13 / 19
第12話 遅すぎる謝罪
その日のノクレールは、朝から風がなかった。
海辺の町では珍しいほど、空気が凪いでいた。海は青かった。嵐のあとに何度か曇りを引きずっていた空も、今日は最初から高く晴れている。陽は強すぎず、白い家並みの壁をやわらかく照らし、波の表面に細かな銀を散らしていた。風がないぶん、潮の匂いはいつもよりゆっくり町の中へ留まっている。魚を干す匂い、濡れた綱の塩気、焼きたてのパン、どこかの軒先で刻まれる香草の青い匂い。それらが混ざり合って、今日のノクレールはどこか温んだ台所みたいな空気をしていた。
そんな穏やかな日ほど、心の内側だけが落ち着かないのだと、リュゼルは知っていた。
朝から胸の奥がざわついていた。咳は少ない。熱もない。身体の具合だけなら、ここ数日の中ではましなほうだった。だからこそ、余計に心のざわめきが目立つ。
昨日の夜、ほとんど眠れなかったせいもあるだろう。
ノクレールへ来てから何度もそうだったが、眠りの浅い夜の翌朝は、感情の縁だけが薄くなる。普段なら見ないふりをできるものが、今日はできない気がしていた。海燕亭の木の床を拭いていても、帳場の横で布巾をたたんでいても、意識の端には常に同じものがある。
町外れの空き家。
薪の束。
不器用な手。
そして、その男がまだここにいるという事実。
セヴリックは本当に帰らないらしかった。
それはもう噂ではなく、町の空気の一部になりつつあった。海燕亭へ来る客たちが「あの薪の旦那は今日は市場で釘を買ってた」とか、「朝から井戸の桶をひっくり返してた」とか、勝手に報告していく。パン屋の女主人は「礼儀だけはきっちりしてるけど、頼み方が致命的に下手」と笑い、魚屋のネラは「子どもに薪積みを習う貴族なんて初めて見た」と言った。
それらを聞くたび、リュゼルは腹が立った。
腹が立つのに、耳を塞げない。
見たくないのに、町は勝手に彼の話を運んでくる。海が町じゅうに潮を運ぶみたいに、あの男の不器用さも少しずつノクレールのあちこちへ滲んでいた。
昼前、食堂の客が引いたあとだった。マルグリットが煮込み鍋の味を見て、少し塩を足す。ジルは裏口の樽を洗っている。窓から差し込む光は明るく、磨いた木卓の表面に白く揺れていた。昼と夕方のあいだの、いちばん静かな時間だった。
「エルナ」
マルグリットが帳場のほうを顎でしゃくる。
「表に客」
反射的に顔を上げる。海燕亭の表へ立つ客は珍しくもない。だが女将の言い方がいつもより少しだけ平坦で、余計な色がなかった。だからこそわかった。
「……わたしに?」
「そうだよ」
リュゼルは一瞬だけ動けなかった。
ジルが裏口から顔を出し、事情を知っているらしく気まずそうに頭を掻く。マルグリットは鍋の火を弱めながら、あくまで何でもないように言った。
「嫌なら断る。そういう約束だ」
「……ええ」
「でも逃げるだけだと、あんた、たぶん今夜も眠れないよ」
その言葉は、妙に静かに胸へ落ちた。
図星だった。ここ数日、逃げることにはもう慣れたはずなのに、実際には一歩も前へ進んでいない。見つかりたくない、帰りたくない、許したくない。その全部は本当だ。けれど、その一方で、何も言わないまま追われ続けることにも、もう疲れていた。
「……少しだけ」
そう言うと、マルグリットは小さく頷いた。
「裏庭使いな。表は日が強い」
裏庭へ出る扉を開けると、乾いた明るさがあった。嵐のあと数日たって、石敷きはようやくすっかり乾いている。桶の縁に残っていた水も今日は光だけを映し、軒先の影はくっきり濃い。風がないせいで、遠い海鳴りもいつもより低く、深く聞こえた。
セヴリックは、前と同じ位置に立っていた。
扉から数歩離れた、こちらがすぐ戻れる場所を塞がない距離。前回と同じだ。無意識なのか、気を遣った結果なのかはわからない。けれどその距離の取り方が、かえって神経に障る。
今日は旅用の上着も少し乾いた色をしていた。袖はまくらず、泥も昨日ほどついていない。髪も整っている。だが完全に王都の男へ戻ったわけではない。長靴の踵には乾いた土が薄く残り、襟元は見慣れた公爵の衣装より少しだけくたびれている。その半端さが、彼がもうここで数日を生きてしまっていることを、ひどく生々しく示していた。
「……話があると言うから」
リュゼルは先に言った。牽制するみたいに。
「来ただけです。長くは付き合いません」
「ああ」
セヴリックは頷いた。少しも急かさない。その落ち着きがまた腹立たしい。
沈黙が落ちる。
空は青い。軒先の白い壁に陽が当たり、反射した光が裏庭の石に薄く跳ねている。平和な昼の色だった。こんな色の中で話すことではない、とリュゼルは少しだけ思う。もっとひどい雨の日や、夜のほうがよかったかもしれない。明るい場所では、互いの顔が見えすぎる。
「謝りに来た」
やがてセヴリックが言った。
その一言で、リュゼルは反射的に視線を上げた。
謝りに来た。
今まで、彼の口からそういう言葉を聞いたことがなかったわけではない。社交上の非礼に対する形式的な謝罪や、部下の失敗の責任を負う言葉なら、何度も聞いている。だが今のそれは、そういうものとは違った。
低く、まっすぐで、逃げ場を作っていない。
その声音にだけで、今日の会話が昨日までとは違うものになるのだとわかってしまい、リュゼルの胸は小さくこわばった。
「……今さらですね」
返事はそれしか出なかった。
「そうだ」
セヴリックはあっさり認める。
「今さらだ。遅い。遅すぎる。その上で謝る」
その言い方がずるい。開き直りでもなく、卑屈でもなく、ただ順番どおり事実を並べてくる。もっと何か、こちらが切り捨てやすい言い方をしてくれたらいいのに。
「守るために距離を取った、と前に言いましたね」
リュゼルが先に刺すように言うと、セヴリックは頷いた。
「言った」
「今日はその続きですか」
「違う」
「なら?」
「それが免罪符にならないと、言いに来た」
裏庭に落ちる光が、少しだけ揺れた気がした。たぶん雲が一枚流れただけだ。けれどリュゼルの視界は、ほんの一瞬だけ揺れた。
守るために距離を取った。
その理由を聞いたとき、腹が立った。勝手だと思った。愚かだと思った。けれど同時に、それが彼なりの歪んだ理屈だとも理解してしまった。理解してしまうから余計につらかった。
そして今、彼はその理由を、自分から否定しに来た。
「……どういう意味ですか」
喉が少し乾く。
セヴリックは、少しも言葉を急がなかった。
「俺は、お前を大切に思った」
その出だしに、リュゼルの胸が強く打つ。けれど続く言葉が、それをそのまま叩き落とした。
「だから遠ざけた。自分の感情を見せれば、そこが弱みになると思った。そうしていれば守れると、本気で考えていた」
彼はそこで一度、息を継いだ。
「だが、結果としてお前は一人で病を抱え、一人で出ていった。助けを求める相手にすら、俺はならなかった」
日差しの下でも、彼の声は少しも柔らかくならない。ただ低く、冷静なまま落ちてくる。それがかえって重かった。
「だから、その理屈に意味はない。守るためだったとしても、守れなかった。お前を傷つけた事実は変わらない」
リュゼルは何も言えなかった。
言い逃れではない。
自分に都合のいい解釈でもない。
ただ、事実として、自分が何をしたかを並べている。
その姿勢が誠実なのだとわかってしまうから、胸の奥がひりつく。
「謝る」
セヴリックがもう一度、はっきり言った。
「お前に何も伝わっていなかったことを。伝えようとしなかったことを。守っているつもりで、お前を一人にしたことを」
そこまで聞いたとき、リュゼルはやっと口を開けた。
「伝わっていなかった、ではありません」
思ったよりも声が冷たく出た。
「伝わらなかったのではなく、なかったんです」
セヴリックの目がわずかに細くなる。だが彼は遮らない。
だからリュゼルは止まれなかった。
「あなたがどう思っていたかなんて、今さら関係ありません」
胸の奥が痛む。喉も熱い。けれど言葉は、むしろその痛みを燃料にするみたいに続いていく。
「大切だったとか、守りたかったとか、愛していたとか。そんなものを今になって言われても、わたくしには確かめようがないでしょう」
セヴリックは黙っている。
その沈黙が許しを乞うものではないと、もう知っている。だからこそ余計に、リュゼルの言葉は鋭くなる。
「わたくしには、愛されていた記憶が一つもない」
言った瞬間、裏庭の空気が変わった気がした。
潮の匂いも、遠い海鳴りも、全部その一言のあとへ引いたみたいに感じられる。
愛されていた記憶が一つもない。
あまりにもまっすぐな言葉だった。飾りも比喩もない。そのぶん、余計に逃げ場がなかった。
リュゼルは自分で自分の言葉に刺される。
本当のことだからだ。
愛していたと言われても、愛されていた記憶がない。待った食卓も、閉じた寝室も、高価で正確な贈り物も、熱の夜の冷えたままの空気も、全部思い出せる。けれどそのどこにも、「この人に愛されている」と信じられる瞬間だけがなかった。
それは、どうしようもなく事実だった。
セヴリックは返す言葉を失っていた。
本当に。
何か言い返すかと思った。そんなことはない、とか。覚えていないだけだ、とか。俺はお前を、と繰り返すかと思った。
だが彼はただ、立ったまま沈黙した。
顔色が変わるわけではない。けれど、言葉だけが完全に消えている。その沈黙を見た瞬間、リュゼルははっきり悟った。
彼は今、自分の気持ちではなく、伝わった事実で裁かれている。
そして、その裁きに反論する材料を持っていない。
愛していた。
大切だった。
守りたかった。
そういう彼の内側の事情は、どれほど本当でも、伝わらなかったのなら現実の前では意味を持たない。少なくとも、自分の孤独の前では。
そのことを、彼は理解している。
理解しているから、言い返せない。
それがわかると、リュゼルの胸の奥は、すっと冷えるのではなく、逆にもっと痛んだ。
もっともな言葉で傷つけるのは、思ったより苦しい。
けれど苦しいからといって、引っ込められる言葉ではない。
「……愛していたのかもしれません」
リュゼルは静かに言う。
「あなたの中では、本当にそうだったのかもしれない。そう思っていたことも、今では信じます」
セヴリックの目が、そこでやっと少しだけ動いた。
信じる、という言葉に救いがあると思ったのかもしれない。だが、次の言葉でその希望はきっと消えた。
「でも、それと、わたくしが愛されていたかどうかは別です」
陽が少しだけ傾き、裏庭の石の影が長くなる。
「わたくしは、一度も安心できなかった」
リュゼルは自分の指先を見た。膝の前で、知らないうちにきつく握り込まれている。爪が掌へ食い込んで、鈍い痛みがある。
「待っても来ない食事。別々の寝室。何でもないような顔で渡される贈り物。体調が悪いときに呼ばれる医師。どれも間違っていないのに、全部、冷たかった」
セヴリックは視線を逸らさなかった。そのことだけは、今の彼が逃げていない証みたいで、余計につらい。
「あなたは必要なものを全部与えたつもりだったのでしょう。そうかもしれません。公爵夫人としてのわたくしには、たぶん何も不足はなかった」
少し笑いそうになる。笑える話ではないのに。
「でも、妻としてのわたくしには、何一つ届かなかった」
そこまで言って、リュゼルは一度目を閉じた。
苦しかった。責めるためだけの言葉なら、ここまで苦しくはないだろう。これは責めると同時に、自分の過去も一緒に抉っているからだ。待っていた自分も、期待していた自分も、全部そこに含まれてしまう。
「だから、今さら謝られても、どうしたらいいかわかりません」
目を開ける。セヴリックは、まだ立ったままだった。
「許すとか、許さないとか、その前のところで止まっているんです。あなたが愛していたと言っても、わたくしには愛されていた記憶がない。その事実を、どうやって埋めればいいのか、わからない」
ようやくそこで、セヴリックが口を開いた。
「埋まらないかもしれない」
低い声だった。
「たぶん、簡単には埋まらない。俺が今何を言っても、過去の三年が変わるわけでもない」
リュゼルは何も言わない。
彼は続けた。
「だから、許してほしいとは、まだ言えない」
その言葉に、胸の奥がまた小さく揺れる。
許してほしいとは言えない。
それは正しい。今ここでそんなことを言われたら、たぶんリュゼルはもっと強く拒んでいただろう。謝罪は受け取れても、許しを求められた瞬間に、もう全部がいやになる。そこを彼は踏み越えてこない。
それでも、だからといって楽になるわけではない。
「では、何をしに来たんですか」
問いかける声は、少しだけ掠れていた。
「謝るためだと言ったでしょう」
「それだけですか」
「……それだけではない」
セヴリックはそう言って、ほんのわずかに視線を落とした。彼が考えるように沈黙するとき、それはたいてい本当に言葉を選んでいると、今はもうわかってしまう。
「お前がどう感じていたかを、今さらでも、自分の耳で聞くためだ」
リュゼルは眉を寄せる。
「そんなことをして、どうするんですか」
「知る」
また短い答えだ。
「今まで知らなかったことを」
「知って、満足するのですか」
「満足はしない」
「では」
「知った上で、ここにいる」
同じような言葉を、前にも聞いた気がした。ここにいる。それだけは動かないとでもいうみたいな声音で。
「勝手です」
「そうだ」
「……本当に、そればかりですね」
「事実だからな」
そこで、ほんの一瞬だけだったが、リュゼルは笑いそうになってしまった。あまりにも馬鹿みたいで、あまりにも救いのない会話だったからだ。勝手だと責めれば認める。愚かだと言えば認める。愛されていた記憶が一つもないと言えば、言い返せなくなる。
こんな謝罪があるだろうか。
もっと上手い謝り方はいくらでもあるはずだ。形だけでも心を軽くする言葉も、相手を泣かせる言い回しも、王都には溢れていた。なのにセヴリックは、最後まで不器用なまま、自分の言葉でしか謝れない。
その不器用さを、今さら正面から見せられている。
それが遅すぎる。
だからつらい。
「……わたくし、ずっと」
気づくと、声が少しだけ弱くなっていた。
「何度も、自分がおかしいのかと思いました」
セヴリックの目が動く。
「足りているはずなのに、足りないと思うわたくしのほうが贅沢なのではないかって。公爵夫人として恥をかくことは一つもなくて、使用人たちにもよくしてもらって、物も、立場も、何もかも足りていたのに、それでも苦しいと思う自分が、間違っているんじゃないかって」
風はない。だから余計に、自分の声だけが裏庭に細く響く。
「そう思いながら三年過ごして、最後に病気だと言われたとき」
リュゼルはそこで一度息を止めた。離宮の白い部屋。ベルナールの静かな声。余命半年という文字。あの光景は、思い返すだけで胸の奥が冷たくなる。
「やっぱり最後まで、わたくしは何も言えないまま死ぬのだと思いました」
セヴリックはもう、何も言わなかった。
言えないのだろう。あるいは、言ってはいけないと思っているのかもしれない。
その沈黙は重い。だが嫌いではなかった。少なくとも、空疎な慰めよりはずっと。
「謝罪は受け取ります」
リュゼルは静かに告げた。
それが精いっぱいだった。
「あなたが何もわかっていなかったことも、それを今わかったのだということも、信じます。でも、それで過去が変わるわけではないし、わたくしの記憶も変わりません」
「……ああ」
「だから」
喉が少し震える。だが、言わなければならない。
「謝られたからといって、すぐにどうこうなると思わないでください」
「思っていない」
「本当に?」
「本当にだ」
その答えに嘘はないと、嫌になるほどわかる。
リュゼルは視線を逸らした。青い空が眩しい。こんなふうに明るい昼に、夫婦の崩れた三年を一つずつ拾い上げることになるなんて、少し前までは考えもしなかった。
「……だったら、今日はもう終わりにしましょう」
ようやくそう言うと、セヴリックは頷いた。
「わかった」
「また、その『わかった』ですか」
「ほかに言うべき言葉が見つからない」
「そこは否定しないんですね」
「できない」
そのまっすぐさに、また胸が刺さる。
本当に遅すぎる。けれど、遅すぎるからといって偽物にもなってくれない。その中途半端に本物なところが、リュゼルをいちばん苦しめる。
扉へ向かおうとして、ふと足が止まる。
自分でもなぜそうしたのかわからない。だが、一つだけ、どうしても確かめたくなった。
「……もし」
背中を向けたまま、言う。
「もし、あなたが本当に愛していたのなら」
喉の奥がひどく熱い。
「どうして一度も、わたくしにわかる形で言わなかったんですか」
長い沈黙が落ちた。
今度の沈黙は、今までのどれとも違っていた。返答を探している。言い訳ではなく、もっと根の深いところの言葉を。そういう沈黙だった。
やがてセヴリックは、低く答える。
「失うのが怖かった」
リュゼルはゆっくり振り返る。
「だから遠ざけた。愚かだと、自分でも思う」
その顔に、劇的な感情はない。泣きそうでも、絶望しているふうでもない。ただ、削りすぎた言葉のあとに残るものだけがあった。
「だが、お前を失いたくなかったのは本当だ」
その一言に、リュゼルは何も返せなかった。
たぶん、今必要なのは返事ではない。
好きだった。たしかに好きだった。だからこそ、その言葉を聞いて心が揺れること自体が苦しい。けれど揺れるからといって、それがすぐ許しや救いになるわけではない。
愛されていた記憶は一つもない。
その事実はまだ、少しも動いていないのだから。
「……遅すぎます」
最後にそれだけ言うと、セヴリックは小さく頷いた。
「ああ」
それ以上の言葉は、もうどちらからも出なかった。
リュゼルは扉を開けて中へ戻る。海燕亭の中は煮込みの匂いと木の温度に満ちていて、さっきまでの裏庭が別の場所みたいに思えた。マルグリットが帳場の奥からちらりとこちらを見たが、何も聞かなかった。その沈黙がありがたい。
リュゼルは食堂の奥の椅子へ腰を下ろした。
手が少し震えていた。胸の奥にはまだ痛みがある。けれどそれは、離宮の夜の冷たい絶望とは違う痛みだった。もっと生々しく、人間らしく、どうしようもなく扱いにくい。
謝罪は受け取った。
でも、だからといって記憶は変わらない。
愛していたと言われても、愛されていた記憶が一つもない。
あの一言を口にした瞬間、彼は返す言葉を失った。気持ちではなく、伝わった事実で裁かれたとき、人はああいう沈黙をするのだと、初めて知った。
それを知って、少しだけ救われたのかもしれない。
少なくとも、自分が感じていた孤独は、気のせいでも、贅沢でもなかったのだと、ようやく現実として彼の前に置くことができたのだから。
けれど救われることと、許せることは別だった。
そこにはまだ、長い距離がある。
窓の外では、青い海の上を白い鳥がひとつ横切っていった。何も知らないみたいに、まっすぐに。
あなたにおすすめの小説
離縁書を渡した翌日、旦那様が記憶を失いました
なつめ
恋愛
愛のない政略結婚。
冷えきった夫婦関係の末、ようやく離縁を決意した翌日。
夫が事故で記憶を失い、なぜか“妻を愛していた頃”まで戻ってしまった。
これまで一度も向けられなかった優しい眼差し。
触れられたことのない熱。
欲しかったものが、もう手放そうとした瞬間にだけ差し出される。
けれど彼が思い出していないのは、ただの結婚生活ではない。
彼が彼女を憎むようになった、決定的な誤解と陰謀の四年間でもあった。
これは、遅すぎた初恋のやり直しではない。
壊れた夫婦が、過去ではなく“今の自分の意思”でもう一度愛を選び直す物語。
妻を信じなかった皇帝の末路ーあの日の約束を覚えていますか?ー
きぬがやあきら
恋愛
不遇な境遇で育った王女スフィアは、停戦の代償に帝国へと嫁いだ。
レグナシア帝国皇帝ヴィクターと政略結婚を結ぶが、結婚初夜、ヴィクターが冷たく告げる。
――俺はお前を愛するつもりはない。
愛を望みながらも義務に徹する皇妃と、愛を拒む冷酷な皇帝。
すれ違いのまま始まる“白い結婚”。
しかし皇帝はやがて、その約束を後悔することとなる。
妻を信じなかった皇帝の“末路”とは。
不器用な2人が織りなすラブロマンスファンタジー。
離縁を望んだ私に、旦那様の執着が始まりました
なつめ
恋愛
四年続いた、形だけの結婚。
公爵夫人レヴェティアは、夫ゼルフェインから一度も愛を告げられず、ただ静かな屋敷の中で“都合のいい妻”として扱われてきた。
冷たい夫。
消えていく手紙。
義家からの軽視。
そして、公爵には昔から想う女がいるという噂。
もう十分だと悟った朝、レヴェティアは離縁状を差し出す。
これで終わるはずだった。自分がいなくなれば、夫はようやく望む人生を選べるはずだった。
けれど、その日から様子がおかしくなったのは、無関心だったはずの旦那様のほうだった。
食事の席で視線を外さない。
屋敷の移動先を勝手に潰す。
社交の場では手を離さない。
今さら知ったような顔で、彼女の四年間を奪った者たちを一人ずつ叩き潰していく。
「出ていくつもりなら、なぜ俺の知らない顔をそんなに増やした」
これは、終わらせるために差し出した離縁状から始まる、
遅すぎた恋と、寡黙な公爵の重すぎる執愛のやり直し婚。
捨てられた花嫁は没落公爵と未来を簿に刻む
なつめ
恋愛
巨額の持参金とともに伯爵家へ嫁いだミレーヌ・オルヴェイユは、夫にも婚家にも実家にも、妻ではなく“財布”として扱われていた。
夫は彼女の金で愛人を囲い、義母は宝石を買い、実家はさらに金を無心する。
すべてを帳簿に記録していたミレーヌは、ある日静かに離縁を選ぶ。
行き場を失った彼女が次に向かったのは、借金まみれで社交界から見放されたヴァルクレア公爵家。
そこで彼女は、誇り高く不器用な若き公爵エルネスト・ヴァルクレアと出会う。
彼は彼女の持参金には手を出さず、こう言った。
「君の金ではなく、君の目を借りたい。帳簿を見る目を」
財布扱いされた女と、没落しかけた公爵家。
帳簿、領地改革、使用人の再配置、社交界復帰。
数字を一つずつ整えるたび、二人の距離も少しずつ近づいていく。
余命半年の私は、あなたの愛など要りませんので離縁します
なつめ
恋愛
公爵家に嫁いで三年。
夫ヴィルレオは義務だけを果たす、冷たい人だった。
愛のない結婚だとわかっていたから、主人公リュゼリアも期待しないふりをして生きてきた。
けれどある日、彼女は余命半年を宣告される。
原因は長年蓄積した病と、心身を削る公爵家での生活。
残された時間が半年しかないのなら、もう誰にも気を遣わず、自分のために生きたい。そう決意したリュゼリアは、夫へ静かに告げる。
「あなたの愛など要りませんので、離縁してください」
最初はそれを淡々と受け止めたはずの夫は、彼女が本当に去ろうとした時に初めて、自分が妻を深く愛していたことを知る。
だが気づくのが遅すぎた。
彼女の命は、もう長くない。
遅すぎた愛にすがる夫と、最後まで自分の尊厳を守ろうとする妻。
離縁、後悔、すれ違い、余命。
泣けて苦しくて、それでも最後まで追いたくなる後悔系・溺愛逆転ロマンス。
お飾り王妃のはずが、陛下の初恋だったようです~遅すぎる初恋回収劇~
なつめ
恋愛
概要
名門だが没落しかけた公爵令嬢エレノアは、王家との政略のため、若き国王アシュレイへ嫁ぐ。
だが結婚初日から寝所は別、会話は最低限、触れられることもない。誰が見ても完璧な王妃でありながら、彼女は自分がただの“お飾り”であり、この結婚は感情のない白い結婚なのだと信じていた。
ところがある日、陛下の書庫で見つけた古い押し花と、見覚えのないはずの自分の名前。
そこから、彼女の知らなかった事実が少しずつ明らかになる。
冷徹だと思っていた陛下は、ずっと昔から彼女だけを見ていた。
ただ、王であるがゆえに近づけず、守るために遠ざけ、想いを告げることすらできなかっただけで。
遅すぎた初恋が、結婚後にようやく動き出す。
これは、お飾りだと思っていた王妃が、自分がたった一人の初恋だったと知るまでの、静かで甘い政略結婚の物語。
三度裏切られた私が、四度目で「離婚」を選ぶまで
狛犬
恋愛
三度、夫に裏切られた。
一度目は信じた。
二度目は耐えた。
三度目は――すべてを失った。
そして私は、屋上から身を投げた。
……はずだった。
目を覚ますと、そこは過去。
すべてが壊れる前の、まだ何も起きていない時間。
――四度目の人生。
これまでの三度、私は同じ選択を繰り返し、
同じように裏切られ、すべてを失ってきた。
だから今度は、もう決めている。
「もう、陸翔はいらない」
愛していた。
けれど、もう疲れた。
今度こそ――
自分を守るために、家族を守るために、
私は、自分から手を放す。
これは、三度裏切られた女が、
四度目の人生で「選び直す」物語。