その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん

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2章:フェアじゃない夜

どうなったって知らねぇからな?

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 Misokaミソカを出ると、夜風が思ったより冷たかった。
 酔いの回った瑠璃香るりかは、それでも機嫌よく笑いながら晴永はるながの腕に軽く体重を預けてくる。

「ほら、足元気をつけろ」

 そう言って支えたのに、当の本人は聞いているんだかいないんだか。

「だいじょぶれすよぉ。新沼にいぬま課長、やさしー。なんか落ち着かにゃーい」

 褒め言葉として受け取るべきなのか判断に困る。
 とにかくこのまま歩かせるのは危険だと判断して、通りに出たところでタクシーを拾った。

 後部座席に瑠璃香を先に乗せ、自分も続く。

小笹こざさ、家まで送ってやる。住所言え」

 できるだけ事務的に言ったつもりだった。
 けれど返ってきたのは、予想の斜め上。

「婚姻届も書いたんれしゅから……今夜は課長のおーちでいいじゃないれすかぁ~」

 ……聞き間違いだと思いたかった。

「美味しいおしゃけ、まだにょませて欲しいれしゅ」

 にへら、と笑ってこちらを見る目がやけに無邪気で、余計に厄介だ。

「冗談言うな。こんなに酔ってるやつにこれ以上飲ませられるか」

「えー、冗談じゃないれすよぉ」

 運転手が気まずそうにミラー越しに視線を投げてくる。
 そのまま長々と、このやり取りを続けるわけにもいかず、晴永は小さく吐息を落とした。

「……分かった。じゃあ、ひとまず俺の家に行こう」
(俺だって男だ! どうなったって知らねぇからな!?)

 そんなことを思いながら晴永が自宅の住所を告げると、瑠璃香が満足そうに「美味しいおしゃけ楽しみぃ~」と小さく拍手をした。
 達成感を覚える内容じゃない。
(俺は酒の自販機か!)
 瑠璃香の鼻をきゅっとつまんだら、一丁前に「にゃにしゅるんれしゅか!」と抗議してくる。睨みつけているつもりだろうに、トロンとした表情が愛らしくて怒りも忘れて思わず口元がほころんでしまった晴永だ。
「やぁーん。課長が不適な笑み浮かべれれ怖いれす」
 スッと離れる瑠璃香に「失礼なやつめ」とつぶやきながら、晴永は窓外を流れる景色に視線を向ける。
 これ以上瑠璃香のほうを見ていたら、キスしてしまいそうだと思ったからだ。

 それからは、さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かになった。
 瑠璃香は窓の外をぼんやり眺めては、時々思い出したようにゆらゆら揺らめいて、晴永の肩に額を預けてくる。
(眠いのか?)
 もしかしたらそうなのかも知れない。
 気持ち悪いです、吐きそうです、と言われるよりは眠ってくれたほうが余程いい。
 Misokaミソカから晴永の自宅までは徒歩三〇分圏内。車なら一〇分と掛からずに就く距離だ。

 ふわりふわりと身体を揺らしていた瑠璃香が、とうとう堪えきれなくなったみたいに晴永の肩へ完全に頭を乗せて動かなくなってしまった。
 近い。
 近いけど、ずらすわけにもいかない。
 車の振動で、落ちてしまいそうな瑠璃香の頭をそっと支えるようにして膝枕の体勢にしてみる。
 それだけで、『何してるんですかっ』と怒られるんじゃないかと思ってめちゃくちゃドキドキした。
 だけど瑠璃香は少し「ん……」とつぶやいただけで一向に目覚める様子はない。
 フェアじゃない、と思う。
 相手が酔っている以上、こんな風によこしまな感情を持って触れてしまうこと自体が。
(けどなぁ、これ、不可抗力だろ?)
 そう言い訳しているうちに、タクシーは自宅前へ滑り込んだ。

 支払いを済ませ、ドアを開けてもらう。

「着いたぞ」
 声をかけ、そっと瑠璃香の身体を起こす。
「着いら?」
「ああ、タクシーの運転手さんに悪い。さっさと降りるぞ」
「はーい……」

 返事はあるが、立ち上がる気配がない。
 仕方なく手を貸して降ろすと、案の定ふらついた。

「ほら、掴まれ」
 腕を差し出すと、なぜかそれを素通りしてぎゅっと晴永の腰に腕を回してしがみついてくる。
(なっ、ちょっ、待っ)
 心の中で盛大にオロオロしながらも、晴永は決してそれを表に出さない。
 さも何でもないことのように瑠璃香の身体をぎゅっと抱きしめるようにして、玄関前まで歩いた。

「課長のおうち……おっきい……」

 二階建ての一軒家。
 自分一人で住むには少し広すぎる気もするが、余った金を何となく投じただけのマイホームだ。広すぎようがなんだろうが、そんな感想、今はどうでもいい。

 玄関を開け、瑠璃香を支えたまま、どうにか中へ。
 上がりかまちに腰掛けさせた瑠璃香の足からそっとパンプスを脱がせると、思いのほか小さな足にトクンと心臓が跳ねる。
(可愛すぎだろ、この足)
 余計なことを考えないように瑠璃香の足から視線を逸らすと、晴永はさっさと自分も靴を脱いだ。
「あ、くつ……」
 玄関先に散らばった、脱ぎ散らかしたままの靴を見つめる瑠璃香の視線に気が付いて、慌てて二人分の靴を綺麗にそろえると、晴永は下駄箱へ寄りかかるようにして座る瑠璃香をスッと抱き上げた。
「ひゃっ」
 小さく悲鳴を上げてしがみついてくる瑠璃香にドキドキしながらも、晴永は彼女を横抱きにしたままリビングへ向かう。

「とりあえず、座れ」

 リビングのソファにそっと瑠璃香を下ろして座らせると、キッチンから水を持ってきた。

「……飲め」
「おしゃけれすか?」
「んなわけあるか! ただの水だ!」
「えー、ちゅまんなぁーい……」
(詰まるも詰まらんもあるか!)
 そう心の中で毒づきながら瑠璃香を見下ろす晴永の視線に負けたみたいに、瑠璃香がグラスに口をつけた。
 一口飲んだら思いのほか喉が渇いていたのに気付いたんだろうか?
 コクコクと愛らしく喉を鳴らしながらグラスをからにしてしまった。
「おいし……」
 ほぅ、っと吐息を落としつつも、瑠璃香の目はもう半分閉じかけている。

(このままじゃまずいだろ)

「……風呂、どうする?」

 一応、確認だけのつもりだった。
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