バイオレット・アイズ~魔導書と紫の瞳の魔女~

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最終話 バイオレット・フィズ

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 その日はめずらしく雪が降っていた。

 未冬は、ホテルのラウンジに入ると厚手のコートを脱いだ。
「いらっしゃいませ、未冬さん」
 最近、ここに通い詰めていた未冬は、すっかりバーテンダーと顔なじみになっていた。
 誰かと待ち合わせというわけでもお気に入りのメニューがあるわけでもない。ただ、ここに来てゆっくりと流れる時間を楽しむだけだった。
 店での心地よさは気に入っていたが、これほどまで、店に来続ける理由は未冬自身でもよくわからないでいた。

「今日は何か面白いことはございましたか?」
 バーテンダーは、カウンター席に座る未冬の前に来るとそう言った。
「やだなあ、スミスさん。早々面白い事なんてありませんよ。あっ! 待ってください? 雪です。雪が降っていました」
「ほう、雪ですか。確かに今日は、寒かったですからね」
「この街でも雪なんて振るんですね」
「滅多にないことです。珍しいことですよ。ところで今日は何をお飲みになりますか?」
「うーん……いつもと違うものが飲みたいかな。雪も降っている珍しい日だし」
 それを聞いてスミスが微笑む。
「何かおすすめはありますか?」
「そうですね……そうだ。未冬さんがこのラウンジへ初めてお越しになった時に飲んだカクテルはどうでしょう」
「私が初めて来たとき? 面白そうだけど、そんなの覚えてるんですか?」
「はい、良いバーテンダーはお客様の顔も、飲んだカクテルも覚えているものです。それに、あの夜に未冬さんとご一緒の方はとても印象的でしたので」
「私が誰かと……? 私、誰かとここへ来たことありませんよ?」
「待ち合わせではなく偶然、隣りに座ったお客様のようでしたね。随分と盛り上がってお話をなさっていたましたよ」
「それって、どんな人でした?」
「とにかく印象的な美人でしたよ? プラチナブロンドの髪がまた美しくて……」
 感慨深げに語っていたスミスは未冬の視線に気づき、咳払いをする。
「ではカクテルをお作り致しますので少しお待ち下さい」

 しばらくするとカクテルが未冬の前に置かれた。
 深みのある青い色のカクテルだった。
「へえ……綺麗ですね」
「バイオレット・フィズでございます」
 未冬はグラスを口にする。
「美味しい!」
 未冬の言葉を聞いて満足気に微笑むスミス。
「でも……何か味に覚えがある」
 覚えのなかったカクテルだったが、どういうわけか雰囲気や味に覚えがあった。
 やはり、飲んだことがあるのかしら?
 だが、どうしても、このカクテルを飲んだ記憶が思い当たらない。
 不思議な感覚に襲われていると、いくつかの席を空けて隣に別の客が座った。
 気配に気づき、ちらりと横を見てみる。そこに座っていたのは美しい黒髪の美女だった。
 黒髪の女は、向けられている視線に気づき未冬の方を向いた。
 恥ずかしくなって慌てて目をそらす未冬だった。
「あなた、日本人?」
 すると女が声をかけてきた。
「ええ……留学生です。ごめんなさい! 見つめてしまって」
「別にいいわ。そういうの慣れてるから」
「あ……本当にごめんなさい」
 頭を深々と下げる未冬。
「気にしないで。私の方もあなたが日本人なのが気になって声をかけちゃった。実はお母さんが日本人なの」
 クールな雰囲気とは違いフランクな口調を意外に思う。
「そうなんですか。だから髪が黒いんですね。そういえば目元も日本人ぽいかも……」
 未冬は彼女の瞳が特殊なのに気がついた。
 それはバイオレットの美しい瞳の色だ。
 未冬が自分の瞳を気にしているのに気がついた女がにこりと微笑んだ。
「珍しいでしょ? 東欧にはたまにいるみたい。もしかしたら父方の誰かにそういった血筋があるのかも」
「へえ……」
 未冬は、もう一度、彼女のバイオレットの瞳を見つめた。
「あっ! またごめんなさい!」
「ははは、だから気にしないでって。この瞳だから本当によくあるのよ」
 確かに珍しい瞳の色も人の目をひくのだろうが、美しく整った容姿でも十分、人の目を引いている、と未冬は思う。
「私の名前は凜夏・ランカスター。よろしく」
 そう言って凜夏は、未冬の目の前に手を差し出した。
「わたし……玖月未冬といいます」
 未冬は出された凜夏の手を握った。感触に覚えたあったをを不思議に感じる。
「今飲んでいるのバイオレット・フィズでしょ? 美味しいよね。そのカクテル」
「はい。バーテンダーさんに勧められました。私、初めて飲むんです」
「そう……」
 そう言った凜夏の表情は少し寂しげだった。それが未冬には何故か気になった。
「ねえ、未冬さん。そのカクテルの"意味"って知ってる?」
「意味……ですか?」
「そう、花言葉とか宝石みたいな感じのやつ」
「へえ……」
 感心する未冬は、自分の飲んでいるカクテルの意味に俄然、興味がでる。
「"私を覚えていて"」
「え?」
「そのカクテルに込められた意味よ」
 彼女はそう言いながらバイオレットの瞳で未冬を見つめた。
 その美しい瞳に未冬は戸惑うと同時に何かが心の中でひっかかっていた。
「私を覚えて……覚えて……」
 未冬は何かの衝動に突き動かされた。
「あの、ランカスターさん。間違っていたらごめんなさい!」
 突然、真剣な顔で見つめる未冬に凜夏は小首をかしげる。
「……わたしたち、どこかでお会いしていませんか?」
 未冬のその言葉に凜夏は嬉しそうに微笑んだ。

 Fin
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