勇者は魔王の妻と不倫した

堂場鬼院

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第12話 梁の下

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 アイルがリックの故郷にある研究小屋に辿り着いたとき、リックは扉に背を向け、魔法の実験をしているようだった。アイルには到底理解できない複雑な魔法陣の紋様がゆっくりと回転し、リックの前に浮かんでいる。
「やあ。もうそろそろ到着されるだろうなと思っていました」
 アイルが扉を閉めて中に入ると、リックは背を向けたままそういった。
「俺がくるのがわかっていたのか」
「もちろん」
「どうやって? なぜわかった?」
 アイルは、肩で息をしながら訊ねた。
「波動、です。とくに魔法の実験をしているときは、空気の微妙な流れが手に取るように感知できるのです」
「さすがは魔術師。俺には皆目わからんが」
「あはは。まあ、何といいますか、一種の職業能力といっていいかもしれません」
 リックはいいながら、二つ、三つと、新たに小さな魔法陣を空に生み出していく。
「例えば、漁師が日和見に長けるように、商売人の人を見る目が養われるように、魔術師も魔法だけに長けるものではありません。いうなれば、空気を読む力が養われるのでしょうね」
「ほう。じゃあ、俺が何をしにきたかも、だいたいわかってるってことだな?」
「ええ、もちろん」
 アイルは背中の大剣に手を伸ばした。が……
「んっ……くっ……!」
 留め具から剣が外れない。それどころか、柄を掴んだまま手が硬直して離れない。

「アイル。この小屋の中でその大きな剣を振り回すのはやめていただきたい」
 リックが振り向く。無表情だ。
「イッチの話はすでに届いていましたが、きみはまさかチキまで……?」
「俺が二人を殺したとでも思ってるのか、リック」
「思いたくありませんが……きみが変わったことは火を見るより明らかです」
 リックが近づいてくる。アイルは全身に力を込め、硬直から抜け出そうと試みるも、汗をかくばかりで何の効果もない。
「魔王を倒した勇者でありながら、きみの力には成長が見られない。むしろ、どんどん退化しているように思われる」
「何、だと……?」
「これは、呪い、でしょうか……? 私も呪いについてはいろいろ勉強しましたが、きみに見られる兆候は……不実の呪い……」
「……ぐぁあっ!?」
 魔法陣がアイルを取り囲み、見えない力で拘束していく。
「残念ながらアイル、もはや疑いの余地はありません。これは、魔王にかけられた不実の呪い。きみはそれを解くどころかますます広げ、深めてしまった」
 苦しみ喘ぐアイルの前で、リックはため息を吐く。
「もはや私の力ではどうしようも……せめて、これ以上被害が他に及ぶ前に、私の手で終わらせてあげましょう」
「くっそ……!!」
 魔法陣の拘束が強まり、アイルは全身から力が消えていくような感覚に陥った。
「ぐぁはっ……リッ、ク……」
「残念ですよアイル。こんな最期になるなんて」
「や、め、ろ……」

「待って!!」
 そのとき、小屋の扉が開き、が入ってきた。
 リックは目を見開く。
「チキ!?」
「リック待って! イッチも生きてる! 魔王の策略よ!」
「まさか……」
 リックが拘束魔法の力を緩めたそのとき、チキが手をかざし素早く魔法を唱えた。
「ぅああああっっっ!!??」
 リックが目を押さえてひるんだ。
 魔法陣による拘束が解かれ、アイルは力を取り戻した。
「クソがあああっっっ!!!」
 大剣がリックの体を貫き、引き抜かれ二度、三度と滅多刺しにされ、床が血の海に染まっていった。

「……間に合ってよかったわ」
 の姿が変容し、リリィが姿を現した。
「リックは魔術師で勘が鋭いって聞いてたから、きてよかった」
「……リリィ」
 アイルは額から滴り落ちる汗を手の甲で拭った。肩で息をしながらリリィの顔をじっと見つめている。
「あいつは……リックは気づいていた。俺が魔王の呪いにかかっていると。不実の呪いだとかいっていた。確かに魔王は死ぬ直前、俺に呪い殺すといった」
「安心して、アイル。もう何も恐れるものなんてないのよ。あなたのお仲間は全員死んだ。これでわたしと結婚できる。あなたはわたしとの約束を守った。終わったのよ、すべて。大丈夫だから」
 そういってリリィは微笑んだが、相変わらずじっと顔を見続けるアイルに対し、何か違和感を覚えた。
「……どうかした?」
「…………いや、何でもない」
「隠し事はなしよ、アイル。いって。いいなさい」
「…………」
 アイルは顔を背けた。床にはリックが肉片となって血の海に浮かんでいる。
 リリィの心の中に不安が渦を巻く。

「リリィ」
 アイルが、床に尻もちつく形で座り込んだ。
「お前、さっきチキの姿で入ってきたよな。なぜだ」
「……相手を油断させるためだけど」
「それだけか?」
「何がいいたいの?」
 リリィはいらいらした。
「俺への当てつけじゃないのか? わざわざ……よりによって、チキの姿でくるなんて……」
 アイルがいった途端、リリィの表情が変わった。
「なるほど、そういうこと……あなたはあのエルフの方が好きなのね!?」
 アイルが顔を上げた。笑っている。
「何が可笑しいの!? どうだって訊いてるのよ!?」
「……そうだよ」
 リリィは愕然とした。
「俺、さっきわかったんだ。お前がチキの姿と声色で入ってきたとき、どれだけほっとしたことか。俺は……自分に嘘をついていた。何もかも間違っていた。間違ってたんだよ」
「い、嫌……やめて聞きたくない……」
「頼む。もう一度、チキの姿になってくれ。お願いだ。チキに逢いたい。逢わせてくれ……!」
 すがるアイルをリリィは憤然と蹴り飛ばした。
「ああぁああそうですかそうですかっっっ!!! もう嫌あああああっっっ!!!」
 リリィの絶叫が小屋の中で反響し、小屋全体が揺れ始めた。実験器具が机から床にばらばらと落ちて砕け、インク壺が倒れ床に青い広がりを作っていく。

 梁が落下し、柱が崩れて小屋は瞬く間に倒壊していた。
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