その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん

文字の大きさ
1 / 9
プロローグ

裸で契約!? 朝から大ピンチ!

しおりを挟む
「んっ……!」
(あーん、まぶしい!)
 まぶた越しにも薄っすら感じられていたカーテンの隙間から差し込む朝日が、目覚めると同時に瑠璃香るりかの網膜を焼いた。
「はぅ!」
 思わずギュッと目を閉じ直して手元の布団をそそくさと引き上げてから、瑠璃香は(ん?)と思う。
 布団から漂う香りが何だか嗅ぎ慣れない匂いだったのだ。それに――。
(うちの布団、黒くない……よ!?)
 ガバリと飛び起きたら、思わず「えっ!?」とつぶやきが漏れた。
(わ、私、なんで服着てないの!?)
 ばかりか……。
 可もなく不可もないと言ったまぁまぁの胸の膨らみに、どう考えても情事の後ですよね!? としか思えない鬱血痕がちらほらと――。
(えっ。えっ。何で……!?)
 二年間付き合った彼氏とは、就職と同時に疎遠になって自然消滅したはずだ。
 そう、確か……最後に男性とのラブラブな一夜を経験したのは二十二歳の時。
 今から六年近く前の遠い遠い記憶だ……。

 でも――。

 この甘だるい腰の重みはもしかしなくてもきっとだろう。

 一生懸命その辺りのことを思い出そうと頑張った瑠璃香だったけれど、昨夜の記憶はところどころ飛んでいて、頭がガンガンする。

小笹こざさ瑠璃香るりか、二十八歳。三十路を目前にして、どうやらやらかしてしまったみたいです!?)

 でも、相手は……誰!?

 そこでようやくそのことに思い至った瑠璃香は、恐る恐る隣へ視線を転じた。
(嘘っ!)
 隣で気持ちよさそうに眠っているのは、会社の上司・新沼にいぬま晴永はるながだった。
(いや、でも……そんな、新沼課長となんてありえない……よ!? だって……私たちは犬猿の仲だもん!)
 俺様でドSで嫌みっぽくて意地悪で……。とにかく瑠璃香にとって、晴永は天敵のような存在。例えるならばヘビとカエル、猫とネズミ、トンビとカラス、水と油、靴下と靴下にあいた穴。……そんな関係の相手。それが今、瑠璃香の隣でスースーと寝息を立てている男、新沼晴永なのだ。
(どうか間違いでありますように!)
 瑠璃香は一縷いちるの願いを込めてそぉーっと布団をめくってみる。

 課長様が服をばっちり着ていてくれれば、何かの間違いだったと思えるではないか。

 なのに――。

「ひえっ」
 瑠璃香の期待も虚しく、晴永は一糸まとわぬ均整の取れた男らしい裸体を晒していた。

 奇声を上げるなり、めくった布団をバフッと戻した瑠璃香は、まるでそのタイミングを見計らったみたいにいきなり腕を掴まれて、心臓が口から飛び出しそうになる。
「ひーっ……!」
 突然のことに変な悲鳴が出てしまったのは、許して欲しい。

「――覗き見とは大胆だな。昨夜散々見ただろうに……。困ったやつだ」
 低く響く声と同時に、切長の瞳と視線が絡む。会社では綺麗にセットされている課長の髪の毛が、今はラフに乱れていた。
 不覚にも(かっこいい……)と見惚れてしまってから、ぐいっとその腕の中へ引き寄せられた瑠璃香は、水揚げされた魚みたいにジタバタともがいた。

 肌と肌がじかに触れ合っているのを感じる。
(やだ、やだ、恥ずかしい!)
 心臓がバクバク跳ね回っている瑠璃香の耳元――。
「なんだ。もしかして、まだシ足りないのか? 仕方のないやつめ」
 ゾクリとするバリトンボイスが響いた。

「け、結構です! 間に合ってます!」
 記憶は飛んでいるけれど、瑠璃香は必死にそう叫んでベッドから飛び出していた。

「大胆なやつ」
 すっぽんぽんのままベッド下へビタン! と落ちた瑠璃香へ、晴永はるながのクスクスという笑い声とともに、男もののシャツがふわりと降ってきた。


***


「あ、あのっ。実は私、何も覚えてなくて……」
 瑠璃香が真っ裸の上に渡された男もののシャツをスポンと被って、(どうかこのまま、『いやぁー、お互いにワンナイトの過ちでしたね。とりあえず忘れましょう! ではお疲れ様でしたぁー!』と解放されますように!)と念じながら晴永を見やると、ニヤリとされた。

 そこでふとあることに気が付いた瑠璃香は晴永を二度見してしまう。
(……ちょ、ちょっと待って!?)
 瑠璃香にはシャツ一枚しか渡さなかったくせに、晴永は下着はもちろんのこと、ちゃっかりTシャツにズボンまで履いて、ベッドサイドで脚を組んでいるのだ。
 まるで最初から勝負に勝っているといいたげな余裕っぷり。

「新沼課長……ずるい! なんで私だけこんな恥ずかしい格好で、課長はしっかり着込んでるんですか!」
 普通は女の子がしっかり着て、男性はなんならパンツ一丁でもいいくらいなのに!
 そう思った瑠璃香だったのだが。
「……お前の方がそのシャツ、似合ってるからな」
「はあぁ!?」
 瑠璃香が思わず腕を振り上げて晴永はるながに噛みつこうとしたら、
「余り大きな動きをすると見えるぞ?」
 股間の辺りを指さされてしまう。
 ノーブラなだけならまだしも、ノーパン状態なことを思い出した瑠璃香は、慌ててシャツの裾を引っ張った。
 その様を楽しげに見つめている晴永に、瑠璃香はグッと唇を噛み締めた。

「課長なんて大っ嫌い!」
 言ったと同時、晴永がスッと立ち上がって瑠璃香の方へ近づいてくるから、削られた距離だけ後ずさってしまった瑠璃香である。
「昨日はあんなに俺のことを好きだと言ってくれたのに?」
 結局壁際まで追い詰められてあご下を掬い上げられた瑠璃香は、キッと晴永を睨みつける。
「そんなこと、天地がひっくり返っても起こりません!」
 言うと同時、「となるとキミは逆立ちすること決定だな」とクスクス笑われた。

 そうしてスッと瑠璃香から離れた晴永が、手に一枚の紙切れを持って戻ってくる。
「はい、どうぞ」
 にこやかに渡された紙片を何が何やら分からないままに受け取れば【契約書】の文字が飛び込んできた。
(なんの?)
 思って視線を走らせれば、どうやら契約結婚に関わるものらしい。
(誰と誰の?)
 これを晴永に渡された時点で、そんなこと愚問だと分かっていても、脳がその結論を拒絶する。
 だけど、どうみても契約書の下部の方には【甲:新沼晴永】、【乙:小笹瑠璃香】と書かれていて、ご丁寧に署名捺印までされていた。

 さらに晴永がスマートフォンをひょいと掲げ、にやりとしながら動画の再生ボタンを押す。
 流れてきたのは、酔っ払い瑠璃香の声。

『けっこん……? してもいいれすよぉ……! えーっと、証人はここにいるバーのマシュタァと……えっと、そこのお兄さーん!』
 小さな画面の中、瑠璃香がバーのマスターと、たまたま隣に居合わせたと思しき男性に紙片を手渡している。どうみてもあれは……【婚姻届】ではないか!

「なっ……!?」
 膝から崩れ落ちそうになった瑠璃香だったけれど、ノーパン状態なことを思い出してなんとか踏みとどまった。

 その耳元に、晴永のゾクゾクする低音イケボが吹き込まれる。
言質げんちも動画も、書類も完璧に揃ってる。契約書はおろか、婚姻届まで記入済みとは……逃げられそうにないな?」
「サ、サインなんてしてません!」
「……〝課長、大好きです、結婚しましょう〟って、笑顔で書いてくれただろ?」
 再度別の動画が再生される。

『わー、課長と結婚しらら、こんにゃ美味しいおしゃけ、飲み放題ほうらいなんれしゅかぁ? わらし、課長のことケチで意地悪なだけの人らと誤解しれましらぁ~。課長ぉ、大好らいしゅきれす! 結婚しましょー』

 こ、これは――。どうみても罠だ!
 そう思うのに、煽るように低く笑って見下ろす俺様課長に、瑠璃香は逃げ場を完全に塞がれたと実感させられた。

 そもそも――。
 今現在だって、自分が着てきた服がどこにあるのかさえ分からない。
 この場を切り抜けてとんずらすることすらできないのだ。


 途方に暮れる瑠璃香を横目に、晴永はこうなるに至った経緯、新入社員歓迎会に思いを馳せていた――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

汐埼ゆたか
恋愛
実花子はカフェで恋人と待ち合わせしているが、彼はなかなか来ない。 あと十分でカフェを出ようとしたところで偶然上司の各務と会う。 各務から出し抜けに「君の時間を十分ください」と言われ、反射的に「はい」と返事をしたら、なぜか恋人役をすることになり――。 *☼*――――――――――*☼* 佐伯 実花子(さえき みかこ) 27歳  文具メーカー『株式会社MAO』企画部勤務  仕事人間で料理は苦手     × 各務 尊(かがみ たける) 30歳  実花子の上司で新人研修時代の指導担当  海外勤務から本社の最年少課長になったエリート *☼*――――――――――*☼* 『十分』が実花子の運命を思わぬ方向へ変えていく。 ―――――――――― ※他サイトからの転載 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載禁止。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

定時で帰りたい私と、残業常習犯の美形部長。秘密の夜食がきっかけで、胃袋も心も掴みました

藤森瑠璃香
恋愛
「お先に失礼しまーす!」がモットーの私、中堅社員の結城志穂。 そんな私の天敵は、仕事の鬼で社内では氷の王子と恐れられる完璧美男子・一条部長だ。 ある夜、忘れ物を取りに戻ったオフィスで、デスクで倒れるように眠る部長を発見してしまう。差し入れた温かいスープを、彼は疲れ切った顔で、でも少しだけ嬉しそうに飲んでくれた。 その日を境に、誰もいないオフィスでの「秘密の夜食」が始まった。 仕事では見せない、少しだけ抜けた素顔、美味しそうにご飯を食べる姿、ふとした時に見せる優しい笑顔。 会社での厳しい上司と、二人きりの時の可愛い人。そのギャップを知ってしまったら、もう、ただの上司だなんて思えない。 これは、美味しいご飯から始まる、少し大人で、甘くて温かいオフィスラブ。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました

雨宮羽那
恋愛
 結婚して5年。リディアは悩んでいた。  夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。  ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。  どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。  そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。  すると、あら不思議。  いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。 「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」 (誰ですかあなた) ◇◇◇◇ ※全3話。 ※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜

氷狼魔術師長様と私の、甘い契約結婚~実は溺愛されていたなんて聞いていません!~

雨宮羽那
恋愛
 魔術国家アステリエで事務官として働くセレフィアは、義理の家族に給料を奪われ、婚期を逃した厄介者として扱われていた。  そんなある日、上司である魔術師長・シリウスが事務室へやってきて、「私と結婚してください」と言い放った!  詳しく話を聞けば、どうやらシリウスにも事情があるようで、契約結婚の話を持ちかけられる。  家から抜け出るきっかけだと、シリウスとの結婚を決意するセレフィア。  同居生活が始まるが、シリウスはなぜかしれっとセレフィアを甘やかしてきて……? 「これは契約結婚のはずですよね!?」 ◇◇◇◇  恋愛小説大賞に応募予定作品です。  お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます( . .)"  モチベになるので良ければ応援していただけると嬉しいです! ※この作品は「小説家になろう」様にも掲載しております。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...