勇者は魔王の妻と不倫した

堂場鬼院

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第11話 大釜の中身

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 ハーフエルフのチキが王都で店を構えるのは比較的容易ではあった。人間に近い存在として見られ、純粋なエルフより人間に受け入れられやすい。かつ、の一人として名前が知られるようになったいまでは、彼女を温かく迎え入れる者は多かった。
「すまないねえ、チキ……でも、あんたが店を継いでくれるといってくれて、あたしゃ心強いし嬉しいよ」
 王都の中央に位置する薬商店で、老婆が皺くちゃの笑顔を作っていた。
「しかし、本当にいいのかい? あんた旅に出る前にいってたじゃないか。無事に帰ってきたら自分の店を持ちたいって。無理して継いでくれなくてもいいんだよ?」
「いいのよ、おばあちゃん。確かにすぐにでも新しいお店は建てられるけど……わたし、ずっと旅をしてたから、十分に勉強できてなくて。よく考えたらいきなり店を開くってわけにもいかなくて」
 チキは、大釜の中身を棒でかき混ぜながら答えている。
「あんたはいい子だよ……世の中にはエルフのことを悪くいう者もおるが、あたしにはそんな人間よりよっぽどエルフの方がいい。賢くて優しくて長生きで可愛らしくて……」
「もう、そんなおだてても何も出ないわよ、おばあちゃん」
「いんや、本当に感謝してるのさ……あんたも色々苦労してるだろうけど、あたしも……ウォホゲッホエッホッ!!」
「おばあちゃん!」
 チキは老婆の元に駆け寄り、背中をさすった。激しく咳き込んだ老婆はゼエゼエいいながら何度も頷いた。
「ありがとう、ありがとう、チキ……まるで、本当の孫に世話されてるようだよ。あたしゃあんたのおかげで寿命が延びたと思ってるんだ。これからも、頼りにしてるからね」
「さあ、少し横になった方がいいと思うわ。寝室にいきましょう」
 弱々しい体を支えながら、チキは寝室まで老婆を送り届けた。
「ありがとう。少し眠るよ」
「ええ。帰るときにまた声かけるからね。おやすみなさい」

 チキは大釜の元へ戻ると、再び中身を攪拌し始めた。どろどろの緑色の液体は泡を吹きながらぐつぐつと煮え立ち、徐々に明るい色に変化し始めている。
 そのとき、店の扉を叩く音が聞こえた。
 振り返ると、アイルが立っていた。
「……どうしたの!?」
 青白く疲れ切った表情を隠そうともせず、足元も年寄りのようにおぼつかない勇者の姿をチキは初めて見た。
「何かあったの!? 毒でも当たった!?」
 面白い冗談の一つも聞けなさそうな状態に、チキはいてもたってもいられず急いで駆け寄り、肩を支えていた。
「チキ……」
「はい?」
「イッチが……死んだ……」
 チキは目を見開いた。とても信じられない。
「嘘でしょう? 嘘だといって!」
「嘘じゃない。イッチは里の家の前で井戸を掘っていて、穴に落ちちまった」
「何てこと……」
 胸が詰まって何もいえなくなるチキ。
「運悪く、穴の底につるはしが刺さって置かれていた。イッチはその上に……」
「やめて! 何でそんなこというの!?」
 チキは首を振り耳を押さえる。
「す、すまん……俺も気が動転してて……実は……俺はその場にいたんだ」
「……どういうこと?」
 チキとアイルは長椅子に座った。
「一人旅の途中に立ち寄ったんだ、ドワーフの里に。せっかくだからイッチの顔を見ようと思って。で、家に招かれて、そこで新しい井戸を掘ってるっていうんで、手伝おうって話になって」
「ああ……それであなたはイッチの最期を……」
 アイルは、汗をだらだら流した。
「そうなんだ……俺……自分がここまで震えるなんて思わなかった……魔王にとどめ刺したときも、こんなことはなかった……俺たちの仲間が……大切な仲間が死ぬっていうのは、こういうことなんだな……」
 震えるアイルの手に、チキの手が重ねられる。
「落ち着いて、アイル。それはとっても自然なことよ。そして仲間の死を悼むことは生きている者にとって大事なことよ」
「うん……」
「にわかには信じられないことだけど、生きているのと同じくらい死ぬことは自然なことだから。でもまさか……あのイッチが……勇敢なドワーフの戦士が……」
 チキも頭を抱えてしまった。

 暖炉の火がすっかり消えてしまい、寒さを覚えるようになってアイルは口を開いた。
「……俺、急いでリックのところへいってこようと思う。葬儀には間に合いそうもないが、三人でせめて墓参りができればと思って」
「そうね。できればそうしたいのだけど」
「難しいのか?」
 アイルはチキを見た。
「この薬商店の店主のおばあちゃんが、ずいぶん高齢で、わたしが後を継ぐことになったんだけど、さっきも激しく咳き込んだりして何かと不安なのよ。わたしがいてあげないと身の回りのこともおぼつかないでしょうし、第一、店を空けると王都の人たちも困るから……」
「なるほど。そういう事情があるのか」
 アイルは考え込んだ。
「……わかった。俺とリックで墓参りは済ませるよ」
「悪いけどそうしてもらえると有難いわ。イッチには、何かお供えできるといいんだけど……」
 そういって椅子から立ち上がろうとしたチキの腕を、アイルは掴む。
「えっ?」
「チキ。こんなときに何なんだが、俺を、慰めてくれないか? 俺、怖いんだ……こんな気持ち初めてだよ……自分でも自分がわからなくなってきた……」
「しっかりしなさい! いつもの威勢のよさはどこへいったの? 勇者らしくもない」
「……それをいうなっっ!!」
 アイルはチキを突き飛ばした。チキは床に倒れ、腰をしたたかに打ちつけた。
「いっ……何するの!?」
「俺のことを……俺を勇者と呼ぶなああああああっっっ!!!」
 アイルは馬乗りになってチキの首を締め上げた。
 チキは両目を思いきり見開き、アイルの腕を掴む。
「ぐっ、ぐるっじぃ……」
「俺は!!! 勇者じゃないっっ!!! 勇者なんかじゃないっ!!! 勇者じゃないんだああああああああっっっ!!!」
「……ぁっがぁっ……」
 チキの目が裏返り、口からボコボコ泡を吹く。

 はっとしたときには、チキの首はぐにゃりと折れ曲がっていた。

「……どうしたんだい、大きな声で。誰かいるのかい? チキ、お客さんかい?」

 寝室から、老婆の声が聞こえる。

 アイルは逃げ出した。

 大釜の液体は、どす黒く変色している。
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