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タケおに(マゾマゾ)
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午後十時過ぎになっておにいは帰ってきた。
エンジン音はあのスポーツカーだと思うから、ナルセンに送ってもらったらしい。部屋のドアを開けて確認すると、一階で叱られてる。遅くなることを連絡してなかったのだろうけど。
おにいがうっかりするほど白熱してた。
「リッちゃん? 怖い顔してる」
「そーかな?」
「わかるよ。私もそうだったから」
わたしのベッドの中でうつ伏せのミコシーにのし掛かってるヒロヒロの表情は穏やかだ。枕に顔を埋めて鳴き声を消してる可愛い犬がすっかりお気に入りみたい。
「でも、ちゃんと気持ちは届くよ。きっと」
「ありがと」
頷いて、わたしはタケシにメールした。
幼なじみで家は近所、おにいとは男同士、中学で野球部に入ってからはそう遊ぶこともなくなってたけど、二人は親友なんだと思う。
だから、利用することにした。
呼び鈴が鳴る。
「ぅぅんっ」
ミコシーが声を漏らしそうになって赤面した。
「さーて、どーなるか見物だね」
わたしはヒロヒロが持ってきたパソコンで、おにいの部屋にしかけた監視カメラの映像を見つめる。ベッドに潜って、二人とぎゅうぎゅうにくっつきながら男の友情が壊れる瞬間を見物させてもらおう。
「ミコシー、わたしのこと濡らして」
「わん」
切ないほどに小さな声。
その瞳がこれから起こることに乗り気じゃないのを訴えかけてくるけど、涙を舌で舐めとりながら微笑みかけた。ごめんね、犬の可愛さだけじゃ、満足できそうにないから。
『急に来るなんてどうしたんだ?』
『わりぃ。ちょっと話があって』
『オレはちょっと説教されてたとこだったから、助かったけどさ。タケちゃん、オレのこと避けてるかと……』
『別に避けてねぇよ。どっちかっつったら、センの方がおれを避けてた。わかるけどさ』
『わかる、か』
マイクは階段から二人の声を拾ってた。
文芸部の部長さんが用意してくれたセットは高性能みたいだ。普段はヒロヒロに自分の媚態を魅せるのに使っているらしい。どんな映像をやりとりしてるのかいつか見せてもらいたい。参考したいから。
『こうなっちゃ隠すもないからな』
『……』
おにいの部屋のドアが開いて、二人が入ってくる。タケシはあからさまに女子の部屋であることに驚いてた。わたしが教えてたけど、現実として見せられるとショックは大きいと思う。
「く、ぅん」
ミコシーが鳴いた。
「ヒロヒロ、コーフンしすぎだよ」
中でおっきくなったんだ。
「そうかな? そういう趣味はないつもりだけど、やっぱりドキドキする。女装男子が親友を部屋に招くとか、誘ってる感すごい」
「誘ってないからー」
おにいが目の前でタケシを誘惑したりしたら、わたしもちょっと考え直さなきゃいけないかもしれない。そこまでゲイの道に邁進するなら、妹として身を引くことも選択肢には入ってくる。
ないと思うけど。
『女装した時点で、タケちゃんにはバレると思ってた。オレがリツを好きだってことはさ』
おにいが言いながら、座布団を用意する。
『女装する前からわかってたっつーの。おれがリツのことを好きだって言ったときの反応、セン、自覚ないんだろうけど、酷かったぜ?』
『お、覚えてないな』
タケシの言葉に、おにいが動揺する。
「ふーん」
男同士でそんなことを。
「リッちゃんモテモテ」
「わんわん」
ふたりがわたしをつついてくる。
「モテ期ってすっごいね」
考えてみたら、わたし変態にモテすぎ。
『いいけどよ』
タケシは座布団に胡坐でおにいと向かい合う。
『そんで、女装して諦められたのか?』
『わりと。吹っ切れたよ』
おにいは自分を納得させるみたいに頷く。
『だから、成田なんかとデートか?』
『!?』
タケシの言葉に、明らかに驚いてた。
カメラは部屋の天井付近から見下ろすように正座するおにいの背中をとらえていたけど、足先をきゅっと重ねて力を込めたのが見える。
『タケちゃん、なんの話か』
『おれ、今日、あっちの高校と練習試合で見かけたんだよ。それで話をしようと思って来たんだ。センじゃなきゃ、リツってことか? 隣の部屋なんだろ? 呼んできて……』
『オレだ』
おにいはわたしの名前を出されて、すぐ認めた。練習試合の話はウソで、もちろん教えただけなんだけど、追求はしないみたいだ。証拠も求めず、あっさり認める。そういう潔い性格は好きだけど。
わたしの仕業だと気づいたかな?
『でもデートじゃない。個人的に話をしただけだ。担任教師と休みに個人的に出かけるのが非常識なのはわかるけど、男同士だから……』
『女装した時点で、男同士とは言えねぇだろ』
タケシは言い訳を潰す。
『少なくとも、世間はリツだと思うんじゃねぇの? 男同士でデートするような間柄じゃなきゃな? 休みに個人的に話をする関係ってなんだ? 困るんだよ。学校で問題起こされんの。運動部にとっちゃ士気に関わるからさ。わかる? 学校の代表なんだよ。後ろ指さされんのも』
『軽率だった、ごめん』
おにいは謝った。
『もうしない。だからこのことは……』
『おれ以外の野球部も見てんだよ』
タケシは畳みかける。
『他にも……!』
『そいつらを黙らせられるか、って話だ』
タケシはいやらしくタメた。その視線が天井のカメラを見つめたので、わたしはヒヤッとする。おにいに途中で気付かれたら終わりなんだから余裕出してんな、この豚野郎。裸に剥いて外に転がすぞ。
『そこで提案なんだが、リツを野球部にくれねぇか?』
『は?』
おにいの表情は見えなかったけど、声のトーンが変わったのは明らかだった。正座の腰が軽く浮きかけている。たぶん拳も握ってる。
「リッちゃん、センさん怒ってる」
「うう」
ヒロヒロの興奮でミコシーが潰れてた。
「トーゼン」
わたしのこと好きなんだから。
『口止め料だ』
タケシは憎ったらしく言った。
『言っちゃなんだが成田は男の恨みを買ってるぜ? 女子に好かれてるからな。アイツをクビにしたいってヤツは結構いるんだ。おれが言うことでもないけど、リツもそこそこ人気はあった。御子柴と付き合いだしてショック受けてる先輩もいる。そこで、センがリツを説得して野球部の相手をさせればこの件は漏れなくなる』
『相手?』
おにいの声が震えてた。
『大事にするよ。おれだって好きだった女だ。ぶっ壊したりはしないって。無理させないようにきっちり言い含めるからな? セン』
『……』
タケシの言葉に、おにいは答えられなかった。
「それにしてもクズ演技上手いね」
「わわん」
「演技じゃないかも」
わたしは言う。
ご褒美のためならすべてを捨てられるマゾ、それって人間としてはクズだ。そうやって罵倒しても悦ぶだけ、最強だ。豚野郎にプライドはなにもない。敵には回したくないと思う。
だから味方に引き込んだ。
『……それはダメだ』
しばらくの沈黙の後、おにいは言う。
『リツを巻き込まないでくれ。頼む』
座布団を降りて、土下座する。わたしの姿でそんなことをされるとみじめになっちゃうからやめてほしいんだけど、おにいの愛情の現れだと思うと嬉しくもなる。この複雑な気持ち。
好き。
『無理だろ』
タケシは態度悪く言った。
『おれに言ってもどうにもならねぇよ。成田とデートしてたのがセンだと思うヤツなんていねぇんだから。明日の朝練では練習試合に同行しなかった連中にも広まっちまう。それでアウトだ』
『タケちゃん』
おにいが頭を上げる。
『今夜がタイムリミットなんだって、おれのこと酷いヤツだと思ってんだろうけど、むしろ親切なんだぜ? わかってっか? 黙っててもリツは巻き込まれんだ。成田のクビが飛ぶときは、処分されんのはセンかリツかって話だからな』
『……!』
タケシのトドメ。
『成田とセンが正直に事実を告げたとして、それを学校側がそのまま受け入れるかって話だ。教師一人は仕方ないとしても、男子生徒に、それも理数科で校内でもトップクラスの成績のヤツに手を出したなんて、学校の評判には致命傷だろ?』
『妹を庇ってると思われる、か』
おにいがつぶやく。
『だな。双子どっちを残すかは考えるまでもねぇ。マスコミに食いつかれることを考えたら、普通に女子に手を出したことにしといた方が、傷は浅くて済むだろ。女装した男子生徒に手を出したなんて、ギャグにもならねぇよ』
タケシは乾いた笑いを漏らした。
ああ、憎たらしい。
わたしの命令で、こんなにおにいをいじめて、あとでゲシゲシにしてミリミリにしてボコボコにしてビシビシにしてジレジレにしてキリキリにしてあげよう。素晴らしい働きだ。
『オレが……』
おにいが口を開いた。
『ん?』
『オレが、野球部に行けばいいか?』
『あ? なに言って……』
『要するに、満足させれば口止めになるってことだよな? タケちゃん? オレ、やれるよ。部員何人だっけ? 男同士でもさ?』
おにいは、ゆっくりと立ち上がった。
「きましたわん」
ミコシーの犬語が際どい。
エンジン音はあのスポーツカーだと思うから、ナルセンに送ってもらったらしい。部屋のドアを開けて確認すると、一階で叱られてる。遅くなることを連絡してなかったのだろうけど。
おにいがうっかりするほど白熱してた。
「リッちゃん? 怖い顔してる」
「そーかな?」
「わかるよ。私もそうだったから」
わたしのベッドの中でうつ伏せのミコシーにのし掛かってるヒロヒロの表情は穏やかだ。枕に顔を埋めて鳴き声を消してる可愛い犬がすっかりお気に入りみたい。
「でも、ちゃんと気持ちは届くよ。きっと」
「ありがと」
頷いて、わたしはタケシにメールした。
幼なじみで家は近所、おにいとは男同士、中学で野球部に入ってからはそう遊ぶこともなくなってたけど、二人は親友なんだと思う。
だから、利用することにした。
呼び鈴が鳴る。
「ぅぅんっ」
ミコシーが声を漏らしそうになって赤面した。
「さーて、どーなるか見物だね」
わたしはヒロヒロが持ってきたパソコンで、おにいの部屋にしかけた監視カメラの映像を見つめる。ベッドに潜って、二人とぎゅうぎゅうにくっつきながら男の友情が壊れる瞬間を見物させてもらおう。
「ミコシー、わたしのこと濡らして」
「わん」
切ないほどに小さな声。
その瞳がこれから起こることに乗り気じゃないのを訴えかけてくるけど、涙を舌で舐めとりながら微笑みかけた。ごめんね、犬の可愛さだけじゃ、満足できそうにないから。
『急に来るなんてどうしたんだ?』
『わりぃ。ちょっと話があって』
『オレはちょっと説教されてたとこだったから、助かったけどさ。タケちゃん、オレのこと避けてるかと……』
『別に避けてねぇよ。どっちかっつったら、センの方がおれを避けてた。わかるけどさ』
『わかる、か』
マイクは階段から二人の声を拾ってた。
文芸部の部長さんが用意してくれたセットは高性能みたいだ。普段はヒロヒロに自分の媚態を魅せるのに使っているらしい。どんな映像をやりとりしてるのかいつか見せてもらいたい。参考したいから。
『こうなっちゃ隠すもないからな』
『……』
おにいの部屋のドアが開いて、二人が入ってくる。タケシはあからさまに女子の部屋であることに驚いてた。わたしが教えてたけど、現実として見せられるとショックは大きいと思う。
「く、ぅん」
ミコシーが鳴いた。
「ヒロヒロ、コーフンしすぎだよ」
中でおっきくなったんだ。
「そうかな? そういう趣味はないつもりだけど、やっぱりドキドキする。女装男子が親友を部屋に招くとか、誘ってる感すごい」
「誘ってないからー」
おにいが目の前でタケシを誘惑したりしたら、わたしもちょっと考え直さなきゃいけないかもしれない。そこまでゲイの道に邁進するなら、妹として身を引くことも選択肢には入ってくる。
ないと思うけど。
『女装した時点で、タケちゃんにはバレると思ってた。オレがリツを好きだってことはさ』
おにいが言いながら、座布団を用意する。
『女装する前からわかってたっつーの。おれがリツのことを好きだって言ったときの反応、セン、自覚ないんだろうけど、酷かったぜ?』
『お、覚えてないな』
タケシの言葉に、おにいが動揺する。
「ふーん」
男同士でそんなことを。
「リッちゃんモテモテ」
「わんわん」
ふたりがわたしをつついてくる。
「モテ期ってすっごいね」
考えてみたら、わたし変態にモテすぎ。
『いいけどよ』
タケシは座布団に胡坐でおにいと向かい合う。
『そんで、女装して諦められたのか?』
『わりと。吹っ切れたよ』
おにいは自分を納得させるみたいに頷く。
『だから、成田なんかとデートか?』
『!?』
タケシの言葉に、明らかに驚いてた。
カメラは部屋の天井付近から見下ろすように正座するおにいの背中をとらえていたけど、足先をきゅっと重ねて力を込めたのが見える。
『タケちゃん、なんの話か』
『おれ、今日、あっちの高校と練習試合で見かけたんだよ。それで話をしようと思って来たんだ。センじゃなきゃ、リツってことか? 隣の部屋なんだろ? 呼んできて……』
『オレだ』
おにいはわたしの名前を出されて、すぐ認めた。練習試合の話はウソで、もちろん教えただけなんだけど、追求はしないみたいだ。証拠も求めず、あっさり認める。そういう潔い性格は好きだけど。
わたしの仕業だと気づいたかな?
『でもデートじゃない。個人的に話をしただけだ。担任教師と休みに個人的に出かけるのが非常識なのはわかるけど、男同士だから……』
『女装した時点で、男同士とは言えねぇだろ』
タケシは言い訳を潰す。
『少なくとも、世間はリツだと思うんじゃねぇの? 男同士でデートするような間柄じゃなきゃな? 休みに個人的に話をする関係ってなんだ? 困るんだよ。学校で問題起こされんの。運動部にとっちゃ士気に関わるからさ。わかる? 学校の代表なんだよ。後ろ指さされんのも』
『軽率だった、ごめん』
おにいは謝った。
『もうしない。だからこのことは……』
『おれ以外の野球部も見てんだよ』
タケシは畳みかける。
『他にも……!』
『そいつらを黙らせられるか、って話だ』
タケシはいやらしくタメた。その視線が天井のカメラを見つめたので、わたしはヒヤッとする。おにいに途中で気付かれたら終わりなんだから余裕出してんな、この豚野郎。裸に剥いて外に転がすぞ。
『そこで提案なんだが、リツを野球部にくれねぇか?』
『は?』
おにいの表情は見えなかったけど、声のトーンが変わったのは明らかだった。正座の腰が軽く浮きかけている。たぶん拳も握ってる。
「リッちゃん、センさん怒ってる」
「うう」
ヒロヒロの興奮でミコシーが潰れてた。
「トーゼン」
わたしのこと好きなんだから。
『口止め料だ』
タケシは憎ったらしく言った。
『言っちゃなんだが成田は男の恨みを買ってるぜ? 女子に好かれてるからな。アイツをクビにしたいってヤツは結構いるんだ。おれが言うことでもないけど、リツもそこそこ人気はあった。御子柴と付き合いだしてショック受けてる先輩もいる。そこで、センがリツを説得して野球部の相手をさせればこの件は漏れなくなる』
『相手?』
おにいの声が震えてた。
『大事にするよ。おれだって好きだった女だ。ぶっ壊したりはしないって。無理させないようにきっちり言い含めるからな? セン』
『……』
タケシの言葉に、おにいは答えられなかった。
「それにしてもクズ演技上手いね」
「わわん」
「演技じゃないかも」
わたしは言う。
ご褒美のためならすべてを捨てられるマゾ、それって人間としてはクズだ。そうやって罵倒しても悦ぶだけ、最強だ。豚野郎にプライドはなにもない。敵には回したくないと思う。
だから味方に引き込んだ。
『……それはダメだ』
しばらくの沈黙の後、おにいは言う。
『リツを巻き込まないでくれ。頼む』
座布団を降りて、土下座する。わたしの姿でそんなことをされるとみじめになっちゃうからやめてほしいんだけど、おにいの愛情の現れだと思うと嬉しくもなる。この複雑な気持ち。
好き。
『無理だろ』
タケシは態度悪く言った。
『おれに言ってもどうにもならねぇよ。成田とデートしてたのがセンだと思うヤツなんていねぇんだから。明日の朝練では練習試合に同行しなかった連中にも広まっちまう。それでアウトだ』
『タケちゃん』
おにいが頭を上げる。
『今夜がタイムリミットなんだって、おれのこと酷いヤツだと思ってんだろうけど、むしろ親切なんだぜ? わかってっか? 黙っててもリツは巻き込まれんだ。成田のクビが飛ぶときは、処分されんのはセンかリツかって話だからな』
『……!』
タケシのトドメ。
『成田とセンが正直に事実を告げたとして、それを学校側がそのまま受け入れるかって話だ。教師一人は仕方ないとしても、男子生徒に、それも理数科で校内でもトップクラスの成績のヤツに手を出したなんて、学校の評判には致命傷だろ?』
『妹を庇ってると思われる、か』
おにいがつぶやく。
『だな。双子どっちを残すかは考えるまでもねぇ。マスコミに食いつかれることを考えたら、普通に女子に手を出したことにしといた方が、傷は浅くて済むだろ。女装した男子生徒に手を出したなんて、ギャグにもならねぇよ』
タケシは乾いた笑いを漏らした。
ああ、憎たらしい。
わたしの命令で、こんなにおにいをいじめて、あとでゲシゲシにしてミリミリにしてボコボコにしてビシビシにしてジレジレにしてキリキリにしてあげよう。素晴らしい働きだ。
『オレが……』
おにいが口を開いた。
『ん?』
『オレが、野球部に行けばいいか?』
『あ? なに言って……』
『要するに、満足させれば口止めになるってことだよな? タケちゃん? オレ、やれるよ。部員何人だっけ? 男同士でもさ?』
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