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第14話:地上への帰還と包囲網
地下貯蔵庫の重い扉を開け、私たちは屋敷の一階、広大なエントランスホールへと足を踏み入れた。
そこは、私が先日訪れた時とは全く異なる様相を呈していた。
ドンドンドンドン!! ガンッ! ガガガッ!
正門を叩く轟音。 鉄柵を揺らす金属音。 そして、何百人もの男たちの怒号と、馬のいななき。 屋敷の外は、完全に包囲されていた。
「開けろ! 王太子殿下の命である!」 「逆賊シルヴィオ・ベルンシュタイン! 神妙にお縄につ戴!」 「公爵令嬢ヴィオレッタ様を解放せよ!」
窓の外には、松明の明かりが無数に揺らめき、夜の闇を赤々と焼き焦がしていた。 王宮の近衛騎士団、そして王都の警備兵たち。 総勢五百名はいそうだ。 たかだか一人の公爵を捕らえるために、戦争でも始める気なのだろうか。
「……嘆かわしい」
シルヴィオ公爵が、不快そうに眉根を寄せた。
「静寂を愛する我が屋敷で、これほどの騒音を撒き散らすとは。彼らには死者への敬意というものがないのか」
彼は私の肩にかけてくれたコートの襟を直し、優しく言った。
「ヴィオレッタ、君は奥の部屋へ。ここは少々、埃っぽくなる」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「私も残ります。私はもう、ただ守られるだけの令嬢ではありません。共犯者でしょう?」
泥だらけの喪服を着て、髪はボサボサ。 けれど、今の私は王宮で着飾っていた時よりも、ずっと胸を張っていられる気がした。
シルヴィオ公爵は少し驚いた顔をしたが、すぐにフッと口元を緩めた。
「そうだな。君は強い人だ。……では、特等席で見ているといい。私の『葬儀』の手際を」
彼はパチン、と指を鳴らした。
その乾いた音が、広間に響き渡った瞬間。 影が、動いた。
屋敷の柱の陰から、天井の梁の上から、廊下の奥から。 音もなく現れたのは、黒衣に身を包んだ男たちだった。 先日、聖女リリアを連行した「墓守」たちだ。
彼らの数は三十名ほど。 五百の軍勢に対し、あまりに少ない。 しかも、彼らが手に持っているのは剣や槍ではない。 ある者は柄の長いスコップを。ある者は巨大な園芸用のハサミを。またある者は、石工用のハンマーを。
まるで造園業者の集まりだが、彼らの瞳には生気がない。 全員がシルヴィオ公爵と同じ、死を友とする冷徹な目をしている。
「総員、配置につけ」
シルヴィオ公爵が、指揮者のように杖を振った。
「招かれざる客人を排除せよ。ただし、殺すな。死体が増えると処理が面倒だ」
『御意』
墓守たちは一斉に姿を消した。 窓から、勝手口から、あるいは煙突から。 影のように外へと散っていく。
「さあ、始めようか」
シルヴィオ公爵は私を伴い、二階のバルコニーへと続く階段を上った。
バルコニーに出ると、眼下の光景が一望できた。 屋敷を取り囲む軍隊。 指揮官らしき騎士が、拡声器を持って叫んでいる。
「突入用意! 門を破壊しろ!」
騎士たちが丸太を抱え、正門に突撃しようとした、その時だった。
ヒュンッ!
闇の中から何かが飛び、先頭の騎士の足元に突き刺さった。 スコップだ。 鋼鉄製のスコップが、石畳に深々と突き立っている。
「うわっ!?」
騎士たちが怯んだ隙に、屋敷の庭の植え込みから、墓石の影から、黒い影たちが躍り出た。
「な、なんだ貴様らは!?」 「うわぁっ! 足が、足が沈む!?」
前線の兵士たちが悲鳴を上げた。 墓守たちが、いつの間にか地面に落とし穴を掘っていたのだ。 あるいは、土魔法を使って地面を沼のように変えたのか。 重装備の騎士たちは次々とバランスを崩し、転倒していく。
「ひいいっ! お、お化けだ!」 「影が動いた!」
墓守たちの動きは人間離れしていた。 暗闇に紛れ、音もなく背後に忍び寄る。 首筋に冷たいハサミを当てて「お静かに」と囁く。 それだけで、歴戦の騎士たちが震え上がって武器を取り落とす。
これは、戦争ではない。 怪談だ。 夜の墓場という、彼らのホームグラウンド(聖域)に踏み込んだ時点で、王太子軍は心理的に負けているのだ。
「素晴らしい連携ですわ」
私はバルコニーの手すりに身を乗り出し、感嘆した。
「彼らはベルンシュタイン家の私兵団『葬送組』だ。普段は墓穴を掘り、遺体を清め、霊園の管理をしているが、有事の際にはこうして屋敷を守る」
シルヴィオ公爵が隣で解説する。
「彼らにとって、騎士の鎧など棺桶のようなものだ。関節の隙間や視界の死角を熟知している」
圧倒的だった。 数は二十倍近い差があるのに、王太子軍は屋敷の敷地に一歩も踏み込めずにいた。 恐怖が伝染しているのだ。 「死神の屋敷には呪いがある」「入ったら死ぬ」という噂が、彼らの足を止めている。
その時。
「ええい、退け! 退かぬか臆病者ども!!」
後方から、聞き覚えのあるヒステリックな怒号が響いた。 兵士たちの波が割れ、一騎の白馬が躍り出てくる。
泥だらけで、髪を振り乱し、豪奢な軍服を煤で汚した男。 王太子アレクサンダー殿下だ。
彼は地下墓地の罠(死臭スモーク)を突破し、ここまで戻ってきたようだ。 その顔は憤怒で歪み、目は血走っている。 手には剣を抜き放ち、殺気立っている。
「シルヴィオ! どこだ、隠れていないで出てこい! 僕のヴィオレッタを返せ!」
殿下は馬上で叫び、屋敷を見上げた。 そして、バルコニーにいる私たちを見つけた瞬間、その動きがピタリと止まった。
月明かりの下。 漆黒のコートを着た死神公爵と、泥だらけの黒いワンピースを着た私。 二人は並んで立ち、彼を見下ろしている。
殿下の目が、私に釘付けになった。
「ヴィオレッタ……!」
彼の表情が、怒りから一瞬で安堵へ、そしてすぐに困惑へと変わる。
「無事だったか! よかった、本当によかった! ああ、なんて酷い格好だ。あいつに無理やり連れ回されたんだな? 泥だらけじゃないか!」
彼は叫んだ。
「今すぐ助ける! 待っていてくれ! こんな呪われた屋敷、僕が焼き払ってやる!」
彼は本気で信じている。 私が「助けを待っている」と。 私が彼を愛していると。
その揺るぎない自信が、以前は怖かった。 でも今は、滑稽で、哀れで仕方がない。
「……殿下」
私はバルコニーから声を張り上げた。 夜風に乗って、私の声は静まり返った戦場によく響いた。
「お帰りください!」
殿下がぽかんと口を開けた。
「は……? 何を言っているんだヴィオレッタ? 洗脳されているのか?」
「洗脳などされておりません。私は私の意志でここにいます」
私は隣に立つシルヴィオ公爵の腕をとり、自分の体に引き寄せた。 そして、その腕に頭を預ける。 親密さを、これ以上ないほど見せつけるように。
「私は、この場所が良いのです。この静けさが、この暗闇が、私の心を癒やしてくれるのです」
「な……な、な……」
殿下の顔が赤から青へ、そして紫へと変わっていく。
「貴方の太陽は、私には眩しすぎます。貴方の愛は、私には熱すぎます。私はもう、日向では生きられないのです」
それは、決別の言葉。 公爵令嬢としてではなく、一人の女としての拒絶。
しかし。 王太子アレクサンダーという男は、言葉で理解できる生き物ではなかった。
「……騙された」
彼が低く呟いた。
「騙されているんだ! ああ、可哀想なヴィオレッタ! あの死神が黒魔術で君の心を操っているんだな! 君が僕を拒絶するはずがない! だって僕たちは運命の恋人同士なんだから!」
彼は剣を空に突き上げた。
「全軍突撃ィィッ!! 屋敷を破壊しろ! 壁を崩せ! どんな手を使ってでもあの魔術師を引きずり出し、姫を奪還するんだ!!」
『ウオオオオッ!』
殿下の狂気が兵士たちに伝播した。 あるいは、命令に逆らえば後で処刑されるという恐怖が彼らを突き動かしたのか。 兵士たちが恐怖を押し殺し、雄叫びを上げて突進を開始した。 墓守たちの防衛線を、数の暴力で押し潰そうとする勢いだ。
「やれやれ」
シルヴィオ公爵が、やれやれと肩をすくめた。
「言葉の通じない相手というのは、死者よりもタチが悪い」
「どうなさいますか、シルヴィオ様。このままでは門が突破されます」
私は少し不安になって彼を見上げた。 さすがに、五百人の正規軍が本気になれば、三十人の墓守では支えきれない。
しかし、シルヴィオ公爵は不敵に微笑んだ。 その笑顔は、背筋が凍るほど美しく、そして残酷だった。
「構わないさ。彼らが『一線』を越えるのを待っていたんだ」
彼は杖を高く掲げた。 その先端についている骸骨の飾りが、蒼白く発光し始める。
「ここはただの屋敷ではない。数千の御霊が眠る霊園の入り口だ。生者の軍靴で踏み荒らしてよい場所ではないことを、彼らの骨の髄まで教えてやろう」
ゴゴゴゴゴ……。
地響きがした。 今度は、破壊音ではない。 大地そのものが、怒りに震えているような振動。
「ヴィオレッタ。私の背中に隠れていなさい」
シルヴィオ公爵が詠唱を始めた。 それは、私が聞いたこともない、古語の響き。 鎮魂歌のようでもあり、呪詛のようでもある。
次の瞬間、屋敷の周囲にある霊園の墓石たちが、一斉にガタガタと震え出した。
「お目覚め願おうか。過去の英雄、歴代の王よ」
シルヴィオ公爵の声が夜空に轟く。
「貴公らの眠りを妨げる無礼な子孫に、教育的指導をお願いしたい」
ヒュオオオオオッ!!
地面から、無数の青白い燐光が立ち昇った。 それは形を成し、人の姿をとる。 鎧を着た騎士。王冠を被った王。ドレスを着た王妃。 この国の歴史を作ってきた、偉大なる死者たちの霊魂(ゴースト)。
彼らが、一斉に王太子軍に向かって顔を向けた。
物理的な防衛戦は終わりだ。 ここからは、精神を削り合う「死者たちの審判」が始まる。
私は息を飲んでその光景を見つめた。 これが、葬儀卿の真の力。 国そのものを敵に回しても揺るがない、圧倒的な「死」の権威。
さあ、アレクサンダー殿下。 貴方のご先祖様たちが、カンカンに怒っていらっしゃいますよ?
そこは、私が先日訪れた時とは全く異なる様相を呈していた。
ドンドンドンドン!! ガンッ! ガガガッ!
正門を叩く轟音。 鉄柵を揺らす金属音。 そして、何百人もの男たちの怒号と、馬のいななき。 屋敷の外は、完全に包囲されていた。
「開けろ! 王太子殿下の命である!」 「逆賊シルヴィオ・ベルンシュタイン! 神妙にお縄につ戴!」 「公爵令嬢ヴィオレッタ様を解放せよ!」
窓の外には、松明の明かりが無数に揺らめき、夜の闇を赤々と焼き焦がしていた。 王宮の近衛騎士団、そして王都の警備兵たち。 総勢五百名はいそうだ。 たかだか一人の公爵を捕らえるために、戦争でも始める気なのだろうか。
「……嘆かわしい」
シルヴィオ公爵が、不快そうに眉根を寄せた。
「静寂を愛する我が屋敷で、これほどの騒音を撒き散らすとは。彼らには死者への敬意というものがないのか」
彼は私の肩にかけてくれたコートの襟を直し、優しく言った。
「ヴィオレッタ、君は奥の部屋へ。ここは少々、埃っぽくなる」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「私も残ります。私はもう、ただ守られるだけの令嬢ではありません。共犯者でしょう?」
泥だらけの喪服を着て、髪はボサボサ。 けれど、今の私は王宮で着飾っていた時よりも、ずっと胸を張っていられる気がした。
シルヴィオ公爵は少し驚いた顔をしたが、すぐにフッと口元を緩めた。
「そうだな。君は強い人だ。……では、特等席で見ているといい。私の『葬儀』の手際を」
彼はパチン、と指を鳴らした。
その乾いた音が、広間に響き渡った瞬間。 影が、動いた。
屋敷の柱の陰から、天井の梁の上から、廊下の奥から。 音もなく現れたのは、黒衣に身を包んだ男たちだった。 先日、聖女リリアを連行した「墓守」たちだ。
彼らの数は三十名ほど。 五百の軍勢に対し、あまりに少ない。 しかも、彼らが手に持っているのは剣や槍ではない。 ある者は柄の長いスコップを。ある者は巨大な園芸用のハサミを。またある者は、石工用のハンマーを。
まるで造園業者の集まりだが、彼らの瞳には生気がない。 全員がシルヴィオ公爵と同じ、死を友とする冷徹な目をしている。
「総員、配置につけ」
シルヴィオ公爵が、指揮者のように杖を振った。
「招かれざる客人を排除せよ。ただし、殺すな。死体が増えると処理が面倒だ」
『御意』
墓守たちは一斉に姿を消した。 窓から、勝手口から、あるいは煙突から。 影のように外へと散っていく。
「さあ、始めようか」
シルヴィオ公爵は私を伴い、二階のバルコニーへと続く階段を上った。
バルコニーに出ると、眼下の光景が一望できた。 屋敷を取り囲む軍隊。 指揮官らしき騎士が、拡声器を持って叫んでいる。
「突入用意! 門を破壊しろ!」
騎士たちが丸太を抱え、正門に突撃しようとした、その時だった。
ヒュンッ!
闇の中から何かが飛び、先頭の騎士の足元に突き刺さった。 スコップだ。 鋼鉄製のスコップが、石畳に深々と突き立っている。
「うわっ!?」
騎士たちが怯んだ隙に、屋敷の庭の植え込みから、墓石の影から、黒い影たちが躍り出た。
「な、なんだ貴様らは!?」 「うわぁっ! 足が、足が沈む!?」
前線の兵士たちが悲鳴を上げた。 墓守たちが、いつの間にか地面に落とし穴を掘っていたのだ。 あるいは、土魔法を使って地面を沼のように変えたのか。 重装備の騎士たちは次々とバランスを崩し、転倒していく。
「ひいいっ! お、お化けだ!」 「影が動いた!」
墓守たちの動きは人間離れしていた。 暗闇に紛れ、音もなく背後に忍び寄る。 首筋に冷たいハサミを当てて「お静かに」と囁く。 それだけで、歴戦の騎士たちが震え上がって武器を取り落とす。
これは、戦争ではない。 怪談だ。 夜の墓場という、彼らのホームグラウンド(聖域)に踏み込んだ時点で、王太子軍は心理的に負けているのだ。
「素晴らしい連携ですわ」
私はバルコニーの手すりに身を乗り出し、感嘆した。
「彼らはベルンシュタイン家の私兵団『葬送組』だ。普段は墓穴を掘り、遺体を清め、霊園の管理をしているが、有事の際にはこうして屋敷を守る」
シルヴィオ公爵が隣で解説する。
「彼らにとって、騎士の鎧など棺桶のようなものだ。関節の隙間や視界の死角を熟知している」
圧倒的だった。 数は二十倍近い差があるのに、王太子軍は屋敷の敷地に一歩も踏み込めずにいた。 恐怖が伝染しているのだ。 「死神の屋敷には呪いがある」「入ったら死ぬ」という噂が、彼らの足を止めている。
その時。
「ええい、退け! 退かぬか臆病者ども!!」
後方から、聞き覚えのあるヒステリックな怒号が響いた。 兵士たちの波が割れ、一騎の白馬が躍り出てくる。
泥だらけで、髪を振り乱し、豪奢な軍服を煤で汚した男。 王太子アレクサンダー殿下だ。
彼は地下墓地の罠(死臭スモーク)を突破し、ここまで戻ってきたようだ。 その顔は憤怒で歪み、目は血走っている。 手には剣を抜き放ち、殺気立っている。
「シルヴィオ! どこだ、隠れていないで出てこい! 僕のヴィオレッタを返せ!」
殿下は馬上で叫び、屋敷を見上げた。 そして、バルコニーにいる私たちを見つけた瞬間、その動きがピタリと止まった。
月明かりの下。 漆黒のコートを着た死神公爵と、泥だらけの黒いワンピースを着た私。 二人は並んで立ち、彼を見下ろしている。
殿下の目が、私に釘付けになった。
「ヴィオレッタ……!」
彼の表情が、怒りから一瞬で安堵へ、そしてすぐに困惑へと変わる。
「無事だったか! よかった、本当によかった! ああ、なんて酷い格好だ。あいつに無理やり連れ回されたんだな? 泥だらけじゃないか!」
彼は叫んだ。
「今すぐ助ける! 待っていてくれ! こんな呪われた屋敷、僕が焼き払ってやる!」
彼は本気で信じている。 私が「助けを待っている」と。 私が彼を愛していると。
その揺るぎない自信が、以前は怖かった。 でも今は、滑稽で、哀れで仕方がない。
「……殿下」
私はバルコニーから声を張り上げた。 夜風に乗って、私の声は静まり返った戦場によく響いた。
「お帰りください!」
殿下がぽかんと口を開けた。
「は……? 何を言っているんだヴィオレッタ? 洗脳されているのか?」
「洗脳などされておりません。私は私の意志でここにいます」
私は隣に立つシルヴィオ公爵の腕をとり、自分の体に引き寄せた。 そして、その腕に頭を預ける。 親密さを、これ以上ないほど見せつけるように。
「私は、この場所が良いのです。この静けさが、この暗闇が、私の心を癒やしてくれるのです」
「な……な、な……」
殿下の顔が赤から青へ、そして紫へと変わっていく。
「貴方の太陽は、私には眩しすぎます。貴方の愛は、私には熱すぎます。私はもう、日向では生きられないのです」
それは、決別の言葉。 公爵令嬢としてではなく、一人の女としての拒絶。
しかし。 王太子アレクサンダーという男は、言葉で理解できる生き物ではなかった。
「……騙された」
彼が低く呟いた。
「騙されているんだ! ああ、可哀想なヴィオレッタ! あの死神が黒魔術で君の心を操っているんだな! 君が僕を拒絶するはずがない! だって僕たちは運命の恋人同士なんだから!」
彼は剣を空に突き上げた。
「全軍突撃ィィッ!! 屋敷を破壊しろ! 壁を崩せ! どんな手を使ってでもあの魔術師を引きずり出し、姫を奪還するんだ!!」
『ウオオオオッ!』
殿下の狂気が兵士たちに伝播した。 あるいは、命令に逆らえば後で処刑されるという恐怖が彼らを突き動かしたのか。 兵士たちが恐怖を押し殺し、雄叫びを上げて突進を開始した。 墓守たちの防衛線を、数の暴力で押し潰そうとする勢いだ。
「やれやれ」
シルヴィオ公爵が、やれやれと肩をすくめた。
「言葉の通じない相手というのは、死者よりもタチが悪い」
「どうなさいますか、シルヴィオ様。このままでは門が突破されます」
私は少し不安になって彼を見上げた。 さすがに、五百人の正規軍が本気になれば、三十人の墓守では支えきれない。
しかし、シルヴィオ公爵は不敵に微笑んだ。 その笑顔は、背筋が凍るほど美しく、そして残酷だった。
「構わないさ。彼らが『一線』を越えるのを待っていたんだ」
彼は杖を高く掲げた。 その先端についている骸骨の飾りが、蒼白く発光し始める。
「ここはただの屋敷ではない。数千の御霊が眠る霊園の入り口だ。生者の軍靴で踏み荒らしてよい場所ではないことを、彼らの骨の髄まで教えてやろう」
ゴゴゴゴゴ……。
地響きがした。 今度は、破壊音ではない。 大地そのものが、怒りに震えているような振動。
「ヴィオレッタ。私の背中に隠れていなさい」
シルヴィオ公爵が詠唱を始めた。 それは、私が聞いたこともない、古語の響き。 鎮魂歌のようでもあり、呪詛のようでもある。
次の瞬間、屋敷の周囲にある霊園の墓石たちが、一斉にガタガタと震え出した。
「お目覚め願おうか。過去の英雄、歴代の王よ」
シルヴィオ公爵の声が夜空に轟く。
「貴公らの眠りを妨げる無礼な子孫に、教育的指導をお願いしたい」
ヒュオオオオオッ!!
地面から、無数の青白い燐光が立ち昇った。 それは形を成し、人の姿をとる。 鎧を着た騎士。王冠を被った王。ドレスを着た王妃。 この国の歴史を作ってきた、偉大なる死者たちの霊魂(ゴースト)。
彼らが、一斉に王太子軍に向かって顔を向けた。
物理的な防衛戦は終わりだ。 ここからは、精神を削り合う「死者たちの審判」が始まる。
私は息を飲んでその光景を見つめた。 これが、葬儀卿の真の力。 国そのものを敵に回しても揺るがない、圧倒的な「死」の権威。
さあ、アレクサンダー殿下。 貴方のご先祖様たちが、カンカンに怒っていらっしゃいますよ?
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