上 下
176 / 366
23.本音と指輪と初めての夜

もしかして怒っていますか?

しおりを挟む
「ねぇ春凪はな。もしかして怒っていますか?」

 私がグダグダな気持ちのまま、どうにかこうにか作った親子丼をふたり横並びになってダイニングカウンターで食べながら。

 いつもと同じ。

 対面で座るわけじゃないから顔を見られなくていいなって思っていたんだけど……いつもならうるさいくらいにアレコレ喋る私が黙り込んでいたから宗親むねちかさんに不審がられてしまったみたい。

 職場では出来る部下になれたと思ったのに……家ではダメな偽装妻だなって溜め息が漏れそうになる。

「おっ、怒ったりなんてしてないですよ? えっと……し、強いて言うなら……その、入籍のことを宗親むねちかさんからお聞きしてちょっと驚いたというか……」

 私のバカ。
 驚いたんです、って断言すれば良かったのに、まだ続きがあるみたいな言い回し。完全に墓穴掘っちゃったじゃない。

「驚いたというか?」

 当然、続きを促すように宗親むねちかさんに言葉尻を拾われて、私は言い訳を探して所在なく親子丼をかき回した。

春凪はな?」

 明らかに不審な動きをしていたからだろう。宗親むねちかさんに箸を持つ手をそっと握られて動きを封じられて、心臓が大きく飛び跳ねる。

「本当に怒っては……いないんです。ただ――」

 一緒に婚姻届を提出しに行けなかったこと、相談してもらえなかったことが寂しかっただけで。

 そんな本音を伝えてしまったら、宗親むねちかさんは困ってしまうよね。

 元々私たち、利害関係で結婚しようって話してたんだもの。
 タイミングの良い時に婚姻届を出されたぐらいで、こんなにショックを受けてたらダメでしょう?

 頭では分かっているのに、心が拒絶するからか、またしてもじわりと目尻に涙が滲んできて、私は懸命にまばたきをこらえた。

 宗親むねちかさんにそんな情けない顔を見られたくなくて、見るとはなしに手元に視線を落としていたら、

「もしかして……指輪がまだなこと、拗ねてますか?」

 私の手指をギュッと握る宗親むねちかさんに、私は心の中で「え?」と思って。

 そういえば、確かに指輪がまだだけれど、言われるまでそんなこと、気にもしていなかったのだと逆に気付かされた。

 私にとって大切なのは、物じゃなくて心だったから。

 こんなところでも「形から」整えたい宗親むねちかさんと、ズレが生じているんだと胸が苦しくなった。

 でもダメ。
 こんな気持ち、宗親むねちかさんに悟られちゃいけない。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

満員電車でうばわれて、はじまる 

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:617pt お気に入り:149

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,968pt お気に入り:281

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,990pt お気に入り:2,473

悪役令息の義姉となりました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,062pt お気に入り:1,336

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:134

Sync.〜会社の同期に愛されすぎています〜

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:366

運命を知っているオメガ

BL / 連載中 24h.ポイント:8,340pt お気に入り:3,660

1年後に離縁してほしいと言った旦那さまが離してくれません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,219pt お気に入り:3,763

恋をするなら――旧題:プラセボの恋――

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:207

処理中です...