勇者は魔王の妻と不倫した

堂場鬼院

文字の大きさ
11 / 14

第11話 大釜の中身

しおりを挟む
 ハーフエルフのチキが王都で店を構えるのは比較的容易ではあった。人間に近い存在として見られ、純粋なエルフより人間に受け入れられやすい。かつ、の一人として名前が知られるようになったいまでは、彼女を温かく迎え入れる者は多かった。
「すまないねえ、チキ……でも、あんたが店を継いでくれるといってくれて、あたしゃ心強いし嬉しいよ」
 王都の中央に位置する薬商店で、老婆が皺くちゃの笑顔を作っていた。
「しかし、本当にいいのかい? あんた旅に出る前にいってたじゃないか。無事に帰ってきたら自分の店を持ちたいって。無理して継いでくれなくてもいいんだよ?」
「いいのよ、おばあちゃん。確かにすぐにでも新しいお店は建てられるけど……わたし、ずっと旅をしてたから、十分に勉強できてなくて。よく考えたらいきなり店を開くってわけにもいかなくて」
 チキは、大釜の中身を棒でかき混ぜながら答えている。
「あんたはいい子だよ……世の中にはエルフのことを悪くいう者もおるが、あたしにはそんな人間よりよっぽどエルフの方がいい。賢くて優しくて長生きで可愛らしくて……」
「もう、そんなおだてても何も出ないわよ、おばあちゃん」
「いんや、本当に感謝してるのさ……あんたも色々苦労してるだろうけど、あたしも……ウォホゲッホエッホッ!!」
「おばあちゃん!」
 チキは老婆の元に駆け寄り、背中をさすった。激しく咳き込んだ老婆はゼエゼエいいながら何度も頷いた。
「ありがとう、ありがとう、チキ……まるで、本当の孫に世話されてるようだよ。あたしゃあんたのおかげで寿命が延びたと思ってるんだ。これからも、頼りにしてるからね」
「さあ、少し横になった方がいいと思うわ。寝室にいきましょう」
 弱々しい体を支えながら、チキは寝室まで老婆を送り届けた。
「ありがとう。少し眠るよ」
「ええ。帰るときにまた声かけるからね。おやすみなさい」

 チキは大釜の元へ戻ると、再び中身を攪拌し始めた。どろどろの緑色の液体は泡を吹きながらぐつぐつと煮え立ち、徐々に明るい色に変化し始めている。
 そのとき、店の扉を叩く音が聞こえた。
 振り返ると、アイルが立っていた。
「……どうしたの!?」
 青白く疲れ切った表情を隠そうともせず、足元も年寄りのようにおぼつかない勇者の姿をチキは初めて見た。
「何かあったの!? 毒でも当たった!?」
 面白い冗談の一つも聞けなさそうな状態に、チキはいてもたってもいられず急いで駆け寄り、肩を支えていた。
「チキ……」
「はい?」
「イッチが……死んだ……」
 チキは目を見開いた。とても信じられない。
「嘘でしょう? 嘘だといって!」
「嘘じゃない。イッチは里の家の前で井戸を掘っていて、穴に落ちちまった」
「何てこと……」
 胸が詰まって何もいえなくなるチキ。
「運悪く、穴の底につるはしが刺さって置かれていた。イッチはその上に……」
「やめて! 何でそんなこというの!?」
 チキは首を振り耳を押さえる。
「す、すまん……俺も気が動転してて……実は……俺はその場にいたんだ」
「……どういうこと?」
 チキとアイルは長椅子に座った。
「一人旅の途中に立ち寄ったんだ、ドワーフの里に。せっかくだからイッチの顔を見ようと思って。で、家に招かれて、そこで新しい井戸を掘ってるっていうんで、手伝おうって話になって」
「ああ……それであなたはイッチの最期を……」
 アイルは、汗をだらだら流した。
「そうなんだ……俺……自分がここまで震えるなんて思わなかった……魔王にとどめ刺したときも、こんなことはなかった……俺たちの仲間が……大切な仲間が死ぬっていうのは、こういうことなんだな……」
 震えるアイルの手に、チキの手が重ねられる。
「落ち着いて、アイル。それはとっても自然なことよ。そして仲間の死を悼むことは生きている者にとって大事なことよ」
「うん……」
「にわかには信じられないことだけど、生きているのと同じくらい死ぬことは自然なことだから。でもまさか……あのイッチが……勇敢なドワーフの戦士が……」
 チキも頭を抱えてしまった。

 暖炉の火がすっかり消えてしまい、寒さを覚えるようになってアイルは口を開いた。
「……俺、急いでリックのところへいってこようと思う。葬儀には間に合いそうもないが、三人でせめて墓参りができればと思って」
「そうね。できればそうしたいのだけど」
「難しいのか?」
 アイルはチキを見た。
「この薬商店の店主のおばあちゃんが、ずいぶん高齢で、わたしが後を継ぐことになったんだけど、さっきも激しく咳き込んだりして何かと不安なのよ。わたしがいてあげないと身の回りのこともおぼつかないでしょうし、第一、店を空けると王都の人たちも困るから……」
「なるほど。そういう事情があるのか」
 アイルは考え込んだ。
「……わかった。俺とリックで墓参りは済ませるよ」
「悪いけどそうしてもらえると有難いわ。イッチには、何かお供えできるといいんだけど……」
 そういって椅子から立ち上がろうとしたチキの腕を、アイルは掴む。
「えっ?」
「チキ。こんなときに何なんだが、俺を、慰めてくれないか? 俺、怖いんだ……こんな気持ち初めてだよ……自分でも自分がわからなくなってきた……」
「しっかりしなさい! いつもの威勢のよさはどこへいったの? 勇者らしくもない」
「……それをいうなっっ!!」
 アイルはチキを突き飛ばした。チキは床に倒れ、腰をしたたかに打ちつけた。
「いっ……何するの!?」
「俺のことを……俺を勇者と呼ぶなああああああっっっ!!!」
 アイルは馬乗りになってチキの首を締め上げた。
 チキは両目を思いきり見開き、アイルの腕を掴む。
「ぐっ、ぐるっじぃ……」
「俺は!!! 勇者じゃないっっ!!! 勇者なんかじゃないっ!!! 勇者じゃないんだああああああああっっっ!!!」
「……ぁっがぁっ……」
 チキの目が裏返り、口からボコボコ泡を吹く。

 はっとしたときには、チキの首はぐにゃりと折れ曲がっていた。

「……どうしたんだい、大きな声で。誰かいるのかい? チキ、お客さんかい?」

 寝室から、老婆の声が聞こえる。

 アイルは逃げ出した。

 大釜の液体は、どす黒く変色している。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...