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第9話「誓約の抜け道」
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王宮の地下深くに設けられた特別尋問室は、冷たく湿った石壁に囲まれ、外界の光が一切届かない閉鎖的な空間だった。 ここに収容されているのは、一連の「慈善事業不正疑惑」に関与した重要参考人たちだ。 教会司祭ルドルフ、ガレオン商会長、その息子トーマス、そしてスラムの「聖女の家」院長ガストン。 彼らは皆、別々の独房に隔離され、交代で厳しい取り調べを受けている。
だが、捜査は思わぬ壁にぶつかっていた。
「……またしても、『真実』と判定されました」
尋問官が疲れ切った顔で報告書をテーブルに置いた。 私とレオンハルト様は、マジックミラー越しに尋問室の様子を観察していた。 部屋の中では、椅子に縛り付けられた司祭ルドルフが、勝ち誇ったような、それでいてどこか焦点の合わない目で天井を見上げている。 彼の前には、王宮魔術師が設置した『簡易誓約器』が置かれていた。 水晶玉のようなその装置は、被験者が嘘をつけば赤く、真実を語れば青く光る。
「『私は神と聖女セシリア様に誓って、私腹を肥やすような真似はしていない』……この証言に対し、判定は『青(真実)』です」
尋問官が頭を抱える。
「おかしいでしょう? 彼の部屋からは、横領した金貨で購入したと思われる高級美術品や、愛人への送金記録が見つかっているんです。それなのに、なぜ『私腹を肥やしていない』という言葉が真実になるんですか?」
「……簡単なことよ」
私は腕を組み、冷ややかにルドルフを見つめた。
「彼にとって、それは『私腹』ではないからよ」 「え?」 「彼は本気で信じているの。自分が受け取った金は、聖女に仕えるための『必要経費』であり、神から与えられた正当な『報酬』だと。だから、罪の意識がない。主観的な真実の前では、誓約器も無力だわ」
誓約魔術の弱点。 それは、あくまで「話者の主観」に基づいた真偽判定しかできないことだ。 本人が「空は緑色だ」と狂信的に信じていれば、誓約器はそれを「真実」と判定してしまう。 姉セシリアは、この性質を熟知している。 だからこそ、協力者たちに「自分たちは正しいことをしている」という強力な物語(ストーリー)を植え付け、洗脳に近い状態に仕上げているのだ。
「厄介だな」
レオンハルト様が低く唸った。
「ガレオン商会長も同様だ。『商取引は全て適正だった』と主張し、判定も青だ。彼の中では、水増し請求もキックバックも『商慣習の範囲内』という認識なのだろう」 「言葉の定義をずらされているんです。……このままでは、決定的な証言が得られません」
私は唇を噛んだ。 証拠書類は山ほどある。 だが、それを「セシリアの指示による組織犯罪」として立証するには、実行犯たちの口から「彼女に命じられた」という言葉を引き出し、それを誓約で固定する必要がある。 そうでなければ、姉は「彼らが勝手にやったこと」として切り捨て、逃げ切るだろう。
「……私がやります」
私は尋問室の扉に手をかけた。
「リリア? 危険だ。奴はまだ興奮状態にある」 「大丈夫です。……魔法使いには魔法使いを、詐欺師には監査官を。言葉の定義が曖昧なら、逃げ場がないように定義し直せばいいだけです」
私はレオンハルト様に目配せし、重い鉄扉を開けた。
◇
尋問室に入ると、ルドルフの視線が私に突き刺さった。 憎悪、軽蔑、そして微かな怯え。 数日前、大聖堂で私に断罪された記憶が蘇っているのだろう。
「……またお前か。悪魔め」
ルドルフが呻くように言った。 私は無視して、尋問官の席に座った。 机の上にある誓約器が、薄暗い部屋の中で青白く発光している。
「お久しぶりです、ルドルフ司祭。……神への祈りは済みましたか?」 「ふん。お前のような異端者と話す言葉はない。私は潔白だ。この誓約器が証明している!」
彼は水晶玉を顎でしゃくった。
「ええ、見ていました。貴方は『私腹を肥やしていない』と証言し、それは真実と判定されました。……では、質問を変えましょう」
私は手元の資料を広げず、真っ直ぐに彼の目を見た。 尋問の基本は、相手の「想定問答」を崩すことだ。
「貴方は、セシリア様から『命令』を受けましたか?」
「……いいえ」
水晶が青く光る。 真実。 やはり、姉は直接的な「命令」を下していない。
「では、貴方はセシリア様の『願い』を聞きましたか?」
「……はい」
青。 ここが入り口だ。
「その『願い』とは、『困っている子供たちのために、もっと資金が必要だ』という内容でしたか?」
「……はい。聖女様は心を痛めておられた。国からの支援が足りないと」
「なるほど。では、その『願い』を叶えるために、貴方は会計書類の数字を……『調整』しましたか?」
ルドルフが一瞬言葉に詰まった。 「改竄」や「偽造」と言えば、彼は「していない」と答えるだろう。彼の中では正義の行いだからだ。 だから私は、官僚的な言葉を選んだ。
「……調整、した。神の恵みを正しく配分するために」
青。 かかった。
「その『調整』の結果、貴方の手元には、本来受け取るべき額以上の金銭が残りましたか? イエスかノーで」
「……イエスだ。だが、それは活動費として……」 「活動費。わかりました。では、その『活動費』を使って、貴方は先月、宝石店でダイヤモンドのネックレスを購入しましたか?」
「っ……!」
ルドルフの目が泳いだ。 これは事実確認だ。思想や信条は関係ない。
「……購入した」 青。
「そのネックレスは、誰に渡しましたか? 貧しい孤児ですか? それとも、貴方が懇意にしている踊り子、ミナ嬢ですか?」
「…………」
沈黙。 脂汗が額を伝う。 彼は答えられない。 嘘をつけば赤く光り、誓約違反のペナルティとして激痛が走る。 真実を言えば、彼の「聖職者としての正義」が崩壊する。
「答えてください。……神が見ていますよ」
私が冷たく告げると、ルドルフはガタガタと震え出した。
「わ、渡した……ミナに……。でも、あれは……彼女を救うために……!」 「救済。なるほど。……では、その購入資金の出所は、孤児院への『暖房費』として計上された公金ですね?」
「……違う! あれは……神からの……!」
カッ! 水晶玉が真っ赤に染まった。 同時に、ルドルフが「ぐあぁっ!」と悲鳴を上げてのけ反った。 誓約の反動。 精神的なショックが神経を焼き切るような苦痛を与える。
「嘘ですね。……貴方は知っていたはずです。それが本来、凍える子供たちのために使われるべき金だったことを」
「はぁ、はぁ……うぐぅ……」
「セシリア様は仰ったのでしょう? 『あなたの献身には、報いが必要よ』と。……それを貴方は、自分の欲望を満たす許可だと解釈した。違いますか?」
ルドルフはもはや反論できなかった。 赤く明滅する光の前で、彼の「正義の物語」は粉々に砕け散った。 私は尋問官に合図を送った。
「記録して。『被告人は、使途が限定された公金を私的な遊興費に流用したことを認めた』。……次は、その指示系統についてです」
私はルドルフの耳元に顔を寄せた。
「貴方が泥を被るのは勝手ですが……セシリア様は、貴方を助けてくれませんよ。だって彼女は、『命令』なんてしていないのですから。貴方が勝手に『願い』を忖度して、勝手に横領した。……そういう筋書きになっています」
「……あ、あの女……!」
ルドルフの目から、信仰の色が消え、どす黒い憎悪が浮かび上がった。 洗脳が解ける瞬間だ。 愛が深ければ深いほど、裏切られた時の憎しみは深い。
「証言しますか? 彼女が具体的に、どのような言葉で、貴方をこの道へ誘い込んだのか。……『契約の抜け道』を、貴方の口から塞いでください」
「……話す。全部話す……! あいつだけ、綺麗なままでいさせるものか……!」
ルドルフは憑き物が落ちたように、あらいざらい話し始めた。 姉がいかにして教会の予算を操作させたか。 架空の孤児院の名義をどうやって用意したか。 そして、その印章を誰が作ったか。
「印章は……私が作ったのではない。セシリア様から『完成品』を渡されたのだ」 「完成品?」 「ああ。特殊な魔石で作られた、波形を自由に変えられる印章だ。……あれを使えば、誰の署名でも偽造できる」
波形可変の印章。 そんな高度な魔道具、王宮の研究所でも試作段階のはずだ。 それを姉が持っている?
「その印章は今どこに?」 「……セシリア様が回収していった。『メンテナンスが必要だから』と言って」
回収済み。 証拠隠滅の手際が良すぎる。 だが、重要な情報だ。 姉は「偽造印章」を作る技術、あるいはルートを持っている。
◇
ルドルフの自白を皮切りに、他の容疑者たちも次々と口を割り始めた。 ガストン院長は、子供たちへの虐待が「セシリア様の教義」に基づいたものだと泣きながら証言した。 商会長は、最後まで抵抗したが、息子トーマスの「二重帳簿の解読」によって逃げ場を失い、観念した。
尋問室を出た私は、廊下で待っていたレオンハルト様に深く息を吐いてみせた。 疲労がどっと押し寄せてくる。 人の悪意と、歪んだ善意に触れ続けるのは、精神を削られる作業だ。
「お疲れ様。……見事だった」 レオンハルト様が、冷えた缶コーヒーのようなボトル――魔力で冷却された強壮剤――を渡してくれた。
「ありがとうございます。……でも、核心部分には届いていません」 「印章の製造ルートか」 「はい。ルドルフの話では、姉は『完成品』を持っていた。……ガレオン商会が加工していた『青い硝子の欠片』。あれが素材だとしても、それを『魔道具』に組み上げる技術者が別にいるはずです」
私はボトルを握りしめた。 姉はプロデューサーだ。 絵を描き、金を集め、人を動かす。 だが、実際に手を動かす「職人(エンジニア)」が、まだ闇の中にいる。
「……心当たりがあるのか?」 レオンハルト様が問う。
「……一人だけ。王宮内で、それだけの技術を持ち、かつ姉の息がかかっている可能性のある人物」
私は記憶を探った。 三年前。 私が追放される原因となった「宝飾紛失事件」。 あの時、保管庫の鍵を管理し、警備システムを熟知していた人物。 そして、事件直後に「責任を感じて」辞職したはずの……。
「元・宮廷魔導師長、クレイグ」
レオンハルト様の眉が動いた。
「クレイグ……? あの偏屈な老魔導師か。彼は引退して田舎に隠居したはずだが」 「本当に隠居したのでしょうか? もし、姉が彼を囲い込んでいたとしたら?」
技術者には金が必要だ。研究費、素材、そして静かな環境。 姉が横領した莫大な資金。 それが流れる先として、これほど合致する相手はいない。
「……調査させよう。カミュの部下を走らせる」 「お願いします。……それと、もう一つ気になっていることが」
私は鞄から、第3話でレオンハルト様が見せてくれた「入退室管理表」の写しを取り出した。 三年前の事件当夜、白薔薇の間にいた人物。 『侍女長マーサ』と『司祭ルドルフ』。
「ルドルフは自白しました。あの日、彼は姉に呼び出されて部屋に入った。でも、そこには既に『誰もいなかった』と」 「誰もいなかった?」 「ええ。宝飾品は既に消えていた。姉は泣いていて、そばに侍女長マーサが立っていた。……そしてルドルフは、姉に頼まれて『リリアが部屋から出てくるのを見た』という偽証をするよう誓約させられた」
つまり、ルドルフが部屋に入った時点で、犯行は終わっていたのだ。 実行犯は彼ではない。
「残る容疑者は、侍女長マーサ……そして、セシリア本人」
私は呟いた。 マーサは、姉の手足となって動く忠実な下僕だ。 先日、カミュ団長の報告によれば、彼女は深夜に裏通りの魔道具屋に出入りしていた。 彼女が「青い硝子」の運搬役だったとしたら? そして、あの夜、宝飾品を持ち出したのも彼女だとしたら?
「……マーサを確保しなければなりません。彼女こそが、姉と『技術者』を繋ぐパイプ役です」
その時だった。 廊下の向こうから、慌ただしい足音が近づいてきた。 近衛騎士の一人が、息を切らせて駆け寄ってくる。
「ほ、報告します! 緊急事態です!」 「どうした、騒々しい」 レオンハルト様が咎める。
「侍女長マーサが……消えました!」 「何だと?」
「先ほど、彼女の部屋を確認に行ったところ、もぬけの殻でした。……争った形跡はありません。ですが、机の上に……これが」
騎士が差し出したのは、一通の手紙だった。 封筒には、私の名前が記されている。 まただ。 姉からの、メッセージ。
私は震える手で封を開けた。 中には、短くこう書かれていた。
『詮索好きな妹へ。 私の可愛いマーサをいじめないで。 彼女は今、少し遠いところで「休暇」を楽しんでいるわ。 ……そうそう、あなたが探している「三年前の答え」も、そこにあるかもしれないわね。 追いつけるかしら?』
「……逃げられた」
私は唇を噛み締めた。 一足遅かった。 姉は、私たちがマーサに辿り着くことを予期して、先手を打って彼女を逃したのだ。 いや、「逃した」だけならまだいい。 「消した」可能性もある。
「行き先は?」 レオンハルト様が手紙を奪い取り、検分する。
「……微かに、潮の匂いがする。それに、このインク……北方の港町特有の染料だ」 「港町……?」 「おそらく、国境に近い『ルナ・ポート』だ。あそこなら、国外へ逃亡する船も、身を隠す倉庫もいくらでもある」
ルナ・ポート。 王都から馬車で半日。 姉の勢力圏からは離れているが、逆に言えば法の目が届きにくい場所だ。
「追いましょう。……マーサを国外へ逃がせば、永遠に『実行犯』の証言は得られなくなります」 「ああ。……カミュに精鋭を招集させる。私も行く」 「レオンハルト様も?」 「宰相補佐として、重要参考人の確保指揮を執る。……それに、君を一人で行かせるわけにはいかない」
彼の瞳に、強い意志が宿っていた。 私は頷いた。
「ありがとうございます。……行きましょう」
◇
王宮を出る準備をしている最中、私はふと、ある違和感を覚えた。 姉の手紙。 『追いつけるかしら?』という挑発的な文言。 なぜ、わざわざヒントを残したのか? マーサを黙って消せば、それで済むはずなのに。 まるで、私をそこへ「誘い込んでいる」ような……。
「……罠、かもしれない」
私は馬車の窓から、セシリアの住む「月の塔」を見上げた。 最上階の窓に、人影が見える気がした。 彼女は今、どんな顔をしてこちらを見ているのだろう。 余裕の笑みか。それとも、計画通りに進む盤面を眺める棋士の顔か。
「でも、行くしかない」
罠だとわかっていても、飛び込むしかない時がある。 そこにしか、真実への道がないなら。 私は手帳を開き、『嘘のリスト』を確認した。
『偽造された印章』 『波形可変の魔道具』 『消えた宝飾品』 『侍女長マーサ』 『協力者:元宮廷魔導師長クレイグ(推測)』
すべての矢印が、一つの場所……ルナ・ポートへ向かっている。 あそこで、何かが待っている。 姉が用意した、最後の「舞台」が。
「出発だ!」 カミュ団長の号令と共に、馬車が動き出す。 石畳を蹴る蹄の音が、高らかに響く。 王都の門をくぐり、街道へ。 空は低く垂れ込め、遠くで雷鳴が轟いていた。
だが、捜査は思わぬ壁にぶつかっていた。
「……またしても、『真実』と判定されました」
尋問官が疲れ切った顔で報告書をテーブルに置いた。 私とレオンハルト様は、マジックミラー越しに尋問室の様子を観察していた。 部屋の中では、椅子に縛り付けられた司祭ルドルフが、勝ち誇ったような、それでいてどこか焦点の合わない目で天井を見上げている。 彼の前には、王宮魔術師が設置した『簡易誓約器』が置かれていた。 水晶玉のようなその装置は、被験者が嘘をつけば赤く、真実を語れば青く光る。
「『私は神と聖女セシリア様に誓って、私腹を肥やすような真似はしていない』……この証言に対し、判定は『青(真実)』です」
尋問官が頭を抱える。
「おかしいでしょう? 彼の部屋からは、横領した金貨で購入したと思われる高級美術品や、愛人への送金記録が見つかっているんです。それなのに、なぜ『私腹を肥やしていない』という言葉が真実になるんですか?」
「……簡単なことよ」
私は腕を組み、冷ややかにルドルフを見つめた。
「彼にとって、それは『私腹』ではないからよ」 「え?」 「彼は本気で信じているの。自分が受け取った金は、聖女に仕えるための『必要経費』であり、神から与えられた正当な『報酬』だと。だから、罪の意識がない。主観的な真実の前では、誓約器も無力だわ」
誓約魔術の弱点。 それは、あくまで「話者の主観」に基づいた真偽判定しかできないことだ。 本人が「空は緑色だ」と狂信的に信じていれば、誓約器はそれを「真実」と判定してしまう。 姉セシリアは、この性質を熟知している。 だからこそ、協力者たちに「自分たちは正しいことをしている」という強力な物語(ストーリー)を植え付け、洗脳に近い状態に仕上げているのだ。
「厄介だな」
レオンハルト様が低く唸った。
「ガレオン商会長も同様だ。『商取引は全て適正だった』と主張し、判定も青だ。彼の中では、水増し請求もキックバックも『商慣習の範囲内』という認識なのだろう」 「言葉の定義をずらされているんです。……このままでは、決定的な証言が得られません」
私は唇を噛んだ。 証拠書類は山ほどある。 だが、それを「セシリアの指示による組織犯罪」として立証するには、実行犯たちの口から「彼女に命じられた」という言葉を引き出し、それを誓約で固定する必要がある。 そうでなければ、姉は「彼らが勝手にやったこと」として切り捨て、逃げ切るだろう。
「……私がやります」
私は尋問室の扉に手をかけた。
「リリア? 危険だ。奴はまだ興奮状態にある」 「大丈夫です。……魔法使いには魔法使いを、詐欺師には監査官を。言葉の定義が曖昧なら、逃げ場がないように定義し直せばいいだけです」
私はレオンハルト様に目配せし、重い鉄扉を開けた。
◇
尋問室に入ると、ルドルフの視線が私に突き刺さった。 憎悪、軽蔑、そして微かな怯え。 数日前、大聖堂で私に断罪された記憶が蘇っているのだろう。
「……またお前か。悪魔め」
ルドルフが呻くように言った。 私は無視して、尋問官の席に座った。 机の上にある誓約器が、薄暗い部屋の中で青白く発光している。
「お久しぶりです、ルドルフ司祭。……神への祈りは済みましたか?」 「ふん。お前のような異端者と話す言葉はない。私は潔白だ。この誓約器が証明している!」
彼は水晶玉を顎でしゃくった。
「ええ、見ていました。貴方は『私腹を肥やしていない』と証言し、それは真実と判定されました。……では、質問を変えましょう」
私は手元の資料を広げず、真っ直ぐに彼の目を見た。 尋問の基本は、相手の「想定問答」を崩すことだ。
「貴方は、セシリア様から『命令』を受けましたか?」
「……いいえ」
水晶が青く光る。 真実。 やはり、姉は直接的な「命令」を下していない。
「では、貴方はセシリア様の『願い』を聞きましたか?」
「……はい」
青。 ここが入り口だ。
「その『願い』とは、『困っている子供たちのために、もっと資金が必要だ』という内容でしたか?」
「……はい。聖女様は心を痛めておられた。国からの支援が足りないと」
「なるほど。では、その『願い』を叶えるために、貴方は会計書類の数字を……『調整』しましたか?」
ルドルフが一瞬言葉に詰まった。 「改竄」や「偽造」と言えば、彼は「していない」と答えるだろう。彼の中では正義の行いだからだ。 だから私は、官僚的な言葉を選んだ。
「……調整、した。神の恵みを正しく配分するために」
青。 かかった。
「その『調整』の結果、貴方の手元には、本来受け取るべき額以上の金銭が残りましたか? イエスかノーで」
「……イエスだ。だが、それは活動費として……」 「活動費。わかりました。では、その『活動費』を使って、貴方は先月、宝石店でダイヤモンドのネックレスを購入しましたか?」
「っ……!」
ルドルフの目が泳いだ。 これは事実確認だ。思想や信条は関係ない。
「……購入した」 青。
「そのネックレスは、誰に渡しましたか? 貧しい孤児ですか? それとも、貴方が懇意にしている踊り子、ミナ嬢ですか?」
「…………」
沈黙。 脂汗が額を伝う。 彼は答えられない。 嘘をつけば赤く光り、誓約違反のペナルティとして激痛が走る。 真実を言えば、彼の「聖職者としての正義」が崩壊する。
「答えてください。……神が見ていますよ」
私が冷たく告げると、ルドルフはガタガタと震え出した。
「わ、渡した……ミナに……。でも、あれは……彼女を救うために……!」 「救済。なるほど。……では、その購入資金の出所は、孤児院への『暖房費』として計上された公金ですね?」
「……違う! あれは……神からの……!」
カッ! 水晶玉が真っ赤に染まった。 同時に、ルドルフが「ぐあぁっ!」と悲鳴を上げてのけ反った。 誓約の反動。 精神的なショックが神経を焼き切るような苦痛を与える。
「嘘ですね。……貴方は知っていたはずです。それが本来、凍える子供たちのために使われるべき金だったことを」
「はぁ、はぁ……うぐぅ……」
「セシリア様は仰ったのでしょう? 『あなたの献身には、報いが必要よ』と。……それを貴方は、自分の欲望を満たす許可だと解釈した。違いますか?」
ルドルフはもはや反論できなかった。 赤く明滅する光の前で、彼の「正義の物語」は粉々に砕け散った。 私は尋問官に合図を送った。
「記録して。『被告人は、使途が限定された公金を私的な遊興費に流用したことを認めた』。……次は、その指示系統についてです」
私はルドルフの耳元に顔を寄せた。
「貴方が泥を被るのは勝手ですが……セシリア様は、貴方を助けてくれませんよ。だって彼女は、『命令』なんてしていないのですから。貴方が勝手に『願い』を忖度して、勝手に横領した。……そういう筋書きになっています」
「……あ、あの女……!」
ルドルフの目から、信仰の色が消え、どす黒い憎悪が浮かび上がった。 洗脳が解ける瞬間だ。 愛が深ければ深いほど、裏切られた時の憎しみは深い。
「証言しますか? 彼女が具体的に、どのような言葉で、貴方をこの道へ誘い込んだのか。……『契約の抜け道』を、貴方の口から塞いでください」
「……話す。全部話す……! あいつだけ、綺麗なままでいさせるものか……!」
ルドルフは憑き物が落ちたように、あらいざらい話し始めた。 姉がいかにして教会の予算を操作させたか。 架空の孤児院の名義をどうやって用意したか。 そして、その印章を誰が作ったか。
「印章は……私が作ったのではない。セシリア様から『完成品』を渡されたのだ」 「完成品?」 「ああ。特殊な魔石で作られた、波形を自由に変えられる印章だ。……あれを使えば、誰の署名でも偽造できる」
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回収済み。 証拠隠滅の手際が良すぎる。 だが、重要な情報だ。 姉は「偽造印章」を作る技術、あるいはルートを持っている。
◇
ルドルフの自白を皮切りに、他の容疑者たちも次々と口を割り始めた。 ガストン院長は、子供たちへの虐待が「セシリア様の教義」に基づいたものだと泣きながら証言した。 商会長は、最後まで抵抗したが、息子トーマスの「二重帳簿の解読」によって逃げ場を失い、観念した。
尋問室を出た私は、廊下で待っていたレオンハルト様に深く息を吐いてみせた。 疲労がどっと押し寄せてくる。 人の悪意と、歪んだ善意に触れ続けるのは、精神を削られる作業だ。
「お疲れ様。……見事だった」 レオンハルト様が、冷えた缶コーヒーのようなボトル――魔力で冷却された強壮剤――を渡してくれた。
「ありがとうございます。……でも、核心部分には届いていません」 「印章の製造ルートか」 「はい。ルドルフの話では、姉は『完成品』を持っていた。……ガレオン商会が加工していた『青い硝子の欠片』。あれが素材だとしても、それを『魔道具』に組み上げる技術者が別にいるはずです」
私はボトルを握りしめた。 姉はプロデューサーだ。 絵を描き、金を集め、人を動かす。 だが、実際に手を動かす「職人(エンジニア)」が、まだ闇の中にいる。
「……心当たりがあるのか?」 レオンハルト様が問う。
「……一人だけ。王宮内で、それだけの技術を持ち、かつ姉の息がかかっている可能性のある人物」
私は記憶を探った。 三年前。 私が追放される原因となった「宝飾紛失事件」。 あの時、保管庫の鍵を管理し、警備システムを熟知していた人物。 そして、事件直後に「責任を感じて」辞職したはずの……。
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「クレイグ……? あの偏屈な老魔導師か。彼は引退して田舎に隠居したはずだが」 「本当に隠居したのでしょうか? もし、姉が彼を囲い込んでいたとしたら?」
技術者には金が必要だ。研究費、素材、そして静かな環境。 姉が横領した莫大な資金。 それが流れる先として、これほど合致する相手はいない。
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つまり、ルドルフが部屋に入った時点で、犯行は終わっていたのだ。 実行犯は彼ではない。
「残る容疑者は、侍女長マーサ……そして、セシリア本人」
私は呟いた。 マーサは、姉の手足となって動く忠実な下僕だ。 先日、カミュ団長の報告によれば、彼女は深夜に裏通りの魔道具屋に出入りしていた。 彼女が「青い硝子」の運搬役だったとしたら? そして、あの夜、宝飾品を持ち出したのも彼女だとしたら?
「……マーサを確保しなければなりません。彼女こそが、姉と『技術者』を繋ぐパイプ役です」
その時だった。 廊下の向こうから、慌ただしい足音が近づいてきた。 近衛騎士の一人が、息を切らせて駆け寄ってくる。
「ほ、報告します! 緊急事態です!」 「どうした、騒々しい」 レオンハルト様が咎める。
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「先ほど、彼女の部屋を確認に行ったところ、もぬけの殻でした。……争った形跡はありません。ですが、机の上に……これが」
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「……逃げられた」
私は唇を噛み締めた。 一足遅かった。 姉は、私たちがマーサに辿り着くことを予期して、先手を打って彼女を逃したのだ。 いや、「逃した」だけならまだいい。 「消した」可能性もある。
「行き先は?」 レオンハルト様が手紙を奪い取り、検分する。
「……微かに、潮の匂いがする。それに、このインク……北方の港町特有の染料だ」 「港町……?」 「おそらく、国境に近い『ルナ・ポート』だ。あそこなら、国外へ逃亡する船も、身を隠す倉庫もいくらでもある」
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「追いましょう。……マーサを国外へ逃がせば、永遠に『実行犯』の証言は得られなくなります」 「ああ。……カミュに精鋭を招集させる。私も行く」 「レオンハルト様も?」 「宰相補佐として、重要参考人の確保指揮を執る。……それに、君を一人で行かせるわけにはいかない」
彼の瞳に、強い意志が宿っていた。 私は頷いた。
「ありがとうございます。……行きましょう」
◇
王宮を出る準備をしている最中、私はふと、ある違和感を覚えた。 姉の手紙。 『追いつけるかしら?』という挑発的な文言。 なぜ、わざわざヒントを残したのか? マーサを黙って消せば、それで済むはずなのに。 まるで、私をそこへ「誘い込んでいる」ような……。
「……罠、かもしれない」
私は馬車の窓から、セシリアの住む「月の塔」を見上げた。 最上階の窓に、人影が見える気がした。 彼女は今、どんな顔をしてこちらを見ているのだろう。 余裕の笑みか。それとも、計画通りに進む盤面を眺める棋士の顔か。
「でも、行くしかない」
罠だとわかっていても、飛び込むしかない時がある。 そこにしか、真実への道がないなら。 私は手帳を開き、『嘘のリスト』を確認した。
『偽造された印章』 『波形可変の魔道具』 『消えた宝飾品』 『侍女長マーサ』 『協力者:元宮廷魔導師長クレイグ(推測)』
すべての矢印が、一つの場所……ルナ・ポートへ向かっている。 あそこで、何かが待っている。 姉が用意した、最後の「舞台」が。
「出発だ!」 カミュ団長の号令と共に、馬車が動き出す。 石畳を蹴る蹄の音が、高らかに響く。 王都の門をくぐり、街道へ。 空は低く垂れ込め、遠くで雷鳴が轟いていた。
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一つ年下の婚約者とは学園に入学してから手紙のやり取りのみで、それでも休暇には帰って一緒に過ごした。
婚約者も入学してきた今年は去年の反省から友人付き合いを抑え自分を優先してほしいと言った婚約者と二人で過ごす時間を多く取るようにしていたのに。
それが段々減ってきたかと思えばそういうことかと乾いた笑いが落ちる。
恋のような熱烈な想いはなくとも、将来共に歩む相手、長い時間共に暮らした家族として大切に思っていたのに……。
そう思っていたのは自分だけで、『いらない』の一言で切り捨てられる存在だったのだ。
いずれ男爵家を継ぐからと男爵が学費を出して通わせてもらっていた学園。
来期からはそうでないと気づき青褪める。
婚約解消に伴う慰謝料で残り一年通えないか、両親に援助を得られないかと相談するが幼い頃から離れて育った主人公に家族は冷淡で――。
絶望する主人公を救ったのは学園で得た友人だった。
◇◇
幼い頃からの婚約者やその家から捨てられ、さらに実家の家族からも疎まれていたことを知り絶望する主人公が、友人やその家族に助けられて前に進んだり、贋金事件を追ったり可愛らしいヒロインとの切ない恋に身を焦がしたりするお話です。
基本は男性主人公の視点でお話が進みます。
◇◇
第16回恋愛小説大賞にエントリーしてました。
呼んでくださる方、応援してくださる方、感想なども皆様ありがとうございます。とても励まされます!
本編完結しました!
皆様のおかげです、ありがとうございます!
ようやく番外編の更新をはじめました。お待たせしました!
◆番外編も更新終わりました、見てくださった皆様ありがとうございます!!
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