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37.落とし前をつけてもらいましょう

春凪の一大事を前にしたら

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 Misokaミソカの近くで既視感のある春凪はなの車の鍵――というか凄く目立つ真っ赤なハートが付いたキーホールダーを見つけた僕は、春凪が店に入る前に落っことしたのかな?と思って。

「これ、春凪はなの……」

 と拾い上げたところで薄暗いビルとビルの隙間から物音が聞こえた。

 ふと目を凝らすと、男が女の子を押し倒しているところで。

 周りにはその子の持ち物だろうか。
 女性ものとおぼしき鞄や荷物が散らばっていた。

 僕の方からは、男は背中を向けていて見えないけれど、明らかに女の子が必死に抵抗して足をバタつかせているのが見て取れて。

 何よりその足元――オープントウのサンダルに既視感があった僕は、手にしたキーホールダーと相まって一気に血の気が引くのを感じた。

 もちろん男として――というか人として――誰かが襲われていたら助けるのは当然だと思う。

 だけどその対象が自分の婚約者となれば相手と差し違えてでも助けねばならない。

 男の背中越し。
 春凪が首を絞められて苦しそうに顔をゆがめているのが見えて。
 僕は、気が付いたら男の首根っこを捕まえて投げ飛ばしていた。

 本当は捕まえるべきだったのかも知れない。

 だけど男のことなんてどうでもいいと思ってしまうほど、僕は傷ついた春凪はなから目が逸らせなかったんだ。

 僕が春凪と一緒にMisokaミソカへ来られていたら――。

 今更思ったって仕方のない〝たられば〟が頭の中を駆け回って、どうしようもなく自分に腹が立った。

 それと同時、春凪をこんな目に遭わせた男の事を絶対に許せないと思って。

 春凪の手前、努めて冷静に見えるよう装ったけれど、本当はどうしようもないぐらい心が掻き乱されていた。


 怪我をした春凪の応急処置をするためにMisokaミソカに行って明智あけちに嫌味を言ってしまったのだって、怒りの矛先を間違えていることは重々承知していたけれど、どうにも感情が抑え切れなかったんだ。

 明智には悪いことをしたと思う。

 幼い頃から両親に口酸っぱくしつけられてきたポーカーフェイスなんて、春凪の一大事を前にしたら何の役にも立たないことを思い知らされて。

 自分の気持ちを表に出すまいと努力すればするほど、不機嫌さが滲み出て、春凪までおびえさせてしまうとか、僕も大概ダメな男だよね。
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