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第一章
どうやらダンジョンに入退場すると金が必要らしい
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シルヴァが、久しぶりにダンジョンを後にした。このダンジョンは、本流と支流という二つに分けられる。本流と呼ばれるダンジョンは、大陸を幾つも跨ぎ、支流同士を結び付ける。支流は、大陸によりその色を変え、冒険者達に立ち塞がる。
シルヴァが本流へ入ったのがおよそ1000年前。そこから、幾つもの支流を隈無く移動、探索を繰り返していた。
久しぶりに浴びる日光。太陽の焼けるような日差しに目を顰め、シルヴァは深呼吸をした。
「あぁ~。陽の光を浴びるのは久しぶりだな。やっぱり良いものだな」
大きく背伸びをする。だが、ここ1000年でシルヴァが見た景色はかなり変わっていた。
「まじか……俺が入った時は辺境の辺境だった入り口が……こんなに発展したんだな」
そう。1000年前は、入り口は山の中であった。本流と支流という表現も、シルヴァが付けたものだ。それほど、世間認知度が低く、隠れダンジョンであったはずだった。
だが今はどうだ。ダンジョンを中心とし、大きな街が栄えているではないか。また、ダンジョンに来る冒険者が一番の稼ぎ頭なのだろう。旅館、銭湯、武器防具屋が至る所にある。
だが、シルヴァにはある懸念があった。
「うわ……慣れるのに時間かかりそう……」
そう、シルヴァは何百年もの間、ぼっちだったのだ。
シルヴァは、決してコミュニケーション障害がある訳では無い。面倒なだけで、コミュニケーションを取る気なら難なく取れたはずだ。
だが、久しく人と顔を合わせていないシルヴァは、どう話しかければいいのかを記憶の奥へしまったのだ。
必死で記憶を弄るシルヴァ。だんだんと周りの熱気に慣れていくにつれ、シルヴァも思い出してきたようだ。
(あーもー、なんか話しかけづらいオーラ漂ってないか? まぁいいか。だが……)
シルヴァの目線が動く。整備された街道、木と石造りの建物。シルヴァが見たことがあるような服を着る人々。
(なんで……文明が発達していない?)
そう。1000年もあれば、文明は必ず発展する筈だ。更に言ってしまえば、シルヴァが1000年前に本流へ入る際には、竜など飛行生物を従えることなく空を飛べる“車”なるものがかなり普及していた。
更に、建造物は木と石造りではなく、ファルという鉱石と、シーテヴァスという液体鉱物の混合物が広く利用されていた。軽く、耐久性に優れ、また劣化し辛いので、かなり需要があった。
その他にも、人間が自らの手で作り出した“農園”と呼ばれるモノが存在していたらしい。需要の高い素材をドロップする魔物を人間の手で管理、出荷していたという。これにより、半数近くの冒険者が廃業に追いやられていたはずだ。
だが、今のこれは何なのか。文明の後退はほぼありえない。シルヴァが迷宮に潜っていた1000年の間に、地上に一体何があったのだろうか。
「あの、すみません。少しお時間よろしいでしょうか?」
ダンジョン入り口付近でシルヴァがぼーっと立っていると、突然声をかけられた。
「あ、俺ですか?」
「はい、あなたです」
シルヴァが戸惑って自分を指さすと、その声の主……ポニーテールの少女は、満面の笑みを浮かべた。
「あの、あなたはフリーの冒険者ですか?」
この問に、シルヴァは困惑した。だが、ここではフリーなのとフリーじゃない冒険者がいるらしい。
「え……っと? フリー? なのかな?」
「あの、どこかクランに所属されていませんよね?」
「え? クラン? 何それ」
「あなたはクランに属されていないということでよろしいですか?」
「あ、はい。まぁ。そうなんですかね」
すると、少女は満面の笑みを崩さずに、手を出した。
「退場料をお支払い下さい」
シルヴァは困惑した。
「え、何? お金取られるの?」
「ええ、クランに属しておられるのであれば月末にクランで一括払いされますが……フリーの方は入場料と退場料を即時お支払いして頂く必要があります」
「え……ダンジョンから出るのに金取るの?」
「はい」
(この文明はダンジョンの入退場すら金がかかるのか……タダで入っていた頃が懐かしいな)
「あの、お幾ら?」
「一律1マーズでございます」
「……まーず?」
「ええ、1マーズです」
(お金の単位も違うんかーい。まぁ当たり前か)
「んー、今は金はないけどダンジョンで収集したものを換金すればその1まーず? ってやつになるんじゃないか?」
「では1マーズ相当の鉱石またはアイテムの提出をお願いします」
「んん1マーズ相当ねぇ」
(1マーズ相当ってどれくらいだよ全く。でも冒険者が入退場で支払えることが出来る金額ってことは、それほど高い訳ではなさそうだな)
叡黎書を開く。すると、その少女が疑問を浮かべた顔で聞いてきた。
「あの、アイテムポーチはお持ちではないのですか?」
「ん~?知らないな」
「え、冒険者でアイテムポーチをお持ちではない……?もしかして紛失被害とかは」
「ないない。んで、こんなもんでいいか?」
シルヴァが叡黎書から取り出したのは、親指の爪ほどの大きさのシルリアの原石だった。
「はい、ありがとうございます。……ん?ちょっとお待ちください」
「なにか不備でも?それとも足りない?」
「いえ……少し失礼します」
少女が首から下げていたネックレスを持つ。そのネックレスには、鑑定アイテムと思われる小さい円形の硝子が備え付けられていた。
「こ……これは……シルリア? ナージャではなく、シルリア?」
(お……やっぱり物質名に変わりはない……やっぱり叡黎書は何か影響でもあるのか……)
そして、一通り鑑定を終えた少女がシルヴァの前に立った。
「この大きさのシルリアの原石となると、単価は軽く10マーズを超えます。代替品と交換できませんか?……本部にお釣りを取りに行くの面倒なので」
この少女、意外と面倒臭がり屋だ。
「分かったよ。それじゃ……こんなのでどう?」
次いでシルヴァが取り出したのは、小指ほどの白雲母だった。
「ありがとうございます。これは……雲母ですか」
「あの、何か?」
「あ……いえ、1マーズ相当の白雲母です。ありがとうございました」
「そうか。なら良かった。これで失礼させて貰うよ」
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?なんですか?」
「いえ……アイテムポーチをお持ちでないのでしたら、私行きつけの雑貨屋をご紹介致しますが……」
「あー、そのアイテムポーチってやつ、なんか袋みたいなものでしょ?」
少女が、少しキレた。しかも、突然に。
「母さんの作るアイテムポーチは、布なんかじゃありません!ほら、これを見てください!」
そう言って、自分のであろうアイテムポーチをシルヴァにこれでもかという程見せる。
「およそ10センチ四方のこの無駄のないシンプルなデザイン!肩掛けも付いていて無くすことはありません!さらに、見た目に反してこの大きさで収容量はオドロキの箪笥一つ分!」
(センチ……?量の単位は同じか。てか箪笥なんていっぱいあるだろーよ。どの箪笥かによって容量結構違う気がするんだが……)
「そしてなんと材質は鰐皮!」
シルヴァは吹いた。なんで鰐皮がシンプルなデザインになるのか、全く分からなかったからだ。更に、熱心に説明している少女の必死さと、鰐皮というまるでギャグみたいな単語のミスマッチが、彼のツボに入ったのだ。
「な、なんで笑うんですか!」
「あぁ……いや、はは、久しぶりに笑った。すまないがそのアイテムポーチとやらを買うことはできない。なぜなら……」
シルヴァは、広げた掌の上に叡黎書を呼び出す。びっくりして腰が抜けた少女に、シルヴァは言った。
「俺には、この相棒がいるんでね」
シーンと静まり返った空間。少し羞恥心が出てきたシルヴァは、まだ腰を抜かしたままの少女に、手を差し伸べた。
「ほら、いつまでも間抜け面していないで。立てるか?」
差し出された手を、少女が掴む。そのまま、シルヴァはその少女を起こした。
「まぁ……なんだ。その、今度何か必要になったら覗いてみるよ」
シルヴァが頬を掻きながら言う。少女は、少し涙に腫れた目を拭い、シルヴァに一枚の紙を差し出した。
「これ、ウチの場所です。よかったら、いらしてください」
「ああ。じゃあな」
シルヴァは身を翻し、颯爽と歩く。その様子を、少女はずっと見ていた。
「大丈夫かな……。今いろんなクランが新規団員募集してるし……。そう言えば、シャルちゃんは元気かなぁ」
少女を呼ぶ他の管理官見習い生が聞こえる。少女は、軽く返事をして、同僚の元へと走っていった。
シルヴァが本流へ入ったのがおよそ1000年前。そこから、幾つもの支流を隈無く移動、探索を繰り返していた。
久しぶりに浴びる日光。太陽の焼けるような日差しに目を顰め、シルヴァは深呼吸をした。
「あぁ~。陽の光を浴びるのは久しぶりだな。やっぱり良いものだな」
大きく背伸びをする。だが、ここ1000年でシルヴァが見た景色はかなり変わっていた。
「まじか……俺が入った時は辺境の辺境だった入り口が……こんなに発展したんだな」
そう。1000年前は、入り口は山の中であった。本流と支流という表現も、シルヴァが付けたものだ。それほど、世間認知度が低く、隠れダンジョンであったはずだった。
だが今はどうだ。ダンジョンを中心とし、大きな街が栄えているではないか。また、ダンジョンに来る冒険者が一番の稼ぎ頭なのだろう。旅館、銭湯、武器防具屋が至る所にある。
だが、シルヴァにはある懸念があった。
「うわ……慣れるのに時間かかりそう……」
そう、シルヴァは何百年もの間、ぼっちだったのだ。
シルヴァは、決してコミュニケーション障害がある訳では無い。面倒なだけで、コミュニケーションを取る気なら難なく取れたはずだ。
だが、久しく人と顔を合わせていないシルヴァは、どう話しかければいいのかを記憶の奥へしまったのだ。
必死で記憶を弄るシルヴァ。だんだんと周りの熱気に慣れていくにつれ、シルヴァも思い出してきたようだ。
(あーもー、なんか話しかけづらいオーラ漂ってないか? まぁいいか。だが……)
シルヴァの目線が動く。整備された街道、木と石造りの建物。シルヴァが見たことがあるような服を着る人々。
(なんで……文明が発達していない?)
そう。1000年もあれば、文明は必ず発展する筈だ。更に言ってしまえば、シルヴァが1000年前に本流へ入る際には、竜など飛行生物を従えることなく空を飛べる“車”なるものがかなり普及していた。
更に、建造物は木と石造りではなく、ファルという鉱石と、シーテヴァスという液体鉱物の混合物が広く利用されていた。軽く、耐久性に優れ、また劣化し辛いので、かなり需要があった。
その他にも、人間が自らの手で作り出した“農園”と呼ばれるモノが存在していたらしい。需要の高い素材をドロップする魔物を人間の手で管理、出荷していたという。これにより、半数近くの冒険者が廃業に追いやられていたはずだ。
だが、今のこれは何なのか。文明の後退はほぼありえない。シルヴァが迷宮に潜っていた1000年の間に、地上に一体何があったのだろうか。
「あの、すみません。少しお時間よろしいでしょうか?」
ダンジョン入り口付近でシルヴァがぼーっと立っていると、突然声をかけられた。
「あ、俺ですか?」
「はい、あなたです」
シルヴァが戸惑って自分を指さすと、その声の主……ポニーテールの少女は、満面の笑みを浮かべた。
「あの、あなたはフリーの冒険者ですか?」
この問に、シルヴァは困惑した。だが、ここではフリーなのとフリーじゃない冒険者がいるらしい。
「え……っと? フリー? なのかな?」
「あの、どこかクランに所属されていませんよね?」
「え? クラン? 何それ」
「あなたはクランに属されていないということでよろしいですか?」
「あ、はい。まぁ。そうなんですかね」
すると、少女は満面の笑みを崩さずに、手を出した。
「退場料をお支払い下さい」
シルヴァは困惑した。
「え、何? お金取られるの?」
「ええ、クランに属しておられるのであれば月末にクランで一括払いされますが……フリーの方は入場料と退場料を即時お支払いして頂く必要があります」
「え……ダンジョンから出るのに金取るの?」
「はい」
(この文明はダンジョンの入退場すら金がかかるのか……タダで入っていた頃が懐かしいな)
「あの、お幾ら?」
「一律1マーズでございます」
「……まーず?」
「ええ、1マーズです」
(お金の単位も違うんかーい。まぁ当たり前か)
「んー、今は金はないけどダンジョンで収集したものを換金すればその1まーず? ってやつになるんじゃないか?」
「では1マーズ相当の鉱石またはアイテムの提出をお願いします」
「んん1マーズ相当ねぇ」
(1マーズ相当ってどれくらいだよ全く。でも冒険者が入退場で支払えることが出来る金額ってことは、それほど高い訳ではなさそうだな)
叡黎書を開く。すると、その少女が疑問を浮かべた顔で聞いてきた。
「あの、アイテムポーチはお持ちではないのですか?」
「ん~?知らないな」
「え、冒険者でアイテムポーチをお持ちではない……?もしかして紛失被害とかは」
「ないない。んで、こんなもんでいいか?」
シルヴァが叡黎書から取り出したのは、親指の爪ほどの大きさのシルリアの原石だった。
「はい、ありがとうございます。……ん?ちょっとお待ちください」
「なにか不備でも?それとも足りない?」
「いえ……少し失礼します」
少女が首から下げていたネックレスを持つ。そのネックレスには、鑑定アイテムと思われる小さい円形の硝子が備え付けられていた。
「こ……これは……シルリア? ナージャではなく、シルリア?」
(お……やっぱり物質名に変わりはない……やっぱり叡黎書は何か影響でもあるのか……)
そして、一通り鑑定を終えた少女がシルヴァの前に立った。
「この大きさのシルリアの原石となると、単価は軽く10マーズを超えます。代替品と交換できませんか?……本部にお釣りを取りに行くの面倒なので」
この少女、意外と面倒臭がり屋だ。
「分かったよ。それじゃ……こんなのでどう?」
次いでシルヴァが取り出したのは、小指ほどの白雲母だった。
「ありがとうございます。これは……雲母ですか」
「あの、何か?」
「あ……いえ、1マーズ相当の白雲母です。ありがとうございました」
「そうか。なら良かった。これで失礼させて貰うよ」
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?なんですか?」
「いえ……アイテムポーチをお持ちでないのでしたら、私行きつけの雑貨屋をご紹介致しますが……」
「あー、そのアイテムポーチってやつ、なんか袋みたいなものでしょ?」
少女が、少しキレた。しかも、突然に。
「母さんの作るアイテムポーチは、布なんかじゃありません!ほら、これを見てください!」
そう言って、自分のであろうアイテムポーチをシルヴァにこれでもかという程見せる。
「およそ10センチ四方のこの無駄のないシンプルなデザイン!肩掛けも付いていて無くすことはありません!さらに、見た目に反してこの大きさで収容量はオドロキの箪笥一つ分!」
(センチ……?量の単位は同じか。てか箪笥なんていっぱいあるだろーよ。どの箪笥かによって容量結構違う気がするんだが……)
「そしてなんと材質は鰐皮!」
シルヴァは吹いた。なんで鰐皮がシンプルなデザインになるのか、全く分からなかったからだ。更に、熱心に説明している少女の必死さと、鰐皮というまるでギャグみたいな単語のミスマッチが、彼のツボに入ったのだ。
「な、なんで笑うんですか!」
「あぁ……いや、はは、久しぶりに笑った。すまないがそのアイテムポーチとやらを買うことはできない。なぜなら……」
シルヴァは、広げた掌の上に叡黎書を呼び出す。びっくりして腰が抜けた少女に、シルヴァは言った。
「俺には、この相棒がいるんでね」
シーンと静まり返った空間。少し羞恥心が出てきたシルヴァは、まだ腰を抜かしたままの少女に、手を差し伸べた。
「ほら、いつまでも間抜け面していないで。立てるか?」
差し出された手を、少女が掴む。そのまま、シルヴァはその少女を起こした。
「まぁ……なんだ。その、今度何か必要になったら覗いてみるよ」
シルヴァが頬を掻きながら言う。少女は、少し涙に腫れた目を拭い、シルヴァに一枚の紙を差し出した。
「これ、ウチの場所です。よかったら、いらしてください」
「ああ。じゃあな」
シルヴァは身を翻し、颯爽と歩く。その様子を、少女はずっと見ていた。
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