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第四章 双冠の英雄
第107話 森より戻りて
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午後の陽が傾きかけた頃、フェルシアの里の門番が少し慌ただしく動いているのが見えた。
俺が気づいたときには何人かの住人が小道へ集まっていた。
——まさか、と胸が騒ぐ。俺は作業中だった水路修繕の手を止めて門へ向かって駆けた。
そして、そこに立っていたのは——。
「……セリス!」
長い栗色の髪を風になびかせ、少し埃っぽい旅装束のまま、セリスが穏やかに微笑んでいた。
「お久しぶりです、カイン殿。……戻りました」
その言葉が胸にまっすぐ届いた。俺が言葉に詰まっている間にセリスはゆっくりと歩み寄り、柔らかな声で続けた。
「この里の空気、やはり落ち着きますね。……帰る場所があるというのは幸せなことだと改めて感じました」
「……よく無事で帰ってきてくれたな」
俺が言うとセリスは目を細め、静かにうなずいた。
「お伝えしたいことがございます。リゼリア様にも、お耳に入れておきたくて」
「わかった。案内する」
庁舎の一室でリゼリアと俺、カズエル、そしてエルンとルナも同席する中、セリスは静かに椅子に腰を下ろした。その表情は凛としていたが旅の疲れと長い緊張がその奥に見え隠れしていた。
「まずはご報告を。……森の追放命令についてですが、いまだ正式には解かれておりません」
場の空気がわずかに沈む。
「ですが、完全に拒絶されたわけではありません。……変化の兆しがありました」
リゼリアが静かに促すようにうなずく。
「詳しく、お願いします」
「はい。私はエルフェンリートの森の議会にて、カイン殿がなされた功績——魔族の侵攻を防ぎ、ドワーフと信頼を築き、フェルシアを守られたことを伝えました。追放されるべき存在ではなく、むしろこの世界に平穏をもたらした存在であると」
セリスの声には揺るがぬ信念が込められていた。
「ですが、保守派の長老たちは依然として警戒を崩しておりません。特にヴィンドール様は異界の知識そのものを秩序を乱す脅威と考えておられます」
「……そうか」
俺は静かにうなずいた。そう簡単には変わらないとわかっていた。それでも——。
「ただ、第二王子のレオンハルト様はカイン殿の行いを高く評価してくださいました。『真にこの世界で生きる者であれば、出自に関わらず迎えるべき』と、はっきりと」
リゼリアがわずかに目を見開いた。
「……それは大きな前進ですね」
「はい。追放が直ちに撤回されるわけではありませんが、希望が見えました。森の中にも確かに風が吹き始めているのを感じました」
俺はカズエルに目を向ける。彼は何も言わずにうなずいた。まるで俺の心情を察してくれているかの様だった。
話が終わるとセリスは安堵したように肩の力を抜いた。
「……緊張してしまいました。……でも、皆様の顔を見た瞬間に、すっと気持ちが軽くなりました」
「本当にお疲れさまだ」
俺がそう言うと、エルンが微笑んでセリスの隣に座り、手を取った。
「よく帰ってきてくれました、セリス」
「ルナも、待ってたよ」
ルナの明るい声にセリスが照れくさそうに笑った。
ふと、リゼリアが俺の方を見た。
「カイン。……いいえ、賢者様。あらためて問います。あなたはこの世界に生きる意思を持っていますか?」
問われた瞬間、俺の中に言葉が浮かんでいた。何のためらいもなく、真っすぐに。
「俺はここで生きていく。異なる世界から来た者でも、ここで出会った仲間たちと共に道を作っていく。俺自身の意思で、この世界を守りたいと、そう思っている」
沈黙が訪れ、やがてそれは柔らかな拍手と微笑みに変わった。
リゼリアはゆっくりと立ち上がり、静かに頭を下げた。
「……その決意、確かに受け取りました。あなたの歩む未来に風と理が寄り添わんことを」
その日、春を告げる柔らかな風が森から里へと吹き抜けていった。それはまるで、過去の拒絶を洗い流し、未来の祝福を運ぶかのようだった。
俺は今、信頼できる仲間たちと同じ地に立っている。この世界で共に進む者たちと——。
第四章・完
俺が気づいたときには何人かの住人が小道へ集まっていた。
——まさか、と胸が騒ぐ。俺は作業中だった水路修繕の手を止めて門へ向かって駆けた。
そして、そこに立っていたのは——。
「……セリス!」
長い栗色の髪を風になびかせ、少し埃っぽい旅装束のまま、セリスが穏やかに微笑んでいた。
「お久しぶりです、カイン殿。……戻りました」
その言葉が胸にまっすぐ届いた。俺が言葉に詰まっている間にセリスはゆっくりと歩み寄り、柔らかな声で続けた。
「この里の空気、やはり落ち着きますね。……帰る場所があるというのは幸せなことだと改めて感じました」
「……よく無事で帰ってきてくれたな」
俺が言うとセリスは目を細め、静かにうなずいた。
「お伝えしたいことがございます。リゼリア様にも、お耳に入れておきたくて」
「わかった。案内する」
庁舎の一室でリゼリアと俺、カズエル、そしてエルンとルナも同席する中、セリスは静かに椅子に腰を下ろした。その表情は凛としていたが旅の疲れと長い緊張がその奥に見え隠れしていた。
「まずはご報告を。……森の追放命令についてですが、いまだ正式には解かれておりません」
場の空気がわずかに沈む。
「ですが、完全に拒絶されたわけではありません。……変化の兆しがありました」
リゼリアが静かに促すようにうなずく。
「詳しく、お願いします」
「はい。私はエルフェンリートの森の議会にて、カイン殿がなされた功績——魔族の侵攻を防ぎ、ドワーフと信頼を築き、フェルシアを守られたことを伝えました。追放されるべき存在ではなく、むしろこの世界に平穏をもたらした存在であると」
セリスの声には揺るがぬ信念が込められていた。
「ですが、保守派の長老たちは依然として警戒を崩しておりません。特にヴィンドール様は異界の知識そのものを秩序を乱す脅威と考えておられます」
「……そうか」
俺は静かにうなずいた。そう簡単には変わらないとわかっていた。それでも——。
「ただ、第二王子のレオンハルト様はカイン殿の行いを高く評価してくださいました。『真にこの世界で生きる者であれば、出自に関わらず迎えるべき』と、はっきりと」
リゼリアがわずかに目を見開いた。
「……それは大きな前進ですね」
「はい。追放が直ちに撤回されるわけではありませんが、希望が見えました。森の中にも確かに風が吹き始めているのを感じました」
俺はカズエルに目を向ける。彼は何も言わずにうなずいた。まるで俺の心情を察してくれているかの様だった。
話が終わるとセリスは安堵したように肩の力を抜いた。
「……緊張してしまいました。……でも、皆様の顔を見た瞬間に、すっと気持ちが軽くなりました」
「本当にお疲れさまだ」
俺がそう言うと、エルンが微笑んでセリスの隣に座り、手を取った。
「よく帰ってきてくれました、セリス」
「ルナも、待ってたよ」
ルナの明るい声にセリスが照れくさそうに笑った。
ふと、リゼリアが俺の方を見た。
「カイン。……いいえ、賢者様。あらためて問います。あなたはこの世界に生きる意思を持っていますか?」
問われた瞬間、俺の中に言葉が浮かんでいた。何のためらいもなく、真っすぐに。
「俺はここで生きていく。異なる世界から来た者でも、ここで出会った仲間たちと共に道を作っていく。俺自身の意思で、この世界を守りたいと、そう思っている」
沈黙が訪れ、やがてそれは柔らかな拍手と微笑みに変わった。
リゼリアはゆっくりと立ち上がり、静かに頭を下げた。
「……その決意、確かに受け取りました。あなたの歩む未来に風と理が寄り添わんことを」
その日、春を告げる柔らかな風が森から里へと吹き抜けていった。それはまるで、過去の拒絶を洗い流し、未来の祝福を運ぶかのようだった。
俺は今、信頼できる仲間たちと同じ地に立っている。この世界で共に進む者たちと——。
第四章・完
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