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フォーブス様は毎日手紙を送ってきた。
その日に起こったことなど上手な文章で面白おかしく書かれていた。
僕もその日に思ったことなど——屋敷から出ないので大したことではないが——を書いたり、絵を描いたりして返信した。
時折、ポーションについての話題が書いてあると、調子に乗って数ページに渡る返事を書くこともあった。
手紙だけでなく、たまに物のやり取りもするようになった。
フォーブス様からは美味しい食べ物や珍しい小物——今日は綺麗な鳥の羽根が届いた。
僕からは傷薬、魔力回復薬、栄養剤——ワンパターンだが贈るたびにフォーブス様は喜んでくれて、社交辞令であっても嬉しかった。
いつしか僕はフォーブス様の手紙を待ち焦がれるようになった。
ある日、久々に兄様が部屋を訪ねてきた。
何処となく機嫌が良いようだった。
「実験を手伝ってもらうよ。手をこちらへ」
兄様は僕の手を掴むと、指先にナイフを当てた。
切れた指先から血が2、3滴落ちる。
その血は兄様の持っていた試験管の中に入った。
それだけ持って、兄様は機嫌良さそうに帰っていった。
何の薬に使うか知らないが、役に立てたのならよかった。
簡単に止血すると、薬の研究に戻った。
今日も手紙の返事を飛ばして、寝る準備をした。
フォーブス様からの手紙は全て大事に箱にしまってあり、寝る前にこうして読み返すようにしている。
美しい文字と流れるような文章を読むと、心が温まってぐっすり眠れるから。
不意に最初の手紙が目に入る。
愛している
その言葉に心臓が跳ねた。
薬はもうすぐ完成する。
そうすれば、この文通も終わりだ。
でも、この手紙は消えたりしない。
これを支えに、僕は生きていける。
「……に……わせて……」
その日もいつも通り薬の開発に励んでいたら、庭から話し声が聞こえた。
カーテンの隅からそっと覗くと、そこにはフォーブス様の後ろ姿があった。
久々に目にするその姿に胸が高鳴る。
もしかして僕に会いにきてくれたのでは、なんて卑しくも思ってしまった。
よく見ようとカーテンを少し開くと、フォーブス様に寄り添っている兄様の姿が見えた。
フォーブス様の隣で兄様は愛おしそうに笑っている。
美しい二人の姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
不意に、兄様の目がこちらを見た。
その視線は刺すように鋭かった。
あの優しい兄様が怒っている。
僕はその視線に縫いとめられたかのように動けなかった。
兄様は僕から視線を外すと、フォーブス様に何か囁くように顔を寄せる。
そのまま首に腕を回すと、二つの影が重なった。
僕はもう見ていられなかった。
体をどうにか動かし、窓から離れて床にうずくまる。
胸が痛くて、苦しい。
頬に生温い液体が流れる感触がして、初めて自分が泣いている事に気がついた。
一度出始めると、涙は止まらなかった。
生まれて初めて僕を愛していると言ってくれた人。
手紙を通じてその内面を知る内に、僕はいつの間にかフォーブス様に惹かれていたんだ。
でもフォーブス様の気持ちはまやかしでしか無い。
本当は兄様がフォーブス様の恋人なんだ。
僕が番のままだと、想い合う二人を引き裂いてしまう。
「……早く薬を完成させなきゃ」
それが僕に出来る、フォーブス様への唯一の恩返しだ。
ふらふらと立ち上がり、手紙が入った箱を開けて最初の手紙を取り出す。
愛している
この言葉は僕が持っていて良いものではない。
僕は手に力を込めて手紙を破ろうとした。
「……出来ないよ……」
僕の心を表すように指先が震える。
涙が次から次へと溢れて視界が歪んだ。
「これだけは……これだけで良いから、僕が持っていても良いかな……」
フォーブス様の心は僕のものじゃなくても、あの時ここに書かれたこの言葉だけは僕のものにしても赦されるだろうか。
その日に起こったことなど上手な文章で面白おかしく書かれていた。
僕もその日に思ったことなど——屋敷から出ないので大したことではないが——を書いたり、絵を描いたりして返信した。
時折、ポーションについての話題が書いてあると、調子に乗って数ページに渡る返事を書くこともあった。
手紙だけでなく、たまに物のやり取りもするようになった。
フォーブス様からは美味しい食べ物や珍しい小物——今日は綺麗な鳥の羽根が届いた。
僕からは傷薬、魔力回復薬、栄養剤——ワンパターンだが贈るたびにフォーブス様は喜んでくれて、社交辞令であっても嬉しかった。
いつしか僕はフォーブス様の手紙を待ち焦がれるようになった。
ある日、久々に兄様が部屋を訪ねてきた。
何処となく機嫌が良いようだった。
「実験を手伝ってもらうよ。手をこちらへ」
兄様は僕の手を掴むと、指先にナイフを当てた。
切れた指先から血が2、3滴落ちる。
その血は兄様の持っていた試験管の中に入った。
それだけ持って、兄様は機嫌良さそうに帰っていった。
何の薬に使うか知らないが、役に立てたのならよかった。
簡単に止血すると、薬の研究に戻った。
今日も手紙の返事を飛ばして、寝る準備をした。
フォーブス様からの手紙は全て大事に箱にしまってあり、寝る前にこうして読み返すようにしている。
美しい文字と流れるような文章を読むと、心が温まってぐっすり眠れるから。
不意に最初の手紙が目に入る。
愛している
その言葉に心臓が跳ねた。
薬はもうすぐ完成する。
そうすれば、この文通も終わりだ。
でも、この手紙は消えたりしない。
これを支えに、僕は生きていける。
「……に……わせて……」
その日もいつも通り薬の開発に励んでいたら、庭から話し声が聞こえた。
カーテンの隅からそっと覗くと、そこにはフォーブス様の後ろ姿があった。
久々に目にするその姿に胸が高鳴る。
もしかして僕に会いにきてくれたのでは、なんて卑しくも思ってしまった。
よく見ようとカーテンを少し開くと、フォーブス様に寄り添っている兄様の姿が見えた。
フォーブス様の隣で兄様は愛おしそうに笑っている。
美しい二人の姿は、まるで一枚の絵画のようだった。
不意に、兄様の目がこちらを見た。
その視線は刺すように鋭かった。
あの優しい兄様が怒っている。
僕はその視線に縫いとめられたかのように動けなかった。
兄様は僕から視線を外すと、フォーブス様に何か囁くように顔を寄せる。
そのまま首に腕を回すと、二つの影が重なった。
僕はもう見ていられなかった。
体をどうにか動かし、窓から離れて床にうずくまる。
胸が痛くて、苦しい。
頬に生温い液体が流れる感触がして、初めて自分が泣いている事に気がついた。
一度出始めると、涙は止まらなかった。
生まれて初めて僕を愛していると言ってくれた人。
手紙を通じてその内面を知る内に、僕はいつの間にかフォーブス様に惹かれていたんだ。
でもフォーブス様の気持ちはまやかしでしか無い。
本当は兄様がフォーブス様の恋人なんだ。
僕が番のままだと、想い合う二人を引き裂いてしまう。
「……早く薬を完成させなきゃ」
それが僕に出来る、フォーブス様への唯一の恩返しだ。
ふらふらと立ち上がり、手紙が入った箱を開けて最初の手紙を取り出す。
愛している
この言葉は僕が持っていて良いものではない。
僕は手に力を込めて手紙を破ろうとした。
「……出来ないよ……」
僕の心を表すように指先が震える。
涙が次から次へと溢れて視界が歪んだ。
「これだけは……これだけで良いから、僕が持っていても良いかな……」
フォーブス様の心は僕のものじゃなくても、あの時ここに書かれたこの言葉だけは僕のものにしても赦されるだろうか。
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