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第十四章 鋼の誓いと禁断の火
第249話 世界の天秤
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「……奴は俺たちと同じ、異世界と関わりのある存在……?」
俺が絞り出したその言葉は答えではなく、さらなる深淵への問いかけだった。
談話室は戦慄に満ちた静寂に支配されていた。俺たちが戦ってきた相手はこの世界の理の外から全てを弄んでいたのかもしれない。その底知れない事実に仲間たちは言葉を失っている。
「……待て」
その静寂を破ったのはカズエルだった。
彼の視線は俺が握りしめている書簡に、再び鋭く注がれていた。
「……カイン、その手紙、まだ裏があるぞ」
「え……?」
俺ははっとしたように震える手で羊皮紙を裏返した。
そこには一行、追伸のように、しかし、これまでのどの言葉よりも冷たく、残酷な一文が記されていた。
『追伸:この対消滅という禁断の果実の存在はすでに、エルフの森の長老会、ロルディア王国のレオンハルト王、そして、君たちが会ってきたであろう、魔族領の有力者にも、私の名において、親切に伝えておいた。
ドワーフ一国だけが、この世界の全てを滅ぼしうる絶対的な力を手に入れようとしている。この状況を彼らはどう思うだろうか?
そして、双冠の英雄である君はこの世界の天秤を前にして、どちらの皿に、その正義を乗せるのか。とても興味深い』
読み終えた瞬間、俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。
怒りではない。恐怖でもない。
ただ、絶対的な、どうしようもないほどの無力感。
「……情報、だと……?」
レオナルドが戦士としての本能で、その言葉の持つ本当の恐ろしさを理解したのだろう。彼の声がかすかに震えていた。
「奴はただ、兵器のヒントを与えただけではない。その情報を世界中に拡散させ、国家間の猜疑心と恐怖を煽ったというのか……! これはもはや、戦ですらない。……世界そのものを人質に取った脅迫だ!」
「なんてことを……」
セリスの顔が青ざめていく。
「エルフの森の、あの保守的な長老たちが、この事実を知れば……! 彼らはドワーフを『世界の秩序を破壊する脅威』と断じ、即座に同盟の破棄、あるいは先制攻撃すら主張しかねません!」
「ロルディアのレオンハルト王も、民の平和を第一に考える方。ドワーフとの間に見過ごせない亀裂が生まれてしまう……」
エルンもまた、最悪の外交的結末を予測し、唇を噛みしめた。
セイオンは剣も、魔法も、何一つ使ってはいなかった。
ただ、一つの情報を、最も効果的なタイミングで世界にばらまいただけ。
それだけで、俺たちが必死に繋ぎとめてきた国々の信頼関係を根底から破壊しようとしていた。
「……分かったぞ、奴の狙いが」
カズエルが静かに、心の底からの嫌悪を込めて言った。
「奴は俺たちに選択を迫っているんだ。ドワーフの絶対的な力を、このまま見過ごすのか。それとも、世界の平和のために、友であるドワーフたちを裏切るのか。……どちらを選んでも、待っているのは破滅的な戦争だ。俺たち自身を、その引き金に仕立て上げる。それこそが、奴の描いた最悪のシナリオなんだ」
そうだ。
俺たちは、セイオンが用意した巨大な天秤の上に無理やり乗せられてしまったのだ。
片方の皿には、友であるドワーフとの絆と彼らの国の未来。
もう片方の皿には、世界の国々の平和と秩序。
どちらかを選べば、もう一方は必ず地に落ちる。
「……ひどいよ」
ルナが涙を浮かべて、俺のローブを握りしめた。
「どうして、そんなことするの……。カインが、みんなが、あんなに頑張ったのに……!」
その、あまりにも純粋な言葉が、俺の心に深く突き刺さった。
俺は何も答えられなかった。
ただ、この世界を覆い尽くそうとしている、あまりにも巨大で、そして、知的な悪意の存在を前に、立ち尽くすことしかできなかった。
混沌の使徒が仕掛けた世界を巻き込む争い。
それは武器を取る戦いではなく、人の心と世界の理そのものを秤にかける、残酷なゲームだったのだ。
俺が絞り出したその言葉は答えではなく、さらなる深淵への問いかけだった。
談話室は戦慄に満ちた静寂に支配されていた。俺たちが戦ってきた相手はこの世界の理の外から全てを弄んでいたのかもしれない。その底知れない事実に仲間たちは言葉を失っている。
「……待て」
その静寂を破ったのはカズエルだった。
彼の視線は俺が握りしめている書簡に、再び鋭く注がれていた。
「……カイン、その手紙、まだ裏があるぞ」
「え……?」
俺ははっとしたように震える手で羊皮紙を裏返した。
そこには一行、追伸のように、しかし、これまでのどの言葉よりも冷たく、残酷な一文が記されていた。
『追伸:この対消滅という禁断の果実の存在はすでに、エルフの森の長老会、ロルディア王国のレオンハルト王、そして、君たちが会ってきたであろう、魔族領の有力者にも、私の名において、親切に伝えておいた。
ドワーフ一国だけが、この世界の全てを滅ぼしうる絶対的な力を手に入れようとしている。この状況を彼らはどう思うだろうか?
そして、双冠の英雄である君はこの世界の天秤を前にして、どちらの皿に、その正義を乗せるのか。とても興味深い』
読み終えた瞬間、俺は全身から血の気が引いていくのを感じた。
怒りではない。恐怖でもない。
ただ、絶対的な、どうしようもないほどの無力感。
「……情報、だと……?」
レオナルドが戦士としての本能で、その言葉の持つ本当の恐ろしさを理解したのだろう。彼の声がかすかに震えていた。
「奴はただ、兵器のヒントを与えただけではない。その情報を世界中に拡散させ、国家間の猜疑心と恐怖を煽ったというのか……! これはもはや、戦ですらない。……世界そのものを人質に取った脅迫だ!」
「なんてことを……」
セリスの顔が青ざめていく。
「エルフの森の、あの保守的な長老たちが、この事実を知れば……! 彼らはドワーフを『世界の秩序を破壊する脅威』と断じ、即座に同盟の破棄、あるいは先制攻撃すら主張しかねません!」
「ロルディアのレオンハルト王も、民の平和を第一に考える方。ドワーフとの間に見過ごせない亀裂が生まれてしまう……」
エルンもまた、最悪の外交的結末を予測し、唇を噛みしめた。
セイオンは剣も、魔法も、何一つ使ってはいなかった。
ただ、一つの情報を、最も効果的なタイミングで世界にばらまいただけ。
それだけで、俺たちが必死に繋ぎとめてきた国々の信頼関係を根底から破壊しようとしていた。
「……分かったぞ、奴の狙いが」
カズエルが静かに、心の底からの嫌悪を込めて言った。
「奴は俺たちに選択を迫っているんだ。ドワーフの絶対的な力を、このまま見過ごすのか。それとも、世界の平和のために、友であるドワーフたちを裏切るのか。……どちらを選んでも、待っているのは破滅的な戦争だ。俺たち自身を、その引き金に仕立て上げる。それこそが、奴の描いた最悪のシナリオなんだ」
そうだ。
俺たちは、セイオンが用意した巨大な天秤の上に無理やり乗せられてしまったのだ。
片方の皿には、友であるドワーフとの絆と彼らの国の未来。
もう片方の皿には、世界の国々の平和と秩序。
どちらかを選べば、もう一方は必ず地に落ちる。
「……ひどいよ」
ルナが涙を浮かべて、俺のローブを握りしめた。
「どうして、そんなことするの……。カインが、みんなが、あんなに頑張ったのに……!」
その、あまりにも純粋な言葉が、俺の心に深く突き刺さった。
俺は何も答えられなかった。
ただ、この世界を覆い尽くそうとしている、あまりにも巨大で、そして、知的な悪意の存在を前に、立ち尽くすことしかできなかった。
混沌の使徒が仕掛けた世界を巻き込む争い。
それは武器を取る戦いではなく、人の心と世界の理そのものを秤にかける、残酷なゲームだったのだ。
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