ひよっこ神様異世界謳歌記

うちはうち よそはよそ

5

　夢から引っ張り出してくれた張本人は、いつもと変わらず眠そうな目で私の顔を見下ろしている。
　汗あせでおでこに張り付いた髪を指で払い除けられ、脇わきに手を入れられて抱えあげられた。私も私でまだ頭がぼーっとするせいでされるがまま。ちょこんと綾芽の膝ひざの上に座らされた。


「それで？　満足いったん？」
「んー」


　あの夢は伊邪那美様も顔を覗のぞかせる領域だ。と、いうことは、だ。
　これからもあの夢を見る毎ごとにきっと伊邪那美様も現れる。


「その様子だと満足なんかしちゃいねーみてぇだな」
「いざなみさまが、はなしあいてになれって」


　件くだんの女神様の名前を出した途端、夏生さんは書き物を書いていた手を止めたせいで紙に墨すみが大きな円を作り、海斗さんと綾芽は目を大きく見開いた。

　まぁ、そうなるよね。だって、相手は神様の中の神様だもん。
　夢の中に出てくる女の人と話をつける簡単なお仕事のはずが、なんでそんな神話級の神様が出てくるのかと言いたい気持ちはよーっく分かる。


「伊邪那美って、あの冥府の女神か！？」
「そう」


　三者三様、なんてことはなく、皆一様いちように顔をしかめている。

　夏生さんが筆を置き、ちょいちょいと手招てまねきしてきた。
　完全仕事モードの夏生さんに、私も素直に綾芽の膝の上から立ち上がり、夏生さんの隣となりに正座した。身体を少し私の方に向け、厳しい視線を浴あびせてくる夏生さんに、私も知らず知らずのうちにしゃんっと背筋が伸のびた。


「とりあえず、話を整理するぞ。あの女の件はどうなった？」
「いろがしろくて、よくわらって、いちまいうろこみたいなあざがあるこをさがしてるそーです」
「待て。探したいのはお前だろ。報告は主観を交えず、正しく行え」
「あい。すみません。そのこをおもってないてたそーです」


　あいやー失敗失敗。ホウレンソウはとっても大事だものね。
　あと、探し人の特徴とくちょうを忘れないようにメモも忘れず。探しはしたものの、全くの別人だと意味ないからなぁ。忘れっぽいのは自覚済みだもの。


「一枚鱗っていやぁ、おまえもあるよな。あ、でも違うか。よく笑うかって言われると、お前がよく笑うようになったの、最近だもんな」
「ひっどいわぁ。そんなこと、あらへんもんなぁ？」


　海斗さんが冗談じょうだんなのか本気なのか分からない真面目な顔して綾芽に問いかけた。それに綾芽はいつもと変わらない調子で、しかも私に同意を求めてきた。

　海斗さんってば、私も思ったけど声にはしなかったのに。よく笑うかって聞かれると違うんだよねぇ、綾芽の場合は。うまく言えないけど。
　
　それに、どの程度がよく笑うっていうのかも、そもそも人によって捉とらえ方が違うと思うし。そこんところ、今度あの女の人に会った時、名前と一緒に聞いておかなきゃなんないなぁ。

　……とりあえず、いつものお約束。ニヘッと笑って誤魔化した。


「ちょっとお前ら黙だまっとけ！　……で？」


　夏生さんの雷かみなりがピシャリと落ち、二人は大人しく口を噤つぐんだ。


「それで、なまえをきこうとおもったときに、いざなみさまがおいでになって、おんなのひとはどこかにきえちゃいました」
「まぁ、そうなるだろうな。今の死者は大半が閻魔えんまの……地獄じごくの管轄かんかつとはいえ、多大な影響力を持つ」


　夏生さんは腕を組んで目を瞑つむり、なにごとか考え始めた。

　頭のいい夏生さんなら、この状況をどうにか打破だはすべく良い案を考えてくれるは


「冥府の女神の件は、とりあえず保留だ」


　……ず。うぇー。
　さすがの夏生さんでも、この状況はどうにもならなんだか。

　でもまぁ、仕方ないと割り切って、例の子供捜さがしに邁進まいしんするとしよう。


「……あ」
「どうした？」
「あ、ううん。なんでもないです」
「なんかあるんなら早く言えよ？」
「あい」


　そういえば、アノ人あのまま置いてきちゃった。

　……だぁーいじょうぶ、だいじょうぶ。子供じゃないんだし、きっと上手くやれる、はず。一方的ではあるものの、かなり険悪けんあくムードだったけど、なんとかしてくれてる……かなぁ？　

　とーっても心配になってきたけど、ここで戻っちゃったら綾芽が起こしてくれた意味がなくなっちゃう。

　やっぱり、大人の喧嘩けんかの収拾は大人にしっかりつけてもらうべきだよねー。うん、そうだそうだ、そうだとも。だってほら、私、子供だから。見た目幼稚園生ようちえんせいだから。


「見た目だけじゃなくて、精神的にもね」


　ぎゃふん。

　言い返そうとした言葉は、障子を開けて現れた薫くんが持っているものの前では飲み込まされた。

　お盆にのせられた赤い茶碗ちゃわん。その中からはいい匂いがプンプンとしている。


「おしるこっ！」
「また中身を見る前から言い当てて。ほんと鼻がいいというか食い意地が張ってるというか」


　わーい。待ってましたー！
　みんなも一緒にたーべましょ……って、ありゃりゃ。

　夏生さんも綾芽も海斗さんも、一瞬でお汁粉に心奪うばわれた私をもの言いたげに見てくる。けれど、それが口に出されることはない。

　みんな分かってるんだ。私から食という楽しみを奪ったらどうなるか。

　そんなこと……よーっく分かっておいでじゃああるまいか！
　すぐに解決しないだろうと分かっていることだもの。お汁粉を食べる時間くらいは許されるとも。否、許されるべきである！

　と、いうわけで。薫くん。おひとつくーださーいな。