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第10話 ドワーフのつるはし
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アイルは、イッチが住むドワーフの里を訪れていた。山間に位置し、鉱山や鍛冶で生計を立てている者が多い。種族はドワーフが最も多いが、人間の姿もちらほら見える。
見た目に見分けがつきにくく、大人も子供もさして背格好や雰囲気が変わらないため、探すのに難儀したが、アイルはようやっと山肌に面した場所の一軒家にイッチの姿を認めていた。
「おーい! イッチ!」
「……ぉおっ!? 何だアイルじゃねえかあっ!! どうかしたのかあっ!?」
イッチは振るっていたつるはしを放り投げると、ぴょんぴょん岩や段差を飛び越えてアイルがいるところまで降りてきた。
「わざわざオイラの里まで訪ねにきてくれたのか? 送ってくれたリックがいってただよ、『アイルは一人旅に出る』って。いま旅の途中なんだな?」
「ああそうなんだ。せっかくなんで顔見せようと思ってな」
「嬉しいこといってくれるじゃねえか! よし! オイラの家族を紹介すっぞ! 自慢の家族なんだ!」
断り切れず、強い力で腕を引かれながら家の方に連れていかれるアイル。
「ぉおおおい!! オラの仲間の勇者様がわざわざきてくれたぞおおおおお!!!」
家に向かってイッチが吠えると、まず中から飛び出してきたのは三人のちっちゃなドワーフたちだ。
「おおっ、おまいらが一番乗りだあ!! ほれ、勇者様に挨拶するでよ!!」
「「「こっんちににちわっちあはああああっっっ!!!」」」
三人ばらばらに大声で挨拶され、アイルは気後れしつつも笑い返していた。
「あっはは、何て可愛いいんだろう……全部お前の子だよな?」
「あったりまえだ!! まだいるんだで」
「え」
すると……出てくる出てくる、家の中から、草木の陰から、井戸の中から、余所から、わらわらわらと大小取り混ぜ、ざっと十人以上は集まってきた。
「こで、みーーーんなオイラの自慢の子だ!!」
満面の笑顔で腰に手を当てるイッチを前に、アイルはもう笑うしかなかった。ドワーフは家族の多い種族だとは聞いていたが、実際に目にするのは初めてだ。
イッチの妻も現れアイルを歓迎し、家の中に入ってもてなされた。
「しかし……これだけ子供が多いと大変だな」
「なぁに大変なことなんかないでよ、それよか楽しいんでな。毎日毎日、ぎゃあぎゃあ喚いたり、おいおい泣いたり騒がしいけどな、こいつらのために仕事して働いて稼いで喰って寝てってさ、いいもんだでアイル。おめえ結婚しでえのか?」
急にその話題を振られ、アイルはどきっとした。
「結婚か……俺もイッチみたいな性格だったらよかったと思うよ」
「性格だあ? おめえ性格で結婚するだのしないだのって考えてんのかよ? そいつぁ違うでよアイル!」
酒の入ったイッチは赤ら顔で声を上げた。
「おめえは勇者だ! しかもちゃんとした勇者だ! 引く手数多じゃねえかアイル……女どもが黙っちゃいねえよ……ひっく……」
喋っているうちに何かを思い出したらしいイッチ。
「……そういや、魔王の最期の話だけどよ」
「ん? ああ、あれか。心配しなくてもちゃんと考えておくぜ? 陛下にまた報告しないといけないからな」
「そのことなんだが……やっぱりオイラ、嘘はいけねえって思い直しただよ……ゲフッ」
すでにイッチの妻も子供たちも食卓からは離れている。
「ついおめえの親切に乗っかっちまっただが、やっぱり倒してねえもんはいくらどういおうと倒してねえもんな。オラが悪かっただ」
「何いってる。奥さんとも約束したっていってただろ? 約束を破ることになるじゃないか」
「うぬ。あいつは確かにオラが魔王倒したって思ってるだ。子供たちも、ついでに里のみんなたちもな……オラ、嘘ついちまっただ……酒の勢いもあっただけどよ……チキがいってたように、立場をわきめえるべきだっただ……」
塞ぎ込むイッチを見て、アイルの口元は歪んでいた。
「気にすんなよイッチ。それより、さっき家の外でつるはし持って何かやってたな。何やってたんだ?」
「ああ、忘れてただよ!!」
椅子から飛び上がるイッチ。
「新しい井戸掘るってかみさんと約束してっだ! なあアイル、手伝ってくでねえか? 別に急がねえんだど?」
「お、いいぜ。二人でやりゃすぐにできるだろうよ」
「そうこなくっちゃあ!」
アイルとイッチは家の外に出て、掘りかけの穴の前までやってきた。穴は適当な深さまで掘られてあるが、まだ水脈には至っていない。
「本当に水が出るのか?」
「出るだよ! ちょっとここで待ってど!」
命綱を自分の体に巻き付けたイッチが、つるはしを掴んで迷わず穴の中に飛び込んだ。
「うぉっ……大丈夫かーー?」
「平気だーー! そっから見えっかーー?」
「ああ! かろうじて見えるぜーー!」
「よっしゃ見とけよーー!」
穴の底で手を振るイッチはつるはしを持つ手に唾を吐いて持ち直すと、大きく振りかざしてザクッ、ザクッと掘り始めた。その動きは慣れたものの動作で一切の無駄がなく、見ていても実に気持ちのいいものだった。
「……ぅぉお~~いぃ!! アイル~~!!」
「どうしたあああ!?」
「水筒寄こしてくれよおおおぉ……! 喉乾いただああぁぁ……!」
アイルは、穴の傍に落ちていた水筒を拾い上げた。
「ぉおおおいい! いま落とすからなあああ!!」
「こぉおおおぉい……!」
アイルは水筒を落とした。ゴツッと鈍い音がする。
「アィテテテ……やっぱ上手く掴めなかっただよおおぉ……!」
「ハハハハハ……」
しばらくして、休みなく続いていたつるはしの音が止み、再び、イッチの声が聞こえてくる。
「……ぉおおおぉぉぃ……」
「だいぶ深くなったな……おーーーい!!」
「引っ張り上げてくれええぇぇ……交代だああぁぁぁ……」
足元の綱がぴんぴん張っている。アイルはそれを両手でしっかりと掴んだ。
「引き上げるぞぉおおおおお!!!」
ドワーフの体は小さくて軽い。アイルは難なく暗い中から顔が見えるところまでイッチを引き上げていた。
「もう少しだぞイッチ……もう少しだ……」
「アイル、オラ結構掘っただよ。次はおめえの番だ。つるはし置いてきたからやってみど?」
「俺に……できる、かな……」
「どうだかなあ? おめえ井戸掘ったことあっか? 人間にここまで深~い穴、掘れっかなあ……」
イッチの体が目の前まで上がってくる。アイルを信じて綱をしっかり握り締めながら。
「イッチ……」
「うん?」
「楽しかったよ……お前がいてくれて……」
アイルは手を放した。
あっというイッチの顔がすうっと暗い中に消えていった。
ザクッという音の後、穴の中はしんと静まり返った。
裏山で無邪気に遊ぶ子供たちの声だけが、アイルの耳に届いている。
見た目に見分けがつきにくく、大人も子供もさして背格好や雰囲気が変わらないため、探すのに難儀したが、アイルはようやっと山肌に面した場所の一軒家にイッチの姿を認めていた。
「おーい! イッチ!」
「……ぉおっ!? 何だアイルじゃねえかあっ!! どうかしたのかあっ!?」
イッチは振るっていたつるはしを放り投げると、ぴょんぴょん岩や段差を飛び越えてアイルがいるところまで降りてきた。
「わざわざオイラの里まで訪ねにきてくれたのか? 送ってくれたリックがいってただよ、『アイルは一人旅に出る』って。いま旅の途中なんだな?」
「ああそうなんだ。せっかくなんで顔見せようと思ってな」
「嬉しいこといってくれるじゃねえか! よし! オイラの家族を紹介すっぞ! 自慢の家族なんだ!」
断り切れず、強い力で腕を引かれながら家の方に連れていかれるアイル。
「ぉおおおい!! オラの仲間の勇者様がわざわざきてくれたぞおおおおお!!!」
家に向かってイッチが吠えると、まず中から飛び出してきたのは三人のちっちゃなドワーフたちだ。
「おおっ、おまいらが一番乗りだあ!! ほれ、勇者様に挨拶するでよ!!」
「「「こっんちににちわっちあはああああっっっ!!!」」」
三人ばらばらに大声で挨拶され、アイルは気後れしつつも笑い返していた。
「あっはは、何て可愛いいんだろう……全部お前の子だよな?」
「あったりまえだ!! まだいるんだで」
「え」
すると……出てくる出てくる、家の中から、草木の陰から、井戸の中から、余所から、わらわらわらと大小取り混ぜ、ざっと十人以上は集まってきた。
「こで、みーーーんなオイラの自慢の子だ!!」
満面の笑顔で腰に手を当てるイッチを前に、アイルはもう笑うしかなかった。ドワーフは家族の多い種族だとは聞いていたが、実際に目にするのは初めてだ。
イッチの妻も現れアイルを歓迎し、家の中に入ってもてなされた。
「しかし……これだけ子供が多いと大変だな」
「なぁに大変なことなんかないでよ、それよか楽しいんでな。毎日毎日、ぎゃあぎゃあ喚いたり、おいおい泣いたり騒がしいけどな、こいつらのために仕事して働いて稼いで喰って寝てってさ、いいもんだでアイル。おめえ結婚しでえのか?」
急にその話題を振られ、アイルはどきっとした。
「結婚か……俺もイッチみたいな性格だったらよかったと思うよ」
「性格だあ? おめえ性格で結婚するだのしないだのって考えてんのかよ? そいつぁ違うでよアイル!」
酒の入ったイッチは赤ら顔で声を上げた。
「おめえは勇者だ! しかもちゃんとした勇者だ! 引く手数多じゃねえかアイル……女どもが黙っちゃいねえよ……ひっく……」
喋っているうちに何かを思い出したらしいイッチ。
「……そういや、魔王の最期の話だけどよ」
「ん? ああ、あれか。心配しなくてもちゃんと考えておくぜ? 陛下にまた報告しないといけないからな」
「そのことなんだが……やっぱりオイラ、嘘はいけねえって思い直しただよ……ゲフッ」
すでにイッチの妻も子供たちも食卓からは離れている。
「ついおめえの親切に乗っかっちまっただが、やっぱり倒してねえもんはいくらどういおうと倒してねえもんな。オラが悪かっただ」
「何いってる。奥さんとも約束したっていってただろ? 約束を破ることになるじゃないか」
「うぬ。あいつは確かにオラが魔王倒したって思ってるだ。子供たちも、ついでに里のみんなたちもな……オラ、嘘ついちまっただ……酒の勢いもあっただけどよ……チキがいってたように、立場をわきめえるべきだっただ……」
塞ぎ込むイッチを見て、アイルの口元は歪んでいた。
「気にすんなよイッチ。それより、さっき家の外でつるはし持って何かやってたな。何やってたんだ?」
「ああ、忘れてただよ!!」
椅子から飛び上がるイッチ。
「新しい井戸掘るってかみさんと約束してっだ! なあアイル、手伝ってくでねえか? 別に急がねえんだど?」
「お、いいぜ。二人でやりゃすぐにできるだろうよ」
「そうこなくっちゃあ!」
アイルとイッチは家の外に出て、掘りかけの穴の前までやってきた。穴は適当な深さまで掘られてあるが、まだ水脈には至っていない。
「本当に水が出るのか?」
「出るだよ! ちょっとここで待ってど!」
命綱を自分の体に巻き付けたイッチが、つるはしを掴んで迷わず穴の中に飛び込んだ。
「うぉっ……大丈夫かーー?」
「平気だーー! そっから見えっかーー?」
「ああ! かろうじて見えるぜーー!」
「よっしゃ見とけよーー!」
穴の底で手を振るイッチはつるはしを持つ手に唾を吐いて持ち直すと、大きく振りかざしてザクッ、ザクッと掘り始めた。その動きは慣れたものの動作で一切の無駄がなく、見ていても実に気持ちのいいものだった。
「……ぅぉお~~いぃ!! アイル~~!!」
「どうしたあああ!?」
「水筒寄こしてくれよおおおぉ……! 喉乾いただああぁぁ……!」
アイルは、穴の傍に落ちていた水筒を拾い上げた。
「ぉおおおいい! いま落とすからなあああ!!」
「こぉおおおぉい……!」
アイルは水筒を落とした。ゴツッと鈍い音がする。
「アィテテテ……やっぱ上手く掴めなかっただよおおぉ……!」
「ハハハハハ……」
しばらくして、休みなく続いていたつるはしの音が止み、再び、イッチの声が聞こえてくる。
「……ぉおおおぉぉぃ……」
「だいぶ深くなったな……おーーーい!!」
「引っ張り上げてくれええぇぇ……交代だああぁぁぁ……」
足元の綱がぴんぴん張っている。アイルはそれを両手でしっかりと掴んだ。
「引き上げるぞぉおおおおお!!!」
ドワーフの体は小さくて軽い。アイルは難なく暗い中から顔が見えるところまでイッチを引き上げていた。
「もう少しだぞイッチ……もう少しだ……」
「アイル、オラ結構掘っただよ。次はおめえの番だ。つるはし置いてきたからやってみど?」
「俺に……できる、かな……」
「どうだかなあ? おめえ井戸掘ったことあっか? 人間にここまで深~い穴、掘れっかなあ……」
イッチの体が目の前まで上がってくる。アイルを信じて綱をしっかり握り締めながら。
「イッチ……」
「うん?」
「楽しかったよ……お前がいてくれて……」
アイルは手を放した。
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