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第十二話:断罪の謁見
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重厚な扉が、ズシンと音を立てて閉ざされた。
謁見の間。 そこは、帝国の威信を具現化したような空間だった。 高い天井には歴代皇帝の武勲を描いたフレスコ画。 床は鏡のように磨き上げられた黒大理石。 壁の両側には、諸外国の外交官や、帝国の高官たちがずらりと並び、冷ややかな視線を中央に注いでいる。
そして、その視線の先にいるのが、私たちだ。 かつて王国の頂点にいた王太子レイモンドと、聖女ミナ。 泥と生卵にまみれ、鎖に繋がれた姿は、もはや野良犬以下だった。
「……コーデリア」
レイモンドが、信じられないものを見る目で私を見上げていた。
私は玉座の横、皇帝陛下と同じ高さに設置された椅子に腰掛けていた。 身に纏うのは、帝国の最高級織物である「緋色(スカーレット)のシルク」を使ったドレス。 首元には、かつてレイモンドが「似合わない」と嘲笑った大粒のダイヤモンドではなく、ジークハルト様が贈ってくれた、私の瞳の色と同じ深い青色のサファイアが輝いている。
今の私は、誰がどう見ても「帝国の皇后」だった。
「……誤解だ」
レイモンドが、震える声で口を開いた。
「そうだ、これは悪い夢だ。なあ、コーデリア? お前、そんな高いところで何をしているんだ? そこは皇帝の席だぞ? お前のような公爵令嬢が座っていい場所じゃない」
彼はまだ、現実を拒絶していた。 自分の知っている「地味で大人しいコーデリア」と、目の前の「圧倒的な支配者」が結びつかないのだ。
「降りてこいよ。そんな演技、もうやめろ。俺が悪かったよ。お前を追放したことは謝る。だから……」
彼はへらりと笑った。 媚びるような、卑屈な笑み。
「帰ろう? 王国へ。父上も心配している。お前が戻ってくれば、また元通りだ。俺の婚約者に戻してやる。ミナとは別れてもいい。だから、このふざけた茶番を終わらせてくれ」
会場が、静まり返った。 外交官たちが、呆れ果てて顔を見合わせている。 帝国の大臣たちは、殺気立っていた。
私は、扇を閉じた。 パチン、という乾いた音が、静寂に響く。
「……茶番、ですか」
私はため息をついた。 怒りすら湧かない。 ただ、底知れぬ徒労感だけがあった。
「レイモンド殿下。貴方はどこまで愚かなのですか? ここは帝国の法廷。私は帝国の皇后。そして貴方は、敗戦国の捕虜。……この期に及んで、まだ『痴話喧嘩』の延長だと思っているのですか?」
「だ、だってそうだろう!? お前が俺を愛しているから、こんな大掛かりなことをして気を引こうと……!」
「黙れ、下衆が」
ドォン!!
隣に座っていたジークハルト陛下が、玉座の肘掛けを叩いた。 ただそれだけで、空気が圧縮されたかのような衝撃波が走り、レイモンドとミナはその場にへたり込んだ。
「ひぃっ……!」
「私の妻に対し、気安く名を呼ぶな。そして、その汚らわしい妄想を口にするな。……吐き気がする」
ジークハルト様の瞳は、完全に据わっていた。 もし私が隣にいなければ、今すぐにでも階段を駆け下りて、レイモンドの首を刎(は)ねていただろう。
「ジークハルト様、抑えてくださいませ。外交官の方々が怯えてしまいます」
私は彼の手を優しく撫で、視線をレイモンドに戻した。
「元殿下。はっきり申し上げますわ。私、貴方のことなど、これっぽっちも愛しておりません」
「な……っ!?」
「いいえ、正確には『愛想が尽きた』のです。貴方のその、努力もせず、責任も取らず、すべてを人のせいにする幼稚な性格に。追放されたあの日、馬車の中で私の恋心は死にました」
私は冷淡に告げた。 それは、どんな罵倒よりも深く、レイモンドの心を抉ったようだった。
「そ、そんな……嘘だ……。俺たちは幼馴染で……10年も一緒に……」
「ええ、10年。無駄な時間でしたわ。その10年分の慰謝料として、貴方の国を頂戴したのですけれど」
「く、国を……?」
レイモンドが目を見開く。
「そうだ。貴様はまだ知らんのか」
ジークハルト陛下が、羊皮紙を一枚、階段の下へ放り投げた。 それはひらひらと舞い、レイモンドの目の前に落ちた。
「読め」
レイモンドは震える手でそれを拾い上げた。 そこには、王国の国璽(こくじ)が押されていた。
『降伏文書』。
「ち、父上の……署名……?」
「ああ。貴様らがここへ連行されている間に、王都は開城した。国王は退位し、王国は帝国の属州となることが決定した」
陛下は残酷な事実を淡々と告げた。
「つまり、貴様はもう『王太子』ではない。ただの『平民レイモンド』だ。……いや、戦争犯罪人だから、平民以下だな」
「あ、あ、ああ……」
レイモンドの手から、羊皮紙が滑り落ちた。 彼のアイデンティティであった「王太子」という肩書き。 それが消滅した瞬間、彼はただの薄汚れた男になった。
「嘘だ……俺の国が……俺の王位が……」
彼は床に崩れ落ち、涙を流し始めた。 悔し涙ではない。 おもちゃを取り上げられた子供のような、情けない涙だ。
「ちょっとぉ! どうなってるのよ!」
その時、今まで黙っていたミナが叫んだ。
「国がなくなったってどういうこと!? じゃあ、私は? 私は聖女なのよ! 将来の王妃様になるはずだったのよ!」
彼女は鎖を引きちぎらんばかりに暴れた。
「こんなの詐欺じゃない! レイモンド様、なんとかしてよ! 私を騙したのね!」
「う、うるさいっ! 俺だって知らなかったんだ!」
「最低! 甲斐性なし! 役立たず!」
醜い罵り合いが始まった。 かつて「真実の愛」だの「運命の二人」だのと浮かれていたカップルの末路がこれだ。 金の切れ目が縁の切れ目とは言うが、権力の切れ目もまた然り。
「静粛に」
私の声が、会場に響いた。
「見苦しいですわよ、お二人とも」
私は立ち上がり、階段を数段降りた。 彼らを見下ろす位置で止まる。
「ミナ様。貴女は『聖女』を自称していましたが……貴女のその力、一体何人の民を救いましたか?」
「な、なによ……。私は一生懸命お祈りしたわよ!」
「祈りだけでは、人は救えません。貴女が祈っている間、私は物流を整え、食料を確保し、法を整備していました。貴女が『奇跡』に頼っている間、私は『現実』と戦っていました」
私は彼女を真っ直ぐに見据えた。
「結果がこれです。私の作ったシステムは帝国を富ませ、貴女の祈りは王国を飢えさせました。……貴女は聖女などではない。ただの『無知な娘』です」
「……っ!」
ミナは反論しようと口を開けたが、言葉が出てこなかった。 事実という暴力の前では、どんな言い訳も無力だった。
「そして、レイモンド」
私は呼び捨てにした。 もう、敬称をつける必要すらない。
「貴方は私を『可愛げがない』と言いましたね。数字ばかり見て、感情がないと」
「……そうだ。お前は冷たい女だ」
「ええ、そうかもしれません。でもね、その『冷たい計算』が、貴方の命を救ったのですよ?」
「……は?」
彼は呆けた顔をした。
「私が計算しなければ、帝国軍は本気で攻撃し、貴方たちは国境の砦で全員焼き殺されていたでしょう。私が計算しなければ、王都の民は暴徒化し、貴方の一族はギロチンにかけられていたでしょう」
私はフッと笑った。
「感謝なさい。私の『可愛げのない合理性』のおかげで、貴方は五体満足でここにいられるのですから」
皮肉たっぷりの言葉。 だが、それは紛れもない真実だった。 私の立案した「無血開城プラン」がなければ、王国はもっと悲惨な結末を迎えていたはずだ。
レイモンドは唇を噛み締め、俯いた。 反論できないのだ。 自分の命が、自分が捨てた女の手のひらの上で生かされているという屈辱。 プライドの高い彼にとって、それは死ぬことよりも辛い事実だった。
「さて、ジークハルト陛下」
私は振り返り、玉座の夫に問いかけた。
「彼らへの処遇ですが……いかがなさいましょう?」
諸外国の外交官たちが息を呑む。 通常、反逆した王族は処刑だ。 それが歴史の常識。
ジークハルト陛下は頬杖をつき、つまらなそうに彼らを見下ろした。
「殺す価値もないな。剣が汚れる」
彼は冷酷に言い放った。
「それに、ただ殺してやるのは慈悲に過ぎる。彼らには、生きて償ってもらわねばならん」
「償い、ですか?」
「ああ。彼らが壊したものの代償だ」
陛下は指を鳴らした。 宰相が進み出て、一枚の書類を読み上げた。
「判決を申し渡す! 罪人レイモンド、およびミナ。両名は王族・貴族の籍を剥奪し、平民以下の『隷属階級』へと降格とする!」
「れ、隷属……!?」
レイモンドが悲鳴を上げる。 それは、人権を持たない、一生涯労働に従事させられる奴隷階級だ。
「処刑は免じてやる。その代わり、貴様らには死ぬまで働いてもらう」
陛下はニヤリと笑った。
「行き先は、北部の開拓地だ。……そう、かつてコーデリアが整備しようとし、貴様が『予算の無駄だ』と却下した、あの極寒の地だ」
「あ、あそこは……冬はマイナス20度になる……!」
「そうだ。そこで道路を造れ。橋を架けろ。貴様が軽視したインフラ整備を、その身をもって体験するんだ」
陛下は私を見た。
「コーデリア。貴女がかつて苦労して作った道を、今度は彼らにメンテナンスさせよう。つるはしとスコップを持たせてな」
「まあ、素敵なアイデアですわ」
私は手を叩いて喜んだ。
「レイモンド、貴方は体力がありませんから、きっとすぐに音を上げるでしょうね。でも安心してください。休みはありません。貴方が私にさせたように、倒れるまで働いていただきます」
「い、嫌だ! 嫌だぁぁぁ! 俺は王だぞ! なんで俺が土木工事なんて!」
レイモンドが泣き喚く。 ミナも絶叫する。
「私も嫌! 私、爪が割れちゃう! ドレスが着られないなんて無理ぃ!」
「連れて行け」
陛下の冷徹な一言で、衛兵たちが二人を引きずっていく。
「離せ! コーデリア! 助けてくれ! 俺が悪かった! 愛してるんだ! やり直そう!」
「助けてぇ! 聖女様よぉ! 誰か助けなさいよぉ!」
二人の絶叫が、広間に木霊する。 ズルズルと引きずられていく彼らの姿は、あまりにも滑稽で、哀れだった。
扉の前で、レイモンドが必死に振り返った。 私と目が合う。
私は彼に向かって、かつて彼が私にしたように、冷ややかに言い放った。
「――頭が高いわよ、罪人」
バタンッ!!
扉が閉ざされた。 断末魔のような叫び声が遮断され、謁見の間には静寂が戻った。
終わった。 私の10年間の因縁が、完全に断ち切られた。
会場から、拍手が湧き起こった。 最初はパラパラと、やがて万雷の拍手へと変わる。 外交官たちが、高官たちが、私と陛下を称えている。 それは、正義がなされたことへの賞賛であり、新たな時代の覇者への敬意だった。
「……気分はどうだ?」
陛下が私の腰に手を回し、小声で尋ねてきた。
「最高です」
私は嘘偽りなく答えた。
「胸のつかえが取れました。これでようやく、本当の意味で前へ進めます」
「そうか。……よくやった、私の皇后」
陛下は公衆の面前であることも構わず、私の唇にキスをした。 会場の拍手が一層大きくなり、口笛まで聞こえてくる。
私は赤くなりながらも、彼を受け入れた。 復讐は終わった。 これからは、「ざまぁ」のための人生ではない。 この愛する人と共に、この国を豊かにしていくための、新しい人生が始まるのだ。
私はシャンデリアの輝きを見上げた。 その光は、私の未来を祝福するように、どこまでも明るく輝いていた。
謁見の間。 そこは、帝国の威信を具現化したような空間だった。 高い天井には歴代皇帝の武勲を描いたフレスコ画。 床は鏡のように磨き上げられた黒大理石。 壁の両側には、諸外国の外交官や、帝国の高官たちがずらりと並び、冷ややかな視線を中央に注いでいる。
そして、その視線の先にいるのが、私たちだ。 かつて王国の頂点にいた王太子レイモンドと、聖女ミナ。 泥と生卵にまみれ、鎖に繋がれた姿は、もはや野良犬以下だった。
「……コーデリア」
レイモンドが、信じられないものを見る目で私を見上げていた。
私は玉座の横、皇帝陛下と同じ高さに設置された椅子に腰掛けていた。 身に纏うのは、帝国の最高級織物である「緋色(スカーレット)のシルク」を使ったドレス。 首元には、かつてレイモンドが「似合わない」と嘲笑った大粒のダイヤモンドではなく、ジークハルト様が贈ってくれた、私の瞳の色と同じ深い青色のサファイアが輝いている。
今の私は、誰がどう見ても「帝国の皇后」だった。
「……誤解だ」
レイモンドが、震える声で口を開いた。
「そうだ、これは悪い夢だ。なあ、コーデリア? お前、そんな高いところで何をしているんだ? そこは皇帝の席だぞ? お前のような公爵令嬢が座っていい場所じゃない」
彼はまだ、現実を拒絶していた。 自分の知っている「地味で大人しいコーデリア」と、目の前の「圧倒的な支配者」が結びつかないのだ。
「降りてこいよ。そんな演技、もうやめろ。俺が悪かったよ。お前を追放したことは謝る。だから……」
彼はへらりと笑った。 媚びるような、卑屈な笑み。
「帰ろう? 王国へ。父上も心配している。お前が戻ってくれば、また元通りだ。俺の婚約者に戻してやる。ミナとは別れてもいい。だから、このふざけた茶番を終わらせてくれ」
会場が、静まり返った。 外交官たちが、呆れ果てて顔を見合わせている。 帝国の大臣たちは、殺気立っていた。
私は、扇を閉じた。 パチン、という乾いた音が、静寂に響く。
「……茶番、ですか」
私はため息をついた。 怒りすら湧かない。 ただ、底知れぬ徒労感だけがあった。
「レイモンド殿下。貴方はどこまで愚かなのですか? ここは帝国の法廷。私は帝国の皇后。そして貴方は、敗戦国の捕虜。……この期に及んで、まだ『痴話喧嘩』の延長だと思っているのですか?」
「だ、だってそうだろう!? お前が俺を愛しているから、こんな大掛かりなことをして気を引こうと……!」
「黙れ、下衆が」
ドォン!!
隣に座っていたジークハルト陛下が、玉座の肘掛けを叩いた。 ただそれだけで、空気が圧縮されたかのような衝撃波が走り、レイモンドとミナはその場にへたり込んだ。
「ひぃっ……!」
「私の妻に対し、気安く名を呼ぶな。そして、その汚らわしい妄想を口にするな。……吐き気がする」
ジークハルト様の瞳は、完全に据わっていた。 もし私が隣にいなければ、今すぐにでも階段を駆け下りて、レイモンドの首を刎(は)ねていただろう。
「ジークハルト様、抑えてくださいませ。外交官の方々が怯えてしまいます」
私は彼の手を優しく撫で、視線をレイモンドに戻した。
「元殿下。はっきり申し上げますわ。私、貴方のことなど、これっぽっちも愛しておりません」
「な……っ!?」
「いいえ、正確には『愛想が尽きた』のです。貴方のその、努力もせず、責任も取らず、すべてを人のせいにする幼稚な性格に。追放されたあの日、馬車の中で私の恋心は死にました」
私は冷淡に告げた。 それは、どんな罵倒よりも深く、レイモンドの心を抉ったようだった。
「そ、そんな……嘘だ……。俺たちは幼馴染で……10年も一緒に……」
「ええ、10年。無駄な時間でしたわ。その10年分の慰謝料として、貴方の国を頂戴したのですけれど」
「く、国を……?」
レイモンドが目を見開く。
「そうだ。貴様はまだ知らんのか」
ジークハルト陛下が、羊皮紙を一枚、階段の下へ放り投げた。 それはひらひらと舞い、レイモンドの目の前に落ちた。
「読め」
レイモンドは震える手でそれを拾い上げた。 そこには、王国の国璽(こくじ)が押されていた。
『降伏文書』。
「ち、父上の……署名……?」
「ああ。貴様らがここへ連行されている間に、王都は開城した。国王は退位し、王国は帝国の属州となることが決定した」
陛下は残酷な事実を淡々と告げた。
「つまり、貴様はもう『王太子』ではない。ただの『平民レイモンド』だ。……いや、戦争犯罪人だから、平民以下だな」
「あ、あ、ああ……」
レイモンドの手から、羊皮紙が滑り落ちた。 彼のアイデンティティであった「王太子」という肩書き。 それが消滅した瞬間、彼はただの薄汚れた男になった。
「嘘だ……俺の国が……俺の王位が……」
彼は床に崩れ落ち、涙を流し始めた。 悔し涙ではない。 おもちゃを取り上げられた子供のような、情けない涙だ。
「ちょっとぉ! どうなってるのよ!」
その時、今まで黙っていたミナが叫んだ。
「国がなくなったってどういうこと!? じゃあ、私は? 私は聖女なのよ! 将来の王妃様になるはずだったのよ!」
彼女は鎖を引きちぎらんばかりに暴れた。
「こんなの詐欺じゃない! レイモンド様、なんとかしてよ! 私を騙したのね!」
「う、うるさいっ! 俺だって知らなかったんだ!」
「最低! 甲斐性なし! 役立たず!」
醜い罵り合いが始まった。 かつて「真実の愛」だの「運命の二人」だのと浮かれていたカップルの末路がこれだ。 金の切れ目が縁の切れ目とは言うが、権力の切れ目もまた然り。
「静粛に」
私の声が、会場に響いた。
「見苦しいですわよ、お二人とも」
私は立ち上がり、階段を数段降りた。 彼らを見下ろす位置で止まる。
「ミナ様。貴女は『聖女』を自称していましたが……貴女のその力、一体何人の民を救いましたか?」
「な、なによ……。私は一生懸命お祈りしたわよ!」
「祈りだけでは、人は救えません。貴女が祈っている間、私は物流を整え、食料を確保し、法を整備していました。貴女が『奇跡』に頼っている間、私は『現実』と戦っていました」
私は彼女を真っ直ぐに見据えた。
「結果がこれです。私の作ったシステムは帝国を富ませ、貴女の祈りは王国を飢えさせました。……貴女は聖女などではない。ただの『無知な娘』です」
「……っ!」
ミナは反論しようと口を開けたが、言葉が出てこなかった。 事実という暴力の前では、どんな言い訳も無力だった。
「そして、レイモンド」
私は呼び捨てにした。 もう、敬称をつける必要すらない。
「貴方は私を『可愛げがない』と言いましたね。数字ばかり見て、感情がないと」
「……そうだ。お前は冷たい女だ」
「ええ、そうかもしれません。でもね、その『冷たい計算』が、貴方の命を救ったのですよ?」
「……は?」
彼は呆けた顔をした。
「私が計算しなければ、帝国軍は本気で攻撃し、貴方たちは国境の砦で全員焼き殺されていたでしょう。私が計算しなければ、王都の民は暴徒化し、貴方の一族はギロチンにかけられていたでしょう」
私はフッと笑った。
「感謝なさい。私の『可愛げのない合理性』のおかげで、貴方は五体満足でここにいられるのですから」
皮肉たっぷりの言葉。 だが、それは紛れもない真実だった。 私の立案した「無血開城プラン」がなければ、王国はもっと悲惨な結末を迎えていたはずだ。
レイモンドは唇を噛み締め、俯いた。 反論できないのだ。 自分の命が、自分が捨てた女の手のひらの上で生かされているという屈辱。 プライドの高い彼にとって、それは死ぬことよりも辛い事実だった。
「さて、ジークハルト陛下」
私は振り返り、玉座の夫に問いかけた。
「彼らへの処遇ですが……いかがなさいましょう?」
諸外国の外交官たちが息を呑む。 通常、反逆した王族は処刑だ。 それが歴史の常識。
ジークハルト陛下は頬杖をつき、つまらなそうに彼らを見下ろした。
「殺す価値もないな。剣が汚れる」
彼は冷酷に言い放った。
「それに、ただ殺してやるのは慈悲に過ぎる。彼らには、生きて償ってもらわねばならん」
「償い、ですか?」
「ああ。彼らが壊したものの代償だ」
陛下は指を鳴らした。 宰相が進み出て、一枚の書類を読み上げた。
「判決を申し渡す! 罪人レイモンド、およびミナ。両名は王族・貴族の籍を剥奪し、平民以下の『隷属階級』へと降格とする!」
「れ、隷属……!?」
レイモンドが悲鳴を上げる。 それは、人権を持たない、一生涯労働に従事させられる奴隷階級だ。
「処刑は免じてやる。その代わり、貴様らには死ぬまで働いてもらう」
陛下はニヤリと笑った。
「行き先は、北部の開拓地だ。……そう、かつてコーデリアが整備しようとし、貴様が『予算の無駄だ』と却下した、あの極寒の地だ」
「あ、あそこは……冬はマイナス20度になる……!」
「そうだ。そこで道路を造れ。橋を架けろ。貴様が軽視したインフラ整備を、その身をもって体験するんだ」
陛下は私を見た。
「コーデリア。貴女がかつて苦労して作った道を、今度は彼らにメンテナンスさせよう。つるはしとスコップを持たせてな」
「まあ、素敵なアイデアですわ」
私は手を叩いて喜んだ。
「レイモンド、貴方は体力がありませんから、きっとすぐに音を上げるでしょうね。でも安心してください。休みはありません。貴方が私にさせたように、倒れるまで働いていただきます」
「い、嫌だ! 嫌だぁぁぁ! 俺は王だぞ! なんで俺が土木工事なんて!」
レイモンドが泣き喚く。 ミナも絶叫する。
「私も嫌! 私、爪が割れちゃう! ドレスが着られないなんて無理ぃ!」
「連れて行け」
陛下の冷徹な一言で、衛兵たちが二人を引きずっていく。
「離せ! コーデリア! 助けてくれ! 俺が悪かった! 愛してるんだ! やり直そう!」
「助けてぇ! 聖女様よぉ! 誰か助けなさいよぉ!」
二人の絶叫が、広間に木霊する。 ズルズルと引きずられていく彼らの姿は、あまりにも滑稽で、哀れだった。
扉の前で、レイモンドが必死に振り返った。 私と目が合う。
私は彼に向かって、かつて彼が私にしたように、冷ややかに言い放った。
「――頭が高いわよ、罪人」
バタンッ!!
扉が閉ざされた。 断末魔のような叫び声が遮断され、謁見の間には静寂が戻った。
終わった。 私の10年間の因縁が、完全に断ち切られた。
会場から、拍手が湧き起こった。 最初はパラパラと、やがて万雷の拍手へと変わる。 外交官たちが、高官たちが、私と陛下を称えている。 それは、正義がなされたことへの賞賛であり、新たな時代の覇者への敬意だった。
「……気分はどうだ?」
陛下が私の腰に手を回し、小声で尋ねてきた。
「最高です」
私は嘘偽りなく答えた。
「胸のつかえが取れました。これでようやく、本当の意味で前へ進めます」
「そうか。……よくやった、私の皇后」
陛下は公衆の面前であることも構わず、私の唇にキスをした。 会場の拍手が一層大きくなり、口笛まで聞こえてくる。
私は赤くなりながらも、彼を受け入れた。 復讐は終わった。 これからは、「ざまぁ」のための人生ではない。 この愛する人と共に、この国を豊かにしていくための、新しい人生が始まるのだ。
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