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歓びの里 [ランド、七日間の記録]編

日録30 君は特別②

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 むっつり回パート3です。
 ムフフ(昭和)な感じはここがピーク。
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「言葉で伝わらないのなら――態度で示せば分かるのか、試してみましょうか?」
「試す…?」

 態度で示す? しかもそれを試すとは、どういう意味だ。見るからに物問いたげなランドに、エンジュが目もとをなごませる。

「あなたが不感症でないか――きちんとドキドキするかどうかを、確認してみてはどうかと言ったのです」

 それでもランドが首をかしげると思ったのか、途中でエンジュが言い直す。遠回しに鈍いと言われたような気がして、不服そうにランドがわずかに眉を曇らせる。

 だが不感症と言われたままでいるのは、不本意極まりない。ランドは、エンジュの目を見て小さく頷いた。

 その瞬間、きらりとエンジュの目が光ったように見えて――ランドの背中に得も言えぬ、悪寒が走る。

 決断を早まったか。
 しかし迷う隙を与えるつもりはないとばかりに、その後のエンジュの行動は素早かった。

「では、承諾を得られたということで――」

 言い終わるが早いか、ランドの手を包む白い指が、すりっとランドの皮膚を優しく撫で上げる。

「え……」

 最初はひと撫で、そこからランドの反応を探るように、ゆっくりと指を這わせる範囲を広げていく。

 それは、先ほどまでランドの指に与えられた施術の刺激とは明らかに異なる。優しくてのひらを開かれると、ランドの心はひどく乱れた。

 先ほどと同じように、その掌の中心に向かって、ゆっくりとエンジュの顔が下がっていく。何をされるのか分かったランドが、エンジュを止めようと口を開きかけるも、その前にエンジュの唇が掌に落ちるのが早かった。

 掌に、なにごとかをつぶやいているのか。肌に当たる唇が小さく動く。その度に、ふわふわとした心地よい感覚が脳内いっぱいに広がっていく。

 ひどく熱いのは触れられた場所なのに――なぜか頭の奥の方が甘く溶かされて、まるで毒に侵されたように思考を蕩けさせる。

 身体をゆっくりと侵す熱に、吐息が震えるのを止められない。気を許せば、甘い吐息が口から押し出されそうになるのを、ランドは必死になって押しとどめた。
 
 悪戯でもするように、舌先がぺろりと掌を舐める。その途端、ランドの体が小さく跳ねてしまう。――それがとても恥ずかしい。洩れそうになる声をどうやって抑えられたのか、ランドには分からなかった。

 エンジュはどんな表情でこんな真似をしているのだろうか。いつの間にか閉じていた目を開けて、ランドはエンジュを盗み見た。

 目が合った途端、エンジュがニコリと笑う。いつもの涼しい顔。わずかだがその目に悪戯めいたものを見つけて、ランドは察した。

 ――自分は今、揶揄からかわれているのだということに。

 口に出すより早く、ランドはその手を引き抜いた。あれほど自由にならなかったのに、その手はあっけなく取り戻せた。

 細く美しい手から解き放たれた途端、それまでランドをさいなんでいた、もどかしいくらいの熱は嘘のように消え去る。まるで全てが夢だったかのように。

「エンジュ様――あんた――…っ」

 ばれたか、とでも言うように、エンジュはその形のいい唇に浮かべた笑みを、ゆっくりと深める。それがランドの考えが正解だと裏づけるものだと知り、ランドの頬にか――っと朱が走った。

 羞恥はもちろんのこと、この底意地の悪い里長に対する怒りだ。

「エンジュ・様」

 怒鳴りつけたい気持ちをこらえて、ランドは名を呼ぶにとどめる。

「――すみません。謝りますから、そう怖い声を出さないでください」

 怒気を孕んだランドの声を聞いて、エンジュはあっさりと降参した。素直に頭を下げて謝罪するエンジュを見て、いくぶん気持ちはおさまったものの、それでも完全に鎮火とまではいかない。

 ランドはエンジュに触れられた手を、反対の手で力を込めて何度もさする。まるで先ほどの感覚を拭い去るように。

「こんなふうに俺を揶揄うのは、今後やめていただきたい」
「すみません。嫌なら手を振りほどくだろうと思っていたのですが、あなたが全く抵抗もしないので…。つい調子に乗ってしまいました」

 悪びれるでもなく、あっけらかんとエンジュは言う。
 ランドはぎりっと歯ぎしりする。それは、されるがままのランドが悪いとでも言いたいのだろうか。

 穏やかな顔をしたエンジュは、相変わらず飄々としたものだ。ランドから放たれる剣呑な気配など気にする様子もない――それどころか。

「本当に嫌なら、相手を突き飛ばすくらいの勢いがないと。相手もその気なのかと勘違いする不逞の輩はたくさんいますからね」

 などと言う始末。

 ――あんたもそのうちの一人じゃないのか?!

 せり上がった言葉を飲み込む。怒りで、視界がうっすらと赤く染まって見えるのは、けしてランドの気のせいではない。

 拳を作る自分の手を、もう片方の手で、ぐっとその手首を掴む。湧きあがる衝動ごと手の下に抑え込むのはひと苦労だった。

「お、教えていただき、ありがとうございます。、そうさせていただきます」

 と言えば、ぷっとエンジュが小さく噴き出した。

「そんな、人を絞め殺しかねない顔をして、お礼の言葉を口にするものではありませんよ」

 楽しげなエンジュを見て、なんとか一矢報いてやりたいとランドがムッと唇を尖らせる。

「――。知りませんでした。この里の長は、年頃の男をからかって楽しむ性癖をお持ちなのですね」

 自分の一挙一動に、年頃の男が身も蓋もなく慌てふためく様は、ある種の嗜虐心を満たすものなのだろう。

 ランドの憎まれ口などどこ吹く風とばかりに、エンジュの瞳が細くなる。

「ああ――いいですね、その顔。あなたはまだ大人になるまで時間があるのですから、もっと怒ったり、時には泣いたとしてもいいのですよ」

 その目はいつにも増して優しい。ランドの方が居心地悪くなったのか、怒った顔がそのまま、ふいと目を逸らしてしまう。

「そんな顔をしても、俺は先ほどのこと、しばらく許しませんから」

 「一生」ではなく「しばらく」と言う辺り、いかにも人のいいランドらしい。きっとランドに、その自覚はないのだろうが。

「…あなたと、繋がりたかったのです」
「え?」
「あなたがこの里を出てしまったら、私たちのえにしは途切れてしまう」

 でしょう?とエンジュが苦笑を浮かべて、つけ加える。

「旅が終わり、どこかに根を下ろしたくなった時、あなたは何か考えていますか? もとの場所には戻れない。そのことを、あなたはもうご存知のはず。もし考えていることがあるのなら、聞かせてもらえると、とても嬉しい」

 エンジュの静かな問いに、つかの間、思いめぐらすように考え込んだ後、ランドは小さく頷いた。

「これは、今日村を見て回って思いついたばかりで。まだ形にもならない考えなのですが」
「――構いません」
「…全てが終わったら、叶えたい夢…いえ目指すべき指針とでも言いましょうか。そんなものが一つ、頭に浮かびました」
「差しつかえなければお聞きしても?」

 ランドは「叶うかどうか、まだ分かりませんよ」と言って困ったように笑う。

「もちろん。今は、ですよね」

 にっこりと笑顔で先を促すエンジュに、ランドは苦笑しかない。引くつもりはないという無言の圧を感じ取り、ランドは観念したように口を開いた。

「自分の、村を持ちたいと思ったのです」
「村、ですか?」

 こくりとランドは頷く。
 ランドは夕闇に包まれ始めた風景に目を凝らす。

「山奥に土地を得て、家を建てる。そこで身を立てながら、少しずつ人を募り、里の形を作り上げられたら…と。まだ漠然として形にもなっていませんが」

 その目は、景色を見ているわけではない。
 暮れゆく空の下、どこまでも続く大地の中に、どこか遠く――ここではないどこかに、失った面影を探しているようだった。

 エンジュも、そのことに気づいているようだった。黙って二人で虚空を眺めていると、ランドがぽつりぽつりと語り始める。

「俺は、彼女を支える為にこちらに来ましたが、だからと言って、あの里を捨ててもよい場所だと軽んじたわけではありません。むしろ自分の里に誇りを持っていましたし、好きでした。きっと…こちらに来ることがなかったら、一生をあの里で終えていたでしょう…」
「だから、同じような村を築きたいと?」
「はい。いつか叶えられればと思います」

 そう言うと、ランドは照れたように笑う。そんな自分を誤魔化すように、再び遠くに視線を向ける。

「あなたの夢、なのですね」
「お恥ずかしながら」

 エンジュはふるふると首を振ると、「素晴らしい夢だと思います」と微笑む。その続きを何かを言いかけて、ためらった後、エンジュは口を閉ざす。

「エンジュ様?」
「…旅立つ者を引き止めない。来る者を拒まないように。それがこの里の在り方です。なのに私は、あなたに再びこの里に戻ってきて欲しい――あなたと――今日だけでなくこの先も、共に歩いて行けたら…そんなことを夢見てしまいます。…全てが終わったらこの里で暮らす、それではいけないのでしょうか」
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 読んでいただき、ありがとうございます。

 久しぶりに絡み合いのシーンを書けて
 とても楽しかったです。

 不定期で申し訳ありませんが、
 次話は11/24金曜更新予定です。
 次回更新も頑張りますので、
 どうぞよろしくお願いします。
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