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逃亡聖女③
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マーガレット・アルホワイトは完璧な侯爵令嬢であり、聖女である。
それ以外を求められず。ただ完璧であることを求められて生きてきた。
アルホワイト侯爵家は古くから続く由緒正しき貴族家である。マーガレットの母は女侯爵として領地経営を守り立ててきたが、マーガレットが15歳の時に事故にあい亡くなった。長女として家を継ぐことを期待されたマーガレットに対し、母は厳しかった。幼い頃からマナーや貴族としての常識、領地経営に必要なことを叩き込まれたが、厳しさの裏に確かな愛があった。さらに聖女としての力にわずか2歳にして目覚めてからも、厳しい教育は平行して続いた。
自身も長女として侯爵を継いだ母は、苦労してほしくなくて厳しくしていたのだろう、とマーガレットは理解していた。そんな母が急に亡くなり、今まで母の陰であまり主張なく過ごしていた父が侯爵代理となった。途端に父は豹変し、母の葬式も終わらぬうちに後妻となる愛人と連れ子を連れてきた。
今まで存在感なく過ごしていた父は、いつのまにか他の家庭を持っていたらしい、と初めてその時に気づいた。
父は、侯爵当主であった母が、仕事とマーガレットの教育に時間を費やし、自分を顧みなかったことに密かに恨みを抱いていたらしい。母の葬儀が終わり、いつのまにか母の部屋だった場所は義母の物で溢れ、義妹に自分の部屋をとられ小さな使用人部屋に追いやられ——
虐げられ過ごしていたある日。当主代理となった父に、母が使っていた仕事部屋に呼び出された。
そして、えらそうにふんぞりかえって言われた。
「マーガレット。侯爵家はお前の妹であるブランカに婿をとらせて継がせる。お前は第一王子の婚約者となれ」
思えば、父の声をちゃんと聞いたのはいつぶりだっただろうか、とマーガレットは思った。
大体、父はあくまで侯爵家代理であり、義妹であるブランカは侯爵家の血を継がないために、継承権がない。そんなことも知らずに堂々と嘯く父に、マーガレットは反論する気も失せたのだった。
「既にお前は婚約者に内定している。これから荷物をまとめて王城へ行け。そのほうが教会へも通いやすいだろう」
「……かしこまりました」
「やけに聞き分けがいいな。お前も私をないがしろにするんだろう」
「そんなことはございません。わたくしは、今までただ、聖女として活動しながら侯爵を継ぐための勉強をしていただけです」
「ふん。お前はあの女に似て意地汚い。お前が聖女など、この国の未来を憂いてしまうな。二度と顔を見せるな。しかし、侯爵家のために完璧な王太子妃となれば、考えてやらなくもない」
——何をいっているのだろう、と。膝をついたままマーガレットはぼんやりと思っていた。
母と自分が必死になって仕事と勉強をし、さらに聖女としての祈りや修行もしている中、この男はただ寂しいという幼稚な本能で他の家庭にかまけていただけだろうに。
母が死んですぐにやってきた義母は、厚い化粧をした長身の女だった。顔つきに意地の悪さがでているのか、常に眉毛がつり上がっている。ずかずかと我が物顔で侯爵邸に来た義母は、
「おまえがマーガレットね。今までずいぶんと調子に乗っていたようだけど、もう終わりよ」と言って、紅い唇を吊り上げて笑ったのだった。
同じく、義母によく似た義妹は、仕事でへとへとになったマーガレットを見下し、「なんてみすぼらしいの。あたしが侯爵令嬢を代わってあげる! あんたは早く出ていって!」とまた笑ったのだった。
父は侯爵代理としての仕事をしなかったためにマーガレットが家令と共に仕事を回してきた。さらに聖女は当代、自分しかいないためにその修行や業務ものしかかる。
(わたくしがいなくなって侯爵家の仕事は回らなくなるでしょうけど、第一王子に嫁ぐならもう関係ないわ。今までやっていたことが変わるだけ……)
むしろ、自分の居場所がなくなったここから出ていけるだけ、まだマシだと思えた。いろいろな思いを抱きながらマーガレットはすぐに自室に戻り、義母と義妹にすべて奪われ小さくなった自分の荷物を抱え、生まれ育った侯爵邸を出たのだった。
それ以外を求められず。ただ完璧であることを求められて生きてきた。
アルホワイト侯爵家は古くから続く由緒正しき貴族家である。マーガレットの母は女侯爵として領地経営を守り立ててきたが、マーガレットが15歳の時に事故にあい亡くなった。長女として家を継ぐことを期待されたマーガレットに対し、母は厳しかった。幼い頃からマナーや貴族としての常識、領地経営に必要なことを叩き込まれたが、厳しさの裏に確かな愛があった。さらに聖女としての力にわずか2歳にして目覚めてからも、厳しい教育は平行して続いた。
自身も長女として侯爵を継いだ母は、苦労してほしくなくて厳しくしていたのだろう、とマーガレットは理解していた。そんな母が急に亡くなり、今まで母の陰であまり主張なく過ごしていた父が侯爵代理となった。途端に父は豹変し、母の葬式も終わらぬうちに後妻となる愛人と連れ子を連れてきた。
今まで存在感なく過ごしていた父は、いつのまにか他の家庭を持っていたらしい、と初めてその時に気づいた。
父は、侯爵当主であった母が、仕事とマーガレットの教育に時間を費やし、自分を顧みなかったことに密かに恨みを抱いていたらしい。母の葬儀が終わり、いつのまにか母の部屋だった場所は義母の物で溢れ、義妹に自分の部屋をとられ小さな使用人部屋に追いやられ——
虐げられ過ごしていたある日。当主代理となった父に、母が使っていた仕事部屋に呼び出された。
そして、えらそうにふんぞりかえって言われた。
「マーガレット。侯爵家はお前の妹であるブランカに婿をとらせて継がせる。お前は第一王子の婚約者となれ」
思えば、父の声をちゃんと聞いたのはいつぶりだっただろうか、とマーガレットは思った。
大体、父はあくまで侯爵家代理であり、義妹であるブランカは侯爵家の血を継がないために、継承権がない。そんなことも知らずに堂々と嘯く父に、マーガレットは反論する気も失せたのだった。
「既にお前は婚約者に内定している。これから荷物をまとめて王城へ行け。そのほうが教会へも通いやすいだろう」
「……かしこまりました」
「やけに聞き分けがいいな。お前も私をないがしろにするんだろう」
「そんなことはございません。わたくしは、今までただ、聖女として活動しながら侯爵を継ぐための勉強をしていただけです」
「ふん。お前はあの女に似て意地汚い。お前が聖女など、この国の未来を憂いてしまうな。二度と顔を見せるな。しかし、侯爵家のために完璧な王太子妃となれば、考えてやらなくもない」
——何をいっているのだろう、と。膝をついたままマーガレットはぼんやりと思っていた。
母と自分が必死になって仕事と勉強をし、さらに聖女としての祈りや修行もしている中、この男はただ寂しいという幼稚な本能で他の家庭にかまけていただけだろうに。
母が死んですぐにやってきた義母は、厚い化粧をした長身の女だった。顔つきに意地の悪さがでているのか、常に眉毛がつり上がっている。ずかずかと我が物顔で侯爵邸に来た義母は、
「おまえがマーガレットね。今までずいぶんと調子に乗っていたようだけど、もう終わりよ」と言って、紅い唇を吊り上げて笑ったのだった。
同じく、義母によく似た義妹は、仕事でへとへとになったマーガレットを見下し、「なんてみすぼらしいの。あたしが侯爵令嬢を代わってあげる! あんたは早く出ていって!」とまた笑ったのだった。
父は侯爵代理としての仕事をしなかったためにマーガレットが家令と共に仕事を回してきた。さらに聖女は当代、自分しかいないためにその修行や業務ものしかかる。
(わたくしがいなくなって侯爵家の仕事は回らなくなるでしょうけど、第一王子に嫁ぐならもう関係ないわ。今までやっていたことが変わるだけ……)
むしろ、自分の居場所がなくなったここから出ていけるだけ、まだマシだと思えた。いろいろな思いを抱きながらマーガレットはすぐに自室に戻り、義母と義妹にすべて奪われ小さくなった自分の荷物を抱え、生まれ育った侯爵邸を出たのだった。
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