獲物横取りしようってのか?」
「それはそっちでしょ! 私が仕留めた魔物横取りして!」
「はぁー。やっぱり桔梗の羽蜥蜴といったらまぁ」
「桔梗の飛龍よ! 訂正しなさい!」
「へーへ。だがこの獲物は俺らのだ。お嬢ちゃん」
「私が仕留めたのよ?今すぐ返しなさい!」
「没落クランが仕留めたってより俺らが仕留めたって方がコイツの値も張るってもんさ。ほら、どいたどいた」
「お前らみてーな詐欺集団の獲物を買い取る訳ねーだろうがよ」
その言葉で、その少女は固まった。今まで威勢よく言い争っていた彼女はもう居なく、ただじっと何かを耐えているようだった。
「ははははは、それな!」
「おい、どうした? 何か言い返してみろよ? え? ははは」
服の裾を握り、唇を噛みながら震える少女の横を、男達が魔物を抱えながら通り過ぎる。落胆したように落ち込む少女だが、立ち上がってシルヴァの元へと歩いてきた。
「ねぇ、あなた、さっきの見てたでしょ?」
「え? ……あ、ああ。見てたが」
「なら、裁判に協力して貰えないかしら。私が獲物を横取りされたって証言して貰うだけでいいから! お願い!」
手を合わせ、頭を下げるその少女に、シルヴァはため息をついた。
「ごめん。俺が見たのは君らが言い争っている最中からだから、君があの魔物を捕らえたところを見ていない。なので、援護することは出来ない」
その少女は、悲観した顔をシルヴァに向けた。
「そ、そうなのね……じゃあ……ごめんね。時間取らせちゃって」
「あぁ……まぁそこまで時間は取られてないが……」
「じゃあね。あなたも横取りされないように気をつけた方がいいわよ」
哀しみをさらりと撫でたような声を残し、その少女はシルヴァの前を通り過ぎる。シルヴァは、彼女の頬を一筋の涙が流れているのが、やけにはっきりと見えた。
その夜。シルヴァはここのダンジョンの最下層で、叡黎書を開いていた。
ゆっくりと捲るその音だけがダンジョンに谺響する。ひっそりとした空気を、軽く劈くその音は、やけに懐かしい響きを醸し出した。
「母上……本日で、母上の喪に服す期限が過ぎます。ですので、今まで俺が発掘し、精製したこの世の全ての宝石を供えます。天国でも、お美しい姿でいてください」
もう数十ページにもなった保管ページから、一つ一つ宝石を取り出す。気に入った大きさの原石を見つけるまで入念に探したシルヴァが取り出した宝石は、リングやブローチに加工されていた。
母の頭蓋骨だけ……それだけが入っている管理ページを開く。そこに、先程取り出した全ての宝石を入れた。それは、傍から見ればただの管理場所の移動だが、シルヴァの中では大いなる意味を含んでいた。
「さて……明日久しぶりに外に出るか。世界はどう変わっただろうか」
シルヴァの……好奇心が、むくりと起き上がった。母の喪服に服して約2000年。いままで心の奥底にしまっていた好奇心が、シルヴァの体に取り憑いた。
久しぶりに破顔したシルヴァは、喪に服していた時に誓約として閉じていた右目を開いた。その目は、エメラルドグリーンの虹彩に、漆黒の瞳孔を覗かせていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる