色無し薬師の初恋

香山

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パンッ!
乾いた音が部屋に響く。
じわじわと頬に痛みが走り、叩かれたのだと理解した。

「フォーブス様に番と言われたんだって?どうせ色目でも使ったんだろう。卑しいやつだ」

兄様に誤解されてしまった。
いや、聡明な兄様がそう言うならそうなのかもしれない。
僕が無意識にそういった態度をとっていたのだ。きっと。

「でもこれで分かっただろう?あの薬の必要性が。お前が番のままだとフォーブス様に迷惑がかかる。そうだろ?」
「……はい」

僕が俯いていると頬を撫でてくれた。兄様はいつもこんな風に僕を叱り、正しい道へと導いてくれる。本当に優しい人だ。

「部屋へ戻りなさい」

僕は頷くだけで一言も返せないまま、兄様の部屋を出た。
手紙のことを言いそびれてしまったな、と思いながら屋根裏の自室へ向かった。

屋根裏に戻ると紙でできた小鳥が、僕の手の中に舞い降りてきた。
開くと、綺麗な文字で今日のお礼と愛の言葉が書かれていた。

愛している。

その言葉を指先でそっとなぞると、色々な感情が混ざりあって胸が苦しくなった。
返事は書かないと。
簡潔にお礼を述べただけの手紙を飛ばした。



ベッドから這い出て食事代わりのポーションを呷る。
いつも通りの朝だ。
昨日はフォーブス様のおかげで固形物欲が満たされたから、夜中に厨房に忍び込む必要が無くなって良かった。
フォーブス様の黒曜石の瞳が頭を過ぎる。
彼のためにも薬の開発を急がなくては。
僕は決意も新たに実験台に向かった。

今日からは理論通りに薬を組み立てていく作業に入る。
魔法薬の開発で最も大切な作業だ。
基本的に魔法薬は必要な材料を揃えて魔法窯で煮て作る。
この時材料の下拵えの方法や煮る順番、温度、窯を混ぜる回数など、様々な要素で効果は変わっていく。
どれが正解かは実際にやってみないとわからない。
今回の薬なら、全ての組み合わせを試そうとするなら1年以上の時間がかかるだろう。
ただ、コツのようなものがあって、僕はそれを掴むのが得意だから、おそらく2~3週間程度、長くとも1ヶ月あれば正解を引ける自信がある。

「あ、ジギタリスがもう無いや」

ついでに他の薬草の在庫も確認してから、庭の温室へ向かった。
街に行かなくなってから、薬草はなるべく自分で栽培する様にしている。
魔法で温度管理されているこの温室は、なんと父が買ってくれたものらしい。
ありがたくも申し訳なく思う。
この恩に報いる為にも、早く薬を完成させたい。

温室の中は様々な薬草と、花々で埋め尽くされていた。
どんな季節でも温室の中は別世界だ。
薬草の育成具合を見ながら、必要なものを採集していく。
ジギタリスは美しい白色の花を鈴なりにつけていた。

「綺麗だな……」

こうやって植物を眺める時間が好きだ。
植物は僕を見ても何も反応しないから。
僕も植物になれたら良いのに。
白い髪は忌み嫌われるけど、白い花ならみんなから愛されるのに。



その日の夜、僕の元に再び紙の鳥が飛んできた。

「今日も来たの?」

意味もなく話しかけながら手紙を開く。
そこには今日あった出来事——騎士団の訓練で模擬戦をした事や今週末の感謝祭に向けて買い出しに出た事などが書いてあり、最後に僕の今日の出来事を教えてくれると嬉しい、とあった。
昨日と違い愛の言葉が無かったことに安堵する。
当然と言えば当然だ。昨日の返事でそこに触れなかったのだから。
このまま無かったことにしてくれた方が、助かるんだ。
自分にそう言い聞かせ、ローブを握りしめた。

「今日あったことか……」

屋敷から出ない僕の日常は基本的に単調だ。
フォーブス様の手紙にあったような面白いことは無い。

「そうだ、ジギタリスの花について書こう」

ペンを取り、今作っている薬が大詰めを迎えている事と、ジギタリスの花が綺麗に咲いていた事を書いた。

「書けた……けど、ちょっと短いかな」

紙に対して文章の割合が少なくて寂しい印象だ。
僕は少し迷って空いたスペースにジギタリスの絵を描いた。絵は苦手じゃない。

「よし。これで完成」

くるりと紙を撫でると、手紙は小鳥の形に折り畳まれて消えた。


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