呪われた王女は黒狼王の牙に甘く貫かれる

四葉 翠花

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25.王妃セレディローサ

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 山道に差し掛かり、馬車の衝撃も強くなってきた。ずっと黙ったままのセレディローサだったが、ふと違和感を覚えて窓を眺める。

「狼だ!」

 セレディローサの違和感を裏付けるように、おそらく護衛兵のものらしき叫びが響いた。
 まさかという思い、そしてやはりという思い。両方が絡み合ってセレディローサは拳をぎゅっと握り締める。

 一度はあのまま塔で朽ちるのだと思ったセレディローサを、デイネストは救い出してくれた。おそらく一生知ることはなかっただろう、女としての悦びも教えてもらえた。
 もう、思い残すことはない。
 せめて、誰かを巻き添えにしないようにと、セレディローサは止まった馬車から降りようとする。

「ひ……姫様! なりません!」

 イリナがすがりついてくる。
 動きを止められたセレディローサは、それでも馬車の扉を開けて外を眺めた。
 暗雲垂れ込める薄暗い空の下、馬車のすぐ横に突き出した岩場に、銀色の狼がたたずんでいる。
 思わず、目を奪われた。手を緩めたイリナに気付くこともなく、ふらふらと引き寄せられるようにセレディローサは馬車の外に出た。

「セレディローサ!」

 デイネストが馬から飛び降りてセレディローサに駆け寄る。

「え? ……デイネスト?」

 はっと気付いてセレディローサは歩みを止めた。まだ視線は狼に奪われたままだったが、セレディローサの腕をつかむ逞しい手はデイネストのものだ。

「いいか、よく聞け。呪いはもう終わっている。あれは、セレディローサの恐れが生み出した、残り香のようなものだ。自分の意志をもって、終わらせるんだ」

 どうにか振り向いたセレディローサの目の前に、デイネストは弓を差し出す。

「え? で……でも弓なんて使ったことがないわ……」

「俺が手助けする。弓を扱えるか、相手に当てることができるかは重要じゃない。立ち向かうことができるかどうかなんだ」

 セレディローサは震えながらデイネストを見上げる。
 未来をあきらめていた。幸福のうちに短い生を終えるというのは絶望であると同時に、将来への不安とは無関係でいられたのだ。
 行き止まりを見据え、違わずに道筋を歩いてきていたが、もう道を塞ぐものはない。目の前に広がるのは、何があるのかもどこで終わるのかもわからない道だ。
 果てしない不安がセレディローサを襲う。もう道しるべは存在しない。

「セレディローサ、俺がついている。俺と一緒に歩いていってくれ。これから、ずっと」

 力強いデイネストの声が耳を甘くくすぐり、セレディローサははっとする。
 これから歩む道には、隣にデイネストがいてくれるのだ。先の見えない道だろうと、傍らには愛しい人がいてくれる。
 王女として呪いに震えるセレディローサは、あの塔で生を終えた。今ここにいるセレディローサは王に寄り添い、王と共に道を切り開いていく王妃なのだ。
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