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第8話「救貧費の行方」
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姉セシリアの部屋は、王宮の東棟にある『月の塔』の最上階にあった。 かつては王女の居室として使われていたその場所は、今や「聖女」のサロンとして改装されている。 螺旋階段を上り詰め、重厚な扉の前に立つと、微かに甘い白百合の香りが漂ってきた。 姉が好んで使う香油の匂いだ。 かつての私にとって、それは憧れの香りだった。 だが今は、腐臭を隠すための強烈な芳香剤にしか感じられない。
「……リリア・アルヴェイン。参りました」
私が短く告げると、音もなく扉が開いた。 中にいたのは、侍女でも衛兵でもない。 姉セシリアが、一人きりで窓際のソファに座っていた。
部屋の中は、過剰なほどに装飾されていた。 壁には宗教画が飾られ、床には分厚い絨毯が敷き詰められている。 暖炉には火が赤々と燃え、初夏の夜だというのに少し汗ばむほどの熱気が籠もっていた。
「いらっしゃい、リリア。……待っていたわ」
セシリアは手にしたティーカップを置き、ゆっくりと私の方を向いた。 昨日の雨で少し冷えた空気を遮断するかのように、彼女は分厚いショールを羽織っている。 その顔色は、驚くほど艶やかだった。 商会が摘発され、手足をもがれたはずの女の顔ではない。
「お茶はいかが? あなたの好きなダージリンよ」 「結構です。……今日は、お茶を飲みに来たわけではありませんから」
私は立ったまま、彼女を見下ろした。 部屋の隅に視線を走らせる。 不自然なほど片付いている。 魔石の加工品や、裏帳簿の類はここにはないようだ。
「つれないのね。……せっかく、姉妹水入らずで話せると思ったのに」
セシリアは寂しげに微笑み、自分のカップに口をつけた。
「トーマス君のこと、聞いたわ。……可哀想なことをしたわね」 「可哀想?」 「ええ。あの子、精神的に弱かったから。きっと、あなたの厳しい尋問に耐えきれなくて、ありもしないことを口走ってしまったのでしょう?」
姉は平然と言ってのけた。 トーマスの決死の告白も、彼女にとっては「狂人の戯言」で片付けるつもりなのだ。
「ありもしないことではありません。物証があります。商会から押収した帳簿と、貴方の筆跡、そして金の流れを示す送金記録。すべて揃っています」
私は鞄から、トーマスの証言書の写しを取り出し、テーブルの上に叩きつけた。
「ガレオン商会は終わりました。次は貴方の番です、お姉様。……あの金貨と、砕かれた魔石。何に使ったのですか?」
私の問いに、セシリアは小首を傾げた。 まるで、難しいなぞなぞを出された子供のような顔で。
「……何のことかしら? わたくしはただ、寄付を受け取っていただけよ。商会がどうやってそのお金を作ったかなんて、知る由もないわ」
「しらばっくれないでください! 貴方は……」
「リリア」
姉の声が、ふっと低くなった。 温度のない、氷のような声。
「あなた、数字ばかり見ていて、大切なことを見落としているわよ」 「……何ですって?」 「あなたは監査官として、帳簿の数字は追っている。でも、そのお金が『何のために』使われたか、その『結果』を見たことがある?」
セシリアは立ち上がり、窓の方へ歩いた。 眼下には、夜の闇に沈む王都の明かりが広がっている。
「わたくしはね、救っているのよ。国が捨てたゴミたちを」 「ゴミ……?」 「そうよ。親のいない子供、病に冒された老人、生きる価値のない落伍者たち。……彼らはね、放っておけば野垂れ死ぬだけのゴミよ。でも、わたくしが『意味』を与えてあげたの」
姉は振り返り、恍惚とした表情で両手を広げた。
「わたくしを崇めることで、彼らは救われる。わたくしのために祈ることで、彼らの無意味な人生に価値が生まれる。……そのための『舞台装置』を維持するのに、どれだけのお金がかかると思っているの?」
「……っ!」
私は言葉を失った。 彼女は、本気でそう思っている。 私利私欲のためではない。 彼女自身の歪んだ自己愛を満たすために、弱者を利用し、それを「救済」だと信じ込んでいる。 これは、悪意よりもタチが悪い。 純粋な狂気だ。
「魔石のことだってそうよ。あれは、彼らの信仰心をより強固にするための『奇跡』の演出に必要なの。……嘘でもいい、彼らが幸せを感じられるなら、それは真実になる。違う?」
「違います!」
私は叫んだ。
「それは救いではありません! 依存です! 貴方は彼らから自立の機会を奪い、貴方なしでは生きられないように飼い慣らしているだけです!」
「あら、そうかしら? ……なら、見てくるといいわ」
セシリアはテーブルの上の引き出しを開け、一枚の羊皮紙を取り出した。 それは、ある施設の地図だった。
「『聖女の家』施療院。……王都の東区、スラムの入り口にあるわ。わたくしが一番、心を込めて支援している場所よ。そこで、あなたの言う『数字の正義』が通用するかどうか……試してらっしゃい」
彼女は地図を放り投げた。 羊皮紙がひらひらと舞い、私の足元に落ちる。
「……行きます。そして、必ず暴いてみせます。貴方の『慈愛』の化けの皮を」
私は地図を拾い上げ、踵を返した。 背後で、姉がクスクスと笑う声が聞こえた。 その笑い声は、私が部屋を出て扉を閉めた後も、耳の奥にこびりついて離れなかった。
◇
翌日。 私は朝一番で、地図に示された『聖女の家』施療院へと向かった。 王都東区。 そこは、煌びやかな王宮や貴族街とは隔絶された、貧困と汚濁の吹き溜まりだ。 路地裏には汚水が流れ、腐った食べ物の臭いが鼻をつく。 物乞いの子供たちが、通り過ぎる私の馬車を虚ろな目で見上げている。
私は馬車を大通りに待たせ、一人で路地へと入っていった。 監査官の制服は目立ちすぎるため、質素な平民の服に着替えている。 護衛の騎士も、距離を取って尾行してくれているはずだ。
「……ここね」
地図が示す場所に、その建物はあった。 周囲の廃屋同然の建物に比べれば、いくらかマシな外観をしている。 入り口には『聖女セシリア支援・聖女の家』と書かれた立派な看板が掲げられていた。 だが、近づいてみると違和感があった。 看板だけが真新しく、建物の壁には無数のひび割れが走り、窓ガラスの半分は板で塞がれている。
私は扉をノックした。 しばらくして、重い音と共に扉が開き、中から疲れ切った顔の修道女が顔を出した。
「……何か御用ですか? 本日の配給は終わりましたが」 「あの、こちらに身寄りのない子供がいると聞いて……少しばかりの寄付をさせていただきたくて」
私が用意していた小銭袋を見せると、修道女の目が一瞬だけ輝いた。 彼女は周囲を警戒するように見回してから、私を中へと招き入れた。
建物の中は、外気よりも冷え込んでいた。 薄暗い廊下にはカビの臭いが充満し、遠くから子供たちの咳き込む音が聞こえてくる。 これが、姉が「一番心を込めて支援している」場所? ガレオン商会から毎月金貨数百枚が流れているはずの施設が、これなのか?
「……院長様にお会いしたいのですが」 「院長は今、礼拝の時間です。……こちらでお待ちください」
通されたのは、礼拝堂を兼ねた大広間だった。 そこで私が目にした光景に、私は息を呑んだ。
数十人の子供たちと、病に伏せる老人たちが、冷たい床に膝をついている。 彼らの視線の先にあるのは、キリスト像でもマリア像でもない。 巨大な、姉セシリアの肖像画だった。
『おお、聖女様……我らに糧を与え給え……』 『セシリア様、セシリア様……』
彼らは一様に、うわごとのように姉の名前を唱えている。 その目は熱っぽく、しかし焦点が合っていない。 栄養失調で痩せこけているのに、その表情だけは恍惚としている。
「……なんという」
これは宗教施設ではない。 姉を神とする、カルトの祭壇だ。
「ようこそ、迷える子羊よ」
背後から声がした。 振り返ると、黒い僧服を着た初老の男が立っていた。 痩せぎすで、眼光だけが異様に鋭い。 この施設の責任者、院長のガストンだ。
「寄付をお持ちくださったとか。……聖女様もお喜びになるでしょう」 ガストンは私の手にある小銭袋に視線を釘付けにしている。
「あの、院長様。……ここは、少し寒くありませんか? 子供たちも咳をしていますし、暖房や毛布は……」 「これこそが修行なのです」
ガストンは厳かに告げた。
「肉体の苦痛こそが、魂を浄化する。聖女様は仰いました。『耐え忍ぶ者にのみ、救いは訪れる』と。我々は贅沢を慎み、全ての浄財を聖女様の活動のために捧げているのです」
「捧げている? ……支援金を受け取っているのではなく?」
私が問い返すと、ガストンの眉がピクリと動いた。
「……何の話かね?」 「記録では、この施設には毎月多額の運営費と、暖房用の燃料費、食料費が支給されているはずです。……それらはどこへ?」
私は一歩踏み出した。 もう、ただの寄付者を演じる必要はない。
「あなたは……?」 「臨時監査官、リリア・アルヴェインです。……この施設の会計監査を行います」
監査官。 その言葉を聞いた瞬間、ガストンの顔から宗教家としての仮面が剥がれ落ちた。 そこにあったのは、ただの卑俗な小悪党の顔だった。
「か、監査官だと!? 馬鹿な、ここは聖域だぞ! セシリア様の直轄地だ!」 「だからこそです。……院長、帳簿を見せていただきましょうか。それとも、国税局の査察官を呼びますか?」
「くっ……!」
ガストンが後ずさる。 その時、礼拝堂の奥から子供たちが一斉に立ち上がった。
「聖女様を侮辱するな!」 「悪魔だ! 悪魔が来た!」
ガストンの目配せ一つで、子供たちが私に向かって殺到してきた。 彼らの手には、石ころや木の棒が握られている。 洗脳された子供たち。 彼らにとって私は、彼らの神を脅かす敵なのだ。
「やめなさい! あなたたちは騙されているのよ!」
私の叫びは届かない。 石が飛んでくる。額に当たり、鋭い痛みが走る。 血が流れるのを感じた。
「やれ! やれ! 異端者を追い出せ!」 ガストンが喚き散らす。
多勢に無勢。 しかも相手は子供だ。反撃するわけにはいかない。 私は腕で頭を庇いながら、必死に後退した。 このままでは、袋叩きに遭う。 姉の言った通りだ。 『あなたの正義が通用するか』。 論理や数字は、狂信の前には無力なのか?
ドンッ!
入り口の扉が蹴破られた。 悲鳴を上げて飛び退く子供たち。 逆光の中に、一人の男が立っていた。 濡れたような黒髪。冷徹な瞳。 そして、手には抜身の剣ではなく、一冊の分厚いファイルを携えた宰相補佐。
「……騒がしいな。礼拝の時間にしては、品がない」
レオンハルト・グランツ。 彼がゆっくりと歩み入ると、その圧倒的な威圧感に、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。 ガストンだけが、腰を抜かしてその場にへたり込む。
「レ、レオンハルト様……」 「遅くなった。……カミュが表のゴロツキを掃除するのに手間取ってな」
彼は私の元へ歩み寄ると、ハンカチを取り出し、私の額の血を乱暴に拭った。
「……傷物になりに来たのか、君は」 「……名誉の負傷です。実態がわかりましたから」
私は痛みをこらえて笑った。 レオンハルト様はため息をつき、ガストンを見下ろした。
「おい、そこの生臭坊主」 「ひぃっ!?」 「今しがた、商会の輸送馬車を一件、差し押さえた。……お前の施設から運び出された『荷物』を積んでいたようだが」
「に、荷物……?」 「ああ。中身は空っぽだったはずの木箱だが、底板の下に金貨が隠されていた。……『聖女様への返納金』というタグ付きでな」
レオンハルト様がファイルをガストンの前に投げ捨てる。 中から散らばったのは、この施設からセシリアの基金へ金を戻すための「裏帳簿」の写しだった。
「仕組みはこうだ。商会から支給された物資を、お前は受け取ったふりをして横流しし、現金化する。そしてその現金を、再び『寄付』という名目でセシリアへ戻す。……子供たちには腐ったパンを与え、祈りを強要して誤魔化しながらな」
「ち、違う! 私は……私は指示されただけで!」 「誰に?」
レオンハルト様の声が、氷点下まで下がる。
「言え。誰の指示で、子供たちから搾取した?」
ガストンは震え上がり、肖像画の方を見た。 そして、絶叫した。
「あの方だ! セシリア様だ! 『子供たちには飢えを与えなさい。そうすれば、パン一片で私を神と崇めるようになる』と……そう言われたんだ!」
静寂。 礼拝堂の隅で怯えていた子供たちにも、その言葉は届いただろう。 自分たちの飢えが、神の試練ではなく、人為的な演出だったという事実が。
「……聞いたわね、みんな」
私は子供たちの方を向いた。 額の血を拭うこともせず、真っ直ぐに彼らを見つめた。
「これが、あなたたちの信じていた聖女の正体よ。……あなたたちが悪いんじゃない。大人たちが、あなたたちの純粋な心を利用したの」
一人の少女が、泣き出しそうな顔で進み出た。 手には、さっきまで私に投げつけようとしていた石が握られている。
「じゃあ……あの美味しいスープも、暖かい毛布も……本当はあったの?」 「ええ。あったのよ。国はあなたたちのために用意していた。でも、彼らがそれを奪ったの」
少女の手から、石がポロリと落ちた。 乾いた音が響く。 それが合図のように、他の子供たちも次々と武器を捨て、泣き崩れた。 信仰が崩壊し、絶望が広がる。 だが、それは同時に「洗脳」からの解放でもあった。
「……確保しろ」 レオンハルト様が指を鳴らすと、外から近衛騎士たちが雪崩れ込んできた。 ガストンは抵抗する気力もなく、引きずられていく。
私はその場に立ち尽くし、泣き叫ぶ子供たちを見ていた。 勝った。 証拠は揃い、証言も得た。 でも、胸が痛い。 姉の罪は、金銭的なものだけではない。 人の心を踏みにじり、尊厳を奪った罪。 その傷跡は、金貨をいくら積んでも癒やせない。
「……行くぞ、リリア」 レオンハルト様が私の肩に手を置いた。
「子供たちは教会ではなく、国の直轄施設で保護する。王妃陛下が手配済みだ。……少なくとも、今夜からは暖かいベッドで眠れる」 「……はい」
私は頷いた。 救いはある。遅かったけれど、確実に届いたのだ。
施設を出ると、外は眩しいほどの晴天だった。 太陽の光が、スラムの汚れを容赦なく照らし出している。 でも、その光は希望のようにも見えた。
馬車に乗り込もうとした時、レオンハルト様がふと足を止めた。
「……リリア。君は、間違っていなかった」 「え?」 「姉の言った『数字の正義』。……確かに、数字だけでは人の心は救えないかもしれない。だが、数字を正さなければ、救うための土台すら作れない。……君が帳簿を追ったから、あの子たちは救われたんだ」
彼はぶっきらぼうに言い、顔を背けた。 その横顔に、私は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。……貴方のその言葉だけで、私はまた戦えます」
馬車が動き出す。 遠ざかる『聖女の家』。 その窓から見えたセシリアの肖像画が、心なしか歪んで見えた。 嘘の要塞が、また一つ崩れ落ちた。
執務室に戻った私は、手帳を開いた。 『聖女の家』の項目に、太い赤線で×印をつける。 そして、その下に新たなターゲットを書き込んだ。
『誓約の抜け道』。 姉は言っていた。「嘘でもいい、信じれば真実になる」と。 それはおそらく、彼女がこれから使おうとしている最後の切り札――『誓約魔術』の本質を示唆している。 偽造された魔石と、歪んだ信仰。 それらを組み合わせて、姉は何をしようとしているのか。 法廷か、あるいは公開の場での「宣誓」か。
「……逃がさない」
私はペンを強く握りしめた。 次なる戦いの舞台は、法と言葉が支配する『審問会』になるだろう。 そこで、姉の最大の武器である「言葉の魔術」を封じ込めなければならない。
私は窓の外、王宮の中枢にある『審判の間』の塔を見上げた。 そこには、正義の女神の像が、目隠しをして天秤を掲げている。 その天秤が、どちらに傾くか。 それは、私がどれだけの「真実」という分銅を積み上げられるかにかかっている。
「……リリア・アルヴェイン。参りました」
私が短く告げると、音もなく扉が開いた。 中にいたのは、侍女でも衛兵でもない。 姉セシリアが、一人きりで窓際のソファに座っていた。
部屋の中は、過剰なほどに装飾されていた。 壁には宗教画が飾られ、床には分厚い絨毯が敷き詰められている。 暖炉には火が赤々と燃え、初夏の夜だというのに少し汗ばむほどの熱気が籠もっていた。
「いらっしゃい、リリア。……待っていたわ」
セシリアは手にしたティーカップを置き、ゆっくりと私の方を向いた。 昨日の雨で少し冷えた空気を遮断するかのように、彼女は分厚いショールを羽織っている。 その顔色は、驚くほど艶やかだった。 商会が摘発され、手足をもがれたはずの女の顔ではない。
「お茶はいかが? あなたの好きなダージリンよ」 「結構です。……今日は、お茶を飲みに来たわけではありませんから」
私は立ったまま、彼女を見下ろした。 部屋の隅に視線を走らせる。 不自然なほど片付いている。 魔石の加工品や、裏帳簿の類はここにはないようだ。
「つれないのね。……せっかく、姉妹水入らずで話せると思ったのに」
セシリアは寂しげに微笑み、自分のカップに口をつけた。
「トーマス君のこと、聞いたわ。……可哀想なことをしたわね」 「可哀想?」 「ええ。あの子、精神的に弱かったから。きっと、あなたの厳しい尋問に耐えきれなくて、ありもしないことを口走ってしまったのでしょう?」
姉は平然と言ってのけた。 トーマスの決死の告白も、彼女にとっては「狂人の戯言」で片付けるつもりなのだ。
「ありもしないことではありません。物証があります。商会から押収した帳簿と、貴方の筆跡、そして金の流れを示す送金記録。すべて揃っています」
私は鞄から、トーマスの証言書の写しを取り出し、テーブルの上に叩きつけた。
「ガレオン商会は終わりました。次は貴方の番です、お姉様。……あの金貨と、砕かれた魔石。何に使ったのですか?」
私の問いに、セシリアは小首を傾げた。 まるで、難しいなぞなぞを出された子供のような顔で。
「……何のことかしら? わたくしはただ、寄付を受け取っていただけよ。商会がどうやってそのお金を作ったかなんて、知る由もないわ」
「しらばっくれないでください! 貴方は……」
「リリア」
姉の声が、ふっと低くなった。 温度のない、氷のような声。
「あなた、数字ばかり見ていて、大切なことを見落としているわよ」 「……何ですって?」 「あなたは監査官として、帳簿の数字は追っている。でも、そのお金が『何のために』使われたか、その『結果』を見たことがある?」
セシリアは立ち上がり、窓の方へ歩いた。 眼下には、夜の闇に沈む王都の明かりが広がっている。
「わたくしはね、救っているのよ。国が捨てたゴミたちを」 「ゴミ……?」 「そうよ。親のいない子供、病に冒された老人、生きる価値のない落伍者たち。……彼らはね、放っておけば野垂れ死ぬだけのゴミよ。でも、わたくしが『意味』を与えてあげたの」
姉は振り返り、恍惚とした表情で両手を広げた。
「わたくしを崇めることで、彼らは救われる。わたくしのために祈ることで、彼らの無意味な人生に価値が生まれる。……そのための『舞台装置』を維持するのに、どれだけのお金がかかると思っているの?」
「……っ!」
私は言葉を失った。 彼女は、本気でそう思っている。 私利私欲のためではない。 彼女自身の歪んだ自己愛を満たすために、弱者を利用し、それを「救済」だと信じ込んでいる。 これは、悪意よりもタチが悪い。 純粋な狂気だ。
「魔石のことだってそうよ。あれは、彼らの信仰心をより強固にするための『奇跡』の演出に必要なの。……嘘でもいい、彼らが幸せを感じられるなら、それは真実になる。違う?」
「違います!」
私は叫んだ。
「それは救いではありません! 依存です! 貴方は彼らから自立の機会を奪い、貴方なしでは生きられないように飼い慣らしているだけです!」
「あら、そうかしら? ……なら、見てくるといいわ」
セシリアはテーブルの上の引き出しを開け、一枚の羊皮紙を取り出した。 それは、ある施設の地図だった。
「『聖女の家』施療院。……王都の東区、スラムの入り口にあるわ。わたくしが一番、心を込めて支援している場所よ。そこで、あなたの言う『数字の正義』が通用するかどうか……試してらっしゃい」
彼女は地図を放り投げた。 羊皮紙がひらひらと舞い、私の足元に落ちる。
「……行きます。そして、必ず暴いてみせます。貴方の『慈愛』の化けの皮を」
私は地図を拾い上げ、踵を返した。 背後で、姉がクスクスと笑う声が聞こえた。 その笑い声は、私が部屋を出て扉を閉めた後も、耳の奥にこびりついて離れなかった。
◇
翌日。 私は朝一番で、地図に示された『聖女の家』施療院へと向かった。 王都東区。 そこは、煌びやかな王宮や貴族街とは隔絶された、貧困と汚濁の吹き溜まりだ。 路地裏には汚水が流れ、腐った食べ物の臭いが鼻をつく。 物乞いの子供たちが、通り過ぎる私の馬車を虚ろな目で見上げている。
私は馬車を大通りに待たせ、一人で路地へと入っていった。 監査官の制服は目立ちすぎるため、質素な平民の服に着替えている。 護衛の騎士も、距離を取って尾行してくれているはずだ。
「……ここね」
地図が示す場所に、その建物はあった。 周囲の廃屋同然の建物に比べれば、いくらかマシな外観をしている。 入り口には『聖女セシリア支援・聖女の家』と書かれた立派な看板が掲げられていた。 だが、近づいてみると違和感があった。 看板だけが真新しく、建物の壁には無数のひび割れが走り、窓ガラスの半分は板で塞がれている。
私は扉をノックした。 しばらくして、重い音と共に扉が開き、中から疲れ切った顔の修道女が顔を出した。
「……何か御用ですか? 本日の配給は終わりましたが」 「あの、こちらに身寄りのない子供がいると聞いて……少しばかりの寄付をさせていただきたくて」
私が用意していた小銭袋を見せると、修道女の目が一瞬だけ輝いた。 彼女は周囲を警戒するように見回してから、私を中へと招き入れた。
建物の中は、外気よりも冷え込んでいた。 薄暗い廊下にはカビの臭いが充満し、遠くから子供たちの咳き込む音が聞こえてくる。 これが、姉が「一番心を込めて支援している」場所? ガレオン商会から毎月金貨数百枚が流れているはずの施設が、これなのか?
「……院長様にお会いしたいのですが」 「院長は今、礼拝の時間です。……こちらでお待ちください」
通されたのは、礼拝堂を兼ねた大広間だった。 そこで私が目にした光景に、私は息を呑んだ。
数十人の子供たちと、病に伏せる老人たちが、冷たい床に膝をついている。 彼らの視線の先にあるのは、キリスト像でもマリア像でもない。 巨大な、姉セシリアの肖像画だった。
『おお、聖女様……我らに糧を与え給え……』 『セシリア様、セシリア様……』
彼らは一様に、うわごとのように姉の名前を唱えている。 その目は熱っぽく、しかし焦点が合っていない。 栄養失調で痩せこけているのに、その表情だけは恍惚としている。
「……なんという」
これは宗教施設ではない。 姉を神とする、カルトの祭壇だ。
「ようこそ、迷える子羊よ」
背後から声がした。 振り返ると、黒い僧服を着た初老の男が立っていた。 痩せぎすで、眼光だけが異様に鋭い。 この施設の責任者、院長のガストンだ。
「寄付をお持ちくださったとか。……聖女様もお喜びになるでしょう」 ガストンは私の手にある小銭袋に視線を釘付けにしている。
「あの、院長様。……ここは、少し寒くありませんか? 子供たちも咳をしていますし、暖房や毛布は……」 「これこそが修行なのです」
ガストンは厳かに告げた。
「肉体の苦痛こそが、魂を浄化する。聖女様は仰いました。『耐え忍ぶ者にのみ、救いは訪れる』と。我々は贅沢を慎み、全ての浄財を聖女様の活動のために捧げているのです」
「捧げている? ……支援金を受け取っているのではなく?」
私が問い返すと、ガストンの眉がピクリと動いた。
「……何の話かね?」 「記録では、この施設には毎月多額の運営費と、暖房用の燃料費、食料費が支給されているはずです。……それらはどこへ?」
私は一歩踏み出した。 もう、ただの寄付者を演じる必要はない。
「あなたは……?」 「臨時監査官、リリア・アルヴェインです。……この施設の会計監査を行います」
監査官。 その言葉を聞いた瞬間、ガストンの顔から宗教家としての仮面が剥がれ落ちた。 そこにあったのは、ただの卑俗な小悪党の顔だった。
「か、監査官だと!? 馬鹿な、ここは聖域だぞ! セシリア様の直轄地だ!」 「だからこそです。……院長、帳簿を見せていただきましょうか。それとも、国税局の査察官を呼びますか?」
「くっ……!」
ガストンが後ずさる。 その時、礼拝堂の奥から子供たちが一斉に立ち上がった。
「聖女様を侮辱するな!」 「悪魔だ! 悪魔が来た!」
ガストンの目配せ一つで、子供たちが私に向かって殺到してきた。 彼らの手には、石ころや木の棒が握られている。 洗脳された子供たち。 彼らにとって私は、彼らの神を脅かす敵なのだ。
「やめなさい! あなたたちは騙されているのよ!」
私の叫びは届かない。 石が飛んでくる。額に当たり、鋭い痛みが走る。 血が流れるのを感じた。
「やれ! やれ! 異端者を追い出せ!」 ガストンが喚き散らす。
多勢に無勢。 しかも相手は子供だ。反撃するわけにはいかない。 私は腕で頭を庇いながら、必死に後退した。 このままでは、袋叩きに遭う。 姉の言った通りだ。 『あなたの正義が通用するか』。 論理や数字は、狂信の前には無力なのか?
ドンッ!
入り口の扉が蹴破られた。 悲鳴を上げて飛び退く子供たち。 逆光の中に、一人の男が立っていた。 濡れたような黒髪。冷徹な瞳。 そして、手には抜身の剣ではなく、一冊の分厚いファイルを携えた宰相補佐。
「……騒がしいな。礼拝の時間にしては、品がない」
レオンハルト・グランツ。 彼がゆっくりと歩み入ると、その圧倒的な威圧感に、子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。 ガストンだけが、腰を抜かしてその場にへたり込む。
「レ、レオンハルト様……」 「遅くなった。……カミュが表のゴロツキを掃除するのに手間取ってな」
彼は私の元へ歩み寄ると、ハンカチを取り出し、私の額の血を乱暴に拭った。
「……傷物になりに来たのか、君は」 「……名誉の負傷です。実態がわかりましたから」
私は痛みをこらえて笑った。 レオンハルト様はため息をつき、ガストンを見下ろした。
「おい、そこの生臭坊主」 「ひぃっ!?」 「今しがた、商会の輸送馬車を一件、差し押さえた。……お前の施設から運び出された『荷物』を積んでいたようだが」
「に、荷物……?」 「ああ。中身は空っぽだったはずの木箱だが、底板の下に金貨が隠されていた。……『聖女様への返納金』というタグ付きでな」
レオンハルト様がファイルをガストンの前に投げ捨てる。 中から散らばったのは、この施設からセシリアの基金へ金を戻すための「裏帳簿」の写しだった。
「仕組みはこうだ。商会から支給された物資を、お前は受け取ったふりをして横流しし、現金化する。そしてその現金を、再び『寄付』という名目でセシリアへ戻す。……子供たちには腐ったパンを与え、祈りを強要して誤魔化しながらな」
「ち、違う! 私は……私は指示されただけで!」 「誰に?」
レオンハルト様の声が、氷点下まで下がる。
「言え。誰の指示で、子供たちから搾取した?」
ガストンは震え上がり、肖像画の方を見た。 そして、絶叫した。
「あの方だ! セシリア様だ! 『子供たちには飢えを与えなさい。そうすれば、パン一片で私を神と崇めるようになる』と……そう言われたんだ!」
静寂。 礼拝堂の隅で怯えていた子供たちにも、その言葉は届いただろう。 自分たちの飢えが、神の試練ではなく、人為的な演出だったという事実が。
「……聞いたわね、みんな」
私は子供たちの方を向いた。 額の血を拭うこともせず、真っ直ぐに彼らを見つめた。
「これが、あなたたちの信じていた聖女の正体よ。……あなたたちが悪いんじゃない。大人たちが、あなたたちの純粋な心を利用したの」
一人の少女が、泣き出しそうな顔で進み出た。 手には、さっきまで私に投げつけようとしていた石が握られている。
「じゃあ……あの美味しいスープも、暖かい毛布も……本当はあったの?」 「ええ。あったのよ。国はあなたたちのために用意していた。でも、彼らがそれを奪ったの」
少女の手から、石がポロリと落ちた。 乾いた音が響く。 それが合図のように、他の子供たちも次々と武器を捨て、泣き崩れた。 信仰が崩壊し、絶望が広がる。 だが、それは同時に「洗脳」からの解放でもあった。
「……確保しろ」 レオンハルト様が指を鳴らすと、外から近衛騎士たちが雪崩れ込んできた。 ガストンは抵抗する気力もなく、引きずられていく。
私はその場に立ち尽くし、泣き叫ぶ子供たちを見ていた。 勝った。 証拠は揃い、証言も得た。 でも、胸が痛い。 姉の罪は、金銭的なものだけではない。 人の心を踏みにじり、尊厳を奪った罪。 その傷跡は、金貨をいくら積んでも癒やせない。
「……行くぞ、リリア」 レオンハルト様が私の肩に手を置いた。
「子供たちは教会ではなく、国の直轄施設で保護する。王妃陛下が手配済みだ。……少なくとも、今夜からは暖かいベッドで眠れる」 「……はい」
私は頷いた。 救いはある。遅かったけれど、確実に届いたのだ。
施設を出ると、外は眩しいほどの晴天だった。 太陽の光が、スラムの汚れを容赦なく照らし出している。 でも、その光は希望のようにも見えた。
馬車に乗り込もうとした時、レオンハルト様がふと足を止めた。
「……リリア。君は、間違っていなかった」 「え?」 「姉の言った『数字の正義』。……確かに、数字だけでは人の心は救えないかもしれない。だが、数字を正さなければ、救うための土台すら作れない。……君が帳簿を追ったから、あの子たちは救われたんだ」
彼はぶっきらぼうに言い、顔を背けた。 その横顔に、私は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。……貴方のその言葉だけで、私はまた戦えます」
馬車が動き出す。 遠ざかる『聖女の家』。 その窓から見えたセシリアの肖像画が、心なしか歪んで見えた。 嘘の要塞が、また一つ崩れ落ちた。
執務室に戻った私は、手帳を開いた。 『聖女の家』の項目に、太い赤線で×印をつける。 そして、その下に新たなターゲットを書き込んだ。
『誓約の抜け道』。 姉は言っていた。「嘘でもいい、信じれば真実になる」と。 それはおそらく、彼女がこれから使おうとしている最後の切り札――『誓約魔術』の本質を示唆している。 偽造された魔石と、歪んだ信仰。 それらを組み合わせて、姉は何をしようとしているのか。 法廷か、あるいは公開の場での「宣誓」か。
「……逃がさない」
私はペンを強く握りしめた。 次なる戦いの舞台は、法と言葉が支配する『審問会』になるだろう。 そこで、姉の最大の武器である「言葉の魔術」を封じ込めなければならない。
私は窓の外、王宮の中枢にある『審判の間』の塔を見上げた。 そこには、正義の女神の像が、目隠しをして天秤を掲げている。 その天秤が、どちらに傾くか。 それは、私がどれだけの「真実」という分銅を積み上げられるかにかかっている。
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