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外伝 レオンハルト編
プロローグ
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「ったく、しようがねえな」
寄宿舎の自室で酔い潰れたフローラを抱き上げて、ベッドに運んでやった。
フローラは魔法剣士だ。
大陸の西南に位置するポルト国の北部を守る第5警備隊に所属している。
今日は、北部大隊において剣の模擬試合の大会があったのだが、第1警備隊の奴にこてんぱんにやられて、やけ酒を飲んだというわけだ。
「お前は気負い過ぎなんだよ」
女性の魔法使いは多くはないが、少なくもない。
しかし、女性剣士となるとほとんどいないと言っても過言ではない。
その証拠に北部大隊においては、フローラだけである。
男性に比べて筋力が劣る女性にとって、重い剣を扱う事は負担が大きいからだ。
その筋力をフローラは魔法で補っている。
だが、魔法は繊細なコントロールが必要で、フローラはテンパるとそのコントロールが全く出来なくなってしまう。
ベッドに寝かせたフローラをじっと眺める。
顔にかかったストロベリーブロンドの髪をそうっと払って、柔らかな頬を撫でる。
愛しい女。
愛しい女が泥酔しているこの状況、絶好のチャンスじゃないか!
母上に知られたら、シメられるのは確実だけど、幸いにもここは竜王国から遠い遠い彼方の国、知られる事はないだろう。
キスしちゃおっかなー。
キスはフローラに毎日してもらってるけど、感触がイマイチなんだよな。
やっぱり、柔らかくねっとりとした唇同士じゃないと、フローラの唇を味わう事は叶わない。
フローラの顔の両脇に手をつき、唇を重ねたちょうどその時、ドアがノックされた。
「おい、フローラ、起きているか? 今日の事はあまり気にするな。相手が悪かったんだ。おい、聞いてるか? 入るぞ?」
同僚のマティアスが、様子を見に来たようだ。
男嫌いのフローラが、唯一信用していて近寄る事を許している男だ。
「やっぱり、毎度の事ながらやけ酒を煽っていたな」
床に転がった酒瓶を見て、マティアスが呟くように言う。
「レオン、またお前はフローラの上に乗っかって。今夜は酔ったフローラに潰されるといけないから、こっちにしておけ」
そして、俺を見付けると片手でつまみ上げ、鳥かごのようなケージの中にある止まり木の上に乗せた。
仕方がないので、止まり木を両手両足で握り、尻尾を巻き付けた。
素知らぬ顔で目玉だけをぎょろりと動かしてマティアスを観察する。
酔って正体を失った美しい女がいるのだ、手を出さないとも限らない。
「でも、今日はちゃんとベッドには潜り込めたんだな」
マティアスはフローラの寝顔を眺め、頭をひと撫ですると静かに部屋から出て行った。
マティアスは俺と違って紳士だった。いや、それとも、ゲイなのか?
だから、フローラは警戒しないのか? そうだ、きっとそうに違いない。
俺には好都合だがな。
俺はフローラが好きだ。
フローラが望んでくれれば、何だってやってやるつもりだが、フローラ自身が俺を拒絶する。
フローラは、母親と自分を捨てた父親を憎んでいて、男というモノ全てを父親と同一視して、嫌っているのだ。
しかし、フローラが身を置く警備隊は男社会、守ってやる者が必要だ。
それにマティアスはうってつけ。
というか、そもそもマティアスがいなければ、おそらくフローラが剣士の学校を卒業し、警備隊に配属され、ただ一人の女性剣士として北部大隊で勤めることなど叶わなかっただろう。
マティアスは、フローラを自分の妹に似ているから放っておけないのだと、ずっと世話を買って出ている。
ライバルになるなら、蹴落としてやるところだが、ゲイなら安心だ。
フローラの世話係に任命してやろう。
「んー? ああう、頭が痛いっ、うー、あー、おはよう、レオン」
俺は長い舌を頬に伸ばして、フローラを起こしてやった。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「フローラ、朝だぞ? 起きたか?」
ノックと同時に、マティアスが入って来た。
「マティアス、頭が痛い。昨日飲み過ぎちゃったみたい」
「だろうな。ほら、水だ。飲め」
「ありがと。それから、また世話をかけたみたいで、ごめんね。ベッドに運んでくれたんでしょう?」
「いや、昨日は俺が来た時には、お前、もうベッドに潜り込んでいたぞ」
「へえー、そうなの? 全然覚えてない」
「朝メシはどうする? 食えそうか?」
「ううん、ダメ、いらない。マティアスだけで行って来て。私はもう少し横になってる」
「うん、そうだろうと思ったよ。だから、レオンに新鮮な餌を取ってきてやったんだ」
俺は新鮮な餌と聞いて、ぎくりとした。
まずい。
「ほら、レオン。生きのいいコオロギだぞ?」
う、や、やめてくれ! それを俺の目の前に置かないでくれ!
俺の目が、コオロギを捉えた。あ、ヤバい。
必死に口を閉じるも、舌が伸びて出ようとするのを我慢出来ない。
俺の抵抗も虚しく、しゃくっという音と共に、口の中に嫌な感触が!
羽とか脚とか、き、きもちが悪いー!
俺は食うつもりなんてないのに、カメレオンの習性で目の前に動く虫を見付けると、勝手に舌を伸ばして口に入れてしまう。
俺は竜でもあるから、生きた獲物を食いちぎったり、丸呑みにする事は厭わない。
人間が忌避する生肉だって、オッケーだ。
だが、虫は嫌いだ!
俺は目をぐりぐり回して悶絶した。
本当は手を突っ込んで、掻き出したい!
でも、生憎俺の手はせいぜい口の隅にしか届かなくて、フガフガもがくことしか出来なかった。
「ははは、コイツはいつ見ても面白い」
「ちょっと、止めてよ! レオンをイジメないで」
「イジメてなんていないよ。コイツの為にやってるんだ。カメレオンのくせに、人間の食べ物を食べるなんて、おかしいよ。正しい食事をさせないと健康にも悪いと、俺はそう思う」
「だから、このコは普通のカメレオンじゃないの。魔法使いが飼ってたカメレオンなの! 特別なのよ。魔力だってあるんだから! このコが来てから、私の魔法の腕は上がるし、姿は超キュートで癒されるし、話し相手にもなって本当に良い事ずくめなの。だから、面白がってイジメちゃダメ! ねー、レオン」
フローラは俺を手の平に乗せて、愛情を込めてキスしてくれた。
俺も好きだという意味を込めて、顔を手の平にスリスリした。
寄宿舎の自室で酔い潰れたフローラを抱き上げて、ベッドに運んでやった。
フローラは魔法剣士だ。
大陸の西南に位置するポルト国の北部を守る第5警備隊に所属している。
今日は、北部大隊において剣の模擬試合の大会があったのだが、第1警備隊の奴にこてんぱんにやられて、やけ酒を飲んだというわけだ。
「お前は気負い過ぎなんだよ」
女性の魔法使いは多くはないが、少なくもない。
しかし、女性剣士となるとほとんどいないと言っても過言ではない。
その証拠に北部大隊においては、フローラだけである。
男性に比べて筋力が劣る女性にとって、重い剣を扱う事は負担が大きいからだ。
その筋力をフローラは魔法で補っている。
だが、魔法は繊細なコントロールが必要で、フローラはテンパるとそのコントロールが全く出来なくなってしまう。
ベッドに寝かせたフローラをじっと眺める。
顔にかかったストロベリーブロンドの髪をそうっと払って、柔らかな頬を撫でる。
愛しい女。
愛しい女が泥酔しているこの状況、絶好のチャンスじゃないか!
母上に知られたら、シメられるのは確実だけど、幸いにもここは竜王国から遠い遠い彼方の国、知られる事はないだろう。
キスしちゃおっかなー。
キスはフローラに毎日してもらってるけど、感触がイマイチなんだよな。
やっぱり、柔らかくねっとりとした唇同士じゃないと、フローラの唇を味わう事は叶わない。
フローラの顔の両脇に手をつき、唇を重ねたちょうどその時、ドアがノックされた。
「おい、フローラ、起きているか? 今日の事はあまり気にするな。相手が悪かったんだ。おい、聞いてるか? 入るぞ?」
同僚のマティアスが、様子を見に来たようだ。
男嫌いのフローラが、唯一信用していて近寄る事を許している男だ。
「やっぱり、毎度の事ながらやけ酒を煽っていたな」
床に転がった酒瓶を見て、マティアスが呟くように言う。
「レオン、またお前はフローラの上に乗っかって。今夜は酔ったフローラに潰されるといけないから、こっちにしておけ」
そして、俺を見付けると片手でつまみ上げ、鳥かごのようなケージの中にある止まり木の上に乗せた。
仕方がないので、止まり木を両手両足で握り、尻尾を巻き付けた。
素知らぬ顔で目玉だけをぎょろりと動かしてマティアスを観察する。
酔って正体を失った美しい女がいるのだ、手を出さないとも限らない。
「でも、今日はちゃんとベッドには潜り込めたんだな」
マティアスはフローラの寝顔を眺め、頭をひと撫ですると静かに部屋から出て行った。
マティアスは俺と違って紳士だった。いや、それとも、ゲイなのか?
だから、フローラは警戒しないのか? そうだ、きっとそうに違いない。
俺には好都合だがな。
俺はフローラが好きだ。
フローラが望んでくれれば、何だってやってやるつもりだが、フローラ自身が俺を拒絶する。
フローラは、母親と自分を捨てた父親を憎んでいて、男というモノ全てを父親と同一視して、嫌っているのだ。
しかし、フローラが身を置く警備隊は男社会、守ってやる者が必要だ。
それにマティアスはうってつけ。
というか、そもそもマティアスがいなければ、おそらくフローラが剣士の学校を卒業し、警備隊に配属され、ただ一人の女性剣士として北部大隊で勤めることなど叶わなかっただろう。
マティアスは、フローラを自分の妹に似ているから放っておけないのだと、ずっと世話を買って出ている。
ライバルになるなら、蹴落としてやるところだが、ゲイなら安心だ。
フローラの世話係に任命してやろう。
「んー? ああう、頭が痛いっ、うー、あー、おはよう、レオン」
俺は長い舌を頬に伸ばして、フローラを起こしてやった。
コンコンとドアをノックする音が聞こえる。
「フローラ、朝だぞ? 起きたか?」
ノックと同時に、マティアスが入って来た。
「マティアス、頭が痛い。昨日飲み過ぎちゃったみたい」
「だろうな。ほら、水だ。飲め」
「ありがと。それから、また世話をかけたみたいで、ごめんね。ベッドに運んでくれたんでしょう?」
「いや、昨日は俺が来た時には、お前、もうベッドに潜り込んでいたぞ」
「へえー、そうなの? 全然覚えてない」
「朝メシはどうする? 食えそうか?」
「ううん、ダメ、いらない。マティアスだけで行って来て。私はもう少し横になってる」
「うん、そうだろうと思ったよ。だから、レオンに新鮮な餌を取ってきてやったんだ」
俺は新鮮な餌と聞いて、ぎくりとした。
まずい。
「ほら、レオン。生きのいいコオロギだぞ?」
う、や、やめてくれ! それを俺の目の前に置かないでくれ!
俺の目が、コオロギを捉えた。あ、ヤバい。
必死に口を閉じるも、舌が伸びて出ようとするのを我慢出来ない。
俺の抵抗も虚しく、しゃくっという音と共に、口の中に嫌な感触が!
羽とか脚とか、き、きもちが悪いー!
俺は食うつもりなんてないのに、カメレオンの習性で目の前に動く虫を見付けると、勝手に舌を伸ばして口に入れてしまう。
俺は竜でもあるから、生きた獲物を食いちぎったり、丸呑みにする事は厭わない。
人間が忌避する生肉だって、オッケーだ。
だが、虫は嫌いだ!
俺は目をぐりぐり回して悶絶した。
本当は手を突っ込んで、掻き出したい!
でも、生憎俺の手はせいぜい口の隅にしか届かなくて、フガフガもがくことしか出来なかった。
「ははは、コイツはいつ見ても面白い」
「ちょっと、止めてよ! レオンをイジメないで」
「イジメてなんていないよ。コイツの為にやってるんだ。カメレオンのくせに、人間の食べ物を食べるなんて、おかしいよ。正しい食事をさせないと健康にも悪いと、俺はそう思う」
「だから、このコは普通のカメレオンじゃないの。魔法使いが飼ってたカメレオンなの! 特別なのよ。魔力だってあるんだから! このコが来てから、私の魔法の腕は上がるし、姿は超キュートで癒されるし、話し相手にもなって本当に良い事ずくめなの。だから、面白がってイジメちゃダメ! ねー、レオン」
フローラは俺を手の平に乗せて、愛情を込めてキスしてくれた。
俺も好きだという意味を込めて、顔を手の平にスリスリした。
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