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今日は朝から雨が降っていた。
北側にしか窓がない屋根裏部屋は雨が降ると朝でも薄暗い。
何となく陰鬱な気分になりながら、いつも通りポーションを呷った。
今日は商人のカーターさんが屋敷に来る日だ。
身だしなみを整え、応接室へ向かった。
「お久しぶりです、ノア様」
先月頼んでおいた幾つかの材料が目の前に並ぶ。
カーターさんは伯爵家に色無しがいる事を知っている、数少ないうちのひとりだ。
魔法薬の材料はその状態によっても効果が変わるため、僕が直接見て買った方が望ましい。
屋敷から出なくなってからは月に一度、こうやって持ってきてもらっている。
「カーターさんの持ってきてくれる材料はいつも質がいいですね。ありがとうございます」
僕がそう言うと、カーターさんは頭の上の金色の耳をピクピク動かして笑った。
「ノア様はお目が高いですからね。変なものは持って来られませんよ」
「これを使うのは兄様ですから。半端なものは選べません」
「魔法薬は素材が大事ですから。そこをしっかり目利きする能力は重要ですよ。マドック様は良い弟君を持たれて幸せですね」
面と向かってお世辞を言われると何ともこそばゆい。
話題を変えようと、僕は前から気になっていたことを聞いた。
「カーターさんは番がいるんですか?」
「はい、いますよ。同じ獣人で結婚してもう10年ほどになります」
「失礼な質問かもしれませんが、獣人にとって番とはどれほどの存在なのでしょうか」
「そうですね……」
カーターさんはしばらく思案していたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「人によるとは思いますが……少なくとも私にとって番は我が身の半身のようなもの。番が居なくなれば生きてはいけない……仮に今、番が死んだとしたら私も後を追うでしょうね」
「じゃあもし番に拒絶されたりしたら……」
「人生に絶望して命を経つでしょうね。私なら、ですが」
番とは、獣人にとってそれ程大切なものなんだ。
本能に突き動かされて好きでもない僕を求めてしまうなんて気の毒だ。
やはり早く薬を完成させなければ。
「もしや、番に見初められましたか?」
カーターさんのその一言が、僕を現実に引き戻した。
「え、あ、その……」
「僅かにフェロモンの匂いがするんですよ。私は狐の血が入ってますから、嗅覚は良い方なんです」
カーターさんによると、番相手以外のフェロモンには反応しないが出会ったばかりの番同士は強いフェロモンを出す為、嗅覚の良い獣人なら分かることがあるという。
「番というのは元々相性の良い相手としかならないんです。ですから、今は何も感じなくても前向きに考えてみてはいかがですか?悪い事にはならないと思いますよ」
その言葉はいつまでも、僕の心に残った。
その日の夜も小鳥がやって来た。
手紙には週末の祭の日、午後から非番になるから一緒に回らないかと書いてあった。
フォーブス様と祭に。
祭には面白い出し物や美味しい食べ物が沢山あると聞く。
それらをフォーブス様と一緒に体験できたら、どれだけ幸せだろうか。
しかしすぐにその考えを振り払う。
僕みたいな不吉な色無しが感謝祭に行くなんて縁起が悪い。
僕は丁寧な断りの手紙を書いて飛ばした。
いよいよ祭当日になった。
フォーブス様は毎日手紙をくれて、第四騎士団をはじめそれぞれの騎士団がどんな出し物をするのか、どんな露店が出るのか、など祭について教えてくれた。
そして最後には必ず、もし行ける様になったのなら教えて欲しい、と一言添えてあった。
その度に僕は断りの言葉を返した。
フォーブス様が一緒に行きたいと思ってくれる。僕にとってはその事実だけで十分だった。
数日前の雨とは打って変わって、今日は抜けるような青空だった。
乾いた空気に乗って遠くから街の賑やかな声が聞こえる。
僕は窓を開けてその空気を吸い込んだ。
あの喧騒のどこかにフォーブス様がいる。
去年までは何とも思っていなかった感謝祭が、今日は特別な日に思えた。
その日の夜、紙の鳥が小さな箱を持ってきた。
「ん?何だろう」
冷却魔法がかけられたその箱の中にはガラスの器が入っており、その中は赤く透き通る固体で満たされていた。
一緒に入っていたメモによると、これは祭りの出店で買った『ゼリー』という食べ物らしい。
匂いを嗅ぐと果実のような香りがした。
スプーンで掬うとその断面に光が反射して宝石のように輝いていた。
食べてしまうのが勿体無くてしばらくそのまま眺めていたが、意を決して口に入れると甘酸っぱい味と共に、プルプルとした弾力のあるゼリーが舌で崩れ喉を通り過ぎていった。
「……美味しい」
あのカフェに行った日を思い出す。
あの日に食べたハンバーグと、チョコレートのケーキも美味しかった……
その後、クリームを拭われた事まで思い出してしまい、必死に頭から追いやった。
こんなに美味しい物をもらっておいて手紙にお礼を書くだけでは忍びない。
何かプレゼント出来るものは無いだろうか。
しばらく考え、僕は傷薬をフォーブス様の為に特別に調合することにした。
以前の手紙で演習の時に怪我をした事が書いてあった。
フォーブス様の役に立つだろうし、そもそも僕に出せるものはこれくらいしかない。
ハイポーションより少し効果が高くなるよう調合したそれを小瓶に詰めてお礼状と一緒に紙の鳥に持たせた。
北側にしか窓がない屋根裏部屋は雨が降ると朝でも薄暗い。
何となく陰鬱な気分になりながら、いつも通りポーションを呷った。
今日は商人のカーターさんが屋敷に来る日だ。
身だしなみを整え、応接室へ向かった。
「お久しぶりです、ノア様」
先月頼んでおいた幾つかの材料が目の前に並ぶ。
カーターさんは伯爵家に色無しがいる事を知っている、数少ないうちのひとりだ。
魔法薬の材料はその状態によっても効果が変わるため、僕が直接見て買った方が望ましい。
屋敷から出なくなってからは月に一度、こうやって持ってきてもらっている。
「カーターさんの持ってきてくれる材料はいつも質がいいですね。ありがとうございます」
僕がそう言うと、カーターさんは頭の上の金色の耳をピクピク動かして笑った。
「ノア様はお目が高いですからね。変なものは持って来られませんよ」
「これを使うのは兄様ですから。半端なものは選べません」
「魔法薬は素材が大事ですから。そこをしっかり目利きする能力は重要ですよ。マドック様は良い弟君を持たれて幸せですね」
面と向かってお世辞を言われると何ともこそばゆい。
話題を変えようと、僕は前から気になっていたことを聞いた。
「カーターさんは番がいるんですか?」
「はい、いますよ。同じ獣人で結婚してもう10年ほどになります」
「失礼な質問かもしれませんが、獣人にとって番とはどれほどの存在なのでしょうか」
「そうですね……」
カーターさんはしばらく思案していたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「人によるとは思いますが……少なくとも私にとって番は我が身の半身のようなもの。番が居なくなれば生きてはいけない……仮に今、番が死んだとしたら私も後を追うでしょうね」
「じゃあもし番に拒絶されたりしたら……」
「人生に絶望して命を経つでしょうね。私なら、ですが」
番とは、獣人にとってそれ程大切なものなんだ。
本能に突き動かされて好きでもない僕を求めてしまうなんて気の毒だ。
やはり早く薬を完成させなければ。
「もしや、番に見初められましたか?」
カーターさんのその一言が、僕を現実に引き戻した。
「え、あ、その……」
「僅かにフェロモンの匂いがするんですよ。私は狐の血が入ってますから、嗅覚は良い方なんです」
カーターさんによると、番相手以外のフェロモンには反応しないが出会ったばかりの番同士は強いフェロモンを出す為、嗅覚の良い獣人なら分かることがあるという。
「番というのは元々相性の良い相手としかならないんです。ですから、今は何も感じなくても前向きに考えてみてはいかがですか?悪い事にはならないと思いますよ」
その言葉はいつまでも、僕の心に残った。
その日の夜も小鳥がやって来た。
手紙には週末の祭の日、午後から非番になるから一緒に回らないかと書いてあった。
フォーブス様と祭に。
祭には面白い出し物や美味しい食べ物が沢山あると聞く。
それらをフォーブス様と一緒に体験できたら、どれだけ幸せだろうか。
しかしすぐにその考えを振り払う。
僕みたいな不吉な色無しが感謝祭に行くなんて縁起が悪い。
僕は丁寧な断りの手紙を書いて飛ばした。
いよいよ祭当日になった。
フォーブス様は毎日手紙をくれて、第四騎士団をはじめそれぞれの騎士団がどんな出し物をするのか、どんな露店が出るのか、など祭について教えてくれた。
そして最後には必ず、もし行ける様になったのなら教えて欲しい、と一言添えてあった。
その度に僕は断りの言葉を返した。
フォーブス様が一緒に行きたいと思ってくれる。僕にとってはその事実だけで十分だった。
数日前の雨とは打って変わって、今日は抜けるような青空だった。
乾いた空気に乗って遠くから街の賑やかな声が聞こえる。
僕は窓を開けてその空気を吸い込んだ。
あの喧騒のどこかにフォーブス様がいる。
去年までは何とも思っていなかった感謝祭が、今日は特別な日に思えた。
その日の夜、紙の鳥が小さな箱を持ってきた。
「ん?何だろう」
冷却魔法がかけられたその箱の中にはガラスの器が入っており、その中は赤く透き通る固体で満たされていた。
一緒に入っていたメモによると、これは祭りの出店で買った『ゼリー』という食べ物らしい。
匂いを嗅ぐと果実のような香りがした。
スプーンで掬うとその断面に光が反射して宝石のように輝いていた。
食べてしまうのが勿体無くてしばらくそのまま眺めていたが、意を決して口に入れると甘酸っぱい味と共に、プルプルとした弾力のあるゼリーが舌で崩れ喉を通り過ぎていった。
「……美味しい」
あのカフェに行った日を思い出す。
あの日に食べたハンバーグと、チョコレートのケーキも美味しかった……
その後、クリームを拭われた事まで思い出してしまい、必死に頭から追いやった。
こんなに美味しい物をもらっておいて手紙にお礼を書くだけでは忍びない。
何かプレゼント出来るものは無いだろうか。
しばらく考え、僕は傷薬をフォーブス様の為に特別に調合することにした。
以前の手紙で演習の時に怪我をした事が書いてあった。
フォーブス様の役に立つだろうし、そもそも僕に出せるものはこれくらいしかない。
ハイポーションより少し効果が高くなるよう調合したそれを小瓶に詰めてお礼状と一緒に紙の鳥に持たせた。
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