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やましいことなんてない、はずなんだ

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 放課後、宣言通りいそいそと音芽おとめが保健室へ駆けて行くのを何の興味もない風を装って見送りながら、俺は仕事に集中しようと

 子供の頃から音芽だけを愛しているという気持ちに嘘偽りはないし、いっとき音芽を忘れたくて寄り道こそしたけれど、心はいつだってあいつに奪われていたと誓える。

 勤め先での色恋沙汰なんて面倒くさいことはごめんだったし、そもそもすぐそばに音芽がいるのに他の女になんて目が行くはずがない。

 だから音芽が逢地おおち先生に何を聞いたって何てことないはずなのだ。

 なのに――。

 何だってこんなに心がざわつくんだろうな?


 強いて敗因があるとするならば、逢地おおち先生に頼まれて告白練習に付き合ったことだが……アレにしたってあくまでも俺は代役だったわけで。

 気が付けば、やましいことはないと心の中、必死に言い訳をしている自分に気が付いた。

 ――マジか。

 心の中でひとり、小さく舌打ちをしつつ愛用のノートパソコンに視線を落とす。

 保護者宛の「学年だより」の草案を作ろうと立ち上げている文書ソフトの画面だが、さっきから1文字も増えていないんだよな。

 パソコンを開いて、作業するべき書類を前に、頭の中は音芽ほかのことで一杯とか……社会人失格だろ。

 小さく吐息を落とすと、俺は気持ちを切り替えようと職員室後方の簡易給湯コーナーへ向かった。

 音芽おとめが冷蔵庫内にヨーグルトなどを隠し持っている給湯室は職員室の外だが、皆で経費を出し合って買っているコーヒーやお茶に関しては、給湯室まで行かなくても飲める。

 職員室後方には月間行事予定が書けるホワイトボードが設置されていて、その付近に小さな流しがあった。

 流しに隣接する形で長机がひとつ常設されていて、大容量の業務用コーヒーメーカーや、電気ポットが設置されている。
 朝イチで事務の先生がコーヒーやお湯をセットしてくださった後は、残量を見ながら気づいた人間が中を補充していく感じ。
 そのため同じ机上には、レギュラーコーヒーの粉やコーヒーフィルター、砂糖やミルク、茶葉なんかがみっちり詰め込まれた菓子の空き箱の缶が一緒に置かれていた。

 それとは少し距離をあけて、自分たちが各々持ち寄ったマグカップや学校の備品として買い揃えたスプーンなどが納められた小さな棚も置かれていて。

 そばにある流しのところには食器乾燥機も設置してあるから、洗ったコップをそこに入れておけば、誰か気が付いた人間が乾燥をかけて、棚にしまってくれるという割とゆるりとしたシステムが出来上がっている。
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