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3.家なき子
うちに来い
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もちろん、それはしなければならないことだと芽生も思っていたけれど、何故無関係のはずの京介がこんなに申し訳なさそうな顔をするんだろう?
「あ、あの……京ちゃん、私……」
――それは自分の責務だし、確かにつらいけれど頑張れるよ?
そう告げようとした芽生だったのだけれど。
「もちろん一人で行けとは言わねぇ。頼りねぇかも知んねぇが、俺も付いてってやるから」
予期せぬことを言われて、芽生は思わず「えっ?」とつぶやいて京介をじっと見上げた。泣きまくった目元はこすりすぎたのか、火災現場から吹き付ける熱風にさらされて、ピリピリと痛んだ。
そんな芽生の頬を優しく労うように撫でてくれてから、京介が続けるのだ。
「お前、俺に助け求めてくれてたのに気付くの遅れちまったからな? そのせいで変な男にも絡まれちまったし、心細かったろ」
ポンポンと頭に載せられた大きな手は、小さい頃から慣れ親しんだ感触だ。
芽生は昔からどんなにつらいことがあっても、不思議と京介に撫でられると、しんどい気持ちがふんわりと軽くなっていた。好きな男性の癒し効果はそのくらいに絶大なのだ。
「大丈夫。だって……京ちゃん、ちゃんと来てくれたもの」
芽生がポツンとつぶやいてニッコリ笑ってみせると、京介が「それにしても、だ。――俺が来るまでこんなちっこい身体でよく頑張ったな?」と褒めてくれるから。芽生は京介から『もう肩ひじなんか張らず、俺に寄り掛かってもいいんだぞ?』と甘やかしてもらえているように感じた。
***
消防隊員への説明の後、警察にもほぼ同じ内容――氏名、年齢、生年月日、中に他の人は残っていないか、建物の構造――などを話して……。流れで出火原因の心当たりなども聞かれた芽生は、火災発生時、家にいなかったので分かりません、と伝えるしかなかった。
照明をつけたまま出掛けたのは確かなので、その辺りからの漏電などもあったのかもしれないけれど、帰宅後は手を洗ったくらいで火を使うようなことはしなかったことなども話した。
別に事情を淡々と聞かれただけで責められたわけではなかったけれど、解放された頃にはへとへとだった。
この上、今夜寝るところの確保までしなくちゃいけないのか……と芽生が吐息を落としたと同時、京介から「うちに来い」と誘われたのだ。
「……いいの?」
「いいも何も。そうしてもらわにゃ俺が不安なんだよ」
「けど、その……め、迷惑じゃ、ない……?」
今まで京介が芽生の家や職場まで迎えに来てくれて、食事などへ連れて行ってもらうことはあっても、京介の家へ行ったことなんて一度もなかった。その家に招待されたのだ。不安に思わないわけがない。
「は? なんで迷惑?」
「だって……」
芽生はモゴモゴと口ごもってから、言いにくそうにぼそぼそと理由を述べた。
「きょ、京ちゃんも、その……お、大人の男性だし。ほら……か、彼女さんと同棲しているとか、実はもう結婚してて、奥様やお子さんが家で待っているとか、そういうのだったりしないかな? って」
芽生は子供の頃からずっと京介のことが大好きで、彼以外の男性に目を向けたことはなかった。現に、養護施設から独り立ちした時、無謀にも京介に『私が三〇歳になっても独身だったらお嫁さんにしてね』と【婚姻届】を渡したことさえある。京介はそれを苦笑しながらも受け取ってくれたけど、きっと子供が駄々をこねているくらいにしか思わなかったに違いない。
あの時は京介がすでに妻帯者かもしれないとか、恋人がいるかも知れないとか、そんな可能性にさえ思い至る事も出来ないくらい考え方が稚拙だったけれど、京介ほどの男に女性の影がないこと自体あり得ないではないか。
そもそも芽生にとって京介は憧れの男性で、恋愛対象だけれど、京介はきっと違う。芽生のことは良くて妹、悪くて娘くらいにしか思っていないはずだ。
何より京介は惚れた弱みという欲目を差し引いてもかなりかっこいいし、きっと女性が放っておかないだろう。
そんなのは分かっていても考えたくなくて、頭の中から追い出すようにしてきた芽生である。でも、今回だけはそこをスルーするわけにはいかなくて……芽生は、あえて目を逸らしていたことを思い切って京介にぶつけてみたのだ。
だが、芽生が不安に駆られて瞳を揺らせた途端、京介がブハッと吹き出して「バーカ。そんなんいたら、こんなにお前に構ってられるかよ」と一蹴されてしまう。
「本当?」
「残念ながら本当だ。……男の一人暮らしの家はイヤか?」
どうやら今まで京介が家に誘ってくれなかったのは、それが理由らしい。
「俺はお前を娘みてぇーに思ってっけど……そうは言っても他人の、しかも男だからな。ひょっとして俺の家に来るのは怖ーか?」
(娘……)
芽生がそこにショックを受けて何も言えずにいると、「お前がどうしても不安だってんならホテルを手配することも出来るが」と続けられて、芽生は慌てて首を振る。
「わ、私っ京ちゃんの家に行きたい! 京ちゃんと一緒がいい!」
家が燃えたお陰で憧れの人と一緒に住める! って喜ぶのは、罰当たりだろうか?
「あ、あの……京ちゃん、私……」
――それは自分の責務だし、確かにつらいけれど頑張れるよ?
そう告げようとした芽生だったのだけれど。
「もちろん一人で行けとは言わねぇ。頼りねぇかも知んねぇが、俺も付いてってやるから」
予期せぬことを言われて、芽生は思わず「えっ?」とつぶやいて京介をじっと見上げた。泣きまくった目元はこすりすぎたのか、火災現場から吹き付ける熱風にさらされて、ピリピリと痛んだ。
そんな芽生の頬を優しく労うように撫でてくれてから、京介が続けるのだ。
「お前、俺に助け求めてくれてたのに気付くの遅れちまったからな? そのせいで変な男にも絡まれちまったし、心細かったろ」
ポンポンと頭に載せられた大きな手は、小さい頃から慣れ親しんだ感触だ。
芽生は昔からどんなにつらいことがあっても、不思議と京介に撫でられると、しんどい気持ちがふんわりと軽くなっていた。好きな男性の癒し効果はそのくらいに絶大なのだ。
「大丈夫。だって……京ちゃん、ちゃんと来てくれたもの」
芽生がポツンとつぶやいてニッコリ笑ってみせると、京介が「それにしても、だ。――俺が来るまでこんなちっこい身体でよく頑張ったな?」と褒めてくれるから。芽生は京介から『もう肩ひじなんか張らず、俺に寄り掛かってもいいんだぞ?』と甘やかしてもらえているように感じた。
***
消防隊員への説明の後、警察にもほぼ同じ内容――氏名、年齢、生年月日、中に他の人は残っていないか、建物の構造――などを話して……。流れで出火原因の心当たりなども聞かれた芽生は、火災発生時、家にいなかったので分かりません、と伝えるしかなかった。
照明をつけたまま出掛けたのは確かなので、その辺りからの漏電などもあったのかもしれないけれど、帰宅後は手を洗ったくらいで火を使うようなことはしなかったことなども話した。
別に事情を淡々と聞かれただけで責められたわけではなかったけれど、解放された頃にはへとへとだった。
この上、今夜寝るところの確保までしなくちゃいけないのか……と芽生が吐息を落としたと同時、京介から「うちに来い」と誘われたのだ。
「……いいの?」
「いいも何も。そうしてもらわにゃ俺が不安なんだよ」
「けど、その……め、迷惑じゃ、ない……?」
今まで京介が芽生の家や職場まで迎えに来てくれて、食事などへ連れて行ってもらうことはあっても、京介の家へ行ったことなんて一度もなかった。その家に招待されたのだ。不安に思わないわけがない。
「は? なんで迷惑?」
「だって……」
芽生はモゴモゴと口ごもってから、言いにくそうにぼそぼそと理由を述べた。
「きょ、京ちゃんも、その……お、大人の男性だし。ほら……か、彼女さんと同棲しているとか、実はもう結婚してて、奥様やお子さんが家で待っているとか、そういうのだったりしないかな? って」
芽生は子供の頃からずっと京介のことが大好きで、彼以外の男性に目を向けたことはなかった。現に、養護施設から独り立ちした時、無謀にも京介に『私が三〇歳になっても独身だったらお嫁さんにしてね』と【婚姻届】を渡したことさえある。京介はそれを苦笑しながらも受け取ってくれたけど、きっと子供が駄々をこねているくらいにしか思わなかったに違いない。
あの時は京介がすでに妻帯者かもしれないとか、恋人がいるかも知れないとか、そんな可能性にさえ思い至る事も出来ないくらい考え方が稚拙だったけれど、京介ほどの男に女性の影がないこと自体あり得ないではないか。
そもそも芽生にとって京介は憧れの男性で、恋愛対象だけれど、京介はきっと違う。芽生のことは良くて妹、悪くて娘くらいにしか思っていないはずだ。
何より京介は惚れた弱みという欲目を差し引いてもかなりかっこいいし、きっと女性が放っておかないだろう。
そんなのは分かっていても考えたくなくて、頭の中から追い出すようにしてきた芽生である。でも、今回だけはそこをスルーするわけにはいかなくて……芽生は、あえて目を逸らしていたことを思い切って京介にぶつけてみたのだ。
だが、芽生が不安に駆られて瞳を揺らせた途端、京介がブハッと吹き出して「バーカ。そんなんいたら、こんなにお前に構ってられるかよ」と一蹴されてしまう。
「本当?」
「残念ながら本当だ。……男の一人暮らしの家はイヤか?」
どうやら今まで京介が家に誘ってくれなかったのは、それが理由らしい。
「俺はお前を娘みてぇーに思ってっけど……そうは言っても他人の、しかも男だからな。ひょっとして俺の家に来るのは怖ーか?」
(娘……)
芽生がそこにショックを受けて何も言えずにいると、「お前がどうしても不安だってんならホテルを手配することも出来るが」と続けられて、芽生は慌てて首を振る。
「わ、私っ京ちゃんの家に行きたい! 京ちゃんと一緒がいい!」
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