1 / 12
第1話 出逢い
しおりを挟む
満月の夜。
都心から快速電車で一時間ほど離れた何の変哲もないベッドタウン。
歴史ある築年数からは想像できない、小綺麗な4LDKのマンションの一室。
ピンポーン。
突然鳴らされる玄関の呼び出しベル。
壁時計に目をやれば、針は夜の10時を指している。
いつもならば、カメラで来訪者の確認をしてからドアを開けるが、その時は久しぶりの酒で頭はしっかり酔いがまわっていた。
集中力も警戒心もかなぐり捨てられ、ふわふわとした足取りでドアを開けると……。
そこには、白無垢姿の女が一人立っていた。
ドアから見える夜空には、穏やかに輝く満月。
月の光できらきらと輝く白無垢姿の女性の顔はうつむいているせいか、被っている綿帽子が口元までその表情を隠し窺い知ることが出来ない。
(誰だろう?)
一人やもめのアラサーの男である自分、斎藤大地の元に、夜中に白無垢が現れるという非現実を酔った頭は処理することができず、ただただぼーっと見つめてしまう。
「先日は誠にありがとうございました。恩返しに貴方様に嫁ぎに参りました」
柔らかで可愛い女の声が響く。
(先日? いつのことだ?)
大地はなんのことかわからずこう答えた。
「誰かとお間違いではありませんか?」
「いえ、間違いありません。斎藤大地様。私の旦那様」
「へ?」
知らない女から名前を呼ばれ、旦那様と言われ、回っていない頭は酒と混乱により固くなり、大地はただただ間抜けな声を出すだけ。
すると、白無垢の女は小さな手で綿帽子をそっと頭から外す。
女性の可愛らしい顔が露になった。
やや幼い雰囲気を残した整った顔立ち、穏やかで優し気な茶色い瞳、小さな赤い唇、月の光に照らされてシルクのように鈍く柔らかく輝く黒い髪、そして猫耳。
猫耳。
酔いのせいかと目をこすりながら何度か見直すが、間違いなく頭の上に作り物とは違う生々しい獣の耳が生えている。
「あの時の黒猫でございます。旦那様。ご恩をお返しに参りました」
女はそう言うと可愛らしくにこりと微笑む。華のある笑顔は、背後にパッと綺麗な花が咲いたようだった。
大地の胸が一瞬どきりと高鳴り、酒も手伝ってか気分が高揚していく。
(あの時の? 黒猫?)
そういえば、前に黒猫に関する何かがあったような。
でも、酔いが回った今はうまく思い出せない。
大地が情けなくもまごまごしていると、黒猫の女は愛らしくクスリと笑うと、しなやかに跳ねるように大地に抱きついた。
「あぁ……。この匂い……。確かにあの時の殿方」
黒猫は顔を大地の胸にうずめて囁くように言った。背中にまわされた手に力がこもり、ぎゅっと密着し合う体。
ふわりと匂う甘い優しい女の匂い。
「お酒の匂いがしているのは少し残念ですが……。ねぇ、旦那様、ここは寒いです。中に入れていただけませんか?」
もうすぐ三月というまだまだ寒さが厳しい夜。
酔いで熱くなった体には、肌寒い風が心地よく顔をはたく。
黒猫は大地の胸の中でわざとらしく、あざとく可愛いクシャミをすると、上目遣いで見上げニコリと笑う。
月の光のいたずらか――。
優しく輝き、まるで女神のようなその笑顔に、大地の胸の中で何かが弾けた。
急に顔が、いや、全身が熱くなり、年甲斐もなく顔を真っ赤に染め上げる。
(こんな夢みたいなことがあるだろうか?)
「あぁ、そうか。これは夢か。夢だよな。いいよ。上がって上がって」
「ありがとうございます。旦那様」
(そう。夢だ。これは夢なのだ。現実の俺は、酔っぱらった末にリビングのソファで寝転がっているのだ。そうでなければ、このようなことは起きないはずだ。現代の日本で、夜更けに白無垢を着た猫耳の女の子が突然訪ねてくるなんてありえるか? いや、ない。つまり、これは夢なのだ。そして、今、俺はこれが夢なのだと自覚した)
明晰夢。
(自分のやりたいことを好きにやれる夢。だったら、少し良い想いをしてもいいだろう)
大地は、黒猫の繊細で細い指に自分の指を絡ませて、家の中に招き入れた。
互いの指が絡みあった時、女の顔が上気し切なそうな表情を浮かべたが、それもつかの間、玄関の敷居を一歩跨ごうという時、表情は消え、冷たい瞳で大地の背中を刺すように見つめていた。
しかし、その変化に大地は気が付くことはできない。
玄関のドアはバタンと音を立てて閉じられた。
都心から快速電車で一時間ほど離れた何の変哲もないベッドタウン。
歴史ある築年数からは想像できない、小綺麗な4LDKのマンションの一室。
ピンポーン。
突然鳴らされる玄関の呼び出しベル。
壁時計に目をやれば、針は夜の10時を指している。
いつもならば、カメラで来訪者の確認をしてからドアを開けるが、その時は久しぶりの酒で頭はしっかり酔いがまわっていた。
集中力も警戒心もかなぐり捨てられ、ふわふわとした足取りでドアを開けると……。
そこには、白無垢姿の女が一人立っていた。
ドアから見える夜空には、穏やかに輝く満月。
月の光できらきらと輝く白無垢姿の女性の顔はうつむいているせいか、被っている綿帽子が口元までその表情を隠し窺い知ることが出来ない。
(誰だろう?)
一人やもめのアラサーの男である自分、斎藤大地の元に、夜中に白無垢が現れるという非現実を酔った頭は処理することができず、ただただぼーっと見つめてしまう。
「先日は誠にありがとうございました。恩返しに貴方様に嫁ぎに参りました」
柔らかで可愛い女の声が響く。
(先日? いつのことだ?)
大地はなんのことかわからずこう答えた。
「誰かとお間違いではありませんか?」
「いえ、間違いありません。斎藤大地様。私の旦那様」
「へ?」
知らない女から名前を呼ばれ、旦那様と言われ、回っていない頭は酒と混乱により固くなり、大地はただただ間抜けな声を出すだけ。
すると、白無垢の女は小さな手で綿帽子をそっと頭から外す。
女性の可愛らしい顔が露になった。
やや幼い雰囲気を残した整った顔立ち、穏やかで優し気な茶色い瞳、小さな赤い唇、月の光に照らされてシルクのように鈍く柔らかく輝く黒い髪、そして猫耳。
猫耳。
酔いのせいかと目をこすりながら何度か見直すが、間違いなく頭の上に作り物とは違う生々しい獣の耳が生えている。
「あの時の黒猫でございます。旦那様。ご恩をお返しに参りました」
女はそう言うと可愛らしくにこりと微笑む。華のある笑顔は、背後にパッと綺麗な花が咲いたようだった。
大地の胸が一瞬どきりと高鳴り、酒も手伝ってか気分が高揚していく。
(あの時の? 黒猫?)
そういえば、前に黒猫に関する何かがあったような。
でも、酔いが回った今はうまく思い出せない。
大地が情けなくもまごまごしていると、黒猫の女は愛らしくクスリと笑うと、しなやかに跳ねるように大地に抱きついた。
「あぁ……。この匂い……。確かにあの時の殿方」
黒猫は顔を大地の胸にうずめて囁くように言った。背中にまわされた手に力がこもり、ぎゅっと密着し合う体。
ふわりと匂う甘い優しい女の匂い。
「お酒の匂いがしているのは少し残念ですが……。ねぇ、旦那様、ここは寒いです。中に入れていただけませんか?」
もうすぐ三月というまだまだ寒さが厳しい夜。
酔いで熱くなった体には、肌寒い風が心地よく顔をはたく。
黒猫は大地の胸の中でわざとらしく、あざとく可愛いクシャミをすると、上目遣いで見上げニコリと笑う。
月の光のいたずらか――。
優しく輝き、まるで女神のようなその笑顔に、大地の胸の中で何かが弾けた。
急に顔が、いや、全身が熱くなり、年甲斐もなく顔を真っ赤に染め上げる。
(こんな夢みたいなことがあるだろうか?)
「あぁ、そうか。これは夢か。夢だよな。いいよ。上がって上がって」
「ありがとうございます。旦那様」
(そう。夢だ。これは夢なのだ。現実の俺は、酔っぱらった末にリビングのソファで寝転がっているのだ。そうでなければ、このようなことは起きないはずだ。現代の日本で、夜更けに白無垢を着た猫耳の女の子が突然訪ねてくるなんてありえるか? いや、ない。つまり、これは夢なのだ。そして、今、俺はこれが夢なのだと自覚した)
明晰夢。
(自分のやりたいことを好きにやれる夢。だったら、少し良い想いをしてもいいだろう)
大地は、黒猫の繊細で細い指に自分の指を絡ませて、家の中に招き入れた。
互いの指が絡みあった時、女の顔が上気し切なそうな表情を浮かべたが、それもつかの間、玄関の敷居を一歩跨ごうという時、表情は消え、冷たい瞳で大地の背中を刺すように見つめていた。
しかし、その変化に大地は気が付くことはできない。
玄関のドアはバタンと音を立てて閉じられた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
放課後の保健室
一条凛子
恋愛
はじめまして。
数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。
わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。
ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。
あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

