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2章:フェアじゃない夜
煽ったのはお前だ
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「お風呂? ほわほわして身体洗える気がしません。課長、洗ってくらさい」
「は?」
(いきなり何を言い出すんだ、こいつは!)
こっちは理性を総動員していい上司を演じているというのに。
「えー。らって、私らち、夫婦になるんれしょう? 夫婦は一緒にお風呂に入るものらって、誰かが言ってましら」
(誰かって誰だ!)
「ま、まだ書類を役所へ提出してない。……却下だ」
反射で言っていた。
それはさすがに、いろいろとアウトだと思ったからだ。
「今日はとりあえず着替えて寝るだけにしろ。分かったな?」
「旦那しゃんとお風呂。憧れらったのに……ケチぃー」
不満そうにしながらもよろりと立ち上がる瑠璃香を支えて、晴永はとりあえずすぐそこの隣室――寝室まで連れて行く。
「ここで。着替えだけ済ませろ」
クローゼットから丈が長めのトレーナーを引っ張り出して渡した。さすがにズボンはウエストが合わないだろうが、このトレーナーならワンピースのように着こなせるかと思ったのだ。
「風呂は明日。今日は無理だからな?」
「はーい……」
一応もう一度言い聞かせてみると、意外と返事は素直だった。一人にしたら眠ってしまいそうな不安はあったが、着替えさせてやるわけにはいかないので扉を閉めて、外で待機する。
……が。
五分経っても、一〇分経っても、物音がしない。
「小笹?」
返事もない。
嫌な予感がして、「開けるぞ?」と声を掛けてから、そっと扉を開けた。
そこで見た光景に、思考が一瞬止まった。
ベッドの端に、下着姿で瑠璃香が寝そべっていたからだ。
服は手に持ったまま、着替える途中で寝落ちしたらしい。
「……っ!」
晴永は反射的に視線を逸らして、
「おい、服……!」
慌ててトレーナーを差し出したのだが――。
寝ぼけた手が、晴永の服を掴んだ。
「かちょ……、抱っこ」
そのまま、しがみつかれる。
フェアじゃない。
本当に。
そう思いながら、晴永は動けなくなっていた。
「小、笹……さすがにこれは……」
しがみついてくる瑠璃香の身体をどうしたらいいか分からなくて、晴永はトレーナーを持ったままの手を中途半端に宙へ浮かせたままグッと奥歯を噛み締める。瑠璃香を嗜める声が、今にも情欲に溺れてしまいそうで、熱い吐息に掠れてしまう。
「かちょ、寒い……。ギュッてして?」
なのに瑠璃香はまるで晴永の体温を求めるみたいにぐりぐりと身体をすり寄せてくる。
「小笹……、寒けりゃこれを……」
寒がる瑠璃香へ不用意に触れてしまわないよう慎重にトレーナーを指し出せば、「もしかして照れてるんれしゅか? ふふっ。可愛い」とか。
(正気か!?)
こんなことをしてくる時点で正気ではないのは分かりきっていたのだが、下からこちらを見上げてくる上目遣いが凶悪に可愛くて、今にも理性が焼き切れてしまいそうだ。
瑠璃香の性格を思えば、素面に戻った時、一線を越えていたらきっと後悔する。
(俺はお前を大事にしたいんだよ……)
出来ればまともな状態の瑠璃香と、そういうことをしたいのだ。
「……小笹、お前、男を舐めてると酷い目に……」
遭わせないために懸命に頑張っている晴永としては、ここまで無防備だと小言のひとつも言ってやりたくなるというもの。
なのに――。
「もぉ、かちょ、眉間にシワ寄ってましゅよぅ? かっこいいお顔が台無しれす」
ふふっと笑いながら瑠璃香の小さな手が、晴永の眉間をチョンチョンとつつく。
(コイツ、今……俺のことかっこいいって……)
酔ってタガが外れた状態で漏らした言葉は、存外瑠璃香の本音なんじゃないだろうか?
そう思うと、胸の奥がぶわりと熱くなる。
「あと、夫婦になりゅんれしゅから、ふたりきりの時きゅらいは、下の名前で呼んれくらさい」
ニコッと笑って、「かちょ、私の名前知ってましゅか? 〝りゅりか〟れすよ?」とか。
「……いや、お前だってずっと俺のこと課長って呼んでんだろ。それお互い様だ」
(言いたいのはそんなことじゃない)
だけど今にも思考停止に陥りそうな晴永としては、上手い返しなんて出来やしないのだ。
ここでもし瑠璃香に名前なんて呼ばれたら、自分を余計に追い詰めることになるだなんて思いつけないままそんなことを言ってしまって……。
酒を飲んでいるからなのか、いつもより高い体温が、ぎゅうっと晴永の身体に摺り寄せられるなり、「じゃ、〝はりゅなが〟しゃん?」
言って突然フニャッと笑った瑠璃香に、「やーん、何か照れくしゃーい」と胸元へぐりぐりと額を押し付けられる。晴永は、たまらず瑠璃香をぎゅっと腕の中へ抱きしめた。
足元へトレーナーが落ちたけれどそんなの、知ったことじゃない。
名前呼びと、瑠璃香から香る甘い色香に、とうとう晴永の鋼の忍耐が焼き切れてしまったのを、誰が責められよう?
理性だとか、上司としての立場だとか、フェアじゃないとか――そういう言い訳なんてくそくらえだ、と思ってしまった。
「……瑠璃香」
「はい……」
今まで呼んだことのなかった下の名前で彼女を呼べば、腕の中の瑠璃香が恥ずかしいみたいに身体をキュッと縮こまらせる。
「煽ったのはお前だ。どうなっても文句は言わせねぇぞ? いいな?」
自分がこれから瑠璃香にすることを正当化したいみたいに宣言した声が、思ったより低くなる。
しがみついてくる瑠璃香の細い腕に、ほんの少しだけ力が入ったのを、痛いほど感じた。
「の、臨むところにゃのれす……」
ややして宣言するみたいにキリリと(?)返された言葉は、晴永には「抱いてください」と言っているようにしか聞こえなかった。
下着越しに伝わる体温が、やけに生々しくて……。
さすがの晴永も、視界の端に入る瑠璃香の白い肌から、もう目を逸らせそうになかった――。
「……明日酔いがさめて覚えてないって言っても、もう離してやらねぇからな?」
誰に向けた言葉でもない独り言を落として、
晴永はゆっくりと瑠璃香の身体をベッドへと横たえる。
二人分の重みを受けて、きしりと沈んだスプリングの音が、やけに大きく響いた――。
「は?」
(いきなり何を言い出すんだ、こいつは!)
こっちは理性を総動員していい上司を演じているというのに。
「えー。らって、私らち、夫婦になるんれしょう? 夫婦は一緒にお風呂に入るものらって、誰かが言ってましら」
(誰かって誰だ!)
「ま、まだ書類を役所へ提出してない。……却下だ」
反射で言っていた。
それはさすがに、いろいろとアウトだと思ったからだ。
「今日はとりあえず着替えて寝るだけにしろ。分かったな?」
「旦那しゃんとお風呂。憧れらったのに……ケチぃー」
不満そうにしながらもよろりと立ち上がる瑠璃香を支えて、晴永はとりあえずすぐそこの隣室――寝室まで連れて行く。
「ここで。着替えだけ済ませろ」
クローゼットから丈が長めのトレーナーを引っ張り出して渡した。さすがにズボンはウエストが合わないだろうが、このトレーナーならワンピースのように着こなせるかと思ったのだ。
「風呂は明日。今日は無理だからな?」
「はーい……」
一応もう一度言い聞かせてみると、意外と返事は素直だった。一人にしたら眠ってしまいそうな不安はあったが、着替えさせてやるわけにはいかないので扉を閉めて、外で待機する。
……が。
五分経っても、一〇分経っても、物音がしない。
「小笹?」
返事もない。
嫌な予感がして、「開けるぞ?」と声を掛けてから、そっと扉を開けた。
そこで見た光景に、思考が一瞬止まった。
ベッドの端に、下着姿で瑠璃香が寝そべっていたからだ。
服は手に持ったまま、着替える途中で寝落ちしたらしい。
「……っ!」
晴永は反射的に視線を逸らして、
「おい、服……!」
慌ててトレーナーを差し出したのだが――。
寝ぼけた手が、晴永の服を掴んだ。
「かちょ……、抱っこ」
そのまま、しがみつかれる。
フェアじゃない。
本当に。
そう思いながら、晴永は動けなくなっていた。
「小、笹……さすがにこれは……」
しがみついてくる瑠璃香の身体をどうしたらいいか分からなくて、晴永はトレーナーを持ったままの手を中途半端に宙へ浮かせたままグッと奥歯を噛み締める。瑠璃香を嗜める声が、今にも情欲に溺れてしまいそうで、熱い吐息に掠れてしまう。
「かちょ、寒い……。ギュッてして?」
なのに瑠璃香はまるで晴永の体温を求めるみたいにぐりぐりと身体をすり寄せてくる。
「小笹……、寒けりゃこれを……」
寒がる瑠璃香へ不用意に触れてしまわないよう慎重にトレーナーを指し出せば、「もしかして照れてるんれしゅか? ふふっ。可愛い」とか。
(正気か!?)
こんなことをしてくる時点で正気ではないのは分かりきっていたのだが、下からこちらを見上げてくる上目遣いが凶悪に可愛くて、今にも理性が焼き切れてしまいそうだ。
瑠璃香の性格を思えば、素面に戻った時、一線を越えていたらきっと後悔する。
(俺はお前を大事にしたいんだよ……)
出来ればまともな状態の瑠璃香と、そういうことをしたいのだ。
「……小笹、お前、男を舐めてると酷い目に……」
遭わせないために懸命に頑張っている晴永としては、ここまで無防備だと小言のひとつも言ってやりたくなるというもの。
なのに――。
「もぉ、かちょ、眉間にシワ寄ってましゅよぅ? かっこいいお顔が台無しれす」
ふふっと笑いながら瑠璃香の小さな手が、晴永の眉間をチョンチョンとつつく。
(コイツ、今……俺のことかっこいいって……)
酔ってタガが外れた状態で漏らした言葉は、存外瑠璃香の本音なんじゃないだろうか?
そう思うと、胸の奥がぶわりと熱くなる。
「あと、夫婦になりゅんれしゅから、ふたりきりの時きゅらいは、下の名前で呼んれくらさい」
ニコッと笑って、「かちょ、私の名前知ってましゅか? 〝りゅりか〟れすよ?」とか。
「……いや、お前だってずっと俺のこと課長って呼んでんだろ。それお互い様だ」
(言いたいのはそんなことじゃない)
だけど今にも思考停止に陥りそうな晴永としては、上手い返しなんて出来やしないのだ。
ここでもし瑠璃香に名前なんて呼ばれたら、自分を余計に追い詰めることになるだなんて思いつけないままそんなことを言ってしまって……。
酒を飲んでいるからなのか、いつもより高い体温が、ぎゅうっと晴永の身体に摺り寄せられるなり、「じゃ、〝はりゅなが〟しゃん?」
言って突然フニャッと笑った瑠璃香に、「やーん、何か照れくしゃーい」と胸元へぐりぐりと額を押し付けられる。晴永は、たまらず瑠璃香をぎゅっと腕の中へ抱きしめた。
足元へトレーナーが落ちたけれどそんなの、知ったことじゃない。
名前呼びと、瑠璃香から香る甘い色香に、とうとう晴永の鋼の忍耐が焼き切れてしまったのを、誰が責められよう?
理性だとか、上司としての立場だとか、フェアじゃないとか――そういう言い訳なんてくそくらえだ、と思ってしまった。
「……瑠璃香」
「はい……」
今まで呼んだことのなかった下の名前で彼女を呼べば、腕の中の瑠璃香が恥ずかしいみたいに身体をキュッと縮こまらせる。
「煽ったのはお前だ。どうなっても文句は言わせねぇぞ? いいな?」
自分がこれから瑠璃香にすることを正当化したいみたいに宣言した声が、思ったより低くなる。
しがみついてくる瑠璃香の細い腕に、ほんの少しだけ力が入ったのを、痛いほど感じた。
「の、臨むところにゃのれす……」
ややして宣言するみたいにキリリと(?)返された言葉は、晴永には「抱いてください」と言っているようにしか聞こえなかった。
下着越しに伝わる体温が、やけに生々しくて……。
さすがの晴永も、視界の端に入る瑠璃香の白い肌から、もう目を逸らせそうになかった――。
「……明日酔いがさめて覚えてないって言っても、もう離してやらねぇからな?」
誰に向けた言葉でもない独り言を落として、
晴永はゆっくりと瑠璃香の身体をベッドへと横たえる。
二人分の重みを受けて、きしりと沈んだスプリングの音が、やけに大きく響いた――。
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