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第三章 マチルダさんの好きな人

第23話 マチルダさんの決心

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 この得体のしれない粉を、どうやってマチルダさんに飲んでもらえればいいんだ?
 僕は無い知恵を絞る。
 そうだ。
 何かに混ぜてそれを知らないうちに食べてもらえばいいのでは。
 その作戦でいこう。
 そう決心したのだが、心のなかでモヤモヤとしたものが残る。
 大好きなマチルダさんをだます形で粉を飲ませてもいいのだろうか?
 いいわけがない。
 やっぱり、ちゃんと説明して、マチルダさんが納得して飲んでもらうほうがいい。
 そう思った僕は、あらためてマチルダさんに言った。

「マチルダさんはクローの禁術マヤカシにかかっているんです。それでクローのことが忘れられずにいるんです」

「マルコス、前にも言ったよね。私、マヤカシなんかにかかっていないわ。私は決してクローに操られてなんかいないのよ」

 やっぱり……。
 術をかけられている人は、そのことに気づけないものなんだ。

「いえ、マチルダさんは間違いなく術にかけられています。その証拠に、マチルダさんの頭の中には常にクローがいるのではないですか?」

「それは、術にかけられているからではないわ……」
 そう言うとマチルダさんは声の調子を強めた。
「マルコス、もうこの話題は終わりよ。それ以上訳のわからないことをいうのなら、あなたとはもう絶交よ」

 絶交。
 せっかくマチルダさんと友達としてお付き合いする約束までできたのに。
 ここにきて絶交だなんて……。
 どうすればいいんだ。
 どうすればマチルダさんは分かってくれるんだ。

 そう悩んでいる時、ギルドの扉が開いた。
 入ってきた人物を見て、僕はますます嫌な気持ちになる。
 そこにいたのは、クローだったからだ。
 クローはすぐに僕に気づくと、下品な笑みを浮かべながら近づいてきた。

「よう、逃げ足だけは一人前のクソ冒険者じゃねえか。またマチルダにちょっかいかけているのか?」

「……」

「マチルダ、こいつはなマチルダのことが好きで好きでしかたないんだ。だからはっきりと伝えてやったほうがいいぞ。お前の好きな男が誰なのかを。マチルダ、お前はまだ俺様に惚れているんだろ」
 そういうとクローは得意そうな顔をする。
「なあマチルダ、お前が俺のことを忘れられずにいるのなら、もう一度付き合ってやってもいいぞ。そうすれば、ここにいる女々しいマルコスさんもお前のことをあきらめられるかもしれないからな」

 やはりこいつはクズだ。
 マチルダさんを禁術にかけておいて、よくもまあ……。

「で、今日マルコスは、何と言ってお前に言い寄ってきているんだ?」

「私が、クローに禁術マヤカシをかけられていると言ってるの」

「禁術マヤカシだって?」
 クローは他の冒険者にも聞こえるように大きな声を出した。
「マルコスは、何の証拠もないのに、俺が違法な術を使っていると言っているのか?」

 僕にはマヤカシを使っていることを話しておいて、証拠がないだなんてよくそんなことが言えたものだ。

「じゃあ、クローはマチルダさんにマヤカシなど使っていないと言い切れるんだな」
 僕もみんなに聞こえるように声を高めた。
 みんなの前なら引けなくなるだろうから。

「当たり前だ。何度も同じことを言わせるな!」

「だったら」
 僕は手に持っているものをみんなに見えるように差し出した。
「この粉をマチルダさんに飲んでもらっても大丈夫だな!」

「なんだ、その粉は?」
 クローの言葉に釣られるように、他の冒険者達もこちらに集まってきた。

「マルコス、それは何なんだ?」
 冒険者達が興味深げに輝く粉を見ている。

「これは、レッドドラゴンの角の粉です」
 僕はみんなの前でそう言った。

「レッドドラゴンだと!」
 皆は一斉に声をあげた。

「マルコス、お前、レッドドラゴンと戦ってその角を取ってきたのか?」
 冒険者の一人が驚きの声をあげる。

「はい。倒すのは簡単でしたが、角を取るのに苦労しました」

「倒すのは簡単!」
 ギルド中の冒険者達がざわめき出した。
「レッドドラゴンと言えば、S級指定だぞ。それを簡単だなんて……」

「みんな、だまされてはいけないぞ。マルコスがレッドドラゴンなど倒せるわけないじゃないか。こいつは逃げ足だけしか取り柄のないやつなんだ」
 そう言ったのはクローだった。
「この怪しい粉も、レッドドラゴンの角なんかではないに決まっている」

「でも、この粉、金色に輝いているぞ。こんな粉、今まで見たこともない」

「ああ、ただの粉じゃねえのは一目瞭然だ」

 僕はみんなにも聞こえるようにあらためて言った。
「これは正真正銘レッドドラゴンの角の粉です。マチルダさんの禁術を解くために取ってきたのです。マチルダさん、これを飲んでもらえませんか?」

 僕の声を聞き、年配冒険者の一人が口を開く。
「俺は聞いたことあるぞ。レッドドラゴンの角には特殊な力があると。もしマルコスの話が本当なら、仮にマチルダが禁術にかけられていても解けるかもしれないぞ」

「なあ、マチルダ、試しに飲んでみたらどうだ」
 他の冒険者もそんなことを言い出した。

「そうだ。マルコスがここまで言うんだ。飲んでみてもいいかもしれないな」

 ありがたい。
 みんな、僕の話があながちウソではないと思ってくれている。

 あとは……。

「マチルダさん、いきなり得体のしれない粉を飲めと言われて抵抗があるのはわかります。まず、僕がこの粉を飲みます。それで害がないことを証明しますので」
 僕はそう言うと、手に持つ粉の半分を口に入れ、水で流し込んだ。

 金色の粉が体に入ると、僕の体が一瞬金色に輝いた。そしてその光が収まると、僕は以前と何も変わりない状態で立っていることを証明した。
 実は、マチルダさんに変なものは飲ませられないと思い、家でも試しに飲んでいたので、何も害がないことは事前に分かっていたのだ。

「おおっ、マルコスの体が一瞬金色に光ったぞ。マルコス、スキルを使ったのか?」

「いえ、体を輝かすスキルは使ってないです。金の粉を飲むと、なぜか一瞬体が光るんです」

「ほおー」
 みんな興味深そうに僕の話をきいている。
「こんなことが起こるなんて、これ本物のレッドドラゴンの角の粉に違いない。毒ではないこともマルコスが飲んで証明済みだ。なあマチルダ、この粉、飲んでみたらどうだ?」

 そんなみんなの声の中、クローだけが反論する。
「止めておけマチルダ。こんなものを飲む必要なんかないぞ。だいたいお前は禁術なんかにかかっていないんだからな」

「クロー、そんなことを言っていると、逆に怪しまれるぞ。お前が禁術を使ったんじゃないかと逆にみんなに疑われるぞ」
 年配の冒険者がはっきりと言ってくれる。
「クロー、ここはマルコスの言う通り、マチルダに飲んでもらったほうがいいぞ」

 その言葉で、クローは何か考え込むような表情をし、しばらくしてこう言った。
「ふん、どうせこんな粉、大嘘に決まっている……。マチルダ、好きにしていいぞ。お前が飲みたいのなら飲んでみたらいい。そして、禁術などかけられていなかったことを皆の前で示してやれ」

 クローの言葉を聞いたみんなの視線が、マチルダさんに向いた。

「マチルダさん、この粉は決して怪しいものではありません。友達としてお願いします。一度でいいので飲んでいただけませんか」
 そういいながら、心の中でも僕は唱える。

 マチルダさん、飲んでください。
 お願いします。飲むと言ってください。

 やがてマチルダさんの口が開いた。

 そして、こう言ったのだった。

「わかったわ。マルコスがそこまで言うのなら、飲んでみるわ」
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