知識欲の鬼才と叡黎書(アルトワール) 第一章

麒麟

文字の大きさ
6 / 25
第一章

粛清の代償

しおりを挟む
 シルヴァの絶叫に広場にいた全員が注意を向ける。

 シルヴァは、その視線を完全に無視してシルヴァの母、マリアの首の所まで歩く。

「あぁ……母上……苦しかったでしょう。辛かったでしょう。……いずれしっかりと埋葬するので、少しの間お待ち下さい」

 シルヴァが、首が晒されている槍に触れる。突然、その槍が霧のように消え去った。

「な……!」

 驚愕の色を浮かべる市民達を他所に、落下してきたマリアの首を抱える。その首をシルヴァが撫でると、マリアの皮膚と筋肉が霧散し、頭蓋骨の僅かな首の骨が残された。

 叡黎書アルトワールを開く。保管ページにマリアの頭蓋骨を納めたシルヴァは、突然の出来事に足がすくんで動けない市民達を睨んだ。

「何故……なんで、母上を殺した! 母上がお前らに何かしたのか?」

 シルヴァの問いに答えたのは、ある憲兵だった。

「き……貴族だからだ! 貴族は新しい時代には不要だからだ!」

 荒く息を吐きながら、憲兵はシルヴァに言い放つ。それを聞いたシルヴァは、冷徹な顔をして答えた。

「ならば……俺も殺すんだろ? いいよ。殺しに来なよ。黙って殺される気はないけど」
「ぐっ……!」
「は、早く殺してくれよ憲兵さんよ!」
「そうだそうだ。貴族なくして新しき時代なしだろ?」

 市民に焚き付けられ、憲兵はシルヴァをじっと見据える。

「来ないのか?」
「う……うぉぉぉぉおおっ!」

 憲兵が二人がかりでシルヴァに襲いかかる。だが、真実の慧眼には、槍の軌道や筋肉の動きを始めとした全ての情報が映っているため、憲兵に勝ち目は万に一つも無かった。

 シルヴァが突き出された槍を掴む。霧散はしなかったが、槍の穂先が手に触れた部分から錆び始め、ボロボロに崩れた。

「ひ、ひぃぃっ!」

 槍を投げ捨て、一人の憲兵が腰を抜かす。尻もちを付き、崩れた。

 シルヴァは、もう一人の憲兵を簡単に一蹴し、倒れる二人の憲兵を見下ろした。

「俺はこれから喪に服す。俺を殺したいなら何時でも来るがいい。返り討ちにしてやるよ」

 シルヴァは身を翻し、歩き始める。

「……殺さないのか」

 憲兵の一人がシルヴァに言葉をかける。

「……母上は復讐そんなのは望まない」

 シルヴァの吐いた言葉を前に、粛清しか考えて来なかった憲兵は、酷く困惑することとなった。伏した顔を再び上げた時には、もうシルヴァの姿は見えなかった。

 そこからおよそ2000年間、シルヴァはダンジョンを巡り喪に服した。ダンジョンからダンジョンへ移動する時以外地上には姿を見せず、またたった一人で地下深くまで素材を集めるため、彼の存在は人々の記憶から忘れ去られたのであった。

 そこから、彼は一人時を越え、ある少女と運命の邂逅を迎えることとなる。

 ◆◇◆

 とあるダンジョンの一角で、男二人と少女が口論をしていた。

「ちょっと、この魔物を仕留めたのは私なんだけど!」
「はぁー? お前俺らの獲物横取りしようってのか?」
「それはそっちでしょ! 私が仕留めた魔物横取りして!」
「はぁー。やっぱり桔梗の羽蜥蜴といったらまぁ」
「桔梗の飛龍よ! 訂正しなさい!」
「へーへ。だがこの獲物は俺らのだ。お嬢ちゃん」
「私が仕留めたのよ?今すぐ返しなさい!」
「没落クランが仕留めたってより俺らが仕留めたって方がコイツの値も張るってもんさ。ほら、どいたどいた」
「お前らみてーな詐欺集団の獲物を買い取る訳ねーだろうがよ」

 その言葉で、その少女は固まった。今まで威勢よく言い争っていた彼女はもう居なく、ただじっと何かを耐えているようだった。

「ははははは、それな!」
「おい、どうした? 何か言い返してみろよ? え? ははは」

 服の裾を握り、唇を噛みながら震える少女の横を、男達が魔物を抱えながら通り過ぎる。落胆したように落ち込む少女だが、立ち上がってシルヴァの元へと歩いてきた。

「ねぇ、あなた、さっきの見てたでしょ?」
「え? ……あ、ああ。見てたが」
「なら、裁判に協力して貰えないかしら。私が獲物を横取りされたって証言して貰うだけでいいから! お願い!」

 手を合わせ、頭を下げるその少女に、シルヴァはため息をついた。

「ごめん。俺が見たのは君らが言い争っている最中からだから、君があの魔物を捕らえたところを見ていない。なので、援護することは出来ない」

 その少女は、悲観した顔をシルヴァに向けた。

「そ、そうなのね……じゃあ……ごめんね。時間取らせちゃって」
「あぁ……まぁそこまで時間は取られてないが……」
「じゃあね。あなたも横取りされないように気をつけた方がいいわよ」

 哀しみをさらりと撫でたような声を残し、その少女はシルヴァの前を通り過ぎる。シルヴァは、彼女の頬を一筋の涙が流れているのが、やけにはっきりと見えた。

 その夜。シルヴァはここのダンジョンの最下層で、叡黎書アルトワールを開いていた。

 ゆっくりと捲るその音だけがダンジョンに谺響する。ひっそりとした空気を、軽く劈くその音は、やけに懐かしい響きを醸し出した。

「母上……本日で、母上の喪に服す期限が過ぎます。ですので、今まで俺が発掘し、精製したこの世の全ての宝石を供えます。天国でも、お美しい姿でいてください」

 もう数十ページにもなった保管ページから、一つ一つ宝石を取り出す。気に入った大きさの原石を見つけるまで入念に探したシルヴァが取り出した宝石は、リングやブローチに加工されていた。

 母の頭蓋骨だけ……それだけが入っている管理ページを開く。そこに、先程取り出した全ての宝石を入れた。それは、傍から見ればただの管理場所の移動だが、シルヴァの中では大いなる意味を含んでいた。

「さて……明日久しぶりに外に出るか。世界はどう変わっただろうか」

 シルヴァの……好奇心が、むくりと起き上がった。母の喪服に服して約2000年。いままで心の奥底にしまっていた好奇心が、シルヴァの体に取り憑いた。

 久しぶりに破顔したシルヴァは、喪に服していた時に誓約として閉じていたを開いた。その目は、エメラルドグリーンの虹彩に、漆黒の瞳孔を覗かせていた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

処理中です...