【完結】身分を隠して恋文相談屋をしていたら、子犬系騎士様が毎日通ってくるんですが?

エス

文字の大きさ
13 / 42

できました! 鉛筆と消しゴム

しおりを挟む
 翌朝の『ことのは堂』店内に、私の元気な声が響いた。

「サラ、今日の予定、覚えてる?」

「……と言われましても、『すごいものを作るからついて来て』としか聞かされていませんけど? いったい今度は、何をお作りになるおつもりです?」

 ぴしっと背筋を伸ばして答えるサラの顔には、見事なまでの半信半疑が浮かんでいた。

「ふふ、それはお楽しみ。準備が整ったら、さっそく材料集めに行くわよ」

「……はあ。まったく、ミリアンヌ様の『思いつき』には、毎度振り回されてばかりです」

 ため息まじりにそう言いながらも、ちゃんと支度を整えてくれるあたり、本当に頼もしい。

「さて……」

 私は手帳を開き、考えをまとめるように小さくつぶやいた。

「ええと、鉛筆の芯に必要なのは……黒鉛と、粘土、だったわよね。消しゴムは……うーん、たしか天然ゴムだったはずだけど……このあたりで手に入るかしら」

 手帳をパタンと閉じて、私はぱちんと指を鳴らした。

「ま、とりあえず行ってみましょ。探せば、何かしら見つかるはずよ」

「また、行き当たりばったりですね」

 サラが呆れ顔でため息をつくけれど、すでに支度は万端らしい。

「さ、出発!」

 私は勢いよくドアを開け、朝の陽射しのなかに足を踏み出した。
 

     * * *
     

 午前中いっぱい街を歩き回り、私たちは昼前にはなんとか『ことのは堂』に戻ってくることができた。 両手には、それぞれの店を巡ってかき集めた素材たち。黒鉛の粉末に、練りやすい質の良い粘土、そして……運よく見つけた天然ゴムの小さな塊。

「……あの、確認しておきますけど」

 戻るなり、カウンターに置かれた素材の山を見て、サラがため息まじりに問いかけてくる。 

「そのぷにぷにした塊。いったい何に使うつもりなんです? お店の人だって『南方からの交易品だけど使い道がなくて困ってる』って言ってましたよ」

「ふふ、使い道ならあるわ。ちゃんと、ね」

 私は袋の中の素材たちを見つめながら、小さく微笑んだ。

(これだけ揃えば、きっとできるはず)

 私は作業用の陶器皿を取り出し、その上に黒鉛の粉を少しだけ載せた。さらさらとした粉末は光を反射して、ほんのり銀色にきらめいて見える。

「ではさっそく、芯を作ってみようかしら」

 エプロンの紐をきゅっと締め直すと、隣からサラの不安げな声が飛んできた。 

「あの……芯ってなんですか? ……その粉を、どうやって?」

「まあ見てて」

 私は小さく笑って、別の小皿に粘土を適量すくい取った。そしてまずは黒鉛と粘土を7:3の割合で混ぜていく。水を加えて、粉が舞わないよう、息を殺しながら、ゆっくりと手で練り合わせる。

「……ミリアンヌ様、手が真っ黒になってますけど。本当にそれ、大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫。あとでちゃんと洗えば落ちるわ」

 しっとりとした質感になるまで練り終えたら、今度はそれを掌で転がしながら細長い棒状に整えていく。

「こんな感じで……何本か作っておこうかしら」

「ええと、それは……武器か何かですか?」

「ううん。これは文字を書くための『芯』よ。まだ完成じゃないけど」

「書くため? だってインクもペン先も使ってませんよ?」

 真面目な顔で首をかしげるサラの様子が可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。 

「ふふっ、そうなの。インクを使わずに書ける道具って、便利じゃない?」

「またそういう妙なことを考えて。……でも、ほんとにそんな物が作れるのなら、すごい大発明ですね」

 私はその横で、黒鉛と粘土の配合を少しずつ変えながら、何本かの芯をこねていった。

「芯の硬さも、黒鉛の割合で変えられるはずなの。焼いた後に、どれが一番書きやすいか比べてみようと思って」

 サラは呆れ顔をしつつ、手際よく芯を乾燥用の板に並べていく。なんだかんだで率先して手伝ってくれるんだから、本当に優しい人だ。    

 さて、あとは乾燥ね。
 芯が湿ったままだと、焼いている途中でひび割れてしまう。私は芯を並べた板を、陽当たりのいい窓辺にそっと置いた。

(午後には、ある程度乾いてくれるといいけれど……)


     * * *
     

 芯を焼いてもらう窯元は、『ことのは堂』から歩いて数分。路地を抜けた先にある。乾燥を終えた芯をそっと抱えて、私たちはその窯元を訪れた。

 職人のオルフェさんとは、以前に陶器製のペン立てを頼んだときからの顔見知りだ。

「……で、これを焼けって?」

 芯をじろりと眺めながら、オルフェさんが眉をひそめる。  

「ええ、大発明になる予定の品なので、できれば慎重にお願いしますね」

 自信たっぷりにそう言ったのは——なぜか私ではなく、隣のサラだった。

「ほう、大発明ねぇ……」

 オルフェさんは呆れたように笑いながらも、芯を手に取り、しげしげと観察する。  

「ふむ……軽く素焼きってとこだな。温度はあまり上げずに様子見た方がよさそうだ」

「焼き時間は……そうだな、小一時間もあれば十分か」

 彼は経験から焼き方を見極めると、小さくうなずいた。 

「ちょっと立て込んでるが、夕方には焼き上げておいてやるよ」

「ありがとうございます!」 

 オルフェさんの手に託された芯を見送りながら、私は胸の奥がわずかに高鳴るのを感じていた。
    

     * * *  
  

 日も傾きかけたころ、『ことのは堂』に戻ってきた私たちの手には、小さな包み。中には、しっかりと焼き上がり、ほんのり鈍い光を帯びた芯たちが、整然と並んでいた。

「……ちゃんと焼き上がってる」

 私は芯を一本そっと取り出し、手のひらで転がす。手触りはさらりとしていて、強度も申し分ない。

「すごい! うまくいったわ。あとは、これに紙を巻けば……鉛筆の完成ね」 

 紙巻きには、丈夫で破れにくい紙を用意した。手に馴染むように、あらかじめ細長く切っておいたそれを、芯に巻きつけて糊付けしていく。
 一本、また一本。黙々と作業を進めるうちに、あたりはすっかり静けさに包まれていた。最後の一本を巻き終えたところで、私は手を止め、完成した鉛筆をそっと並べて眺めた。

「……できた」 

 焼き上げた黒い芯に、ほのかに光沢を帯びた紙のボディ。まだ誰も知らない、世界で初めての鉛筆たち。嬉しさと興奮で、思わず声が震えた。
 私は一本を手に取り、ナイフでそっと先端を削る。そして試し書き用の便箋に、すっと線を引いてみる。

 柔らかすぎず、固すぎず、さらりと走る滑らかな線。インクの匂いもなければ、乾くのを待つ必要もない。少し手が黒くなるけれど、それを差し引いても、十分すぎるほど便利な道具だ。

「ミリアンヌ様、それ……本当にインクを使ってないんですよね? なのに、こんなに……!」

 隣で見ていたサラが、目を丸くしている。

「うん。すごいでしょ?」 

 私が笑って見せると、サラはぽつりとつぶやいた。

「……これ、文具店どころか王立学苑にも置かれるレベルの発明ですよ……」

 私は照れくさくなって、視線をそらす。けれど、その頬はふわりとゆるんでいた。 

「でも……これで終わりじゃないのよね」 

 私は小さくつぶやいて、傍らに置いていた天然ゴムの塊を手に取った。ナイフで小さく切り出しながら、ぼんやりとした記憶をたぐる。

(たしか……消しゴムの始まりは、天然ゴムだったはず)

 試し書きした便箋を引き寄せ、私はそっと、さきほど書いた線の端をこすってみる。

「……あっ」

 息をのんだのはサラだった。私も、目を見開いた。線が少しずつ、だが確実に、消えていく。紙が破れることもなく、黒色がふわりと薄れていく。

「……ちゃんと、消えてる」 

 驚きと、じんわり込み上げる嬉しさに、思わず笑みがこぼれた。

「ミリアンヌ様! ほんとうに、すごいです、これ……!」 

 サラがぽつりと、目を見開いたまま呟く。私は、そっと天然ゴムを置いて、うなずいた。

「……まだまだ改良の余地はあるけれど」

 消えた線の跡を見つめながら、私は静かに息をつく。

「とりあえず、消しゴムとしては——ちゃんと、使えるわね」

 そう言って、私は机の上に並んだ鉛筆と小さなゴム片を、もう一度そっと見つめた。私が作った、この世界で初めての鉛筆と消しゴム。どちらも、誰もまだ知らない、新しい「道具」だ。

(これがあれば、もっと気軽に、もっと自由に文が書ける)

 自然と、口元がほころぶ。

「これ、鉛筆と消しゴムのセットにして売り出せば……きっと役に立つわ」

 脳裏に浮かんだのは、あの日やってきた、見習いの青年の顔。

「ふふ、早く試してもらいたいわね」
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男装獣師と妖獣ノエル ~騎士団で紅一点!? 幼馴染の副隊長が過保護です~

百門一新
恋愛
幼い頃に両親を失ったラビィは、男装の獣師だ。実は、動物と話せる能力を持っている。この能力と、他の人間には見えない『黒大狼のノエル』という友達がいることは秘密だ。 放っておかないしむしろ意識してもらいたいのに幼馴染枠、の彼女を守りたいし溺愛したい副団長のセドリックに頼まれて、彼の想いに気付かないまま、ラビは渋々「少年」として獣師の仕事で騎士団に協力することに。そうしたところ『依頼』は予想外な存在に結び付き――えっ、ノエルは妖獣と呼ばれるモノだった!? 大切にしたすぎてどう手を出していいか分からない幼馴染の副団長とチビ獣師のラブ。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

愛のない結婚のはずでしたのに、気づけば独占溺愛されていました

しおしお
恋愛
白い結婚――愛のない政略婚、そう思っていたのに。 命を懸けて守ってくれたその瞬間、私たちの運命は変わった。   公爵令嬢リヴィアは、王太子エルクレインとの『白い結婚』を受け入れた。 政略のため、愛などいらない。ただ静かに役目を果たすだけ。 ――そう、心に決めていたはずだった。   けれど王宮では、リヴィアを妬む者たちの陰謀が渦巻いていた。 毒、罠、裏切り……次々と襲いかかる危機。 そのすべてからリヴィアを守るため、エルクレインは剣を抜く。   「お前だけは、絶対に手放さない」   次第に明かされる、王太子の真っ直ぐな想い。 仮初めの夫婦だったはずの二人は、やがて互いにかけがえのない存在となっていく。   政略のためだけに結ばれた“白い結婚”は、 いつしか真実の愛へと姿を変え―― これは、運命を超えて結ばれる、王太子と公爵令嬢の純愛物語。   裏切り者たちへのざまぁもたっぷり! 契約結婚から始まる、甘くて強い“本物の愛”を描いた王宮ラブストーリー。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

【完結】 「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります

廻り
恋愛
羊獣人の伯爵令嬢リーゼル18歳には、双子の兄がいた。 二人が成人を迎えた誕生日の翌日、その兄が突如、行方不明に。 リーゼルはやむを得ず兄のふりをして、皇宮の官吏となる。 叙任式をきっかけに、リーゼルは皇帝陛下の目にとまり、彼の侍従となるが。 皇帝ディートリヒは、リーゼルに対する重大な悩みを抱えているようで。

処理中です...