5 / 7
Policier de Paris et diva (son passé) パリ警察と歌姫(彼女の過去)
しおりを挟む
男は理解できないといわんばかりに睨みつけるような視線で応えた。
突然、下された命令に驚いたからだ、無理もないパサージュに行けというのだ、だが、買い物をしてこいと上司に頼まれたわけではない。
ある婦人の護衛としてだ。
何故と説明を求めたのは当然だろう。
「自分はジャックを捕まえることが最優先の筈です、そう仰ったのは」
あなたでしょう、その視線に机の上の新聞と手紙を上司である男はちらりと見た。
「警護の仕事が、そんんなに嫌なのか」
「そんなことはありません、命令なら従います、どんなことでも」
「まさか荷が重いなどというわけじゃないだろうな」
男は首を振った。
アイリーナ・アドラーがパリのオペラ座に立つことが決まったのは数日前のことだ。
新聞に載っても不思議はない、スクープといってもいいぐらいだ。
だが、それは記事にはならなかった、寸前で押さえられたからだ。
「来日前にプリマドンナはパリに来る、勿論、日程は秘密だ、そのときの護衛を君に頼みたいんだ、ジャン、これは君にしか」
男は頭を下げた、それ以上は言わなくてもわかりますという無言の答えだ。
「待て」
背を向けて手で行こうとする男を上司は呼び止め、まだ公にはされていないがと言葉をきった。
「先日、殺された男は阿片を売買していた、その相手は一般人ではない」
貴族ですかと言いかけてジャンは言葉を飲み込んだ。
プリマドンナがオペラ座の舞台に立てば大勢の人間が来るだろう、一般人だけでない、貴族もだ。
「プリマドンナは」
歯切れの悪い言葉が何を言おうとしているのか、すぐにはわからなかった。
「常習ですか、もしくは」
馬鹿者っっ、即座に一喝された。
「プリマドンナは阿片、薬物に対して嫌悪している、それを嗜みだと豪語する人間も、だが、ここはパリだ」
取り込もうとする者がいるかもしれない、上司の言葉にあり得ないことではないと思った。
有名なプリマドンナともなれば金もあるだろう、そこを狙ってくるかもしれない。
オペラ座の支援者貴族の中に阿片に関わる者がいれば尚更だ。
「ジャベール」
上司に呼ばれた瞬間、男の表情が一変した、名前を呼ばれたからではない、まだ、なにかあると感じたからだ。
「先日、殺された娼婦だが、部屋から、あるものが見つかった」
嫌な予感がした。
「上物の阿片だ、私娼の稼ぎでは手が出せないほどのものだ」
予想もしない返事にジャン、いや、ジャベールは黙り込んでしまった。
女性のドレスを買うというのは簡単なことではない。
下町、平民の女性なら自分で仕立てたりするだろうが、身分のある女性ならサイズを測り、トルソー【型】を作る、それを元に仕立てるのだが、時間がかかる。
いや、問題はそれだけではない。
コルセットなど窮屈で締め付けるようなものはよくない。
体調を考えると動きやすいものがいいだろうと男は考えた。
パリの流行は気まぐれといってもいい、昨日まで話題になっていたものが、数日もすればがらりと変わる。 流行の先端を動かすのは有名人、金持ち、芸術家と様々だ。
以前は貴族か幅をきかせていたが、今はそうでもない商売人、国内だけではない外国からやってきた商人もだ。
彼らにはパリの貴族の威信や権威は関係ない、勿論、あからさまな態度はとらないが。
「マエストロ、私の見立て、満足してくださったのですね」
手紙が暖炉の中で完全に燃え尽きたのを見ると微笑んだ。
東洋、オリエンタルな小間物を見立ててほしいと連絡を受けたときは驚いた。
それも女性のものだ。
雨が降っても買い物のできる通りともなれば日や時間帯によっては混雑する。
自分がパリにいることは公にはなっていないので変装をして出かけた。
だが、一人ではない、パリ警察の腕利きと言われる男が護衛としてだ。
「Kann ich dich treffen?」
無理だとわかっていた。
だが、パリにいるのだ。
だから一度だけでもと願わずにはいられなかった。
アイリは子供の頃、親に売られた。 相手は金持ち、貴族たちに秘密でだ、食べるものには最低限、困ることはなかったが、玩具のような扱いだった。
綺麗なドレスを着せられ、鉄格子の檻の中に入れられ、まるで見世物小屋の動物のような扱いだった。 だが、そんな生活は長くは続かなかった。
玩具のような扱いをする金持ちたちは飽きるのも早かった。
ある日、格子の間から差し出されたマフィンを食べたとき、異変を感じた。
それまでにも少しおかしなことはあったのだ。
笑いながら自分を見る男たちの会話から薬が混ぜられていたことを知った。
「Combien de temps ça va durer ? いつまで持つかな」
「Parce que c'est un médicament puissant 強い薬だからな」
「Oups, j'ai vomi おおっっ、吐いたぞ」
「C'est sale, débarrassons-nous-en. 汚いな、始末させよう」
息が苦しくて涙も出ない、檻から引きずり出され、袋に入れられて自分はカタンコペに連れて行かれるのだと思った。
ひんやりとした空気を感じたとき、生きているのだと感じた。
「気がついたかい」
白い仮面が自分を見ていた。
「運が良かった、薬を飲まされたようだね」
救われたと思った、それだけではない。
生まれ変わることができたのだ。
突然、下された命令に驚いたからだ、無理もないパサージュに行けというのだ、だが、買い物をしてこいと上司に頼まれたわけではない。
ある婦人の護衛としてだ。
何故と説明を求めたのは当然だろう。
「自分はジャックを捕まえることが最優先の筈です、そう仰ったのは」
あなたでしょう、その視線に机の上の新聞と手紙を上司である男はちらりと見た。
「警護の仕事が、そんんなに嫌なのか」
「そんなことはありません、命令なら従います、どんなことでも」
「まさか荷が重いなどというわけじゃないだろうな」
男は首を振った。
アイリーナ・アドラーがパリのオペラ座に立つことが決まったのは数日前のことだ。
新聞に載っても不思議はない、スクープといってもいいぐらいだ。
だが、それは記事にはならなかった、寸前で押さえられたからだ。
「来日前にプリマドンナはパリに来る、勿論、日程は秘密だ、そのときの護衛を君に頼みたいんだ、ジャン、これは君にしか」
男は頭を下げた、それ以上は言わなくてもわかりますという無言の答えだ。
「待て」
背を向けて手で行こうとする男を上司は呼び止め、まだ公にはされていないがと言葉をきった。
「先日、殺された男は阿片を売買していた、その相手は一般人ではない」
貴族ですかと言いかけてジャンは言葉を飲み込んだ。
プリマドンナがオペラ座の舞台に立てば大勢の人間が来るだろう、一般人だけでない、貴族もだ。
「プリマドンナは」
歯切れの悪い言葉が何を言おうとしているのか、すぐにはわからなかった。
「常習ですか、もしくは」
馬鹿者っっ、即座に一喝された。
「プリマドンナは阿片、薬物に対して嫌悪している、それを嗜みだと豪語する人間も、だが、ここはパリだ」
取り込もうとする者がいるかもしれない、上司の言葉にあり得ないことではないと思った。
有名なプリマドンナともなれば金もあるだろう、そこを狙ってくるかもしれない。
オペラ座の支援者貴族の中に阿片に関わる者がいれば尚更だ。
「ジャベール」
上司に呼ばれた瞬間、男の表情が一変した、名前を呼ばれたからではない、まだ、なにかあると感じたからだ。
「先日、殺された娼婦だが、部屋から、あるものが見つかった」
嫌な予感がした。
「上物の阿片だ、私娼の稼ぎでは手が出せないほどのものだ」
予想もしない返事にジャン、いや、ジャベールは黙り込んでしまった。
女性のドレスを買うというのは簡単なことではない。
下町、平民の女性なら自分で仕立てたりするだろうが、身分のある女性ならサイズを測り、トルソー【型】を作る、それを元に仕立てるのだが、時間がかかる。
いや、問題はそれだけではない。
コルセットなど窮屈で締め付けるようなものはよくない。
体調を考えると動きやすいものがいいだろうと男は考えた。
パリの流行は気まぐれといってもいい、昨日まで話題になっていたものが、数日もすればがらりと変わる。 流行の先端を動かすのは有名人、金持ち、芸術家と様々だ。
以前は貴族か幅をきかせていたが、今はそうでもない商売人、国内だけではない外国からやってきた商人もだ。
彼らにはパリの貴族の威信や権威は関係ない、勿論、あからさまな態度はとらないが。
「マエストロ、私の見立て、満足してくださったのですね」
手紙が暖炉の中で完全に燃え尽きたのを見ると微笑んだ。
東洋、オリエンタルな小間物を見立ててほしいと連絡を受けたときは驚いた。
それも女性のものだ。
雨が降っても買い物のできる通りともなれば日や時間帯によっては混雑する。
自分がパリにいることは公にはなっていないので変装をして出かけた。
だが、一人ではない、パリ警察の腕利きと言われる男が護衛としてだ。
「Kann ich dich treffen?」
無理だとわかっていた。
だが、パリにいるのだ。
だから一度だけでもと願わずにはいられなかった。
アイリは子供の頃、親に売られた。 相手は金持ち、貴族たちに秘密でだ、食べるものには最低限、困ることはなかったが、玩具のような扱いだった。
綺麗なドレスを着せられ、鉄格子の檻の中に入れられ、まるで見世物小屋の動物のような扱いだった。 だが、そんな生活は長くは続かなかった。
玩具のような扱いをする金持ちたちは飽きるのも早かった。
ある日、格子の間から差し出されたマフィンを食べたとき、異変を感じた。
それまでにも少しおかしなことはあったのだ。
笑いながら自分を見る男たちの会話から薬が混ぜられていたことを知った。
「Combien de temps ça va durer ? いつまで持つかな」
「Parce que c'est un médicament puissant 強い薬だからな」
「Oups, j'ai vomi おおっっ、吐いたぞ」
「C'est sale, débarrassons-nous-en. 汚いな、始末させよう」
息が苦しくて涙も出ない、檻から引きずり出され、袋に入れられて自分はカタンコペに連れて行かれるのだと思った。
ひんやりとした空気を感じたとき、生きているのだと感じた。
「気がついたかい」
白い仮面が自分を見ていた。
「運が良かった、薬を飲まされたようだね」
救われたと思った、それだけではない。
生まれ変わることができたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
初恋の呪縛
緑谷めい
恋愛
「エミリ。すまないが、これから暫くの間、俺の同僚のアーダの家に食事を作りに行ってくれないだろうか?」
王国騎士団の騎士である夫デニスにそう頼まれたエミリは、もちろん二つ返事で引き受けた。女性騎士のアーダは夫と同期だと聞いている。半年前にエミリとデニスが結婚した際に結婚パーティーの席で他の同僚達と共にデニスから紹介され、面識もある。
※ 全6話完結予定
わんこ系婚約者の大誤算
甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。
そんなある日…
「婚約破棄して他の男と婚約!?」
そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。
その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。
小型犬から猛犬へ矯正完了!?
【完結】少年の懺悔、少女の願い
干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。
そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい――
なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。
後悔しても、もう遅いのだ。
※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。
※長編のスピンオフですが、単体で読めます。
どう見ても貴方はもう一人の幼馴染が好きなので別れてください
ルイス
恋愛
レレイとアルカは伯爵令嬢であり幼馴染だった。同じく伯爵令息のクローヴィスも幼馴染だ。
やがてレレイとクローヴィスが婚約し幸せを手に入れるはずだったが……
クローヴィスは理想の婚約者に憧れを抱いており、何かともう一人の幼馴染のアルカと、婚約者になったはずのレレイを比べるのだった。
さらにはアルカの方を優先していくなど、明らかにおかしな事態になっていく。
どう見てもクローヴィスはアルカの方が好きになっている……そう感じたレレイは、彼との婚約解消を申し出た。
婚約解消は無事に果たされ悲しみを持ちながらもレレイは前へ進んでいくことを決心した。
その後、国一番の美男子で性格、剣術も最高とされる公爵令息に求婚されることになり……彼女は別の幸せの一歩を刻んでいく。
しかし、クローヴィスが急にレレイを溺愛してくるのだった。アルカとの仲も上手く行かなかったようで、真実の愛とか言っているけれど……怪しさ満点だ。ひたすらに女々しいクローヴィス……レレイは冷たい視線を送るのだった。
「あなたとはもう終わったんですよ? いつまでも、キスが出来ると思っていませんか?」
(完結)婚約者の勇者に忘れられた王女様――行方不明になった勇者は妻と子供を伴い戻って来た
青空一夏
恋愛
私はジョージア王国の王女でレイラ・ジョージア。護衛騎士のアルフィーは私の憧れの男性だった。彼はローガンナ男爵家の三男で到底私とは結婚できる身分ではない。
それでも私は彼にお嫁さんにしてほしいと告白し勇者になってくれるようにお願いした。勇者は望めば王女とも婚姻できるからだ。
彼は私の為に勇者になり私と婚約。その後、魔物討伐に向かった。
ところが彼は行方不明となりおよそ2年後やっと戻って来た。しかし、彼の横には子供を抱いた見知らぬ女性が立っており・・・・・・
ハッピーエンドではない悲恋になるかもしれません。もやもやエンドの追記あり。ちょっとしたざまぁになっています。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる