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第十一章 混沌の使徒
第194話 知の殿堂へ
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王都の屋敷での作戦会議から一夜が明けた。
朝日が差し込む王都の正門前には、王家の紋章が刻まれた豪奢な馬車と、武装した近衛騎士団の一小隊が整列していた。
俺たち六人の旅立ちは、これまでの隠れるような移動とは異なり、国の未来を背負う英雄の出陣として扱われていた。
「準備はいいな、皆」
俺が問いかけると仲間たちはそれぞれの武器や荷物を握りしめ、無言でうなずいた。その瞳に迷いの色は一切ない。
出発の直前、騎士団長が俺の前に歩み出て、恭しく敬礼した。
「カイン様。国王陛下より、『君たちの勇気と決断に王国の未来を託す。どうか、生きて帰還されよ』との伝言を預かっております。我らは街道の尽きる場所まで、全霊をもってお守りいたします」
その言葉を聞いた瞬間、セリスがハッとして背筋を伸ばし、王宮の方角へ向かって深く一礼した。かつて仕えた主君からの信頼が、彼女の剣をより強く、鋭く研ぎ澄ませたのが分かった。
俺たちはその言葉の重みをしっかりと受け止め、騎士たちの先導で馬車に乗り込み、多くの市民に見送られながら王都を後にした。
目指すは世界の理を探求する者たちが集う場所。『学術都市』。ロルディアから見て南西に位置する、孤立した知の殿堂だ。
旅の前半は順調だった。
整備された石畳の街道を馬車は軽快に進み、ロルディア領の穀倉地帯を西へと進んでいく。窓の外を流れるのどかな田園風景は、これから向かう場所の殺伐さを一時忘れさせてくれた。
だが、南西の国境を越え、広大な岩石地帯の麓にある街道の終着点に差し掛かると、景色は一変した。
ここから先は馬車の車輪が通れない、風化した岩が続く不毛の荒野と起伏の激しい丘陵地帯が続いている。
「ここでお別れです、カイン様。ご武運を」
騎士団長に見送られ、俺たちは馬車を降りた。ここからは己の足だけで進まなければならない。
護衛たちが引き上げ、周囲に静寂が戻ると、空気がピンと張り詰めたものに変わった。
「さて……ここからは俺たちの領域だな」
レオナルドが双剣の位置を確かめながら言うと、自然と隊列が組まれた。
隊列の先導は地形と道のりを熟知しているカズエルが担う。
先頭のカズエルのすぐ後ろを、レオナルドとセリスの二人の剣士が固め、互いに言葉を交わさずとも、阿吽の呼吸で周囲の気配を探り、岩場を乗り越えながら道を切り開いていく。
その後ろに俺。そして、後方を警戒するようにエルンとルナが続く。
荒野は険しく、日中の日差しと夜間の冷え込みが激しい過酷なものだった。
その夜、岩陰の開けた場所で野営をすることになった。
焚き火を囲み、カズエルは炎を見つめながら口を開いた。炎に照らされた彼の横顔は、いつもの飄々としたものではなく、どこか苦々しい記憶を噛み締めているようだった。
「この丘陵地帯を越えれば、じきに『学術都市』の領域だ。あそこはどの国にも属さない中立都市だが、その門は全ての者に開かれているわけではない。入るには相応の資格か、あるいは紹介状が必要になる」
「お前の神官見習いの身分で入れるのか?」
俺が尋ねると、カズエルは自嘲気味に笑った。
「ああ、問題ない。だが、都市の中では常に誰かに見られていると思ってくれ。奴らは異物を観察し、分析することに長けている。俺たちの行動は筒抜けになる可能性が高い」
かつて実験動物のように観察されていたという彼の言葉に空気が張り詰める。
「混沌の使徒……か」
レオナルドが焚き火に薪をくべながら、低い声でつぶやく。
「奴らの真の恐ろしさは直接的な戦闘力じゃない。人の心を操り、社会のルールそのものを利用して、じわじわと毒のように侵食してくる、その知性だ」
カズエルの警告にエルンが自身のローブを強く握りしめ、険しい表情を浮かべる。
「精霊の力を信じない者たちが、人の心という、最も繊細で神聖な領域をもてあそぶなど……決して、許されることではありません」
「うん、ルナ、そういうの絶対ゆるさない!」
ルナもまた、怒ったように拳を振り上げた。
俺たちは互いの顔を見合わせ、静かにうなずいた。これから戦う相手は力だけでは決して屈しない。そのことを改めて肝に銘じた。
***
さらに二日ほど歩き続け、俺たちが起伏の激しい丘を登りきろうとした時だった。
周囲の風景が唐突に変わった。
「……なんだ、これは」
先頭から少し下がっていたセリスが、気味の悪いものでも見るような目で周囲を見渡し、つぶやいた。
足元の乾いた土は完全に平らにならされ、周囲の岩や低木が、まるで定規で測ったかのように等間隔に、そして完璧な螺旋を描くように配置されているのだ。近くを流れる水路ですら人工的に設計されたかのように、幾何学的なカーブを描いていた。
「……気持ち悪いですね。ここには、自然な精霊の息吹がありません。全てが何かの力で矯正されているような……」
エルンが顔をしかめ、自分の腕をさする。この不毛の荒野を無理やり完璧な庭園に変えたかのような人工的な「完璧さ」は、生理的な嫌悪感を催すものなのだろう。
「……都市の結界の影響だ」
カズエルが重々しく言った。彼がこの異常な風景を誰よりも知っていることが、重く響いた。
「アーカイメリアは、その強大な理式魔術で、周囲一帯の自然法則にすら干渉している。秩序と調和。それが、奴らの掲げる表向きの理想だからな」
だが、その完璧すぎる秩序は、どこか生命力を感じさせず、かえって不気味な威圧感を放っていた。
不自然に整備された道を登りきり、俺たちはついに高台の頂に立った。
眼下に広がる光景に全員が息を呑んだ。
霧の晴れ間、巨大な岩石盆地の中心に、白亜の都市が静かに鎮座していた。
天を突くほどに高い、いくつもの象牙の塔。塔と塔の間を結ぶ、水晶のように透き通った橋。そして、都市全体が、まるで巨大な精密機械のように寸分の狂いもなく設計されている。
それはあまりにも美しく、そして、あまりにも人間離れした冷徹な光景だった。
「……あれが」
誰かが、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。美しさへの感嘆ではない。底知れぬ巨大な敵意への戦慄だ。
「ああ」
カズエルが言った。その声は低く、かつて自分が閉じ込められていた檻を見るような、冷たい憎悪が混じっていた。
「学術都市アーカイメリア。世界の叡智が集う場所。そして……」
彼はその白亜の塔々を睨みつけるように見据えた。
「俺たちがこれから戦う、偽りの叡智の巣窟だ」
朝日が差し込む王都の正門前には、王家の紋章が刻まれた豪奢な馬車と、武装した近衛騎士団の一小隊が整列していた。
俺たち六人の旅立ちは、これまでの隠れるような移動とは異なり、国の未来を背負う英雄の出陣として扱われていた。
「準備はいいな、皆」
俺が問いかけると仲間たちはそれぞれの武器や荷物を握りしめ、無言でうなずいた。その瞳に迷いの色は一切ない。
出発の直前、騎士団長が俺の前に歩み出て、恭しく敬礼した。
「カイン様。国王陛下より、『君たちの勇気と決断に王国の未来を託す。どうか、生きて帰還されよ』との伝言を預かっております。我らは街道の尽きる場所まで、全霊をもってお守りいたします」
その言葉を聞いた瞬間、セリスがハッとして背筋を伸ばし、王宮の方角へ向かって深く一礼した。かつて仕えた主君からの信頼が、彼女の剣をより強く、鋭く研ぎ澄ませたのが分かった。
俺たちはその言葉の重みをしっかりと受け止め、騎士たちの先導で馬車に乗り込み、多くの市民に見送られながら王都を後にした。
目指すは世界の理を探求する者たちが集う場所。『学術都市』。ロルディアから見て南西に位置する、孤立した知の殿堂だ。
旅の前半は順調だった。
整備された石畳の街道を馬車は軽快に進み、ロルディア領の穀倉地帯を西へと進んでいく。窓の外を流れるのどかな田園風景は、これから向かう場所の殺伐さを一時忘れさせてくれた。
だが、南西の国境を越え、広大な岩石地帯の麓にある街道の終着点に差し掛かると、景色は一変した。
ここから先は馬車の車輪が通れない、風化した岩が続く不毛の荒野と起伏の激しい丘陵地帯が続いている。
「ここでお別れです、カイン様。ご武運を」
騎士団長に見送られ、俺たちは馬車を降りた。ここからは己の足だけで進まなければならない。
護衛たちが引き上げ、周囲に静寂が戻ると、空気がピンと張り詰めたものに変わった。
「さて……ここからは俺たちの領域だな」
レオナルドが双剣の位置を確かめながら言うと、自然と隊列が組まれた。
隊列の先導は地形と道のりを熟知しているカズエルが担う。
先頭のカズエルのすぐ後ろを、レオナルドとセリスの二人の剣士が固め、互いに言葉を交わさずとも、阿吽の呼吸で周囲の気配を探り、岩場を乗り越えながら道を切り開いていく。
その後ろに俺。そして、後方を警戒するようにエルンとルナが続く。
荒野は険しく、日中の日差しと夜間の冷え込みが激しい過酷なものだった。
その夜、岩陰の開けた場所で野営をすることになった。
焚き火を囲み、カズエルは炎を見つめながら口を開いた。炎に照らされた彼の横顔は、いつもの飄々としたものではなく、どこか苦々しい記憶を噛み締めているようだった。
「この丘陵地帯を越えれば、じきに『学術都市』の領域だ。あそこはどの国にも属さない中立都市だが、その門は全ての者に開かれているわけではない。入るには相応の資格か、あるいは紹介状が必要になる」
「お前の神官見習いの身分で入れるのか?」
俺が尋ねると、カズエルは自嘲気味に笑った。
「ああ、問題ない。だが、都市の中では常に誰かに見られていると思ってくれ。奴らは異物を観察し、分析することに長けている。俺たちの行動は筒抜けになる可能性が高い」
かつて実験動物のように観察されていたという彼の言葉に空気が張り詰める。
「混沌の使徒……か」
レオナルドが焚き火に薪をくべながら、低い声でつぶやく。
「奴らの真の恐ろしさは直接的な戦闘力じゃない。人の心を操り、社会のルールそのものを利用して、じわじわと毒のように侵食してくる、その知性だ」
カズエルの警告にエルンが自身のローブを強く握りしめ、険しい表情を浮かべる。
「精霊の力を信じない者たちが、人の心という、最も繊細で神聖な領域をもてあそぶなど……決して、許されることではありません」
「うん、ルナ、そういうの絶対ゆるさない!」
ルナもまた、怒ったように拳を振り上げた。
俺たちは互いの顔を見合わせ、静かにうなずいた。これから戦う相手は力だけでは決して屈しない。そのことを改めて肝に銘じた。
***
さらに二日ほど歩き続け、俺たちが起伏の激しい丘を登りきろうとした時だった。
周囲の風景が唐突に変わった。
「……なんだ、これは」
先頭から少し下がっていたセリスが、気味の悪いものでも見るような目で周囲を見渡し、つぶやいた。
足元の乾いた土は完全に平らにならされ、周囲の岩や低木が、まるで定規で測ったかのように等間隔に、そして完璧な螺旋を描くように配置されているのだ。近くを流れる水路ですら人工的に設計されたかのように、幾何学的なカーブを描いていた。
「……気持ち悪いですね。ここには、自然な精霊の息吹がありません。全てが何かの力で矯正されているような……」
エルンが顔をしかめ、自分の腕をさする。この不毛の荒野を無理やり完璧な庭園に変えたかのような人工的な「完璧さ」は、生理的な嫌悪感を催すものなのだろう。
「……都市の結界の影響だ」
カズエルが重々しく言った。彼がこの異常な風景を誰よりも知っていることが、重く響いた。
「アーカイメリアは、その強大な理式魔術で、周囲一帯の自然法則にすら干渉している。秩序と調和。それが、奴らの掲げる表向きの理想だからな」
だが、その完璧すぎる秩序は、どこか生命力を感じさせず、かえって不気味な威圧感を放っていた。
不自然に整備された道を登りきり、俺たちはついに高台の頂に立った。
眼下に広がる光景に全員が息を呑んだ。
霧の晴れ間、巨大な岩石盆地の中心に、白亜の都市が静かに鎮座していた。
天を突くほどに高い、いくつもの象牙の塔。塔と塔の間を結ぶ、水晶のように透き通った橋。そして、都市全体が、まるで巨大な精密機械のように寸分の狂いもなく設計されている。
それはあまりにも美しく、そして、あまりにも人間離れした冷徹な光景だった。
「……あれが」
誰かが、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。美しさへの感嘆ではない。底知れぬ巨大な敵意への戦慄だ。
「ああ」
カズエルが言った。その声は低く、かつて自分が閉じ込められていた檻を見るような、冷たい憎悪が混じっていた。
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